第五話 やっぱりこの人合わない
目が覚めると、目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。
「ここ、どこ?」
「おっ、起きた」
声がした方向を向くと、そこには猪狩さんがいた。
「お前、スライムごときにビビって失神したんだろ。そんなに弱くて、本当にここでやっていけんのか?」
すごく腹立つ言い方。確かにスライムは怖かったけど、それだけで失神したわけじゃない。
今日起こった、色々な出来事の積み重ねで、キャパオーバーになったのだ。
「ここで働くの、無理かもしれません」
「はあ?」
猪狩さんがすごい顔で睨んでくる。
非現実的なことが起こりすぎてて、こんなところでやっていける気がしない。早めに退職する方が絶対に良い。
「やむを得ない事情以外の退職は、ここでの行った業務についての記憶を消すことになるが、それでも良いのか?」
「…え!どういうことですか」
記憶を、消す…?そんなこと可能なの?
「契約書に書いてあったろ」
「や、なんか機密保持の項目に、それとなく書いてあったような気がしますが…」
そんなこと、書いてあったか?と思うが、反論する自信がない。
何せ、機密保持についての項目がやたら長かったな、という印象はあるが、契約書が分厚くてちゃんと目通してないのだ…
過去の自分をぶん殴りたくなった。
「記憶を消すことは可能らしいぞ。もっとも、この班設立以来、誰も辞めたことないから、使われたことはないらしいが」
どうする?みたいな顔で見られて、私はさっきまでの固い決意が揺らいでしまった。
「…辞職するかどうかは、一旦保留にします」
だって記憶消されるとか怖すぎる。
「ごめんね。驚かせたよね」
声を聞きつけた東雲さんがガチャと扉を開けて入ってきた。
また口調戻ってる。どうなってるんだこの人。
「班長、こいつにどこまで説明したんですか?」
「まだ、全然説明できてないんだよね」
東雲さんは困った顔で頭を掻いた。
「それじゃあ、後は俺が説明します」
めっちゃぶっきらぼうに答えてる。上司にこんな態度で良いわけ?
一度嫌いになってしまった人の欠点はよく見えてしまう。これじゃダメだ。この人が私の教育係なんだから、もっと良いところ探さないと…
「ついてこい」
そう言うと、猪狩さんはスタスタと歩き始める。
まだ身体を起こしてもいないのに、付いてこいとか横暴!やっぱりこの人とは、上手くやっていける気がしない!
私が寝かされていたのは、どうやら仮眠室だったらしい。
扉を出るとそこは、先ほど見たオフィスだった。
「おい、お前の席はここな」
私の席は猪狩さんの隣らしい。私のデスクにはパソコンが1台置いてあるだけ。猪狩さんの方には、辞書のような分厚い本がたくさん積み上がっていた。
「さっき、鳳条の魔法見たんだろ」
「魔法…」
「鳳条希夢の方は火魔法が使える。スライムを燃やしたんじゃないのか」
もう、私の常識で物事を考えるのはやめた。
この仕事は、常識を捨てなければ、やっていけないだろう。
目の前で起こった出来事を素直に受け入れていかねばならない。考えることを放置したとも言える。
鳳条さんが手をかざした瞬間、火が上がっていた。
あれが、魔法なのだろう。
「はい、見ました。スライムと呼ばれてた生物が、石に変わったところまで覚えています」
「そうだ。魔物は死ぬと、核の魔石だけ残して後は何も残らない」
魔石…また知らない単語だ。
「あの、魔物とか魔石とかって何ですか?」
私の言葉に、猪狩さんは固まったと思うと、チッと舌打ちした。
「本当に何にも説明してねぇんだな。あの上司」
あまりの口の悪さに、今度は私が固まったのだった。
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