新たな旅立ち
[雑貨屋 レミントン]をオープンさせると、文化的に進んでいる多様性潤うヴェストランの地でも、女性用のプチプラで可愛らしいアクセサリーと、砂糖をたっぷり使った嗜好品の甘いお菓子は、一般の平民達にはまだ物珍しく、店はそこそこに繁盛した。
経済を真っ先に動かすのは、常に衣食住が充実し、市井の生活に余剰が生まれてその後なのは変わらないのだ。平和あってこその円滑な経済循環。
人の世では、争いでは無く、余裕が世界を動かす。変わらないのだ。異世界でも何処の世でも。
ユリナは、手が空いてる日にフレーバーソルトや日持ちのする携帯食を作り、午前中のうちに、その日に売り切れる分のお菓子を焼いて、おやつの時間には十分に間に合うようお昼が過ぎてから店を開け、アクセサリー類を作りながら訪れるお客様達を待ち、来客があればのんびりと対応して、売り上げを伸ばしていた。
ハティは順当に冒険者ギルドに登録すると、魔獣を狩ったり、ダンジョンを探索したり、依頼されたアイテムの採取をしたりと、日々忙しく過ごしていたが、朝食を食べてから出かけ、夕飯時には必ず家に戻り、その日一日の事を語らいながら一緒に食事をする。
お互いに充実した日々を送っていた。
「明日は装備の整備をするよ」
前日の夕飯の時、報告されていた通り、たまにあるハティが出かけないそんなある日、昼食を2人で済ませ、ユリナが開店の準備をしていると、先触れもなく店にライオスが訪れた。
「うまくやっているようだな」
「! いらっしゃいませ。ご無沙汰しております」
ユリナは突然の訪問に驚きつつも、快く他のお客様と同じように店の中に招き入れた。
お茶の準備を整えて、物珍しそうに商品棚を見てまわっていたライオスを“奥”の応接室に通す。
向かい合ってソファに座ると、久しぶりの知人の来店に、ひとしきりその近況を報告しあった。
「いやな、店の事はそう心配していなかったが、なかなかにうまくやっているそうじゃないか」
ライオスには珍しく、歯切れの悪い口調で「クラウスから随時報告は受けている、鍵屋の方も順調なのだが」と、商売の話を切り出した。
ユリナは「ライオス様のおかげです」と、営業スマイルを絶やさずに応える。
「なにか難しいご注文ですか?」
ユリナは、ライオスのバツが悪そうな表情を察して話を促した。
高橋友梨奈の記憶が戻ってからというもの、日に日にそちらの人格に引っ張られているせいか、貴族同士の会話や所作がまどろっこしくして仕方がない。
ライオスが合理性を優先させる貴族だという事は、出会った初日から分かりきっていた事なので、こちらも遠慮なくそう対応させてもらう。
「すっかり遅くなったが、ユリナ達の王都での対応、ウチの者が申し訳なかった。で、助言してくれた件、覚えがあるか?」
ライオスは、苦笑いをしながらウサ耳イケメンの対応をさっと詫び、それはそうと。と、話題を切り替えた。
もう済んだ話だ。ユリナもその件はスルーして「凍死者の話。でしょうか?」と、話を合わせる。
「あぁ、あれから早急に調べさせた結果、ユリナが言ったように、その大半がただの凍死では無かったようでな」
ライオスは、ありがたいと、思いつつ、ソファーに深く腰かけ直すと、サクサクと話を進める事にした。
どうやら、その後の調査で分かった事だが、土地土地を巡って新たに家を造ってまわっているヒト種がいるらしい。
他国からの間者工作員か、善意の無知なる者かは定かではないが、その家はユリナが予想した通り欠陥品で、外気を取り入れない密封性の高い建物ながら、その家で凍死者が続出していたようだ。と、ライオスは眉間のシワを揉み伸ばしながら、タイミングよく、ハティに出された紅茶を手にとると、深いため息を吐いた。
「実は、この国では建造物に対しての法整備が甘く、いや、むしろ何の制限もなく自由に家が建てられていて、さほど知識のない者でも、商売できている有様でな」
ライオスの言うことには、昔から貴族階級にある技術を学んだ者が、魔法を使って家の躯体を作っていたのだが、戦争が落ち着き、平和な時間が長くなるにつけ、市井の暮らしに余裕ができると、魔法を使わずとも、住人達の手で暮らし向きに手が加えられるようになった。
家屋の躯体の中を、一般人が自由にリホームできるような余裕ができてしばらく経つと、学がない者でも勝手に建造物を弄ってしまっているようになった。
間違った知識ながらも、そこに利便性があれば、瞬く間に広がって行くのが世の常だ。
貴族階級は学校に通うなり、家庭教師を雇うなりして、何事もそれなりに知識を得るのだが、一般人がそうではないのは、どこの国でも同じ。
ライオスは「頭の痛い問題だ」と、再び深いため息をついた。
「やるなら徹底的にせねばならぬ事を、なまじ魔力を有する者の管理を緩めたせいで、新たに生まれた問題なのだが、まさかこんなことになるとは管理者共々思っても見なかった事でな」
この国の為政者達は、直ぐに戦乱は繰り返すだろうと考え、そちらを重視して準備していたのに、連合国を挟んだ強欲なヒト種の聖国が、どうゆうわけか鳴りを潜めた事で、思わぬ形で平和が長く続き、露わになった知識の差による弊害が、考えもしていなかった形で現れてしまった。
時代の変革時には良くあるととだろうとは思うが、気づくのに時間がかかり死者の数が多過ぎたか。
そして、その火種の数は、もはや容易に把握しきれない程に増えてしまっているようだ。
悪意がないのだとしても、正しい建築の知識が無いのに、その中途半端な技術だけがある何者か、一般人が薪を焚いて生活している事を知らない何者かが、移動しながらその欠陥品を作り続けている。
今更ながら各所に注意喚起はしているが、未だ識字率の低い国全体に周知させるのは、中々に骨が折れる事だろう。
ユリナがそう考えていると、ライオスは、珍しく眉尻を下げてユリナをみた。
「おそらく、これから被害はますます増える」
大元を止めるのもさることながら、この冬の真っ只中に、室内で火を使う場合は換気することを徹底させるぐらいしかその防御方法が無いのが辛い。
ましてや獣王国は、通信、物流のインフラが全く整っていない。
問題があるかもしれない家々をマンパワーで探して回りつつ、全て改築整備するのにどのぐらい時間や手間がかかることか。
「直ぐに打てる手段がそう無いのが辛いところですね・・・」
「それなら、俺も協力します」
それまで黙ってユリナの後ろに侍っていたハティが口を開いた。
「魔道具の[換気扇]をユリナや職人に作ってもらい、俺が各家々に届けながら、その[大工]を追いましょう。そいつに悪意があるか無いか分かりませんが、ユリナの話からすると、そいつらも西に移動しているようですし」
旅行中の小屋や、この店の“細かいところ”の設えで、ユリナが家の換気に気を配っていた事をハティはよくわかっていた。
穴を開け、壁に魔道具を嵌め込むだけと、作業内容も簡単だ。
並行して魔道具を造り、その受け渡しは[箱]を使えば問題ないだろう。
ハティの提言に、ライオスは早速この家の[換気扇]を見せてもらうと「ヒト種の間には、すでにその知識や魔道具があったのだな・・・」と、力無く呟いた。
あの階級意識の強い王都の従者が、もっと早くユリナの協力を仰げていれば。いや、何か起こった後のタラレバは今更意味がない。
ライオスは、考えを切り替えて話を進める。
「コチラの方も、契約させてもらって良いだろうか・・・」
「全ての家に設置する事を義務付ければ話は早いですし、技術提供は無料で構いませんよ。以前の商品と違って、人の命に直結する事ですし」
ユリナは、簡単に応えたが、ライオスは首を振った。
「相応の対価は支払わせてもらう。取り急ぎ職人への技術指導と・・・ハティの提案の方もお願いできるだろうか」
無論、すでにできる限りの手配はしているが、2人が獣人と変わらぬ移動速度で、この街まで辿り着いたことは把握している。戦力として、あてにさせていただきたい。と、ライオスは頭を下げた。
各地域に通達を出し、運送ギルドをめいいっぱい稼働させて[換気扇]の設置を徹底させる他にも、件の[大工]を追っている手の者達にも[箱]を持たせれば普及は進む事だろう。
規模としては大規模だが、[箱]が使えるとなると時間もコストも一気に下がる。
しかし、[箱]を普及させるリスクは計り知れない自覚はライオスにもあった。
「[箱]は、私が生きている間しか機能しませんが、その覚悟はおありですか?」
ユリナは、そんなライオスの葛藤を宥めるように提案する。
今件の欠陥のある家のように、種に限らず、便利に慣れるとそれに問題があった時の反動が恐ろしく大きくなるだろう。
自分が死んでしまった後に使えなくなるようなインフラは、本来普及させるべきではないとは思っていたが、今は人の生死がかかっているのだ。
「出し惜しみしている場合ではないと思いました」
ユリナは、貴族令嬢よろしくニッコリと微笑んで見せた。
「私がこうして平和に、自由に生活させてもらっているのも、ライオス様や、ひいてはこの国の方々あってこその事だと。充分に堪能させてもらっていますもの。困った時はお互い様です。お力になれれば幸いです」
この世界で生きて行くと決めた時から腹は括っておりますよ。と、ユリナはたおやかな微笑みを絶やさず言った。
自分がいなくなった後の世界の事は、その世界で生きる住人が考える事だ。死んだ後の事まで考えても仕方がないのかもしれない。
「問題は今できる事を全力でひとつづつ解決していきましょう」
ユリナの言葉に、ライオスは「よろしく頼む」と真摯に頭を下げて帰って行った。
「詳しい事は、明日クラウスさんが来てからだね」
「俺も明日からはしばらく旅に出る準備をするよ」
職人達の[鍵]の制作指導に1ヶ月もかからなかった。おそらく[換気扇]の普及もそのぐらいでなんとか目処が立つだろう。それまでに亡くなる人が少しでも減ってくれると良いのだけれど。
取り急ぎ、[箱]の大量生産だと、ユリナは笑ったが、そうだ。これから本当の意味でひとり暮らしが始まるのだなといささか不安を滲ませる。
「また戻ってくるよ」
「うん・・・待ってるよ」
ユリナと、ハティは、それぞれの日々に想いを馳せながら、春が来る前に訪れた別れに、人生と言うものは中々に思い通りに行かないものだとため息をついた。
でもそれは、どんな世界でも起こりうる事なのかもしれない。
出会いと別れを繰り返し、ありふれた日常の小さな一部を憂い喜び繰り返しながら、日々は途方も無く続いて行くのだ。
それなのに、ハティは「戻ってくる」と言ってくれた。
ここはお互いの自立を喜ぼうと、ユリナは満面の笑みでその日常を受け入れる事にした。
「お腹がすいた。今日の夕飯は何にしようか」
完
読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。心からありがとうございます。
描き続ける事に慣れたい。と、「鍵の魔女ひとり暮らし」を自転車操業で書き始めては見たものの、3話同時は誤字脱字がやべぇ事になっていて早々に挫折しました。
「対岸の森、魔女の家」を後回しにしても改善せず、やはり、問題は一つづつ解決しようと思います。
次は「ダンジョンでぼったくり商人はじめました」を終わらせ、いつになるかは分かりませんが、ユリナとハティの日々もいくつかあるので、上手く調整できれば良いなと思っています。
その時また思い出してもらえたら、再びのご愛顧のほどよろしくお願いいたします。




