プロローグ付録 ~エリトニー興亡記 解説その2~
やあ、みなさん。またお会いしましたね。
先日は、エリトニー興亡記の第3章、「悲劇の王妃サラの死と、メラニー王妃の誕生」をお話し致しました。今日からは、引き続いて、第4章、「帰ってきた双子の英雄。セシルとアロイス」のお話を致しましょう。
この第4章は、 ウォレム王の晩年から、それに続くエリトニー公国の滅亡、そして15年後にセシルとアロイスによって引き起こされた独立戦争の顛末が書かれています。
興亡記の中でも特に華やかな一節であり、また美形の双子の颯爽とした活躍が読む者を惹きつける、人気の高い章です。
でも、少し長いお話になりますから、きっと、幾晩かかかると思いますよ。
このお話を十分に楽しまれるには、その前提となっている、東ナーロッパ各国の成り立ちと、その繋がり、そして勢力分布の理解が必要になりますから、今晩は、それをまとめてお話しておきたいと思います。
あ、でも、大丈夫。別に、頑張って覚えて頂く必要まではありません。大体、どのような国々があって、どういう利害関係があるのか、朧気にでも掴んで頂ければ十分ですよ。今後のお話の中でも、逐次解説をつけていきますからね。
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1 エリトニー公国(人口80万人。常備軍5万人)
まず本作の主な舞台、エリトニー公国からです。
エリトニーは小国であり、東西40㎞、南北60㎞(作者注 伊豆半島と同じ位)しかありません。2日あれば徒歩でも横断可能です。
地理の学者によれば、古代に海底火山が隆起して誕生した大きな島が、海底プレートに押されてナーロッパ大陸に衝突し、半島化したとみられています。そのために、国土は山地が殆どで、海浜部も断崖と岩場が多いのが特徴です。特に大陸と衝突した北側は、地殻が盛り上がって急峻な山脈となり、大陸と地続きながら、まるで孤島のような形状をなしています。
そのため、少数民族であるエリトニー人以外は殆ど住んでおらず、独自の文化や生活様式が継承されてきました。また、民族の特性として、長身で、特に色の白い美男美女が多いことで知られています。
常備軍は5万人いますが、国土全体を防衛する必要があるので、一つの戦場に投入できるのは、1万人が限界です。しかしながら、独立心旺盛なエリトニー軍は、調練で鍛え上げられ、勇敢で士気も高く、とても強いため、他国軍から恐れられています。
2 ホランド王国(人口1300万人。常備軍15万人)
次に、ホランド王国です。東ナーロッパで一番の大国です。
陸路の要衝をいくつも抱えていることから、昔から交易の中心地として栄え、東洋も含め人種の混合が多く、単一民族のエリトニーと違って、雑多な人種構成になっています。
もともとエリトニーはこのホランド王国の一部であったのですが、行き来の困難な地理的形状から、自治州として、ある程度の裁量が与えらえれてきました。
ホランドはエリトニーを除いて、完全に内陸国であることから、半島の先端近くにあるエリトニー港、東側にあるリガー港(エピローグ1で戦場になった町です)、西側にあるポルコ港という、三つの良港を押さえて、貿易に活用することが大変重要でした。
しかし、ウォレム王が独立戦争に勝ち、内陸に押し込められたホランドは、海路の貿易による収益が激減し、次第に窮乏していきます。そのため、雑多なホランド国民は、エリトニー人に対して、あまりよい感情を持ってはいません。また、エリトニー人の容貌に対する潜在的な憧れ、嫉妬、やっかみと言った複雑な感情も持ち合わせていました。エリトニーの独立後も、虎視眈々と再編入を画策していたのはそのためです。
ホランドは、大国ではありますが、経済的にはさして豊かではなく、また古くからの貴族が国政の中枢を占めているため、行政や軍事の人材も少なく、国勢は斜陽であると言えるでしょう。
3 マケドニー王国(人口100万人。常備軍3万人)
次に、マケドニー王国です。エリトニーの右隣り(東)の海浜部に位置する小国です。
マケドニーは独立国ではありますが、殆どホランドの属国と化しており、エリトニーの独立後は、ホランドの海運貿易の窓口として機能してきました。
常備軍は3万人ですが、海浜部にあることから、伝統的に水軍が発達しています。内陸国であるホランドは、水軍の多くをマケドニーに依存しており、軍船を使った作戦の際には、連合軍として出征することが殆どです。
しかし、海浜部の8つの良港のうち、ホランドが4つを永久租借しており、海運による利益の過半をホランドが搾取しているため、マケドニーの国家財政は破綻の危機に瀕しています。
そのため、4人の王子のうち、唯一、王たるに相応しい器量を備えている第4王子のミシェルは、衰え行く国家を背負うことを嫌い、軍人となり、現在は水軍を率いる大将軍の地位に就いています。その参謀がアランになります。
マケドニー国民の生活は窮乏しており、そのため、仇敵ホランドに独立戦争を仕掛けたエリトニーに、親近感を持つ国民も多いとされています。
4 スロベニー王国(人口800万人。常備軍10万人)
マケドニーの逆、エリトニーの左側(西)に位置する海浜部の中規模の国がスロベニーです。
各国の対立からは完全に中立を保っていますが、海路で容易に行き来が出来、すぐ近くにあるエリトニーとの結びつきが比較的強いと言えるでしょう。
ウォレム王の独立戦争の際は、援軍を派遣してエリトニーを助け、かつホランドのとの和平会談にもオブザーバー(実質的は当事者として振舞っていたと言われています)として参加し、独立を後押ししてくれました。
エリトニーは、資源に乏しい国ではありましたが、火山性の国土から良質な鉄が取れたため、スロベニーとの間では、鉄製品の交易が盛んになり、優秀な鍛冶職人が両国で育つことになりました。そのため、両国では、矢じりや刀剣、鎧兜と言った武具の製造や、その研究及び進化が顕著であり、両国とも、他国から軍事的優位に立てたという土壌がありました。エリトニー独立後は、その良質な鉄鋼を優先して卸して貰うことで、両国の結びつきがさらに強まっていくことになりました。
この中立国スロベニーの動向が、セシルとアロイスの独立戦争の際にも、色濃く影響することになります。
5 ゲルマー共和国(人口2200万人。常備軍20万人)
スロベニーのさらに左(西側)に位置する、超大国です。このゲルマーから西が中央ナーロッパに分類されます。
ナーロッパでは珍しい共和制を敷いている国で、学問、芸術、軍事など、さまざまな研究者が集い、自由な気風に溢れ、優れた人材を多数輩出しています。ただし、独裁制ではなく、共和制を採用している分、何をするにもやや機動性に欠けるきらいがあります。
国土は大きく、海浜部から内陸部奥深くにまで及びます。経済力、軍事力ともに強大で、ゲルマー民族の好戦的な特性から、この2世紀ほどで、周辺の小国を次々に併呑して版図を広げて来ました。
ただ、地理的に隔たりがあることから、ホランドとはそれほど多くの行き来はなく、エリトニーなど東ナーロッパの国々とは特別な友好や対立はありません。
しかし、その「遠方で情報が届きにくい」という特性に眼を着けた、「エリトニーの名花」と称されていた頃のメラニー王妃が、同国を積極的に外交で訪れ、政府および民間いずれともパイプを作ることに成功しました。
そのため、ウォレム王とメラニー女王(王の死後、女王になりました)の死後、ホランドの追及を逃れたセシルとアロイスが、ここゲルマーで幼少期から少年期を過ごし、恩師や仲間たちと巡り合い、力を蓄え、志を育てることになります。
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ああ、ずいぶん細かいお話をしましたね。さぞお疲れのことでしょう。
今日は、このくらいにして、また明日、続きをお話し致しましょう。
次は、メラニー女王と双子の別れのお話になりますよ。
それでは、また。