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第三の条件  作者: コバヤシ
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第7話 陽の少女

 昼休み、瑞峰学園の中庭。ベンチに腰掛ける速水蓮の前に、槙原玲奈がヒョイと顔を出した。


「やっほーハヤミン!」


 玲奈は軽いノリで声をかけると、そのまま速水の隣に腰を下ろす。速水は少し顔を上げて玲奈を見た。


「なんだ、夏海」


「なんだってなによー、せっかく話しかけてあげたのに。冷たっ!」


 玲奈は頬を膨らませてみせるが、すぐにニッと笑う。


「ま、いいけど。ねえ、速水くんってさ、普段何して遊んでんの?」


「遊ぶ?」


 速水は少し考えてから、淡々と答えた。


「別に…本を読むとか、体を動かすとか。あとは、特に決まってない」


「うわー、真面目そうで意外と適当な答えだね。でもさ、本ってどんなの読むの?」


「いろいろ。最近は『統治論』を読んだ」


「…統治論? あの政治の本?」


 玲奈が目を丸くする。


「ふーん…難しそう。そっち系が好きなんだ?」


「考え方としては面白い」


「へえ~。玲奈ちゃん、そういうのには全然詳しくないなあ。てか、もっと普通の本読もうよ! 小説とか漫画とか!」


「小説は読む。漫画も、わりと」


「ほんとに~? じゃあさ、次の休みに一緒に本屋行かない?」


 玲奈が軽く誘うと、速水は少し考えてから「別に構わないが」と答えた。


「やった! じゃあ決まりね!」


 玲奈は満足げに笑い、ポンッと速水の肩を叩いた。


「ほんと、ハヤミンてさ、クールぶってるけど、意外とノリがいいよね」


「お前の押しが強すぎるだけだ」


 速水が静かに言うと、玲奈は「かもね!」とあっけらかんと笑った。


 こうして、二人は外出の約束をしたのだった。


 休日、瑞峰学園の最寄り駅近くの大型書店。


 速水と玲奈は店内に足を踏み入れた。玲奈はカジュアルな私服姿で、普段のギャルっぽさを残しつつも、どこか落ち着いた雰囲気をまとっている。対する速水はシンプルなTシャツと黒のスラックスという質素な服装だった。


「うわっ、広っ!」


 玲奈は両手を広げて店内を見渡す。


「ここ、思ってたよりデカいね~。やっぱりハヤミンってこういうとこ来るとテンション上がるの?」


「いや、別に」


「即答かよ! もっとさ、『おお、知の殿堂か』とか言えばいいのに!」


 玲奈はからかうように言いながら、軽く速水の腕をつついた。速水はため息をつきながら、本棚を見上げる。


「俺は買う本を決めているだけだ。無駄に浮かれる必要はない」


「はぁ~、つまんないヤツ。でもまあ、ちゃんと本読むのは偉いよね。玲奈ちゃんもちゃんとした本読もうかなー」


「普段は何を読んでいる?」


「え? えーっと、雑誌とか、SNSの投稿とか…?」


 速水は無言で玲奈を見つめた。玲奈は肩をすくめ、苦笑いする。


「ほらほら、そんな目で見ないの! ハヤミンが本好きなのはわかったけど、世の中には活字が苦手な人もいるんだよ?」


「読まないのではなく、読む習慣がないだけだろう。お前みたいに口が達者なら、むしろ言葉の力を磨くべきだ」


「えっ、今のちょっと褒めてる?」


「事実を言っただけだ」


 玲奈は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。


「へーへー、ありがと。でもさ、たまにはハヤミンもこっちの世界を楽しんでみたら? 例えばさ、最近流行ってるライトノベルとか!」


「…」


 速水は微妙な顔をしながら、玲奈が指差した棚を見る。そこには派手な表紙のラノベがずらりと並んでいた。


「…」


「ほらほら、このタイトルとかさ、めっちゃ面白そうじゃない?」


 玲奈は適当に一冊を手に取って速水に見せる。速水は一瞥して、静かに言った。


「タイトルが長すぎる」


「そこかよ!」


 玲奈は大袈裟に肩を落とす。それでもめげずに速水の手に本を押しつける。


「まあまあ、試しに読んでみなって! もしかしたらハマるかもよ?」


 速水はしばらく黙って本を見つめ、それから小さく息をついた。


「…まあ、物は試しか」


「やった! 速水くん、ギャルに感化されるの巻!」


 玲奈は嬉しそうに笑い、速水の肩を軽く叩く。速水は微妙な表情をしつつも、まんざらでもない様子だった。


 大型書店のカフェスペース。


 玲奈はカフェラテを片手に椅子へ腰掛け、速水が手にしたラノベをじっと見つめていた。速水は一応ページを開いたものの、微妙な表情を浮かべながら文章を目で追っている。


「どう? 面白い?」


 玲奈がカップを揺らしながら尋ねる。速水は数秒沈黙し、それから低い声で答えた。


「…この文章、三行で言えることを十行かけている」


「うっわ、そういう感想!? もっとこう、『キャラが魅力的』とか、『ストーリーが熱い』とか、ないの?」


「キャラクターの動機付けが弱い。物語を進めるために都合よく動いている」


「ぐっ…! いや、まあ、そういうのもあるけどさ! 難しく考えすぎじゃない?」


 玲奈は速水の腕を軽くつつきながら、半ば呆れたように笑う。


「別に論文じゃないんだから、もっと気楽に読めばいいのに」


「俺にとって文章は道具だ。無駄が多ければ、それだけで評価は落ちる」


「はぁ…。ハヤミンって、ほんっとに頭が固いよね~」


 玲奈はぼやきながらも、どこか楽しそうだった。


「でもさ、たまには違う世界をのぞいてみるのもいいんじゃない? 例えば、ハヤミンが今まで興味なかったものに触れてみるとかさ」


「…お前はどうなんだ?」


「え?」


「お前も、俺のような考え方に触れてみる気はあるのか?」


 玲奈は目を瞬かせた。


「…うーん、そう言われると、ちょっとドキッとするかも」


「俺はお前に合わせてこの本を読んだ。なら、お前も俺の世界に少し足を踏み入れてみるのはどうだ?」


「おお…ハヤミンがそんなこと言うなんて、ちょっと意外かも?」


 玲奈は茶化すような口調だったが、その表情には興味が混じっていた。


「じゃあ、逆に聞くけど、玲奈ちゃんがハヤミンの世界に足を踏み入れるとしたら、どんなことするの?」


 速水は考える素振りを見せ、それから静かに言った。


「…お前に『論理的思考』を教えてやろう」


「えっ」


「お前の会話は感情に流されすぎている。根拠を整理し、論理的に物事を考える習慣をつければ、もっと会話も鋭くなるだろう」


「…な、なんか、すっごいハードル高くない?」


 玲奈は苦笑いしたが、興味を持った様子でもあった。


「ま、まあ、せっかくだし…ちょっとくらいなら、教わってみてもいいけど?」


「なら、まずは簡単な水平思考ゲームから始めるか」


「ええ~!? いきなり勉強モード!?」


 玲奈は思わず頭を抱えたが、それでもどこか楽しそうだった。


「そのゲームって、具体的に何やるの?」


 カフェラテを一口飲みながら、玲奈が速水に尋ねた。


「たとえば」


 速水はコーヒーカップを置き、テーブルの上にコーヒーフレッシュの容器を三つ置いた。


「三人の囚人がいるA、B、C。全員、殺人事件の容疑で収監されている。ある日、看守の一人が囚人Aにだけ、こう告げられた『君は無実だ。でも出られない』。Aは激怒した。その後、Bは自殺し、Cは黙り込んで一言も喋らなくなった。

さて、なぜかわかるか?」


 玲奈は目を瞬かせた。


「え、えっと……」


「ヒントは、看守の言葉をそのまま受け取ってはいけないことだ」


「うーん……」


 玲奈は眉を寄せて考え込んだが、すぐに首を振った。


「ごめん、ちょっと難しすぎるかも」


 速水はわずかに口元をゆるめた。


「看守たちは、誰が犯人かわからなかったんだ。だから“無実の囚人にだけあえてその言葉をかけて”、どう反応するか見た。もし本当に無実なら、怒るだろ? 理不尽に怒る。それを他の囚人が見たとき」


「あっ、それでBは、無実の人が捕まってるって聞いてショックで……」


「そして実行犯のCは…自分の罪がばれかけてるって悟って、言葉を失った。しゃべったらボロが出るからな」


夏海は目を見開いて、小さく口を開ける。


「うわぁ、そういう風に考えるんだ。なんか、怖いね…」


 玲奈は半ば感心、半ば恐怖したようにため息をついた。


「心理ってのはな、少し突くだけで本音が滲むんだよ。人間の中身って、案外もろい」


「でもさ、ハヤミンって、こういうの普段から考えてるの?」


「考える、というより、考えずにはいられない」


 玲奈は少し驚いたように速水を見つめた。


「…なんか、すごいね。それ、楽しい?」


速水は少し考え、それから静かに言った。

 

「楽しいというより、俺にとっては普通のことだな」


 玲奈はしばらくじっと速水を見ていたが、やがて、くすっと笑った。


「へぇ…でも、なんだかちょっと面白いかも」


 速水がわずかに目を細めた。


「なら、もう一つ出題するか?」


「うっ……! いや、今日はもういい! 頭がパンクする!」


 玲奈は慌てて手を振り、速水の出題を止める。


「それよりさ、次は玲奈ちゃんの世界にハヤミンを引き込む番だよね?」


「俺に何をさせる気だ」


 速水は警戒するように玲奈を見た。玲奈はニヤリと笑う。


「そうだなぁ…カラオケとか?」


「却下だ」


「ええ~! じゃあプリクラ!」


「論外だ」


「ノリ悪っ!!」


 玲奈はぷんすか怒りながらも、どこか楽しそうだった。


ーー


 昼休みの学食。トレーを持った速水、七瀬、高嶺の三人は、すでに席を取っていた玲奈のもとへ向かった。


「おっそーい!ナナちゃんたち、待ってたんだけど?」


 玲奈が頬を膨らませる。


「ごめん、混んでてなかなか進まなくて」


 七瀬が申し訳なさそうに言うと、玲奈は「まあまあ、座んなよ!」と手をひらひらさせた。


 しばらくして、玲奈はスプーンでプリンをすくいながら、ふと何かを思い出したように目を輝かせた。


「てかさ、前も聞いたけど、速水くんって休みの日とか何してんの?」


 玲奈が好奇心旺盛な様子で身を乗り出す。


「読書、トレーニング、柔道の練習、あとはまあ……」


「え、なんか他にある?」


「ヨガ」


「ヨガ!? マジで? 意外すぎるんだけど!」


 玲奈が思いきり驚いた顔をした。高嶺は「いや、俺も最初は驚いたけど、こいつは脳と身体のバランスを考えてそういうのやってるんだよ」とフォローする。


「そ、そうなんだ…なんか、すっごいストイックじゃん」


「お前の休日の過ごし方は?」


「え、あたし? うーん…買い物とかカフェ巡りとか~、友達とカラオケとか? あと、映画も結構観るかも」


「なるほど」


「てか、ハヤミンはカラオケとか行かないの?」


「今まで機会がなかったな」


「マジで? 人生損してるって!」


「…そうなのか?」


「そうなの! たまにはストレス発散もしないとさ~。歌うのって楽しいよ?」


「速水の歌か…想像つかんな」


 高嶺が苦笑混じりに言うと、玲奈が「ねー、今度四人で行こうよ!」と勢いよく提案する。


「四人で?」


「そう! 速水くんがどんな歌うたうのか気になるし~」


「俺も興味あるな」


 高嶺まで乗っかってくる。


「…まあ、時間があれば考えよう」


「おっ、じゃあ決まりね!」


 玲奈は勝手に決定事項として扱い、楽しげに笑った。こうして、玲奈の勢いに押される形で、週末の予定が決まったのだった。


 週末の昼下がり。四人は駅前のカラオケボックスに集まっていた。


「よーし、歌うぞー!」


 玲奈がテンション高くリモコンを握りしめ、迷わず1曲目を予約した。


「トップバッターは、もちろんあたしね!」


 流れ始めたのは、ノリのいいJ-POPのヒットソング。玲奈はリズムに合わせて体を揺らしながら、楽しげに歌い始めた。


「…すげぇな」


 速水がぼそっと呟く。


「歌うまいんだな、玲奈」


「でしょ~?」


 玲奈はマイクを握りしめて得意げにウィンクする。


「タカミーも歌いなよ!っていうか、ハヤミンも!」


「俺はパスだ」


「おいおい、せっかく来たんだから1曲ぐらい歌えよ」


 高嶺が速水に目を向ける。


「お前、マジで歌ったことないのか?」


「あるっちゃあるが…まあ、久しぶりだな」


「じゃあ、せっかくだしナナちゃんとデュエットとかどう?」


 玲奈が悪戯っぽく提案すると、七瀬は「えっ?」と目を丸くした。


「私、あんまり歌上手じゃ…」


「大丈夫大丈夫!楽しく歌えばいいのよ!」


 玲奈の勢いに押され、七瀬と速水が渋々デュエットすることになった。


 そして―


「…意外と悪くねぇな」


 高嶺が腕を組みながら頷いた。


「ナナちゃんの声、可愛い!」


 玲奈が満面の笑みを浮かべる。


「ハヤミンも、もっと歌えばいいのに!」


「……まあ、また今度な」


 こうして、四人の週末は賑やかに過ぎていった。

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