ヴェストラン
ユリナとハティは、順調に西に向かって歩を進め、町や村、集落などにはもはや滞在することを諦めた。しかしそれが功を奏してトラブルも無く、最後のチェックポイントも難なく後にして、さっさと辿り着いた西の辺境伯領に入った森の近く小屋を出し野営をしていた。
人のいるところにあまり寄り付かなかったため、もはや、ほとんど歩いてなどいないのだ。
各所、町や村に近づくまでは[浮舟]で、まっすぐ西に進むのんびり自動運転で空の旅だった。
2人とも、変わり映えのしない風景に飽きながらも、ハティですら[エアボード]に乗らなくなるほど、ここ数日は冷え込みが進んでいた。
こうゆう日はゆっくり夕飯の支度をして、体を温め寝てしまおう。少し早めに早々に小屋を出して引きこもる事にした。
「これはもう、いつ雪が降ってもおかしく無いわね」
今日は特別寒い。
時間をかけて煮込んだホワイトシチューに舌鼓を打っていたユリナは、ポツリと来た窓の外に目を向けた。
「雨、だな? 朝には雪になっているかも」
どおりで月が出ていない。と、機嫌良さげなハティは「美味しい。美味しい」とホワイトシチューをとても褒め、鍋にあるだけ食べ切る勢いでおかわりしている。
少し塩分を控えて優しい味付けにして正解だった。
鶏の挽肉に、刻み生姜と軟骨をたっぷり混ぜ込み、練って練って練り上げて滑らかに仕上げるのがコツだ。
代わりにパンをバターたっぷりの塩パンにしたのが効いたようで、ばっちりの相性だった。
食べ応えのある、大きな肉団子の入ったホワイトシチューは、体を芯から温め、旅の疲れを十分に癒してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「って、やっと雨やんだね」
「3日も降り続くとはな。おかげで寒さも和らいだが、雪が降る前にたどり着いてよかった」
結局雨の間、小屋にこもってお店で売る商品の制作に勤しんでいたが、あれから雨足が強くなり、目的地を目前に3日も足止めされてしまった。
国の最西、辺境伯領邸がある街[ヴェストラン]は、流石に高い壁で囲まれていて、王都とまではいかないが、随分大きな街が農地の先に広がっていた。
農道を歩いて門まで進むと、朝早い時間ということもあって、入る人よりも出てくる住人の方が多い。
不備の無い[通行手形]を門番に渡し、手続きをさくっと済ますと、門兵は「ヴェストランへようこそ」と、ニッコリと笑顔を向けて受け入れてくれた。
なるほど。これまでの対応と大きく違う。
こちら側では“裸”の人間にも友好的なのが手を取るようにわかった。
「商人ギルド? いや、まずは領主邸かな。そこでこの書類を見せて、まるっと成り行きにお任せしようか?」
「それなら先に朝市に行こう。また何時間も待たされるかもしれないだろ」
そうだった。朝ごはんは中で食べようって出てきたんだった。と、ユリナは「腹が減った」とお腹をさするハティに頷いて、くぐり抜けた大門から中央広場を目指すことにした。
壁の中の道は、他の街と同じように、朝市目当ての人々がたくさん出歩いていたが、市場の店員にもお客側にも、自分達と同じような“裸”の人間が、大勢暮らしていることに気がついた。
「話に聞いていた通り、こっち側は隣国とうまくやっているんだね」
「本当だ。俺、こんなにヒト種をたくさん見たことがない」
散々迷って一つの店に目をつけると、そこで売られていたタコス? と言うよりは生地が大きいクレープのような食べ物を買う。
一種のメニューに、魚と、肉と、果物がメインの具材として選べて、ソースも5種類から好みの物をと、色々試してみたくなるラインナップに雑多な多様性が窺える。
そしてクレープは、ユリナの分だけ、半分に切った状態で、くるりと断面が見えるように返され手渡された。
獣王国で最初に目の当たりにした多様性には、個体差ゆえの強い差別化と諦観を感じたが、こちらはやんわりとではあるが共生を感じる。
目に見えてわかるのが、皆、其々に合わせた食器を使っているのが直ぐに目に入ったからだ。
「クラムチャウダーの器の大きさも違うね」
「店もサイズ違いを売っているのだな。初めて見た」
サイズを変えて選べるとなると、色々食べたくなってくる。
クラムチャウダーは大変美味しそうだったが、今、手にしているクレープも、そうは言っても結構な大きさがあった。
これをやっつけてから考えようと、椅子が並ぶ木陰の席を選んで座り、早速手で持ってクレープに齧り付いた。
「うわっ美味しいじゃん! 何味なのかわかんないけど!」
「本当だ! 意外に食いでもある」
欲張って全種類買わなくてよかった。
スパイスの効いた照り焼きのような、コッテリとした濃厚ソースに、ムッチリ柔らかジューシーな鶏肉の歯応えが楽しい。完熟のトマトやパリパリのレタスと渾然一体となって、一口が素晴らしい仕上がりになっている。
2人は夢中で咀嚼した。これは今後色々と期待しちゃう美味しさだ。この街は飯がうまい。
「やっぱりクラムチャウダーも買ってくる」
先に食べ終えたハティが、手を拭いながら椅子から立ち上がると、そこに衛兵を2人背後に侍らせた、またしてもシュッとしたウサ耳の獣人が現れた。
王都のウサ耳とは違い、こちらの方は老年のイケオジだ。
「門兵から連絡を受けまして、お迎えにあがりました。領主邸執事のクラウスと申します。以後お見知り置きのほどよろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げたウサ耳イケオジは、スマートにクラウスと名乗った。
しかも、きちんとユリナが最後の一口を飲み込んだ後に。
周りを見渡すと、別段こちらを気にする様子もなく、市場の皆それぞれに過ごしている。
残念。クラムチャウダーは後にしよう。と、ユリナがハティを見ると、ハティは仕方なさそうに頷いた。これからこの街で暮らすのだ。時間は十分にあるだろう。と、ユリナは笑った。
離れた場所に、4頭の騎馬と共に待っていた馬車まで案内されると、ユリナの手を取り踏み台にエスコートする。
王都のウサ耳イケメンよりずっと洗練されたその所作に、ユリナも昔とった杵柄とばかりに、たおやかに微笑みを持って手を添え対応した。
静かに扉が閉められ、ユリナが天井のベルを鳴らすと、騎馬に四方を囲まれて、馬車はゆっくりと走り出した。
「こんなに違うもんかしらね」
「聞こえているぞ」
「ここはそれで良いのよ」
中でそんなやりとりをして、揺られること30分ほどで馬車がゆっくりと止まる。
ノックの後に開けられた扉から馬車の外に出ると、そこは思っていた領主邸では無かった。
オーシャンビューの小高い丘の上。
来た道の目下に、さっきまでいた中央広場を含む街全体が見わたせる。
防風林に囲まれ、様々な花々で彩られた可愛らしい家屋が奥に見えた。
微笑むクラウスに促されるままに、花の蔓で作られたアーチをくぐると、重厚な2枚扉の上には、大きな一枚板に[レミントン]と、依頼したデザイン通りの、手斧の判じ絵が掲げられた看板が設えらていた。
「凄い! もうお店ができているのですね!」
ユリナが目を見開いて感嘆の声をあげる。
クラウスは、ニッコリ微笑んで「こちらがユリナ様のお住まい兼店舗になります」と扉を開けてくれた。
入り口から右手に商品棚と、向かって大きな棚を背にカウンターまで、シックに黒光りするウォールナットの床が続き、反対側の大きなガラス窓からは、柔らかな光りが差し込んでいる明るい店舗部に、ユリナは目を輝かせた。
カウンターの奥の開口部から中に入ると、石板床の作業場を通り抜け、住居部分は明るい色のオークの無垢板の床が続き、左手に暖炉、右手に大きな吐き出し窓とウッドデッキが広がっている。
居間の奥に台所部分の石板床と敷居がなく繋がっていて、台所からはパントリーがあり、居間部分に戻って扉を経て寝室と、最初に平面図を引いた通りの仕上がりに、ユリナは思わずクラウスの両手を握ってお礼を述べた。
「ステキ! お願いした通りのお店とお部屋! 本当に嬉しい!」
「細かなところはご自分で、ということでしたので、まだ何もありませんが、こちらで宜しかったでしょうか?」
「完璧です! ありがとうございます!」
クラウスは、満足そうに微笑むと、「それでは、今後のユリナ様のご健勝とご活躍を期待しております。今後とも、末長くよろしくお願いいたします」と、頭を下げて、退室しようとした。
「え、これだけ? 領主様にご挨拶、とか、良いんですか?」
「えぇ、ライオス殿下から『職人兼商人として新たな住人の受け入れを』と。ユリナ様が、これからここで[雑貨屋レミントン]の店主としてご自由にお過ごし頂けますように、他の住人と変わらぬ対応を申しつかっております」
クラウスは、「もちろん何かご入用の際には遠慮なくこのクラウスまでご連絡ください」とバレイダンサーばりのボウアンドスクレープを披露して、あっさりと去っていった。
「ちょっと! 体幹良すぎ! カッコよすぎじゃない!?」
初めて生で見た! 流石! と大絶賛のユリナに、ハティは、ウヘェ と顔を作って、家の中を見て回った。
ユリナは早速勝手口から外に出ると、庭に小屋を出して家具や台所用品を蔵い直し、新しい家に運び込んだ。
家具の他にも、雨の間に完成させた[換気扇]を、各所水回りや火器を使う場所に設ると、プロペラは正しく機能した。
家の造りや、外気を気にせず換気できるように、魔道具にする事で空調管理の全てを自動化させる事に成功した。
[浮舟]で試行錯誤した技術が、意外なことでずいぶん役に立つものだ。
ユリナは、その仕上がりに満足しながら、小屋と同じく窓の無い屋根裏部屋にも[換気扇]を設置して、ハティのベットを出そうとして、ようやく気がついた。
ハティは、これからどうするのだろう。
あらかた家の準備を済ませ、ユリナは「お茶にしようか・・・」と台所のダイニングテーブルに、2人分のお茶を用意した。
そう言えば、この後のことについて全く話し合いをしていなかった。
話す機会は十分にあったのに、ユリナはこのまま2人で暮らすものと思い込んでいて、全く他の、いや、本来の可能性を失念していたのだ。
ハティは[ヴェストラン]にユリナを無事に送り届けるまでの護衛だ。
目的地についてしまった今となっては、ライオスに命令されたハティの依頼は完了した事になる。
移動に問題がなくなった今、どこにだって行けるし、もう冒険者としてギルドに登録することもできる。
このままこの店に、ユリナと一緒に止まる必要は無くなった。
それをそのまま言い伝えて良いのだろうか。
ユリナは、最初に出会った街から出るときに「自分は捨てられたと思った」と号泣したハティを思い出していた。
「え〜・・・と・・・」
ひとり暮らしが夢だったし、身1人で暮らして行く事が当初の目的ではあったが、ハティとこのまま一緒に暮らせたら安心できるし、全然嫌じゃない。
むしろ一緒に旅する中で、ハティへの好感度は上がる一方だったし、何の問題もないどころか、前よりずっと気安い関係を心地良く思っていた。
むしろ一緒に暮らしたい。
きっとユリナがそう言えば、ハティも快く受け入れてくれると、盲信めいた確信があった。
でもそれは、ユリナの勝手な希望な事もわかっている。
自分の望みを告げ、ハティの選択を狭めてしまいたく無い。
そのぐらいハティに愛着が湧いてしまっていた。
ユリナは、頭に浮かぶ自分に都合の良い言い訳を何とか打ち消す。
ハティはもう自由の身なのだ。
「終わったか?」
ユリナが顔を上げると、珍しく微笑みを湛えた顔がそこにあった。
ユリナはフルフルと首を横に振った。
「そうか。じゃあもうしばらく待つか」
ハティは、フ と息を吐くと、椅子の背もたれに体を預け、長期戦の構えで窓の外に目線を向けた。
クソっ! ユリナは床に視線を向け、以前自分がした意趣返しを思い出し顔をしかめると、言葉を絞り出すように言った。
「・・・ハティは、もう、何にだってなれるし、どこにだって行けるけど・・・いつでも、何度でも、ここに帰って来てくれると嬉しい」
ハティは、少し考え込んでから、右手を伸ばしてうつむくユリナの頬に触れた。
「・・・そうだな・・・俺もだいぶユリナに慣れた」
スリスリと頬を指で擦られ、初めて名前を呼ばれたと気づいたユリナが、顔から火が出そうな思いでうつむいたままでいると、ムニ と頬を挟まれ顔を上げさせた。
「それじゃぁ、これから雪が降って、その雪が溶けるまで、もうしばらくここに置いてもらえるか?」
不敵な笑みを浮かべながら唇を擦るハティの指を、ユリナは ガチ と噛み返してやった。
春になるまで。
ユリナは、「それじゃあまたしばらくよろしくお願いします」と笑って応えた。




