第2章 第2話 誇り高き女王
(クリステル視点です)
クレマン(エリトニーの内務大臣)は、ダミアン(ホランドから派遣された総督。ジュリアンの父)が赴任してきた翌日にやって来て、「クリステル様、大変残念なお知らせなのですが……」 そう苦し気に切り出した。
「……どうしたの?」
「力及ばず、メラニー様の処刑が決まってしまいました……。3日後に城下町の広場で火刑に処せられます。おそらくは、焼かれながら、死の直前に槍で突かれるものと思われます」
「なんて、ひどいことを……あんなに国民から愛されて、エリトニーに尽くした、大きな功績のある人なのに」
「罪状は『国家財産の横領』ということにされていますが、そんなもの、いくらでもこじつけられますからね。結局のところ、ダミアン総督が、長男ジュリアンと同じように火あぶりにしたいだけなんです」
「クレマン、今からなんとかならないものなの?」
「なんとか救命しようと、お城の家臣と女中、それから出入り業者も全員で助命嘆願したのですが、ダミアンは全く歯牙にもかけませんでした。とにかく、エリトニーとその王族への恨みが激しく、根深いようです」
「……そうか。もうどうにもならないのか」
「はい、残念ながら、もう厳しいでしょう。マチアス(重装騎兵)もイボンヌ(女中頭)も悲嘆に暮れています」
「このことは、セシルとアロイスには秘密にしておいた方がいいわね」
「その通りだと思います。賢いとはいえ、まだ5歳の子供たちですし」
「でも、私は広場に見に行くわよ。メラニーの最後を見届けないと。後に、二人に話して聞かせることになるかも知れないしね」
「はい、そうして下さい。私も、当日、ダミアン王の保佐で現場に臨場します」
「ダミアン王?」
「はい、彼がそう僭称しています。このエリトニーをわが物にしたつもりなんでしょう。城の家臣にもそう呼ぶように推奨しています。まあ事実上の強制ですがね。町の広場も、昨日『ダミアン広場』という名称に変えられました」
「なんてことを……。そんなことしてると、エリトニーの人民の反発を招くだけで、ろくな死に方をしないでしょうに」
「そのとおりです。それは、誰よりも、私が、ダミアンに言ってあげたい言葉です」 クレマンはそう言って、唇を真一文字にし、ため息をつきながら視線をテーブルに落とした。
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メラニーの処刑当日は、もう5月だというのに、厚い雲が垂れ込めた、肌寒い日だった。
私は、お昼過ぎに店を閉じ、トマ(クリステルの食堂の出入り業者)と一緒に、広場に向かった。
トマは、二人の子供にとてもよくしてくれている。あの後、沢山の絵本とチェスを持ってきてくれて、午後の中休みには、子供たちの相手をしてくれている。
「俺もチェスは相当強くって、近所じゃ敵はいないんだけど、あっという間に抜かされたよ。毎日こればっかりやってるとは言え、本当に行く末が恐ろしい子供たちだ」とも言っていた。
子供たちも、いい遊び相手ができて、今では「トマおじさん、トマおじさん」と、トマにとても懐いている。
が、やはり、いつまでも隠し通すことはできなかった。
広場に向かう道すがら、トマは、商店に張られた双子の張り紙を見て、私に、「クリステル。これ、あの二人だよな?」と確かめてきた。今更ごまかしきれないだろうから、私は、「そのとおりよ。だけどね、あの二人は、この国の宝物なんだからね。あんた、変な気起こすんじゃないわよ。もしタレこんだら一生口きいてあげないわよ」と、小声で釘を刺した。
トマは、「もちろんだ。見損なって貰っちゃ困るぜ」と言いながらも、「だけど2億かあ。すごい懸賞金だなあ」って、ため息をつくので、「それじゃ、ウチでもっと野菜買ってあげるわよ。それに、ばれたら、きっと私も火あぶりだからね。そんなのあんただって嫌でしょ?」と、ダメを押しておいた。
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会場のダミアン広場には、平日の午後にも関わらず、エリトニー中から人民が集結していた。すごい人数だ。一体何万人いるんだろう。
広場に張り巡らされた木製の簡易な柵を、何重もの人並が取り囲んでいる。よく見ると、胸にプラカードを下げている人が沢山いる。民族の独立と抵抗の象徴である、ウォレム王とメラニーをかけあわせた、「ウォレニー!」というロゴが大きく書かれている。
これに対して、ホランド側の警備は、近衛兵がわずか30人ばかりいるだけだ。
クレマンによれば、マチアスを含むエリトニーの近衛部隊は、減給を甘受して全員がボイコットしたため、今日はホランドから派遣された兵だけで刑の執行を行うということだった。
と、そこに、執行官に先導されて、メラニーが入って来た。
……ああっ! なんてことを! これはひどい……。
メラニーは、全裸にされ、後ろ手に縄をかけられて引き立てられている。
その体には、赤黒いあざが無数についていて、顔も青黒く腫れ上がっている。拷問を受けたんだ。子供たちの行方を追及されたんだ……。
ふくよかだった身体も痩せ衰え、胸にはあばらが浮き出ている。取り調べの過酷さに、肉体も精神も極限に追い込まれて、衰弱しきっているのだろう。
ダミアンは、満足そうに薄ら笑いを浮かべ、目の前を引かれる裸の女王に目を細め、その隣では、クレマンが沈痛な表情で顔を下げている。
が、しかし、私も、集まった民衆も、すぐに気がついた。
メラニーの眼はまだ死んではいない! 青黒く腫れあがった顔の中で、両の眼は正面を見据え、凛とした表情を崩さず、堂々と胸を張り、しっかりした足取りで、枯れ枝の積まれた十字架に向かっている。
(私はやり切った、守り切った、もう思い残すことはない)、まるでそう言いたげな、清々しい笑みさえ浮かべている。
その誇り高い姿に民衆は心を打たれ、どこからともなく、
「見るなーっ! 女王様を見るなーっ! 顔を下げて、手を胸に当てろーっ!」と声が上がり、男たちは、全員下を向いて胸に手を当て、女王への敬意と哀惜の念を表す。女たちは、胸の前に両手を握り、「ああ、女王様……。なんておいたわしい……」と、悲嘆と惜別の涙を流している。
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やがて、メラニーは処刑台の十字架に括り付けられ、ホランドから派遣された執行官がダミアン総督を代弁し、人民の前で、その罪状を読み上げる。
「エリトニーの人民よ、よく聞け! このメラニーは、女王でありながらその職務を怠り、昨夏の飢饉時に、国庫内の多額の財産をゲルマーに持ち出して、自らの遊興に費消した! 公共のために使われるべき国家の財産を私し、もって多くの国民を餓死に追い込んだものである! よって、今日、この罪人を国民の前で火刑に処し、断罪するものである!」
すると、すぐに大観衆の中から、異議と怨嗟の声が湧き上がった。
「ふ、ふざけたこと言ってんじゃねーよ! うそばっかりつくなーっ!」
「そうよ! 女王様は、お城の財宝をみんなゲルマーに運んで、麦を買ってきてくれたんじゃないのよ!」
「そうだそうだ! 女王様のティアラもドレスもみんな売っぱらったって聞いてるぞ!」
「女王様はね、お城でパンを焼いてここで配ってくれたのよ! 私も子供も頂いたわ! それでエリトニーは殆ど死人が出なかったんじゃないの!」
「そうだ! ホランドなんて何十万も死んだんだろうが! 恥を知れ、恥を!」
執行官も一歩も引かず、
「うるさい! 愚かな民衆ども、静まれ! お前たちは皆この罪人に騙されているのだ! 今回の調べで全てが明らかになった! 言い逃れの余地などない!」と断じ、続けて「今日の処刑の後、罪人の首はホランドに送られ、王の見分を受けることになっている!」と、声高に宣言した。
しかし、それが民衆の心に火を付け、
「な、なんだとー! そんなバカなことさせてたまるかーっ!」
「そうよ! みんなで女王様を取り返すのよ!」という声が、人々の中に瞬く間に広がっていく。
それは次第に大きな波となって全体に広がり、
「「「「「メラニー!! メラニー!! メラニー!!」」」」」との声が唱和され、男たちの手によって、木の柵が揺るがされる。簡易な柵なので、数万の手にかかってはひとたまりもなく、ユサユサと大きく揺れ、今にも倒れて、民衆が雪崩れ込んできそうになる。
それを目の当たりにしたホランド軍に緊張が走る。この民衆に襲われたら、ひとたまりもない。
しかし、そこで、メラニー女王の声が広場中に響いた。




