第2部 プロローグ 第1話 リガー海岸上陸作戦
ああ、今朝は綺麗に晴れたな。
高く昇りつつある朝日が、穏やかな海面に反射して目に眩しい。
いいじゃないか。上陸日和だ。
俺は、帆船のメインマストを少し上がったところにある檣楼(立ち台のこと)に立ち、据え付けの望遠鏡を覗いている。
丸く拡大された視野の先では、我がホランド・マケドニー連合軍の上陸部隊が、エリトニーのリガー海岸に殺到して、驚いた海鳥が派手に逃げまどっている。
だが、初戦の今日は、俺が率いるマケドニー軍の参戦は見送られ、ホランドの兵士だけで作戦が強行されている。
初戦の手柄はホランドの指揮官が欲しいんだろう。まあ、もともとうちは嫌々動員された援軍だからな。ありがたく高見の見物を決め込むか。
ホランド軍は、波間から砂浜に上がったところで、矢が飛んでこないか確認して、一旦後続を待った。そして、綺麗なひし形の方陣(部隊を密集した四角形に配置すること。どこからの攻撃にも対処しやすい)を整え、ゆっくりと海岸を上り始めた。
地形に高低差のある今が、まさに迎撃のしどころなのに、今のところエリトニー軍は海岸の奥で待機し、動く気配はない。静まりかえっている。
ざっと見たところ、ホランド軍は1万人余り。初戦に全軍の3分の2を投入している。
それに引き換え、エリトニーは3000人いるかいないかくらいだ。
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「なあ、アラン。エリトニーは何やってるんだろうなあ。迎撃するなら、ここが一番美味しいところだろうに」 俺は、傍らのアランに首を向けて、訝し気に眉根を寄せる。
「ミシェル様もそう思われますか。‥‥‥おそらくは、上陸させてから何かしたいのでしょう。ただ、それだと兵力差がもろに出てしまいますから、本来なら今叩いておきたいところです。なんでしょう、私にもちょっと分かりません」と、アランも不可解な表情で返してくる。
「なんとも気味が悪いな……。だけど、そんなとこに突撃させられなくてよかったよ。手柄はホランドのぼんくら将軍にくれてやればいいさ」
「『命あってのものだね』ですからね。まあ、さすがにホランドも、援軍に来てくれたマケドニーの王子を死なせるわけにもいかないでしょう」
「そういうもんかな。だけど、俺なんか、王子ったって、四番目で妾腹(側室の子)だぜ。上の三人はお妃の子なんだから、俺なんて家督争いもへったくれもないだろう? かえってこの戦いで死んで欲しい位に思ってるんじゃないか」
「そんな憎まれ口叩いちゃいけませんよ(笑)。ミシェル様もご自分で望んで軍人になられたんでしょう?」
「あはは、まあそうだな。あんな潰れかけた国の王になっても貧乏くじだからな(笑)」
そう言って、俺は口の端っこを曲げて「ニっ」っと笑い、再び望遠鏡を海岸に向けた。
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エリトニーの東海岸は断崖と岩場ばかりで、大軍が上陸可能なのは、ここ港町リガーの北側にある、わずか数キロの砂浜だけだ。ここを取られてしまうと、首都エリトニーまでわずか50㎞。兵力に乏しいエリトニーにとって致命傷になりかねない。
だが、エリトニーは海岸線を兵士でぎっしり埋めるようなことはしなかった。却って、防護柵もたてず、初めから上陸を容認しているかのような布陣を見せてきた。
ホランドも、当初からその意図を疑って、うかつに手を出さず、3週間の膠着状態が続いたところで、エリトニーによって、無理やり事態が動かされることになった。
夜陰に紛れて、小舟が近づいてきて、5隻ある兵糧船のうち、3隻が焼かれたんだ。
兵糧と水は大軍の泣き所。エリトニーには、隠密のゲリラ部隊もいるんだな。
これでホランドは長期戦を維持することが出来なくなった。無理にでも上陸して雌雄を決するほかない。独立戦争の初戦で、本国の軍隊が、矛を交えずにおめおめと撤退することなど許されない。
たとえ、エリトニーの掌で転がされているような気配が漂っていても。
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ホランド軍の方陣が半分くらい海岸に上がったところで、ようやく動きがあった。
待機していたエリトニーの騎兵部隊と歩兵部隊が出陣し、正面から突っ込んでくる。
本当に何がしたいんだ? ひし形の方陣の頂点に寡兵で突っ込んだら、両翼から包まれてお陀仏だろうに。
と思ったところで、突如、騎兵部隊が、向かって右方に進路を取った。少し遅れて長槍を手にした歩兵部隊が追従する。
ああ、これは動きがいい。敵ながら惚れ惚れするな。一兵卒に至るまで統制が取れていて、全体が有機的で流れるようだ。まるで、ムクドリの群れが塊になって、ひとつの生き物のように宙を舞っているみたいだ。ホランドも前線兵士が単弓を打ち込むが、後手に回り、全く当たらない。
エリトニーの騎兵部隊は、高速の勢いを維持したまま、ホランド軍の右の角に激突する。時速40㎞超のスピードで重装騎兵が突っ込んで来たら、前線の歩兵はひとたまりもない。その瞬間、角がつぶれ、方陣がいびつになっていく。なるほどな。まだ兵は上陸中だから、ここに突っ込めば、しばらくは包まれる懸念はない。
ああ、しかし、これは強いぞ。ホランドとは練度がまるで違う。人馬共に鉄の鎧を纏った重装騎兵が、馬上から長大な槍を振るい、歩兵の槍を払いながら、次々に刺し殺していく。
特に、先頭で突っ込んできたあの二人の動きが目覚ましい。二人とも2m近い大男で、凄まじい膂力を発揮し、敵をなぎ倒していく。
ああっ! 今串刺しにした歩兵を、空中に放り投げて外したぞ。全く、なんて奴だよ……。
少し遅れてエリトニーの歩兵部隊が追いつき、騎兵がズタズタにしたホランド軍に、槍衾で突っ込む。さっきまで綺麗な方陣だったホランドの陣形が、徐々に崩れていく。
しかし、ホランドは大軍。兵力差が3倍もあるのだから、エリトニーを一旦受け止めてしまえば、形勢は逆転するはず。まず勝利は間違いない。
次第に寡兵のエリトニーの勢いが鈍って圧力が弱まり、ホランド軍が押し返してくる。アメーバが捕食するように、周りから包み込みたいが、そうはさせじと、エリトニー軍は、重装騎兵が進路をこじ開け、そこを歩兵が全力で駆け抜け、今来た右方に素早く退避していく。
見事だ。両軍全体の動きが俯瞰的に良く見えている。無理やり攻めて全滅するような愚は犯さない。
これは……、誰かが外から軍を差配しているな? そう思って、右手奥の低い丘に望遠鏡を向けると、やはりいた。何人かの部隊が頂上から戦場を見下ろし、旗を振って合図を送っている。
間違いない。エリトニーには、相当な知恵者がいる。
殆ど無傷のエリトニー軍は、ホランドの方陣から離脱し、逃げ込みにかかる。だが、当然ながら、背中を見せた部隊は防御が難しい。ホランドもそれを分かっているから、速度の速い騎兵、そして歩兵の順に、それを追撃する。
そうして、ホランド軍が一時的に方陣を崩し、間延びした横長の横陣(横長なので敵を包みやすいが、厚みがないので正面からの攻撃に弱い)になったその刹那、それが、やってきた。
鳥の大群が一斉に飛びたったかのように、空を暗く覆いつくす、悪魔のようなそれが。
俺は、これから始まるホランド兵の惨殺劇に背筋がうすら寒くなり、思わず心で十字を切った。
どうか兵士に神のご加護を。エル・ディナス (我ら全て、その胸の内)
読者の皆様。
第2部がスタートしました。
この間、3日連続で上げた、恋愛小説短編三羽烏は、そろって0ポイントで討ち死に致しました。。いやもちろん読んで下さった方には心から感謝いたしますが、いくらなんでも3戦連続完封か。。読んでくだされば、ちゃんとした作品ですので、折りがあったら是非どうぞ。
この「エリトニー興亡記」は、まだ別サイトで連載中ですが、40話程度ストックがあるので、当面は毎日アップできると思います。沢山の読者の方のお越しをお待ちしております。
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