大人の会話 第壱夜
「あーら、いらっしゃい。いつものでいい?」
「ママ、今日も綺麗だね」
「あたしはいつも綺麗だわよ」
「はは、ママが言うとイヤミに聞こえないな」
「当然でしょ」
「…なあ、ママ、今日こそ、いいだろう?」
「なに、またそれ? フフ、アナタの事嫌いじゃないけど、最近ちょっと、がっつきすぎじゃない?」
「ここんところ、何かムラムラしてるんだ」
「溜まっちゃってるんだ、で、あたしに、何とかしろって?」
「ああ、頼むよ」
「うーん、どーしよっかなー」
「お願い聞いてくれたら、ほら、こないだママが言ってた『アレ』…」
「えっ、いいのっ」
「ああ、もちろん!」
「うふふっ、ならぁ、あたし頑張っちゃおうかなっ」
「その気になってくれたかい?」
「うんっ、(ペロッ)…、忘れられなくしてあげるわあっ…」
…
「…どう、この下着?、この日の為に用意した超高級『勝負下着』よっ」
「おおっ、何て色っぽい…、最高だよ、ママ」
「うふふふっ、そうでしょ?! この姿を見れば、誰でもイチコロ…」
しかしいきなり、バンッ、と扉が開いて、十数人のやさぐれた男女が乱入してくる。
「…おい、こんな所で何やってんだ、ああんっ?!」
「ここは俺らの事務所だぞ、なんでいきなり服脱いでるんだよ!」
「てゆうかあー、そのたるんだ肉をしまいなさいよ、この色ボケババアッ、きゃはははっ…、は…?」
下品な笑いが凍り付く。
ぴょこん、と『ママ』の頭の上に狐耳が飛び出したからだ。
ニヤリと笑う真っ赤な口紅。
その奥に鋭い牙がキラリ、と光り、周囲の音が消える。
「ほほう、あたし…いや、わらわに向かい『婆』とな? ぬしら、よほど命がいらぬとみえる!」
ゴゴゴゴ…、ゆっくりと大地が鳴動しはじめる。
「この下着に込めた意のとおり、勝負してやろう、ま、まともな闘いになどなる筈もなかろうが…、くくくっ」
ズズズズズ…! すくみ上がる男女らの前に金色の体毛をまとう影が大きく膨れ上がっていく。
「精一杯聞かせてくりゃれ、無駄な足掻きをなあっ、おほほほっ―」
キシャアアアーッ!!
そして彼らは、彼女らは叫んだ。
うぎゃああああああーっっっ!!!
…
「やあママ、ありがとう、素晴らしかったよ」
「ふふっ、こいつら忘れようにも忘れられなくなったでしょ? だって、ただの人間のくせにあたし達に喧嘩売るんですものね」
「おいおい、私達もいちおう、『ただの人間』の設定だぞ、今は」
「…あー、ははっ、そうだったねー」
「忘れないでくれよ、…ふふふっ、でも、最後の土下座シーンは最高だったな」
「頭蓋骨見えるまで頭を地べたにこすりつけろ、って言ったらその通りにするんだもん、可愛い―ッ」
「しかし、さっきのママの艶姿、最高だったなあ、ふっ、ブイブイいわせてた頃の全盛期のママ、一目見たかったよ」
「うふふ、昔のあたしはこんなものじゃなかったわよ」
バチーン、とウインクを送る。
「そこいらの男だったらさあ、ひと睨みしただけで、身体から出せるもの全て出したあげく昇天したんだからさっ」
「ふふ、地獄に行ったか天国行きか、幸せ者だな、その男は…」
「で、ママ、俺も…」
ふ、と視線を逸らす。
「で、あなたもこれで目的達成なの?」
「…あ、ああそうだな、昔なら大きな団体が睨みを利かせていて、その親玉を押さえておけば無法者は管理しやすかったんだが…」
大きなため息をつく。
「世の中、変わったってヤツかしら?」
「最近は中小のチンピラ団体が、いくら潰しても湧いてきて、イタチごっこでイライラしてたのさ」
「で、一発ガツーンッ、とやりたかったわけね」
「ああ、ママのおかげでスッキリしたよ、ありがとう」
出された手を無視するように身体を引き、
しかしまた背後から抱きつく。
「で、前からお願いしてた『アレ』、いえ今は『コレ』かしら、ねえ、いいでしょ?」
首を振り、苦笑いの男。
「ああ、今回手に入った活きのいい魂と肉体、みんなママに任せるよ」
「わーい、やったー!!」
「ああ、でもほどほどにしてくれよ、『上』からにらまれたくないからな」
「だーいじょうぶだって、控えめにするわよ、うふ、たぶん…」
「ふふっ、ママのその『たぶん』、ゾクゾクするな」
伸ばす男の手を、無視するように、彼女は両手を組む。
「うふふっ、『リアル薄い本』が十分楽しめそうっ。あいつとアイツでBLして…、あっ、そうだっ!
ねえっ、女体化しちゃったイケメン二人が、『男同士』だけど「レズ」になっちゃうなんて面白いんじゃない? おほほっ、興奮するわあ!」
肩をすくめるしかない男。
「そうか、まあ、がんばってくれ…」