大人の会話 第弐夜 一個め
「あらぁ、いらっしゃい、いつものでいいわね?」
「ママ、本当に三百六十六日、綺麗だね」
「うふふ、毎回お世辞を考えるのも大変ねえ」
「頭で考えなくても出てくる言葉は、お世辞とは言わないさ」
「…はは、本当に、お上手ね」
「上手なのは言葉だけじゃないぞ、試してみるかい?」
「またあ、最近決まってそっちのほうにいくんだからぁ」
「ママが悪いんだぞ」
「えー、どうしてよ」
「いつも、さあこれから、という処で肩透かしなんだからな、文句の一つも言いたくなるさ」
「あら?、そんな事あったかしら、覚えてなーい」
「ははは、そんなママの知らんぷりも可愛いが、今夜は私も真剣なんだ」
「あーん、いやん、駄目だってぇ」
「なあ、ママ、いいだろう…? 今夜は逃がさないぞ」
「…ああんっ、もうっ、しょうがないわね、うふ、じゃあ、今夜は全てを見せて、あ、げ、る…」
「わあ、今夜は超高級ホテルの最上階スイートルーム?! 張り込んだわね」
「ああ、これもみんなママのためさ」
「もぉう、ここまでされたらその気になっちゃうしかないわ」
「じゃあもっとムードが出るようにジャズでもかけようか、ほら…」
「あはん、いい感じ…、ほらあ、ブラウスを、スカートを脱いでいくわよぉ…」
「おお、ママ、何て色っぽい、最高だよ」
「…あ、もうこんな姿になっちゃってる…、ふふ、あなたが悪いのよ?」
「…こうなったら一線を越えてみないか、ママ」
「ここならかなり刺激的な事をやっても、大丈夫だから、な?」
「いいわっ、全てを見せて、あげるわ…」
―ガシャアァンッ!!
いきなり分厚い窓ガラスが割れ、一人の黒尽くめの男が転がり込んでくる。
「お楽しみの処を悪いがここまでだ…」
「予告した通り今は午前零時、貴様の死ぬときだ」
黒尽くめは男を指さして言う。
そして、視線を『ママ』に転じる。
「…そうかこやつが、最近わが手下をコケにした牝狐か」
曲者は素早く指で、縦に四本横に五本の線を引き、手をかざす。
そこには光る呪符のようなものが出現し―
「唵、牛頭天王顕威、封邪ッ!」
びしりと投げつける。
札は『ママ』の額に張り付き、その動きがぴたりと止まる。
「邪魔者は、失せた…、さあ話をしようか」
「さて…」
黒尽くめは男に向き直る。ぐい、とその顔を覆う布を引き下げる。
そこから覗くのは老人の顔、いや、さりとて老いは一切感じられない、
白い鬢も眉も、まるで白金で出来ていると連想させる風貌だ。
それならばその研ぎ澄まされた筋肉は鋼、だろう。
「我が警告を、何故か貴様は無視し続けてきた。しかし、いまはこの地方の闇の覇者は、我か貴様かの二者に絞られた事は承知しておろう?」
「言うなればこれは我か貴様かの『負けられぬ戦い』になっておる」
ずい、と男の方に歩を進める。
「だが貴様のその投げやりとも思える態度は何ゆえぞ?」
背の腰の辺りに斜めに差した剣を抜き、じりじり詰め寄っていく。
「何を企んでおる、言え! …さもなくば、冥途に送ってやる」
しかしにやけたままの表情は変えない男。