フィオナ・セラフティナ
「おかしいわ? シナリオ通りに悪役令嬢を追い出したのに」
やっと思い通りのエンディングを迎えられると目論んでいたフィオナ・セラフティナは、あの日からどんどん落ちぶれていく侯爵家で、ぬるくて味の薄い紅茶に文句をつけてから、ティーカップをテーブルの上に ガチャリ! と音をたてて置いた。
姉が王族の婚約者ではなくなったので、セラフティナ家に入ってくる報奨金が無くなったらしいが、どうしてそれだけでこんな事になるのかわからない。
お茶の時間だというのに、催促してやっと用意されたのは、誰がいれたのかわからない紅茶と、砂糖が使われていないしけったビスケットだけだった。
姉、いや、元姉が誘拐され、2人分のカツラが作れそうなほどの髪の毛と共に「金を払わねば殺す」と、身代金を要求する手紙が届けられたと言うのに、父親である侯爵は、金貨一枚用意する事なく相変わらずの様相だった。
それに比べて「もうウチの娘じゃない」と喚き散らし、お金を払う気もないのに、未だ姉を探させて、その結果が全く出ないことに怒りを募らせる母親の言動もわけがわからない。
どうせ今度は私が王妃なる。何をそんなに狼狽えているのだろう。自分で追い出すような事したくせに。誰だってあんなキモいおじさんのところに嫁に行くぐらいなら死んだ方がマシだ。とフィオナは思っていた。
使用人が減り、身の回りの事が行き届かない不便な生活に、面倒ごとが増すばかり。
何より、邪魔者がいなくなったと言うのに、王子の来訪が著しく減っている。
会えなくなり、贈り物がなくなり、とうとう声がかからなくなって10日は過ぎていた。
「お姉様にはあんなに貢いでいたくせに・・・」
姉を追い出したら、アレを貰おう、コレを頂こうと狙っていた、色とりどりの宝飾品やドレス諸共、もぬけの殻になった姉の部屋にガッカリしていたフィオナに「君には新しい物を贈るに決まっているじゃないか」と言ってくれた王子の言葉に、うっとりとしていたはずなのに。
姉がしていたと言う王妃教育とやらを拒否してからと言うもの、こちらからの便りにもなしの礫だ。
「王妃教育なんてゲームに無かったはず。何かの勉強イベントにそんなのあった? お誘いを断ったから、一時的に好感度が下がったのかなぁ?」
フィオナは、自分が攻略ゲーム「傾国の乙女⭐︎フィオナ・セラフティナ」の主人公 フィオナ・セラフティナ である事に、物心ついた時から気づいていた。
魔王復活で魔族との戦争が激化し、傾く国を助けるべく、異世界から召喚された少女が聖女になり、勇者と共に魔王を討つのだ。勇者は聖女の愛をもって任命されると言う乙女ゲームなのだが、コチラの世界に魔王はいないし、聖女だからと神殿でのお勤めもなかった。
生前の自分の名前はもう思い出せない。
向こうの記憶は成長するにつれ薄れていき、ただ自分はこのゲームに夢中で、ぼんやりとだが日本の不遇な女子高生だったと言う記憶があるだけ。
だからこそ、このゲーム最高のエンディングとネットで言われていた、この国の王子とのルートを、チート能力の【魔石店】で買った攻略書通りに、そつなくクリアしたと言うのに。
思い通りのエンディングがいつまで経っても訪れない事に苛立ちは募る一方だった。
「リリアーヌお姉さまってば、学園にも入学しないし、家にもほとんどいないんだもの」
本来ゲーム通りのシナリオなら、王子ルートの悪役令嬢である姉の婚約破棄は、リリアーヌと王子の卒業プロム会場で、学園の全生徒達が見守る中、断罪イベントとして行われるはずだった。
しかし、当の姉は生まれた時から王妃候補になることが決まっていたので、フィオナが物心着く頃にはすでに城に通って王妃教育と言う特別な教育を受けている。
当然、周辺諸国の歴史や地理や情勢、各国の貴族のマナーを、改めて学ぶ必要も無く、社交に関係ない学友も不要。高位貴族以外の人間も通う学園になど、わざわざ入学する必要がなかったのだ。
おかげで、姉にいじめられることは一切無かったが、当然ゲームの醍醐味であるはずの断罪イベントは実行されなかった。
その上、婚約破棄の宣告も、2年も遅れて家でこぢんまりとしたものだ。
重大イベントが、期待していたより地味だった事には不満だったけど、魔獣盗賊悪漢溢れるこの世界で、自分1人では何もできない貴族令嬢が、裸同然で追い出されたのかと思うと、この目で見られなかった事が残念でならないほどおかしくてしょうがない。
フィオナは、その姿を想像しては笑い転げていたが、実は姉に対する何らかの思いなどほとんど持ってなどいなかった。
なぜなら姉のリリアーヌは、週末に家に戻っても、食事の時以外は自室に篭っているので、ほとんど接点もなく、自分が食事中に両親と楽しく会話している時ですら、リリアーヌは黙っていたし、稀に家の中で見かけた時も1人で本を読んでいる陰気ぶり。
自分に似た金髪碧眼の美しい容姿をしているくせに、幼い頃から全く笑わず、全然子供らしくない、まるで存在感のない人形のような少女だと、遠巻きに見ているだけだったからだ。
「まぁ確か、誘拐犯に殺されてるか、王都からでた街道のどっかで崖から落ちるか、魔獣に食われてるか、どの道『命を落とした』って一行エンドだったわよね」
そしていつものように、フィオナ・セラフティナは、あっという間に姉だった者に対しての興味を失った。
「そもそもこの後ってどうなるんだっけ?」
フィオナは、《契約の部屋》で自分がクリエイトしたキャラクターステータスを思い出す。
「ステータスオープン」
フィオナ・セラフティナ 16才 称号[聖女]
種 族:人間
スキル:【魅了】自分の容姿を想いのままにコントロールできる
【魔術】コモン魔法 マナを魔法に変換できる
【(非表示)魔石店】魔石と交換にチートアイテムが買える店を使用できる
魔 法:〈光属性〉治療 状態異常回復 結界 ライト
〈水属性〉ウォーターボール
加 護:(非表示)異世界人 加護により、異世界人特有のスキルを非表示にする。
職 業:ウハインハイツ聖国 セラフティナ侯爵家 長子
状 態:健康
「【魅了】と【魔術】と〈光属性〉を選ぶと[聖女]の称号がつくから、間違って無いはずなんだけどなぁ。あ、長子になってるぅ」
【翻訳】はこの国の言葉がわかるのはデフォルトなので、はなから選択肢になかった。
【魔術】を選ばないと魔法を使えない。
〈光〉を選んだら〈闇〉は選択できないみたいだから、収納魔法は魅力的だったけど、アイテムボックスがある世界なので必要性を感じなかった。
【錬金錬成】はオタクっぽいし、便利なアイテムを作るには知識とたくさんの練習が必須らしく、それだけでは何もできないガチ勢の為のスキルっぽいので選ばなかった。
必要な物は【魔石店】で買えばいい。何せ侯爵令嬢だ。国で2番目に偉いお家の子だもの。お金に困ることはないだろう。
異世界ではスマホは使えないので、いちいち攻略情報が手に入るわけではないかもしれないのだ。記憶の限りゲームの主人と全く同じステータスにしたはずだ。
「まあいっか。スマホもネットも無い世界だもん。連絡取れなくなることぐらいあるよね。ほんと不便〜」
フィオナはいつものように思考を放棄して、【魔石店】のカタログ画面を眺めて暇をつぶした。
フィオナ・セラフティナという人間は、その姉が十数年かけて鍛錬してきた王妃教育を一切していない。
貴族が通う学校でも、課金アイテムをガンガンに使って課題をクリアしていたせいで、何も学んでおらず、何一つとして身についていない。
自力では満足にカーテシーひとつできないまま、攻略者達を陥落させる事だけに勤しんだ。
フィオナは思い違いをしていたが、前世でも女子高生になどなっていなかった。
さほどなんの努力もしていないことを棚に上げて「親ガチャに失敗した」と、高校受験に失敗した次の日の朝、ラッシュアワー時の電車にあっさり身を投げ、その命を手放した凡庸な転生者に過ぎなかった。
なんの研鑽もされていない魂の持ち主のフィオナには、ゲームのエンディング後も日々が続いている現状がどうゆう事なのか理解できなかった。