プロローグ 第3話 メラニー王妃大喜び! ついに石牢から解放さる!
~ 前話から、時は20年以上遡り、まだ独立国だったころのエリトニー公国城 ~
私はメラニー。
ここエリトニー公国の王妃。英雄と名高い、ウォレム王の妻。
4年前に、前王妃のサラ様が23歳で亡くなり、その後、私が替わって王妃になった。
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「メラニー様、夜伽のお時間でございます」 夕食の済んだ夜8時半、従者のイボンヌが迎えに来た。
まだ15歳の若い女中だが、女中頭だった頃の私が、10歳の時から鍛え上げ、今や女中部屋のエース格になって、今は私の世話をしてくれている。
イボンヌは、小さい頃に独立戦争で父が死に、母も仕事のせいで病死して(たぶん性病だ)、10歳にして孤児になった。しかし、幸いにして、とても器量がよく、しかも頭がよいうえに穏やかで、おまけに我慢強い子だったので、親戚の紹介でお城に入れることになり、私の元で女中見習いを始めた。
もちろん、最初はいたらぬ点が多かったから、私も、毎日毎日厳しく躾け、イボンヌも泣きながら必死に頑張った。お城から追い出されたら、もう行くとこがないんだものね。
でも、私は間違ったことは決して言わなかったし、頑張ったときはすごく褒めてあげてたら、そういうとこを分かってくれて、いつしか母親のように慕ってくれるようになった。って言っても、私と7つしか違わないんだけどね。
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湯舟にお湯を張り、イボンヌにシルクで全身を清めてもらった後、胸ぐりの開いた夜伽用の水色のドレスに着替え、鉄格子の鍵を開けて貰って、「妃の間」を出る。
私は、イボンヌと一緒に搭の螺旋階段を降り、お城に向かう海上の回廊を歩きながら、思いを巡らす。王様は、いつになったら、あの石牢から出して下さるのかしら?
王妃になった当初、私は、夜、王様のお相手をするのが苦痛で仕方なかった。
王様は、世間でいうところの、いわゆる「ブ男」で、身体も醜く太っていた。
若い頃の私は、多くの乙女たちの例に漏れず、結構な面食いだったから、どうしてもお顔を見るのが苦しかった。本当に王様には悪いんだけど、アレの最中も、もう死んでしまったジュリアン様を思い浮かべたりして、どうにか我慢してたの。
それが、私、自分でも意外だったんだけど、1年くらいたった頃から、心のありようが変わり始めた。
まず、王様はとても頭がよくて、お話も面白い人だった。
毎日、今日のお仕事のお話、例えば、「寝坊で遅刻した家臣をしかりつけたけど反省してなさそうだ」とか、「今度の貿易船で仕入れたオレンジの品が悪くて、試食して『ゲっ!』となった」とか、「新兵の調練を見たけど弓矢がへたくそで『俺の方がまだましだ』とか(笑)」、「今度ホランドの外務大臣になったのがボンクラ貴族で扱い易そうだ」とか、そういったエリトニーの国内、そして近隣諸国のありとあらゆるお話を、面白おかしくして下さった。
私、お父様が侍従長をしていたから女中頭になったくらいで、そういう政治のお話は大好きなので、毎晩お話をお聞きできるのが楽しみになった。
そして、王様は、頭がいいだけじゃなくて、とても穏やかでお優しくて、それと、ちょっと恥ずかしいんだけど、あっちのほうも、ええっと、夜伽も、とてもお上手で情熱的だった。
もう52になるんだけどね。「英雄色を好む」というやつかしら? そのうち、私もその虜になっちゃって、毎日夜のお時間は、いろんな意味で、王様から悦びを頂くようになったの。
今更そんなことに気付いても遅いんだけどね、男って、まあ女もそうだけど、ほんとに、顔じゃないのよね。私は、王様に出会って、愛されるようになって、本当の男の値打ちというものがつくづく良く分かった。
今では、私は王様が大好きで、王様も私を大切にして下さって、いわゆる「おしどり夫婦」になっている。王様が、公の場では決して見せない、実に可愛らしい一面を、私の前では見せてくれるのも嬉しい。
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でも、それとこれとは別!
あんなとこに、愛する人を押し込めておくのは間違っているわ!
今日こそ言ってやるんだから!
私がドアのノッカーをトントンやりながら、
「王様。メラニーが参りました」 と言うと、
「ああ、メラニーか。よく来たね。入っておいで」という、低くて優しい声が聞こえてきた。
ここでイボンヌと牢番はいったん引きあげて、また2時間後に迎えにくる。
私は、寝屋の中に入り、後ろ手でドアを閉め、決意をもった眼で王様をキッと睨みつける。
「王様!」
「な、なんだ。メラニー。そんなに眉吊り上げて、美人が台無しだぞ。はは」
「私を、いい加減、あの石牢から出してください!」
「またその話か……。だって、なんの不自由もしてないだろう? 至極快適なんじゃないのか?」
「確かに、暮らす分にはなんの不満もありません。が! 私は王様の慰み者でも子を産む道具でもないんです! このお城は私の家なんですから、城内を歩き回って、女中にいろいろ注意したり、城下に出て街の賑わいや人民の暮らしぶりを見たり、女や子供に声を掛けておしゃべりしたりしたいんです!」
「うーん、そうは言ってもなあ。メラニーはとびきり美人だからなあ。どこかの男が懸想してこないか心配でなあ。俺、こんな悲惨な顔だしさ」
「男は顔じゃありません! あなたは世界に名を轟かす英雄王なんですよ。エリトニー人民の父親なんですよ。そんな小さな事でくよくよして、恥ずかしくないんですか!」
「いやー、英雄ったって、俺、もともと肉屋のせがれだぜ? それも三男。だからそんな立派なもんじゃないんだって。担ぎあげられて一生懸命やってたら、いつの間にか王様になってた、みたいな? あはは」 あ、だんだん王様の地が出てきた。いつも、ここでやられちゃうのよね。今日は食い下がるわよ。
「でも、私には、そんな心配要りません! 私はサラ様じゃないんです! この地上の、いや歴史上一人もいなかったような、究極の美女じゃないんです! ……まあ、さすがにイモ娘とは言いませんが……、そんなね、笑顔一つで、男たちがたちどころに魅了されちゃうような、魔性の魅力まではないんです!」
「そうかなー? いい勝負だと思うけどなー」
ああ、もう。らちがあかないわね。
そこで、私は、お腹を「ポンッ!」と叩きながら、
「この、生まれてくる子供たちが気の毒でしょう? 子供と一緒に石牢に押し込めるおつもりですか? 毎日お世話してお乳あげないといけないんだから、そうなりますよね? そんなね、家族一同、牢屋に押し込めるなんて、もう犯罪ですよ。王様じゃなかったらそれこそ牢屋行きですよ! 司法官に示しがつかないでしょう?」と詰め寄ったら、
「あー、そうか。子供生まれたら手狭になるよなあ。そしたら、妃の間の下にもう一階層作って、中を階段でつなげるか? うん、早速明日職人呼んで設計させよう」ですって。
ああー、もう!
そこで、私は、枕元に護身用に置いてある、宝石を散りばめた短刀二振りを手にし、
「王様! 石牢から出してくれないなら、わ、私は、これで!」と叫んだ。
「ま、待て! 早まるな。死んだらいかん!」
「‥‥‥いや、まさか。死んだりしませんよ(笑)。これで、近寄ってきた男を刺し殺します!」
「うわー、逆だったのか(笑)。なんともメラニーらしいな……」
「なので、この短刀は頂いておきますよ。いつもここに忍ばせておきます」 そう言って、私は二振りの短刀を、左右の黒いガーターベルトの隙間に挟んだ。
「おおっ! なんかカッコいい。色っぽい。すごくいい眺め。もうちょっと見せて(笑)」
「私の覚悟がお分かり頂けましたか? あの石牢から解放して下さるのでしょうね?」
「うーん」
「まだそんなこと言ってるのですか! もういいです!」 そうして、私は最終手段に打って出る。
「もう、今日限り、王様のお相手は遠慮させて頂きます。私を閉じ込めておく男になんか抱かれたくありません。サヨナラっ!」と言いながら、部屋を出ようとすると、
「ちょ、ま、待て!」という声が後ろから響いた。私が眼を細めて、ニンマリしながら振り返ると、
「ううむ、それを言われると辛い……。俺なんて酒もタバコも賭け事もやらず、朝から晩まで、人民のために死ぬほど働いて、くたくたになったあとのメシとこれだけが楽しみなんだ。なのに最後のデザートを奪われるのは苦しい、悲しい……」と頭を抱え、苦悩の表情を見せる。いいぞ、あと一押しだ。
「で、どうされるんです!?」
「‥‥‥うう、分かった。明日、とりあえず鉄格子の鍵は外して、自由に出入りできるようにはしよう。あと、当面、行動範囲は城内まで。それと、牢番を後ろに付けて護衛すること。それでよいか?」 そう王様は、苦渋の表情とともに絞り出し、それを聞いた私は、思わず、
「やったー。王様大好きーっ!」と喜びの声をあげ、王様のふくよかな身体に抱き着いた。
「いやまあ、まだ心配ではあるがなあ。サラの時なんて、俺、殺されかけたんだぜ」
「大丈夫。子持ちのお妃なんて相手にする男はいませんって」
「まあそれなら安心なんだが。‥‥‥それじゃ、今夜もお相手してもらおうか」
「ふふふ、今日は嬉しいことあったから、いろいろサービスしてあげるわ。ウォ・レ・ム!」
「お、そりゃ嬉しいね。頑張っちゃうぞ!」
「うん。だけど、おイタしすぎて、お腹の赤ちゃんをビックリさせないでね!」 そう言って、私は王様の首に抱き着き、熱烈なチューをしてあげた。
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こうして、私は、捨身のお色気攻撃で、3年間の幽閉生活から解放され、自由を手に入れた。
城内を歩き回って、女中や臣下から様々な話を聞き、しばらくしてからは城下町にも出られるようになった。そして、行った先々で、さまざまな情報に触れるたび、この国を、たった一人の才覚で運営する王様の偉大さに驚き、その都度惚れ直すこととなった。
けれど、私が、若さゆえの過ちで嫉妬に狂い、ジュリアン様とサラ様を死なせてしまった罪は、いつまでも消えるものではない。もちろん、私がやらなくても、遅かれ早かれそうなっていたとは思うけれど、私が二人の死を早めてしまったのは事実。
私はそれを、ずっと人生の負い目に思ってきた。どうにか二人にこの償いをしたいと思い続けてきた。
でも、当たり前だけど、もういなくなってしまった二人には何も報いることができない。だから、私は、せめて、この心と身体を、自分以外の王様や家族やエリトニーの人民に捧げることで、その贖罪にしていきたいと、強く考える様にもなっていった。
だって、今は全能の王様も、もう52歳。あと何年壮健でいられるか分からないものね。
万一のときに、王様に頼りきりで脆弱なこの国が総崩れにならないよう、立派な後継者を育てて、国の基盤を整えておかないといけない。
それも、できるだけ早く。
私は、毎日、喜びに溢れながらも、同時に、迫りくる将来の不安に心を曇らせる日々を送ることになった。