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王妃の誤算


 しばらくして、フィオナ・セラフティナに、とうとう登城を命令される日が訪れた。


 王子の「フィオナは学園を優秀な成績で卒業したので王妃教育は今更必要無い」との言葉に、それじゃあ試してみましょうと、特別に機会が設けられたのだ。

 迎えが無かった事に不満を言いながら、フィオナは通された広間で、大勢の王侯貴族達に囲まれていた。



「それでは王子を護ってみなさい」


 いきなりそんな事を命令され、何が何だかわからないフィオナは、隣に立つ王子の顔を仰ぎ見た。


「僕の妻になるには〈光属性〉が必須でね? 君は結界魔法の名手だろ? その実力をここで披露してくれるだけで良いんだ」


 ウインクしながら王子がチャラりとそう言った。


「そんなの聞いてないわ」


 一体なにをすれば良いのかもわからないのに、見知らぬイベントが始まってしまった事に、フィオナは頬を膨らませて抗議した。

 周りの貴族たちから「ヒッ」と声が上がり、大の大人達が皆その身を硬くしているのが見えた。


「当然よ。王妃教育は秘匿されてる。“関係のない人間”が知るはずないでしょう?」


 静寂の中、だから今教えてあげているのよ。と、一際高い壇上に座る王妃が直接言葉を発した。


 その様子に、どうやらかなりイラついているようだと、フィオナも流石に空気を読む。

 フィオナが渋々王子の周りに結界を張り巡らせると、ほっとした顔をした神官と宰相が目に入った。あの2人は攻略対象者のお父さん達だ。と見知った顔がいる事に安堵したが、他は誰も動かない。学園でのテストの時のように、なにか合図があるわけではなさそうだ。


「あの? いつまで?」


 フィオナは、早々に結界を解いて、先ほど好意的な顔をした宰相の顔を見た。

 すると、壇上から王妃が降りて来た。

 宰相の目が泳ぐ。

 大勢の人がいるのに、フロアには王妃の靴音だけが響く。


 王妃は、フィオナを足の先から頭の先までじっくり眺めながら、前をゆっくりと通り過ぎ、王子の前で歩みを止め、王子を見つめて言った。


「いつまでってどうゆう意味? 王子の危機が去るまでいつまでもじゃない?」

「ずっとなんて無理よ!」


 そうフィオナが叫んだ瞬間、


 パァンッ!!


 王子の頬が、王妃の持つ扇で打たれ、王子は文字通り張り倒された。


「ウソでしょっ!?」


 フィオナは、思わず叫んで後ずさる。


「あなた、さっきからなにを言ってるの? まさか、真剣味が足りなかった?」


 そう言って王妃が右手を伸ばすと、顔に大きな傷痕がある侍女が厳ついメイスを持ってきた。


「さぁ、今度こそ本気を出しなさい? でないとその可愛いお顔が台無しになるわ?」

「ヒッ!?」


 両手を組み、ガクガクと震えるフィオナの前に王妃が立つと、フィオナは固くその目をつぶった。


 メギョッ!


「?」


 王妃が横殴りに振り払ったメイスは、そのままめり込んだフィオナの顔ごとその身を吹っ飛ばし、壁にぶつかってその場に べしょり と落ちた。


「・・・何なのこの子、何もしなかったわよ? 本当に学園を優秀な成績で卒業したの?」


 逃げも防御も一切しなかった。ただそこにいて、そのまま打撃を受けた。

 一見忠誠心による行動かとも思えるが、いざという時、王の盾となる王妃には、いや、自分の身は自分で守るこの世界で暮らす住人全てに当てはめたとしても、あり得ない行為だ。

 リリアーヌの妹だからと、過信し過ぎたのかもしれない。


「・・・すぐにこの娘のことを調べ直しなさい」


 王妃が顎を上げると、その場にいた全ての貴族達が退場した後、神官達が倒れた2人をどこかに連れ去っていった。

 侍女だけが残った広間で、王妃はその椅子に続く階段を重い足取りで上がる。


 侯爵令嬢のリリアーヌは、生まれた時から王妃候補だったけど、王妃に必須能力の〈結界〉魔法を持っていなかった。


 神殿の教えに従い〈結界〉を使うことのできる〈光属性〉の魔法が無いからと見限り、こちらに乗り換えたのは尚早だったか。

 老いた王の体調がいよいよ悪く、王子の戴冠を急いていた。

 王妃はどさりと座った王座の上で爪を噛んだ。



 王妃候補には、17人の娘が用意された。

 身分は後でどうとでもなると、貴族、平民に関わらず、国中の〈光属性〉を持つ王子に年齢に見合う年頃の女の子が12人。


 それに加えて、この国の4大侯爵家から、5人の娘。侯爵家に産まれる女の子からは〈光属性〉の子供が多いため、生まれた時から王妃候補になる事が決められている。

 侯爵家の娘達は皆、5歳になる頃には既に週に5日は登城させ、王妃教育を始めていた。


 そしてその内、4人の娘が〈光属性〉を持っていたが、7才の《祝福の儀》で、〈結界〉の魔法がステータスに表示されたのはわずか1人だけだった。

 昔の事を思い出しながら、王妃は足元に侍る女の顔を見て舌打ちをした。


 当初、リリアーヌ・セラフティナは、なんの称号も加護も持たず、スキルも魔法もひとつづつと、到底高位貴族とは思えないステータスで、それらすら【魔術】と〈無属性〉と、貴族なら誰でも持っている能力と言う凡庸さに、なんの期待も持てない少女だった。


 一説では、スキルの発動は心からそう願った者だけに与えられる神からのギフトだと言われている。

 神殿の教えに従い、枝ムチで、10歳にも満たない少女達が順番に頬を打たれる中、そのような立場から、そのステータスには載らない類稀なる知性を駆使して〈無属性〉から派生したと思われる〈錬金術〉で作った[盾のマント(ナイトクレイン)]でその不遇を克服してみせた。


 その場にいた大人が、これまで誰も見たことのない防御術に、宰相や魔法師長らが説明を求めると、


「先日王妃様が、王妃の在り方を『国母たる者常にその子である国民を護る盾で在るように』と仰った時、以前読んだ異国の物語で、鶴と言う気高く美しい鳥は、夜になると子等をその寒さから大きな真っ白い翼で守ると書いてあったのを思い出したのです。ですから、この布の盾は、王妃様のその美しい純白のマントに準えて[ナイトクレイン]と名づけました」


 身体の大きな大人達に囲まれた、小さな女の子が、真っ直ぐにその男達を見据え、そう堂々と言ってのけたのだ。


 王妃はあの時の歓喜を思い出していた。

 わずか7才の少女が、その身の不遇を見返しただけで無く、その場にいた最高位の者を立てる発言をするとは。

 そしてその願いは、正しく神に通じたのだ。

 この娘こそ、次期国母、自分の後を継ぐ者に相応しいと、思った筈だったのに。


 その後、リリアーヌに作らせた[ナイトクレイン]は、城に勤める騎士兵士衛兵達の戦闘における生存率を一気に押し上げる事に成功した。


 それでもあのマントを、製作者であるリリアーヌ以上に上手く使える者は未だ現れていない。

 成人した頃には、そのぐらい“手練れ”ていたのだ。何か他に秘密があったのかもしれない。


「なにより、あの娘の〈錬金術〉は金になる・・・」


 [ナイトクレイン]は今やこの国に欠かす事のできない軍装備品だが、リリアーヌの運用上の“秘密”を解明することができれば、それを広めてもなお抜きん出ることができるだろう。


 他の錬金術がリリアーヌの作った魔法陣を解析できれば、容易に大量生産できる。と見込んでいたが、お抱えの錬金術師達は件の魔法陣を読み取る事も、正確に書き写す事もできない始末。

 詳しく探ろうにも、仮にも王妃候補なのだ。いずれ王妃になるとしたら、無下に扱うことは許されない。

 これは、へたにリリアーヌに権力を持たせるより、生産奴隷にした方が良いのでは? と、今回息子の我儘を放置してみたが、よりによって自分の息子がこんなにボンクラだったとは大誤算だった。

 とにかく一度、こちらにリリアーヌをよこせと言っているのに、あの侯爵どもは何を企んでいるのか、何かと理由をつけて一向に屋敷からリリアーヌを出しもしない。あのシワ取り軟膏も残り少ないって言うのにっ!


「まさか・・・あの娘の能力に気づき、価値を高めようとしてるんじゃ・・・!?」


 ボンクラだと思っていた侯爵家が、忌々しいっ。

 こうなってしまっては、自分が摂政として実権を握る以上のことも考えなければ。



 玉座の上で爪を噛みながら、今後の事を考える王妃には失念している事がもう一つあった。

 王がご逝去なされ、王子が国を継がず王妃が王になれば、この国に国母はいなくなる。

 そうなれば、いずれ騎士達を守る[盾]もその効力を無くすだろう。

 他の錬金術師が解読できない魔法陣には異国の言葉ではっきりと明記してあった。


『焼け野の雉子に夜の鶴』


 先人の教えに従い、リリアーヌは正しく綴っていた。

 国母たる者常にその子である国民を護る盾で在るように。と。

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