第1章 オマケ 「エリトニーの名花」がやってきた!
~ このエピソードの登場人物 ~
・ クラウス
ゲルマー共和国軍の軍事顧問。要するに軍師(の見習い)。後の共和国軍の防衛大臣。同国の軍事・政治学者であるランドルフの一番弟子。若い頃に来訪したメラニー女王に想いを寄せる。実直な情熱家。28歳 180㎝ 美男子
・ ランドルフ
ゲルマー共和国の軍事・政治学の第一人者。私塾を構え、多くの門下生を世に送り出している。ゲルマー滞在中のセシルとアロイスに、政治、経済、軍事など、あらゆる社会科学を教え込んだ恩師。厳しいが温厚な人格者。
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~ 前話から遡ること1年前。穏やかな春の夜に、ゲルマー共和国の迎賓館で舞踏会が催されている ~
ああ、こういうのもたまにはいいね。
黒い軍服姿の僕は、ダンスフロアの末席に座り、冷えたワインをちびちびやりつつ、華やかに舞う美男美女を眺めている。夜風がフロアを吹き抜けて気持ちがいい。
今日は、エリトニーの訪問団を歓迎するために、迎賓館で舞踏会が開かれているんだ。
僕もダンスは子供の頃から習ってて得意なんだけど、まだまだ軍ではペーペーだから、諸先輩方の邪魔にならないよう、美女たちにお相手を申し込んだりはしない。
今、僕の目の前で、大統領をパートナーに艶やかに舞っているのは、「エリトニーの名花」こと、メラニー女王だ。
ああ、初めて見たけど、本当にチャーミングなんだな。濃い青の、ラメの入った、胸元の大きく開いたドレスで、妖艶に舞っている。
きめ細かい、しっとりとした白い肌。つややかな亜麻色の髪。長い手足に細い腰。そして、その身体に不釣り合いな大きな胸。
しかも、ただ色っぽいだけじゃない。下々の者を寄せ付けない、威厳と気品がその全身から満ち溢れているかのようだ。
この人が、「この地上の、歴史上も、一人もいなかった」と言われる美女?
さすがにそこまでか、という気もしないでもないが……、うん、でも、トータルでは納得か。
ん? ……ああ、失礼、違った、それは前の王妃のサラ様だった。
だけど、この女王様より綺麗な人なんて世の中にいるのか?
英雄王ウォレム。一体どんだけ果報者なんだよ(笑)。
僕は、他の美女たちには全く目もくれず、メラニー女王だけ追いかける。
楽隊が盛り上げてダンスが激しくなり、曲が終盤に向かう。そして、フィニッシュを迎えたところで、女王様がピタっと止まったので、ドレスがめくれあがって、程よい太さの脚が露わになる。って、おおっ! 黒のガーターベルトしてるんだ!
ふふ、いいもの見せて貰ったな。これだけでも今日は来た甲斐があったよ。
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大統領に手を引かれて、女王が壇上の席に戻る。
二人で談笑しながら、カチンとグラスを合わせる。ちょっと暑くなったのか、白い谷間が少し光っている。ああ、いい眺めだ。
そうしているうちに、女王様の目の前に、沢山の軍人や政治家、有力な商人が並び、ダンスの相手を申し込んでいる。大統領は、「お前らなー、ほかのレディたちが興ざめするだろ?」って、苦笑いしながら窘めている。だけどしょうがないよ。誰だって「名花と踊った」って、自慢したいさ。
だけど、女王様はちょっと疲れちゃったのか、「ごめんなさいね」って、皆のお相手を断ったと思ったら、壇上から降りてフロアを歩き出した。
どこへ行くつもりなんだろう? ん、あれ? こっちに向かってくるぞ。あれ。ちょっと……。
メラニー女王は、僕の目の前に立ち止まり、ドレスの裾を上げて挨拶して、小首をかしげて「ニコっ」て笑顔を向けてきた。うっわー、すっごいコケティッシュ!
だけど、ちょっと待って、僕のわけないよな。違ったらほんとに恥ずかしいよな。
そう思って、僕は思わず、左右をキョロキョロしたが、誰もいない……。
また正面を見ると、女王様が、ほっぺを膨らませ、急に町娘みたいな顔になって、人差し指を立て、「あ・な・た・よ。クラウス!」って言ったあと、「ほらー。もう、レディに恥かかせないの! はやく誘ってよ」って、右手を差し出し、眼を細めて、いたずらっぽく笑いかけてきた。
えー、ほんと? いや、事態は飲み込めたが、いいのか? こんな末席の下っ端が、皆のヒロインをかっさらっていいのか? そう思って、ちらっと大統領を見ると、鼻に小じわよせて「いいじゃないか、やれ、やれ(笑)」って、目で促してきた。
そうか。お許しが出たなら遠慮は要らないな。
僕は、覚悟を決め、素早く立ち上がって、女王の手をとって膝まづき、
「大変失礼致しました。お美しいメラニー女王様。私と一曲踊って頂けませんか?」って、思っていたよりも、ずっと堂々と言えた。
それを聞いた女王様は、パッと破顔して、僕の眼を見ながら、
「もちろん! 喜んで!」って、上気した頬で答えてくれた。なんて可愛らしい人なんだろう。
……でも、未だにわけが分かんないな。
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僕と女王様は、フロアの真ん中に立った。左手を繋ぎ、右手は女王様の白い背中をそっと支える。女王様は、体重をかけ、ぐっと後ろに上体をしならせる。
って、あれ? フロアにいるの、僕たちだけじゃないか。みんな遠慮したんだな。こりゃ責任重大だぞ。だけど、もうやるしかないな。
さあ、曲が始まった。おっと、これはクイックステップ(ダンスの種類。ステップが細かく、激しい)か。初めて組んだ二人には難度高いぞ。
最初は、緩やかにナチュラルスピンでターンしながら、お互いの呼吸を合わせる。
試しにアウトステップ(身体の外まで踏み出す大きなステップ)を踏んでみると、ああ、大丈夫だ、胸をこちらに向け、ちゃんとついてくる。女王様、とても上手だ。
そのうちに、少しずつ曲調が速まってくる。ここからだぞ。しくじるなよ。慎重に。
スロー、スロー、クイック! クイック、クイック、スロー!
僕たちは二人の間合いと歩幅を図りながら、つま先を軽快にフロアに打ち付けていく。うん、お互い慣れてきたぞ。これはまだまだ、いや、もっともっといける!
二人は、カツカツとフロアを鳴らし、高度なステップを踏みながら、大きなターンを繰り返す。フロア中を激しく、しかし優雅に舞う。ああ、すごく楽しいな。
「楽しいわねー! ねえ、クラウス!」って、女王様が踊りながら声をかけてくるけど、曲が響いて、よく聞こえないから、大声になる。
「なんで名前知ってるんですかー!」
「なんでって、有名よあなたー!」
「そんなわけないでしょー!」
「私の中ではねー! はは!」
曲も山場にさしかかり、僕たちは最後の見せ場に、ホールの端っこに立って、周りに笑顔を振りまく。
そこで楽隊が曲を盛り上げ、僕と女王様は、背中を大きく反らせて、高難度のステップで飛び跳ね、高速で回転しながらフロアを縦断する。超絶技巧を目の当たりにして、周りを取り囲んだ観衆から、「ほーっ!」っという感嘆のため息が漏れる。
激しく踊りながら縦断しきったところで、僕は女王様に目配せして、そして、今度はゆったりとしたナチュラルスピンでフロア中央まで戻り、曲の終わりに合わせてスッと手を放した。女王様はその勢いで軽やかに2回転してピタっと止まり、そしてお互いニッコリと見つめあって、また肩の高さで手を繋ぐ。
そうして最後に、膝を折って、正面の大統領にお辞儀したところで、ホールから「おおーっ!」「いいぞーっ!」って、歓声と拍手が沸き上がり、僕は女王様と手を繋いだまま、四方の観客に優雅にお辞儀をして締めた。
二人とも、汗が光っていたけど、やり切った充実感で満たされ、互いに笑顔で見つめ合った。
拍手は、まだ鳴りやまない。




