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第2章 名花メラニー、春の海に散る

~ この章の登場人物 ~


・ダミアン 

 エリトニー公国崩壊後、ホランドから派遣されてきた、エリトニー地方の総督。

 本名、ダミアン・ヴァレンティン・クリフ。ホランドの名門貴族、クリフ家の首長。このダミアンの妹がホランド国王の正妻。すなわちホランド国王の義兄。

 そして、ウォレム王に処刑された、ジュリアン・ヴァレンティン・クリフは、ダミアンの長男。そのため、ウォレム王の一族に対する嫌悪感と復讐心が非常に強い。

 傲慢かつ強欲な人物で、自ら「エリトニー王」を僭称し、富を吸い上げ、ひたすらホランド王国に貢献することだけを考えている。60歳。


・トマ

 クリステル(サラ元王妃の母親。セシルとアロイスをかくまっている)の営む食堂に出入りしている青果業者。独身で、クリステルのパートナーのような存在。正義感の強い人物であるが、双子の懸賞金を見て驚く。63歳。


******


(クリステルの視点です)


 メラニーからセシルとアロイスを預かって、5日がたった。

 

 今は夜10時半。子供たちを寝かしつけて、一階の食堂の灯りを薄く点け、クレマン(内務大臣)の到着を待つ。夕方、イボンヌがチラっと寄って、2階に上がって双子の無事を確認してから、帰り際に「今日、夜、クレマンさんが来ます」と、一言伝えてくれたんだ。


 紅茶を入れて、しばらく待っていると、勝手口をノックする音がした。私が戸口で「こんな時間にどなた?」と聞くと、「わたしよ」と聞き慣れた男の声で合言葉がしたので、すぐに鍵を開ける。

 クレマンは、左右を見渡して、誰も見ていないことを確認してから、スッと入ってきた。


 テーブルに案内して紅茶を注いであげたが、クレマンは手を付けようとしない。

 テーブルを見つめたまま、言いにくそうに、両手の指を組んで動かしていたけれど、やがて顔をあげ、一つ深く息を吸って、


「一昨日、メラニー様が拘束されました。親ホランド派のクーデターに遭って、今は侍従長の父親と一緒に、搭の上の『妃の間』に軟禁されています」と、苦し気に絞り出した。


「そうだったのか……。それじゃ、これからメラニーはどうなるの?」

「女王の座を追われるのは確実です。そして、セシル様とアロイス様の行方を厳しく追及されることになるでしょう」

「そんなの、たとえ殺されたって、メラニーが吐くわけないじゃない」

「もちろんそうです。そこは私も心配していないのですが、問題はメラニー様と侍従長がどういう処分を受けるかです」

「ひどいことになりそうなの?」

「ええ、実は、明日、ホランドから派遣されてくるエリトニーの総督が、ホランド王の義兄、ダミアン・ヴァレンティン・クリフなのです。およそ考え得る最悪の展開になりました」


「?! ダミアン・クリフ? ウォレム王に処刑されたジュリアンの父じゃないの?」

「そうです。親ホランド派の話では、ダミアン自身が強く赴任を望んでいたようです。おそらく、大事な息子を殺されたエリトニーとその王族を強く憎んでいることでしょう」

「そうなのか。‥‥‥せめて、メラニーの命だけはなんとかならないの?」

「はい、親ホランド派も含め、お城中の家臣から助命嘆願を出すことにはなっています。あれほどエリトニーに尽くした、功績のある方ですから。ですが、多分、ダミアン様はそれを容れないかと」


「『ダミアン様』ですって? クレマン、あなた一体どっちの味方なの?」

「もちろん、今は親ホランド派に寝返りましたよ。クーデターの直後に手のひら返してね。日和見で我ながら嫌になりますが、クリステル様、今の私にはメラニー様を助ける力はないのです」

「‥‥‥」

「私にできることは、セシル様とアロイス様をゲルマーに逃がすこと、そして、ホランドに恭順の意を示して、エリトニーの中枢に残り、来るべき英雄の帰還を待つことだけなのです。だから、私も本当に苦しいのですが、もうメラニー様は仕方ないんです。私は、今、私の力で出来ることを全力で遂行する、そう心に決めたんです」


「‥‥‥そうか、そうよね。クレマン、変なこと言ってごめんなさないね。あなただって辛いに決まってるのに」

「いいんです。私がメラニー様を裏切ることは、メラニー様にもご理解頂いています。もちろん、取り調べが苛烈にならないよう、それとなく手は回していますが、明日、ダミアンが赴任してきたら、それも分からないですね」 クレマンはそう言って、視線を落とし、髪に手をやり、深いため息をついた。


******


 翌日、ホランドからダミアンが赴任してきた。

 そして、即日、ホランド国王の代理としてエリトニーの主権をすべて握ったこと、すなわち、政治、経済、立法、司法、軍事の全てを掌握したことを、ホランドの一地方に成り下がったエリトニーの人民に対して宣言した。

 

 クレマンら、エリトニーの行政官は、一時的に権限を全て停止され、当面、ダミアンと、ダミアンが連れてきたホランドの一派が思うままに政策を進めて行くことになった。

 クレマンによれば、エリトニーの生命線であった港湾貿易の利益と、内陸で産出される鉄鉱石については、すべてホランド国内に納められ、そこからエリトニー運営の経費を配分されることなったそうだ。

 また、メラニーについての捜査権限もすべてホランドに奪われ、「もう手が出せない。取り調べにも関われない。どうなるか大変不安だ」とのことだった。


******


(客観視点です)


 午後3時、クリステルの営む下町の小さな食堂に、麻袋を背負った初老の男、トマが尋ねてくる。

 ノックもせずに、ドアを開け、「クリステルー! 玉ねぎとキャベツもって来たぜー! ……って、いないのかな」と独り言を言って、「じゃ、ここに置いとくからなー!」と、野菜を厨房に置いて、急いで出て行こうとした。


 しかし、そこで上階に人の気配を感じ、「あれ? 上にいるのかな」と呟きながら、階段を上って、「クリステル、野菜……」と声を掛け、無遠慮にドアを開けると、目の前にいたのは、行儀よくテーブルに座って本を読む、黒髪の女の子と金髪の男の子だった。

 子供たちはトマを見てちょっと驚いて、一瞬不安げな顔をした後、でも(悪い人ではなさそう)と思ったのか、すぐニッコリ笑って、「こんにちわ!」と、笑顔で返してきた。

 これまでトマが見たことがないくらい、賢そうで、綺麗な顔立ちの子供らだった。


 そこに、下から、「あれー? トマ、来てるのー?」と言いながら、クリステルが上がってきて、「ああ、二階にいたのか。あんたも慌て者ね。トイレ入ってたのよ」と、トマに声を掛ける。

「ああ、クリステル、いたんだ。悪い悪い、上にいると思ってさ。この子たちは?」

「‥‥‥うん、ちょうど今、姪っ子がお産でね、子供たちの世話が大変だって言うので、しばらく私のところで預かってるのよ。うちは食堂だから、食べるものは困んないしね。10日くらいしたら、また実家に帰ることになってるわ。女の子がイボンヌ、男の子がマチアスよ。5歳の双子。さ、二人ともご挨拶なさい。こちらはトマおじさん。面白い人で、怖くないから大丈夫よ」


 二人が、「トマおじさん。こんにちは。しばらくの間ですけれど、宜しくお願いします!」と、元気に挨拶すると、トマはニッコリして、「いやー、可愛いな。俺はトマって言うんだ。俺、独り身だからさ、こんな可愛い孫がいたらよかったなーって、思ってたんだ。今度、おもちゃとかお菓子持ってくるよ。こっちこそ宜しくな!」と、嬉しそうに答え、二人の頭を黒く節くれだった手でワシワシと撫でた。


「ありがとうね。トマ。それじゃ時々でいいからさ、子供たちの相手してやってよ。やっぱりずっと部屋に籠りっきりで、退屈してるのよ」

「まあそりゃそうだろうな。それじゃ、明日から、俺が散歩とか、公園とか連れてってやろうか?」

「‥‥‥えーとね、二人ともあんまり身体が強くなくて、風邪ひきやすいのね。だから、家の中で本読んだりしてるのが好きなの。気持ちは嬉しいけど、それには及ばないわよ。来た時に、ちょっとおしゃべりしたり、遊んでくれるだけで十分だから」

「あ、そうか。まあ確かにそんな感じだな。それじゃ、また明日な。お土産もって来るぜ」と言いながら、トマは子供たちに別れを告げて、食堂から帰って行った。  

 

 クリステルは、階下でトマを見送り、また2階に戻り、

「見られちゃったわね。でも、トマは大丈夫。私とずっと長い付き合いで、半分夫婦みたいなものだから。あと、『変な噂立つの嫌だから、外でこの話をしないでね』って釘を差しておいたから、安心してね」と声をかけ、笑顔で二人を抱き寄せ、しかしやはり少し不安げな面持ちになって、静かに瞳を伏せた。


******


 トマは、青果店に戻る道すがら、(退屈してるだろうから、明日はなにかおもちゃを持って行ってやろう。二人で遊べるものがいいな)と考えていた。


 しかし、そこで、ふと、通りの商店に張られた一枚の張り紙に目が留まる。


 そこには、二人の子供の似顔絵とともに、「元ウォレム王と元メラニー女王の双子。セシルとアロイス。居場所を通報した者には、一人1憶ゴールドの報奨金を支給する」との告知がされている。二人で2億ゴールド。家が5軒も買える金額。


 トマの頭に、去年の飢饉で、止む無く高利貸しから借りた300万ゴールドの借金がよぎる。商売が平常に戻った今でも、利息の支払いだけで精一杯だ。


 それまで、子供たちのことを考えてニヤニヤしていたトマは、スッと笑顔をなくし、顎に手をやって視線を落とし、考え込む。


 張り紙の前には、何人もの人が佇み、「ほうー。すごいな、2億だってよ」と声をあげていた。



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