第26話 みんなの勉強会
放課後の自習室は、普段より少しだけざわついていた。
中間テスト前、それだけでここを賑わせるには十分な理由である。
窓際の長机には、速水蓮を筆頭にいつもの面子がいた。
「はい、今日から『中間テスト対策勉強会』スタートでーす」
夏海玲奈が軽く手を叩く。
「勉強会って……」
高嶺悠真が苦笑しながら椅子に座り直した。
机の上にはそれぞれの教科書とノート。
速水蓮は端の席に座り、すでに問題集を開いている。
七瀬柚葉は筆箱を整えながら周囲を見渡した。
「こうやって集まるの、なんだか新鮮だね」
「いや、俺はありがたいよ。数学、詰まっててさ…」
高嶺が頭をかく。
「どこだ」
速水が視線を上げる。
「ここ。二次関数の最大値のやつ」
ノートを差し出すと、速水は一瞬だけ目を走らせた。
「条件式の読み落としだな」
「え?」
「グラフの軸を先に決めろ。計算する前に形を想像しないと、無駄が増える」
速水はペンを取り、ノートに簡潔な線を書き込む。
説明は短い。
だが、論理の筋が一目で分かる。
「…あ、ほんとだ。これなら一発で出る」
高嶺が目を丸くする。
「ハヤミン先生、神じゃん」
「大げさだ」
速水はペンを置いた。
横で見ていた夏海が身を乗り出す。
「ねえねえ、あたし英語やばいんだけど。なんかコツとかない?」
「単語を暗記するより、文の構造を先に覚えろ」
「えー、もっと具体的に言って!」
「主語と動詞だけ抜き出せ」
速水は彼女の問題集を軽く指差す。
「詳細が分からなくても、大筋は見える」
夏海は半信半疑で線を引き始めた。
「…あれ、なんか読める気がしてきた」
「情報量を減らしたからな」
「ハヤミン、ほんと頭の使い方違うよね」
夏海は感心したように笑う。
七瀬はそのやり取りを静かに見ていた。
「速水くんって、教えるの上手だね」
「基本的な解法を言っただけだ」
「それができるのがすごいんだよ」
七瀬は微笑みながら、自分のノートを開く。
「私は古文かな…助詞が混乱しちゃって」
「例文を覚えるより、役割で分類した方が早い」
速水はさらっと言い、古文の表を三つの列に分けて書いた。
接続、強調、終助。
「…あ、整理されてる」
七瀬の目が少し輝く。
しばらくして、机の上には静かな集中が生まれた。
ペンの走る音。
ページをめくる音。
時々、夏海が小さく呻き、高嶺が「なるほど」と声を上げる。
その中心で、速水は淡々と質問に答えたり、解き方を教えたりしていた。
「速水くん」
七瀬がふと声をかける。
「なんだ」
「自分の勉強、進んでる?」
速水の手が一瞬止まる。
「問題ない」
「ほんと?」
「…お前たちに説明していることが、復習になる」
それは事実だった。
他人に教えることで、思考が再構成される。
自分一人で復習するより、理解が深まる。
「なんか、いいね」
七瀬が小さく笑った。
その時、夏海が突然立ち上がる。
「はい、五分休憩! 脳が焼ける!」
「急にどうした」
「メリハリ大事でしょーが!」
彼女はコンビニ袋からチョコを取り出し、机の中央に置いた。
「糖分補給!」
「…一理あるな」
速水がぼそりと呟くと、夏海はニヤリとした。
空気が少しだけ緩む。
窓の外では、夕焼けが夜へ変わり始めていた。
休憩が終わり、再び問題集が開かれる。
中間テストまで、あと三日。
まだ、勉強会は続きそうである。




