表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/27

草原地帯にて




「このままだと、王都から西に進むルートも10日もかからず着いちゃいそうだね」


王都から出て農業地帯をしばらく歩き、田畑が途切れ、日が暮れてきた頃に野営で1泊した。

野営と言っても、王都の一流ホテルより便利で居心地の良い小屋での宿泊なのだが、森側にひっそり小屋を出しすと、お風呂に浸かって美味しい夕飯をしっかり食べて、温度管理のされた暖かな部屋の柔らかなベットの中で、ぬくぬくとして寝るのだ。

快適極まりない。


翌朝も、上下水道の整った環境で、ゆっくりと支度して、きっちり朝食を済まし、のんびりと旅路を進める。


次のチェックポイントまでは、ひたすら草原地帯だったので[エアボード]を地面からそう離れずに使ってスイスイ進む。

草原での地上近くの[エアボード]は、空中散歩とはまた違った面白さがあった。


草原には、野生か家畜かわからない[グラニテゴート]と[グラニテシープ]の群れがたくさんいて、なかなかのデカさにビビっていたら「近づかなければ襲いかかってはこない」と、ハティが教えてくれた。

ぽつりぽつりと山羊飼いの少年や、羊飼いの少女が、のんびりと木陰で休んでいるのが見える。


「あんなんで、ちゃんと群れを管理できているのかな?」

「意外にもあいつら仲間意識が強い。家畜番になる家族が代々、成人するよりずっと前の小さい頃から一緒に育つんだ。群れは簡単には混ざらないって聞いたことがある。肉は硬くて不味いんだそうだ」

「あぁ、なるほど、あくまで対人の監視なのね?」


家畜は、その習性を利用した家族であり、財産でもあるわけだ。そりゃ世襲制の方が合理的だな。

シープもゴートも、夏前に毛を刈るのだそうだ。

今は冬なので、皆モコモコにふくらんでいる。カワイイ。

羊なら家畜番に頼めば撫でさせてくれるだろうか?

ユリナが、いつものようにくだらない事を考えていると、ハティが指差した風下に、3つの小さな影が見え隠れした。


「いや、多くは狼だろう」


ユリナとハティは、ユラユラと足元を揺らしながら少しだけ高度を上げ、家畜番の少年少女達がどう対応するか目を凝らす。


やがて、離れていた狼のうちの一頭が、頭を低く下げて草の合間を進んでいる。

注意深く観察すると、まるで牧羊犬のように数頭でゆっくりと囲いこみ[グラニテシープ]の小さな塊ができていた。


こう着状態がしばらく続くと、一頭の[グラニテシープ]が、猛ダッシュしてその塊から離れる。

囲んでいた狼達は、その一頭に的を絞って追いかけた。

残ったシープ達は、離れた一頭とは反対側に猛ダッシュすると、おそらくその群れの家畜番の少女の元に悲鳴のような警告音を上げながら集っていく。


「メェー! メェー!!」

「メェー! メェー!!」

「メェー! メェー!!」


20匹ほどの群れが、少女の後ろで大合唱しながら同じ方向を刮目している。


先ほど群れから離れたシープの1匹が、場所を離れて打ち倒されたのが見えた。

狼達はその一頭を引きずって、森の中に入って行った。


家畜番の少女が、その杖を地面に突き立てて、杖についているベルを鳴らす。


カラン〜カラン〜〜♪

カラン〜カラン〜〜♪

カラン〜カラン〜〜♪


追悼のようにベルが鳴り響くと、シープの群れは、また何事もなかったかのようにばらけ、草を喰み始めた。


「ははぁ〜これはこれは、なかなか恐ろしいシステム」


ユリナは感心して、声を上げた。


「狼が他のシープまで襲わないのはなぜ?」

「はぁ? そんなに一度に食えないだろ?」

「え、そうゆうもの?」

「違うのか?」


ハティにそう問われてしまえば、確かに他に理由も思いつかないけど、野生動物って食べれる時にたくさん食べるイメージがあったユリナには、どうゆう事なのかいまいちわからなかったのだ。


「明日も来たりしないの?」

「3日は必要無さそうだがな」


言われてみれば100Kgはありそうな羊一頭、可食部が半分として50〜60Kg、狼が1日5Kg食べても10日はかかる。3匹で分けたら、なるほど、単純計算で3日か。


「おそらく、警戒心が高くなった同じ群れはしばらく狙わないのだろう。いや、むしろ、森から出てきてわざわざ家畜を襲うのも稀な事かもしれない」


ユリナは、ハティの答えに感心した。

計算は早いし、その予想も突飛では無い。

誰かに学習する機会を与えられたわけでも無いだろうに、こうゆうところにハティの地頭の良さを感じる。

ユリナは、ハティの推測を補完すべくその先を考える。


羊に、数の力でその蹄と角を使われたら、狼がいくら頑丈な爪と牙を持っていても、無傷というわけにもいかないだろう。

狼に限らず、特に野生で生きていると、ちょっとの怪我も命取りになるので、リスクがある戦闘は避けるのが生き物の常なのだ。


家畜番の方も、1年に数回の事なら許してしまって、狼のテリトリー内にいる事で、他の獣から“守られている”ということなのだろう。


命が正しく循環している。


「お見事。素晴らしい」


ユリナは、拍手をしてそのシステムを称えた。


「だが、熊は違う。熊を呼んでいる奴がいる」

「え?」


けたたましくシープ達が嘶き出した。

再び集まるシープ達だったが、さっきと違って家畜番の少女とは、反対方向に群れを成していた。


「なんで?」

「そりゃ、アイツを先に殺ってしまえば、後に残った群れはゆっくり時間をかけて好きなようにできる」


ハティが指差す先では、先ほどの少女の目の前に巨大な熊が立ちはだかっていた。

所詮、獣は獣。それ以下でも無い代わりに、それ以上にもなり得ないのだ。


「狼はいま、食事中だ」

「よくできてる」


ユリナは[エアボード]を滑らせ、あっという間に家畜番の少女と熊の間に割って入る。


「頭、収納」


威嚇して両腕を上げていた熊の頭に向かって手をかざすと、速やかに懐に蔵った。


熊の巨体が、ズシン! と音を立てて、その場に崩れ落ちる。

同時に、背中で少女が ぺたん と、尻餅をついたのがわかった。


「大丈夫?」


ユリナが振り向き手を伸ばすと、少女は「ギャっ!」と叫んでその身を硬くした。


「メェー! メェー!!」

「メェー! メェー!!」

「メェー! メェー!!」


さっきまで少女を見捨てて反対側に逃げていたくせに、シープ達が少女の元に集まってきて、抗議の声を上げる。


「ひっどーい!」


ユリナはショックで、シープ達に思わず叫んでしまった。


「オマエ、これ、どうやったんだ?」


勝手に動いた事を怒られるかと思っていたら、意外にも目を輝かせて質問してくるハティに、「部分収納したの」と、ユリナはあっさり答えた。

一般的なマジックボックスには、生きている動物入れることができないが、なぜかユリナの[亜空間収納]には部位ごとに指定すれば収納してしまうことが可能だった。


ユリナは、倒れた熊の体も、毛皮、内臓、肉、骨と、各パーツに分けて、次々と簡単に収納してみせた。


「なんだその出鱈目な能力は」

「色々めんどくさい制限はあるんだよ。まぁその辺はおいおい」


ユリナが[エアボード]を滑らせ、旅路に戻ろうとすると、少女がやっと、声を上げた。


「あのっ、ごめんなさいっ、助けてくれて、ありがとう」


ユリナは足を止め、振り返って返事をした。


「どう? 大丈夫そう? 動ける? 帰れそう?」


少女はうつむき、フルフルと首を横に振った。


だろうね。


ユリナは「近づいていい?」と声をかける。

少女が頷いたのを確認してから、[エアボード]から降りて、手に持ち直し、ゆっくりシープの群れの中に入って行った。

シープ達は全く進路を譲る様子もなくギュウギュウとその毛皮を押し付けてくる。

現金な羊達だなぁ。


ユリナはシープ達のモコモコをたっぷりと堪能しながらも、ニヤニヤしたい頬を抑えながら、少女の元まで時間をかけて辿り着くと、[エアボード]を腰の高さに浮遊させ、少女を抱き上げ座らせた。


リーシュコードを短くつかむと、そのままひいて歩いてみせた。


「送っていくよ。お家はどこ?」

「あ、ありがとう、ここから西にしばらく行くと村があるの」

「オッケーこのままひいてくね。みんなはちゃんとついてくるの?」


ユリナの質問に、少女は「うん・・・多分・・・」と力無く答えた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


カラン〜♪ カラン〜〜♪


「メェ〜 メェ〜」


たまに家畜番の少女がベルを鳴らし、グラニテシープ達がそれに答えて、きちんと後をついてくる。

少女はすっかり自信を無くしてしまっているようだったが、シープ達は自分達の家畜番である少女の指示にしっかり従っているようだ。

なぜさっきは彼女から反対側に離れてしまったのだろう?

そんな事を考えながら、10分ほど歩いたところで「レナ!」と、声を上げながら、大人の獣人が走ってくるのが見えた。


「お父さん!!」


レナと呼ばれた家畜番の少女は、ボードから降り、自分も走り寄ろうとするが、やはりまだ腰が立たないらしく、そのままガクッと座り込んでしまった。

ユリナはもう一度少女を拾い上げ、ボードに座らせて服をほろって、レナと同じタレ耳のお父さんと思われる獣人の目の前までボードをひくと、すっと後ろに下がった。


レナは父親に抱きつき「メイベルがっ・・・」と、泣き出してしまった。

相当気を張っていたのだろう。


「“熊”が出たとナタルが知らせに来てくれた。メイベルは仕方がなかった。でも、レナが無事で、本当に良かった」

「やっぱりレナにはまだ早かったね。明日からは僕が変わるよ」


レナを慰め、労う父親の後ろから現れたのは、おそらく“裸の青年”だ。

父娘にお揃いでついているタレ耳が無い。


「10歳の子供に“狼”を追っ払うことはできないよ。俺が代わりに行っていたら、家畜が減る事もなかったのに」


感じ悪い。今泣いてる子供の前でよくそんなこと言えるわね。だから“裸の男”って嫌われるのよ。慎んで欲しいわ。

ユリナが口を尖らせてハティを見ると、ハティも眉間にシワを寄せている。

だよね。と、思ったユリナは、思わず口を返してしまった。


「何よ、狼が出た時点で何もしなかったんだから、アンタなんかいたって意味なかったじゃん」

「えっ!?」


ユリナの言葉に父親が怪訝を向けた。


「待ってくれ、狼が出たのか? 熊がメイベルを殺したんじゃないのか?」


父親は「どうゆう事だ?」とレナに聞いたが、レナは、何も答えず、涙を流しながら真っ赤な顔をして、父親にみっちりと抱きついたまま離れなかった。

父親の目がユリナ達に向いた。


「狼がシープを一頭連れ去ると、隠れて見ていたその男が熊を呼び、その子供が襲われた」


出し抜けに恐ろしい事を言い出したハティに、ユリナは驚いて指をさされた元凶の顔を見た。すると、それまで周りを取り囲んでいたシープの一頭が、ドスン! とその青年に頭突きをした。


「なんだ!? やめろ!」


次々とシープ達が青年に襲い掛かり、もみくちゃにしていく。


「やめろ! やめろ!」


父親が声をあげるが、レナに押さえ込まれているせいか、シープ達は言う事を聞かない。


「オマエ達! やめなさい! ナタルから離れなさい!」

「あら、そいつがナタルなのね? じゃあやっぱりおかしいわ。突然現れた“熊”の事は伝えたのに、その直前に羊を囲い込んで森に連れ去った“狼”の事は報告しないなんてあり得ない」


ハティがシープの群れの中にににじり入ると、ナタル青年を軽々と引き摺り出し、膝でその背を抑え込みながら、ポケットを探る。

やがて、手のひらサイズの角笛を取り出した。


「熊笛。雌の熊の鳴き声を出して、雄の熊を呼ぶ笛だ」


レナの父親の顔が、一気に渋い物を食べたかのように歪んでゆく。


「なぜ、そんな事をっ・・・」

「なぜだと!? そんなのっ んがっ!」


ナタルが何か言おうとしたのを、ユリナが上からぶん殴って黙らせた。


「危ない危ない。こんなクソ野郎の話を直接聞く必要はありません。集落には犯罪者を引き渡す官憲がいたりします? 収容しておくような施設があったり?」


突然の細腕の女性の行いに、周りの3人が目を丸くしてこちらを見ている。

ユリナは咄嗟に「子供に聞かせていい話かどうか、わからなかったので・・・」と言い訳した。まあ、嘘なんだけど。


「まずは一旦家に。シープ達を小屋に入れないといけないし、ナタルの母親も心配しているでしょうから」


父親は、ナタルを担ぎ上げようとしたようだが、レナは父親にガッチリ抱きついて離れない。

ハティが[エアボード]を差し出したので、ナタルを、うつ伏せに[エアボード]に載せると、手足を引き摺らない程度に浮力をあげた。

そのリーシュコードをハティが引くが、レナが離れる様子がないので、しがみつかれた父親が困惑したままだった。

ユリナは、父親ごと ヒョイ と抱き上げ、[エアボード]に座らせた。


「重さや抵抗が一切ないので、引いて歩くことに何の問題もありません。方向だけ教えてくだされば、家までお送りしますよ」


ユリナは「どっちですか?」と指を交差させた。

父親は「・・・すみません」と、耳と尾を下げユリナ達の申し出に甘える事にした。


家までの道すがら、レナが膝の上で眠ってしまった事で、父親がポツリ、ポツリと家の状況を話してくれた。

レナが今より幼い時に母親が事故で亡くなってしばらく経つ事。

ちょうど村にいた人間の母息子を、村長に紹介してもらい、住み込みで手伝ってもらっている事。


「最近になって、レナが『自分が家畜番をするから手伝いはいらない』と、言い出すようになりまして・・・」


仕事にかまけて、片親を亡くした娘のレナを、十分にケアしてあげられていない事を、父親は常々心苦しく思っていると、その心境を吐露した。


「だから、代わりになる大人の女を家に引き入れた。と?」


しかも雄の子付きで。

獣人のくせに危機感薄いな。

獣人は、人間よりも他の生物(ケモノ)の習性に興味を持たない事がよくわかる。

いや、あえて忌避しているのか。


「人間の手は・・・犬型の獣人にとって、とても、癒しになると・・・」

「へぇ〜・・・」


ユリナは、懐から熊の毛皮を取り出した。

歩きながら加工して熊の着ぐるみを作ると、未だ意識を失ったままのナタルに着せた。

物凄く獣臭い。


「知ってますか? ステータスで見ると、種族:人間 には、(狡猾)って備考がつくんですよ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


その集落にも囲いは無かった。

草原真っ只中というわけではなく、森を拓いたとわかる村だった。

数本の風除けの木々を寄るべにした家屋が、道に沿って、てんてんと建っている。

聞けば100世帯程の集落で、住人の数より、ゴートやシープの方が圧倒的に多いのだそうだ。

この草原地帯には、このような集落が他に50ほどあり、この[トレハンツ獣王国]の衣食住の[衣]を支えている。


「レナ、シープ達を小屋に入れて、塩を与えてくれるかい?」


ようやく父親の膝から降りたレナは、コクリと頷くと、シープ達と母屋の裏の方に歩いて行った。


ハティは、ユリナに言われた通り、熊の毛皮を被せた意識の無いナタルを扉の前に吊り立たせた。

ユリナが視線を向けて頷くと、レナの父親は、ナタルがいつもしているように、玄関の扉を コンココン! と、独特なリズムでノックした。


「おかえりナタル。上手く行ったようね」


元から家にいた事にする。との手筈通り、1人で帰ってきた息子と信じて疑わない母親は、水仕事をしていた手をエプロンでふいて、大きな傷のある顔をその手で拭い、髪型を直すと、閂を外して扉を開けた。

そこには、巨大な熊が口を開け、その中に虚な息子の顔が浮かび上がった。


「ナタル!? どうして!」


母親は、熊の着ぐるみを着た息子に向けて、躊躇なく「〈ファイヤーボール〉」を打って出た。


「ギャァ!!?」

「マジか!」


悲鳴をあげるナタルに、ユリナは慌てて水をかけ「息子さんを殺す気?」と、顔の傷を歪ませこちらをみる母親を、しれっと悪びれもせずに詰った。


「なっ!? な、」

「マリルさん、どうしてこんな事を・・・」


今頃レナと一緒に熊に食われているはずの、この家の家主が現れた事で、さらに動揺した母親は、企みがバレたと観念したのか、反対側の勝手口から外に逃げ出した。


そこには、杖をしっかりと握ったレナが、言いつけを守らずにシープ達と待っていた。


「アンタなんか要らない! この家から出て行って!!」


レナが杖を地面に突き刺さす。


カカンッ!


ベルの音を合図に、シープ達は、次々に母親に頭突きをかまして、地面に打ち伏せた。


「そのまま死んじゃえ!」


カカンッ!


シープ達が、地面に転がる母親の上を走り飛び跳ね弾いて行く。

もう一度! と、レナが杖を振り上げた。


「レナッ!! やめなさい!!」


再び振り上げたレナの杖を、父親が慌てて取り上げたが、100kgはあるシープ達の暴走は止まらなかった。

地面に転がった母親は、姿が見えなくなるほど、もみくちゃにされている。


「オォォーーーン!!」


ハティが遠吠えをあげ〈威圧〉を飛ばすと、グラニテシープ達は、蜘蛛の子を散らしたようにその場からいなくなった。

代わりに、騒ぎを聞きつけた村の住人達が集まってきた。


村の住人達が注目するレナの足もとには、手足があらぬ方向に折れ曲がった、ボロ布の塊のようになったナタルの母親が転がっていた。

レナとの間に入ったユリナに、目玉だけをギョロリと動かしたナタルの母親は言った。


「アンタも、同じ、ヒト種、なら・・・わかるはず・・・この国で、人間が、生きて行く、ためには・・・こうするしか、無かった・・・」


「一緒にしないでくれる?」


息も絶え絶えの母親の訴えを、間髪入れずに否定すると、ユリナはくるりと振り返った。

右手に剣、左手にポーション瓶を出して見せ、レナに言う。


「何があったかはどうでも良いわ。どうせこの女はこのまま放っておけば死ぬ。だけどレナには今、どちらかを選ぶ権利があるわ。コレは、その二つの扉を開けるための[鍵]よ」


右側の扉の鍵を選べば、その怒りに任せて復讐を遂げる事ができる。

ただし、この女がどんなに悪人でも、レナはこの村にいられなくなる。

そうなったら私の店に来ればいい。仕事と快適な寝床を提供するわ。


左側の扉の鍵を選べば、この女の命を助ける事ができる。

然るべき処分は大人達が正しくするわ。

レナはいつかの決意通り、自分で家畜番をして、お父さんを助け、平穏に暮らしていける。


両手にそれぞれの[鍵]を手渡されたレナは、身じろぎ目を左右に動かした。


「レナ、触っても良い?」


ユリナがレナに声をかけると、レナはこくりと頷いた。

ユリナは、ゆっくりとレナの頭を撫でさすりながら言った。


「どっちを選んだとしても、誰も、何も、許す必要は無いの。ずっと恨んでいても良いし、忘れてしまっても良い」


耳を撫で、頭の匂いを嗅ぎながら、スリスリと頬を擦り付け、耳元で囁く。


「ただ、どの扉を選んでも、選ばなくても、あなたの日々は続くって事だけは、覚えておいて」


スゥ〜っっ と、深呼吸するように、子どもの犬獣人の匂いを堪能する。

スカスカ、スカスカとコレでもかと匂いを嗅いで、サワサワ、サワサワと忙しなく手を動かすユリナのブーツの踵を、いたたまれなくなったハティが ゴン と蹴った。


「おっと・・・それでは、私達は先を急ぐので失礼します」


「えっ!?」

「はっ!?」


周りを取り囲んでいた大人達が皆、声を上げて驚いた。

呆けて成り行きを見ていた父親が「いや、待ってください!」と声をかける。

ユリナは、公爵家の家紋のついた[通行手形]を掲げると、「貴族の命令で、先を急いでおります」とニッコリと微笑んだ。


「[ヴェストラン]にて[雑貨屋レミントン]を営むユリナと申します。西の辺境伯爵領までお越しの際は、是非ともご来店のほどお待ちしております」


頭を下げて、きょとんとする村の住人達を尻目に、くるりときびつを返す。


道で出会った転んでいる子供を、無事家族の元まで届けた後の事は、この場所で生活するこの村の住人達が解決する問題だ。

用が済んだら長居は無用。

陽が沈む前にこの集落から離れなくちゃ。と、ユリナとハティは、さっさと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ