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第三の条件  作者: コバヤシ
23/25

第23話 決闘の後

 速水蓮と一ノ瀬一(ニコイチ)との決闘から、数週間が経った。


 あれだけのことをしたのに、いや、あれだけのことをしたからなのか、一ノ瀬はここ最近、憑き物が落ちたようにスッキリとした顔をしている。


 級友はもちろんのこと、速水に対しても、気さくに声をかけることが多い。


 まるで、胸の奥に長年引っかかっていた棘を引き抜いたかのようだった。


 廊下ですれ違えば、以前なら視線を逸らすか、喧嘩をふっかけてきたはずの一ノ瀬が、今は軽く顎を上げて「よう」と言う。

 

 教室では誰かの冗談に短く笑い、昼休みには自然と人の輪の中心にいる。


 無理に明るく振る舞っている様子はなく、ただ肩の力が抜けている。それが、かえって周囲を安心させていた。


 速水はその変化を、少し距離を置いたところから眺めていた。


 決闘の後、二人は特別な会話を交わしていない。勝敗についても、あの場で起きたことについても、互いに蒸し返すことはなかった。


 それでいい、と速水は思っている。

 あの時は、ぶつかることでしか、終わらせられない何かがあった。

 ただ、それだけのことだ。

 


「…不思議なもんだな」


 放課後、校舎裏のベンチで、一ノ瀬がぽつりと言った。


 誰に向けた言葉でもない。だが、速水にはそれが自分に向けられたものだと分かった。


「殴り合っただけで、世界が変わるとは思ってなかった」


「変わったのは世界じゃない」


 速水はそう返し、視線を遠くに投げる。


「お前が、自分の考えを見直しただけだ」


 一ノ瀬は一瞬だけ黙り込み、それから小さく鼻で笑った。


「相変わらずだな。そういう言い方」


「事実だ」


 速水は感情を乗せずに言う。その声音には、以前のような警戒も、試すような鋭さもなかった。ただの確認だ。


 一ノ瀬はベンチにもたれ、空を仰いだ。雲がゆっくりと流れていく。勝ち負けも、意地も、後悔も、すでにそこにはなかった。


「なあ、速水」


「何だ」


「俺さ…しばらく、余計なこと考えないでみる」


 それは決意というより、抱負に近い口調だった。


「おまえにこだわるのは、一回やめる」


「合理的だな」


「だろ?」


 一ノ瀬は笑う。その笑顔には、以前あった焦りの影がない。


 速水はその横顔を見て、ほんの一瞬だけ思う。


―これでいい。


 決闘は、勝者を決めるためのものではなかった。壊れかけた何かを、これ以上歪ませないための、最後の確認だったのだ。


 風が吹き抜け、校舎の窓が小さく鳴った。


 速水蓮は立ち上がり、鞄を手に取る。


「帰るぞ」


「おう」


 並んで歩き出す二人の背中は、もう対峙する者同士ではない。だが、完全な友でもない。


 それでも、互いに背中を預けられる距離には、確かに立っていた。

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