付録 エリトニー興亡記 メラニー王妃その後
エリトニー公国は、中世ナーロッパの東の海沿いに位置した小国でした。
もともとはホランド王国の一部だったのですが、北側を剣俊な山脈が遮り、本国と行き来の難しい地理的な環境にありました。そのため、少数民族のエリトニー人が自治区として治め、他の地方とはまた違った独特の文化や人種の構成をなしていました。
ホランド王国で編纂された「エリトニー興亡記」によりますと、エリトニーの人口は約70万人、ホランド全体が約1200万人ですから、全く規模が違ったようです。資源も乏しく、経済が回らなかったため、独立した統治を行うことは難しく、長くホランドの支配下に置かれてきました。
それが、英雄王ウォレムの登場により一変します。強力な個性と指導力を備えたカリスマは、3年にもわたる独立戦争を経て、ついに悲願の独立を勝ち取ります。
ウォレム王は、独立を成し遂げた後、まず経済の立て直しに注力します。遅れていた港湾の開発を進め、船舶の係留料や、物品の関税を優遇し、ホランドよりも有利な条件で貿易できる体制を整えました。
地中海の入り口からみると、エリトニー港の方が手前にあるうえ、取引も有利になるわけですから、他国の船舶は競ってエリトニーに入港するようになりました。それにより、首都エリトニーは多くの外国人で賑わいを見せ、次第に経済国家として成長し、国力を蓄えていきます。
今日のお話は、独立戦争後、このように、国が少しずつ豊かになってきた頃のもので、エリトニー興亡史の中の、「第3章 悲劇の王妃サラの死と、メラニー王妃の誕生」をかいつまんでお伝えしたものです。正史では、サラ王妃は、23歳で病没したことになっています。
どうも、ウォレム王は、その卓抜した政治手腕とは裏腹に、自らが容貌魁偉であることを強く気にしており、娶った美しい王妃を、他の男の眼に触れないよう搭に押し込めて、決して外に出さなかったようです。自身の容貌に対する劣等感から、王妃を他の男に奪われたくないという、半ば狂信的な信念を持っていたようです。
ただ、そのウォレム王の治世も長くは続きませんでした。
ウォレム王が55歳のときに、身体の調子を崩し(癌であったと言われています)、病の床に就くことも増え、徐々に国政に関わる頻度が減っていきました。それを見た他国は、当然、豊かになりつつあるエリトニーを版図に加えようと狙ってきます。海上の要衝は、どの国にとっても魅力的なのです。
そこで立ち上がったのが、メラニー王妃でした。
祖国エリトニーを守るために、父親と一緒に国内をまとめ、家臣団と人民を統べ、他国との交渉にも積極的に乗り出します。この頃には、既に、閉じ込められた石牢からは解放されていたようです。ウォレム王も、病に伏し、25歳の王妃に国政を託さねばならないと理解を示したのでしょう。
驚いたことに、メラニー王妃の政治手腕は確かでした。卓抜していました。
誰もが王妃の目覚ましい働きに驚き、エリトニーのみならず、他国の国民からも、「エリトニーの名花」と呼ばれ、その美貌とともに賞賛の的となります。
しかし、その3年後、ウォレム王が58歳で病没すると、やはり、小さくて力もないエリトニーは長くもちませんでした。
エリトニーの政庁内に入り込んでいた親ホランド勢力が一気に台頭し、政権をメラニー女王から奪い、ほどなくして、ホランド王国に恭順の意を示し、再びホランドの一部として生き延びる途を選択します。
エリトニー公国は、英雄王ウォレムの存命期間中だけ存在した、一小国だったのです。
ホランド王国に編入された後は、もちろん、旧ウォレム王の一族は粛清の対象になります。息を吹き返されては困るからです。
メラニー女王も、城下町の広場で、磔にされ、焼き殺されたとされています。
しかし、エリトニーの政庁が親ホランド勢力に掌握される直前、メラニー女王によって逃がされた、当時5歳の双子のきょうだいの行方は、杳として知ることはできませんでした。
これが、ホランド王国にとって、悔やんでも悔やみきれない、痛恨の過ちとなります。
その二人こそ、15年後、ホランドの圧政と搾取にあえぐエリトニーの人民に、熱狂的に迎えられることになる、英雄王ウォレムと名花メラニーの忘れ形見、姉のセシル、弟のアロイスでした。
「姉と弟、どちらも英雄王に比肩する」と称えられた二人のきょうだいの、国家再興を志した活劇譚は、エリトニー興亡記の中でも特に華やかな一節であると言えるでしょう。
ですが、もうだいぶ長くお話しました。
今日は、悲劇の王妃サラ、そしてそれに続くメラニー王妃誕生のお話をしたところで、お終いにしたいと思います。
この続きは、いずれまた。
それでは。
みなさま。拙作、「閉じ込められた、美しく、聡明な、王妃の祈り」を読了頂きありがとうございました。切りがいいので、ここでいったん完結にして、いくつか恋愛ものの短編を投稿してから、再び連載に戻して、「第二部 エリトニー興亡記」をアップしていきたいと思っています。こちらは、メラニー女王に逃がされた双子のセシルとアロイスが、成長して帰ってきて、エリトニーの国家再興に挑むお話です。
また宜しくお願い致します。
小田島 匠