「上」との会話
街の外れにある古びた稲荷神社。ここいらでは最も歴史があり霊験あらたかと地元では言われている。
が、今は参拝者も少なく、寂しい雰囲気。そこに一人の男が入っていく。
そう、「ママ」の店でよく見かけるその「男」
粗末な社務所に、一人の老神主らしい神職の老人が転寝しているのか目をつぶっている。
しかし男が近づくと眼を開き、おもむろに頷く。男も頷き返すと、社の裏手に回る。
そこにある朽ちた古い井戸の傍に立つと、一瞬辺りを見回し、いきなりその井戸に身を投じる。
そこは神社の社の中なのかわからない不思議な薄暗い広い空間、しかし奥には神棚ではなく御簾が掛かっている。その左右には狐の像が居並んでいる。
今ふと、御簾が下がっている奥に、神々しい光が差したようだ。
低い声が響く。
「命婦神様、おでましである」
頭を下げる男。
周りの像もいつの間にか、黒子頭巾を被った者たちに変化していた。
命婦さまにはご機嫌麗しゅう存じます。
心にもない事を言うでない卿よ。
何を仰いますやら、私などは単なる岡っ引き、下賤な手先、口問いでございます。
ほほ…、過ぎた卑下は却って、疑念を呼ぶのではなかったのか?
これはしたり、以前の我が揶揄を返されようとは、さすが命婦さま。
ふん、まあ前置きは置いて、本題に入ろう。
…やはり、物言いが入りましたかな?
うむ、『仏』からの。
ほう…
いかに輪廻より外れたとはいえ、魂を弄ぶは言語道断!、と…
で、命婦さまには、何と?
詳しく詮議し、仮にでも瑕疵あれば厳しく処罰すると、申し置いた。
つまり下世話に申しますれば、
「ちょっと目に余るんだけど?」
「ごめん、何かあったら〆るからさ」、でございますか。
ふ、二行でまとめるでない。
恐れ入ります。
何でもお見通し、という圧じゃわ、ふ、仏らしいわ。
まあ、仏は余程でない限り、干渉しては来ぬがな。
しかし…それはさて置き、卿よ大丈夫なのであろうな?
はい、少しづつではありますが、進んでおります。
もう、話してくれてもよかろう、他の眼にも止まり、もはやわが胸の内にだけ収めることは叶わぬ。
訊かねばならぬ、卿は『かの者』を如何にするつもりなのか、をな。
はい、申し上げましょう、『かの者』を…連れ合いとなすつもりにて。
一瞬の静寂ののち、
周囲より驚きの声が上がる。
おほほほっ、あの悪辣性悪狐狸精を、連れ合いに?、この上なく不可能な上に、言うただけで首を刎ねられそうじゃなっ?!
しかし、これほど面白きことは無い、かと!
…そうじゃったな、好奇心、無駄な程の冒険心が、卿の身上であったな。
そのような話、我が祖母が存命であったなら、冗談でも捨て置かぬであったろうがの。
ははっ、しかし…
のう卿よ、わらわも九尾狐が古は瑞獣であったことを否定するものではない。
じゃが『かの者』は例え分霊となろうが力衰えようが、明らかに大罪を犯した存在であり…
その気になれば、まだまだ世を乱す力を有するのじゃ。
はて、この国では、いかな大怨霊でも、手懐けるすべがある筈…?
ほほう、卿は、あの大悪を「御霊」に転じようとするつもりかや?
成程、それが卿の目するところか…
悪を怨念を、鎮め癒せばかえって鎮護の神として平穏をもたらす、という「御霊」…
しかし、外つ国由来の『かの者』に通じるかのう。
叶わねば、この身の死のみ、大したことではございません。
ま、死ぬつもりは毛頭ございません、たとえ首をはねられようが…、ニヤリ
そうか、…よい、許す、そのまま続けい。
…ざわ、周囲の空気の沸き立ち、しかしそれを圧するように今までにない音声で彼は言う。
御意!、―では、これにて…