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第三の条件  作者: コバヤシ
8/21

第8話 速水の日常

 午前六時。

 速水蓮は、寮の小さな部屋で目を覚ました。


 時計と体内時計の誤差はほぼゼロ。

 起きた瞬間から、思考はすでに回転している。


 カーテンを開ける。外はまだ少し早い。


 深呼吸を一つ。寝起きの神経系をリセットするように首と肩をほぐし、ベッド横に敷いてあるマットに座り込む。


 瞑想。約10分。


 脳内物質の調整を開始する。

 ドーパミンは軽め。セロトニンはやや多めに。

 今、速水の意識は「平常」と「戦闘」の中間にある。



 七時。食堂にて朝食。

 メニューは和食中心だが、速水は必ずゆで卵と味噌汁を取る。糖質は抑えめ。炭水化物で意識が鈍るのを避けるためだ。


 高嶺に「またそれかよ」と言われても、返事はしない。


 八時十分。教室。

 授業が始まる。今日は現代文から。


 教科書の内容よりも、教師の授業運びとクラスの空気の流れに意識を向ける。

 ノートには本文の要約よりも「クラス内で発言するタイプの生徒の傾向」や「教師の癖」が記されている。



 昼休み。

 教室を出て屋上へ。風にあたりながらカツサンドを口にする。そこへふらりとやってくるのが—七瀬柚葉。


 「速水くんのお気に入りのとこ、また来ちゃった」


 「…別に気にしない」


 七瀬が静かに微笑む。その時間、速水はなぜか“セロトニンの分泌”が乱れるのを自覚する。理屈じゃない。そういうのが、一番厄介だ。


 


 午後の授業。政治経済と数学。

 教科そのものは興味深いが、クラスメイトの集中力の波に敏感になる自分が煩わしい。

 玲奈が後ろでノートに落書きしている音まで聞こえる。


 (無駄なようで、脳をゆるめるにはいい行動だな)と、速水は気づかれない程度に、観察する。



 放課後。柔道部。

 柔道は、唯一『ノイズを受けずに自分の状態を確認できる時間』。

 投げる、受ける、崩す、耐える—そのすべての動作に、「感情」は関わらない。


 だが、身長190cm越えの神喰という教師がたまに道場に現れると、話は別になる。


 あの男の前では、思考すら読み取られている気がして、技が重くなる。



 夕食後、寮の部屋。

 速水は静かに本を読む。今日は行動経済学の章をひとつ。


 だが、ふと本を閉じ、天井を見上げることがある。


 (“合理的に生きる”ことは、どこまで“人間らしい”のか)


 そんな問いが、脳の奥でうっすらと残る夜もある。


 


 日付が変わる前に就寝。

 照明を落とす直前、速水は静かに目を閉じ、今日使った感情と反応を“棚卸し”する。


 今日、誰に微笑んだか。

 今日、どこで心が波立ったか。

 今日、言葉を飲み込んだ瞬間はあったか。


 その日、速水蓮は夢を見た。

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