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用が済んだら長居は無用




ユリナが目覚めると、そこには知らない天井が。


ハティから規則正しい呼吸音が聞こえてくる。

どうやらまだ朝は来ていないらしい。

ユリナは、移動の馬車の中で寝てしまった事を思い起こし、ウンウンと頷いた。

隣で寝息を立てている男は今、おそらく人型で裸だ。

起こさないように、そっと毛布から抜け出る事に成功したユリナは、寝室からソファとローテーブルがある部屋に移動した。


部屋の中は真っ暗だったが、流石に着替えはそのままだった事に気づく。


ブーツを脱がしてくれただけマシだと思おう。


ユリナは、裸足のままぺたぺたと歩き、コルセットを外して、チュニックも脱ぐと、一応シワを伸ばして懐に蔵った。

そのままワンピースも脱いで、寝巻きをかぶる。


キョロキョロと見回して、レターデスクの前にあった椅子にワンピースをかけ、伸びをした。

そして、その身を刺すような室温に、両腕をこする。本格的な冬の到来を感じた。


今まで泊まった宿で1番良さげな宿だけど、それでもやはりお風呂がない。

そして、これが当たり前なのかもしれないが、立派な個室なのに暖房器具がない。

獣人は毛皮がある種も多いし、寒さに強いんだろう。

そのせいか、この部屋にも見せかけの暖炉しかない。煙突のない壁に嵌め込まれただけの装飾暖炉。

あまりに立派なので魔石製かと思い中を覗き込むが、薪はあってもそれらしい魔道具は設置されていなかった。

なんとか雪が降る前に移動してしまいたいと思っていたのに、王都の、公爵家が用意してくれた宿の部屋でこれなら、森の中で、ちゃんと使える暖炉も、温かな湯をはれる浴槽付きの風呂場もある小屋に泊まった方が、ずっと快適だと、気づいてしまっていた。


「ルームサービスが頼めるようなメニューも無いし、期待していたようなホテルには程遠かったなぁ」


いささかガッカリした気持ちを、ため息と一緒に吐き出した。

吐いた息が白く薫る。なんてことだ。とユリナは思った。


「ライオス様は、[ヴェストラン]の方に行ってる真っ最中だったし、こりゃもう必要な買い物したら、さっさと出かけちゃった方がいいな」


必要な買い物なんて、小麦粉かパンや野菜類だけなので、簡単に手に入るだろう。

他の街と同じように、朝にマルシェでもあると良いな。と、気持ちをポジティブな方に切り替える。


ユリナは、するり とベットに戻って、冬用の綿が入ったかけ布団を懐から出すと、2人の上にかけてもう一眠りする事にした。

朝になったら、ハティがちゃんと起こしてくれる事を期待して。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「もうざっと買い物してさっさと先に進んじゃおうか?」


朝の身支度をすっかり終えて、ユリナは何か見て回りたいものとかある? と、ハティに聞いてみた。


早く着きすぎてしまったせいで、当のライオス様はいないし、どうもあまり歓迎ムードではないらしい。

そりゃそうか。ライオス様がどの程度説明しているか分からないけど、なるべく秘匿して欲しいと言ったのはこちらなのだから、おそらく私達の説明なんて「新しく雇った職人だ」くらいで不十分だろう。それで来たのが貴族の礼もとれない小娘と若造2人。

うん。十分怪しいな。

昨日の従者(?)の対応も、地位ある人に仕える身分としてはさもありなん。と言うところなのかもしれない。


「オマエはそれで良いのか? あんなに楽しみにしていたのに」

「う〜ん、なんか思ってたのと違った。小屋で泊まった方が快適かな」

「俺もそう思う。朝市で食料を買えたらもう出てしまって良いのかもな」

「そもそもライオス様に挨拶するだけのつもりだったし、いっか」


それじゃあもうさっさと出かけよう。と、部屋を整え扉から出た。

フロントで朝市の場所を聞くと、どうやらここから徒歩で30分ほどの中央広場で盛大に開催されているらしく、そこで朝食を食べる旨と「大変おせわになりました」と、もう戻らない事を伝えて、閂を返して出かける。

従業員の方々は、困惑の表情を浮かべていたけど、早く行かないと朝市で食べようと思っていた朝食が間に合わなくなってしまうかもしれない。

ユリナとハティは、徒歩で王都の中央広場に向かった。


朝日が差し込む街並みは、流石に他の集落とは違って文明を感じる。

壁の中と言う限られた面積なので、密集しているのはしかたがないが、石造りの頑丈そうな家々は無骨さを補うかのように花や植物で飾られていて、大変に可愛らしいく目にも楽しい。

煙突が無い建物も多く、やはり毛皮がある獣人に暖房器具は必須では無いのだろう。と感心した。


まだ開店前ではあるが、看板の掲げられたなんらかのお店や、飲食店と思われる建物には、大きくて厚いガラス窓まで使われている。

製造技術的に薄い透明度に高い板ガラスというわけにはいかないが、採光という意味ではなんの問題もないだろう。逆にぼってりとしていて可愛らしさすらある。

朝露を反射する花々に囲まれながら、平らな石畳の道を進むに連れ、だんだんと道幅が広くなり、早朝だと言うのに周りに人が多くなってきた。


「わぁ!」


そこはまるで、以前いた世界の市場やマシュシェのように、所狭しと屋台テントが並び、様々なの物が並べ売られているようで、色とりどりに広場一体が華やいでいる。

それが全て可愛らしい獣人のお店なのだ。テンションも上がるってもんだ。

ユリナは寒さも忘れてその活気の中に飛び込んでいった。


様々な種が混在する獣人のマルシェだけあって、本当にたくさんの種類の農作物がならべられている。麦に蕎麦に米まであった。全て粉にしてある製粉を大きな麻袋で3袋づつ買う。

他ではみたことのなかった豊富な乳製品。バターに、ヨーグルトも樽で買う。街の食堂で使われるぐらいだ。そう高級品でも無いのが不思議でならない。

定番の林檎とオレンジの他に、みたこともない果物もたくさん箱で買う。

なんてこった。一般人が利用する市場で白砂糖と胡椒まで売っているじゃないか!

ユリナは、胡椒をひと瓶買うと、残りの手持ちの金貨全部を砂糖に変える勢いで買い込んだ。


「そんなにどうするんだ!?」

「悪くならないし、買える時に買っておかないと、手に入りにくい物なのよ」


ユリナは自分の店で甘味を売るつもりなので、いくらあっても足りないのだ。とハティに言い訳をした。

王都でアレなのだ。どうせ今後の旅の間も、小屋に泊まった方が快適だと決定したことだし、移動費に加え、宿泊費までかからないとなれば、後から請求できるのだとしても、旅費など実質手元になくてもなんの問題もないだろう。


「その土地土地の名産品とか食べたいな。と思っていた時期が私にもありました」


娯楽としての旅行や、観光の文化が発達していないと、望むような料理やお土産物は手に入らないとわかってから、そういった物に期待するのはやめることにした。

ユリナは、美味しい物は、大抵自分で作れる。と、悟ってしまったのだ。


「後はパンを多めに買うぐらいだけど、ハティは欲しい物はないの?」

「俺も・・・いいかな」

「じゃあ朝ごはんに屋台のシチューでも食べたらもう出かけよっか?」

「そうだな」


ハティの必要な物はつい先日全て揃えたばかりだし、この男は買い物するより、さっさと[エアボード]に乗りたいのだ。

ユリナは、それを口には出さず、鼻をクンクンと動かすと、屋台の前が飲食スペースになっているテントをひとつ選んで、その店の大鍋から素晴らしい香りを放つ黒いシチューを注文した。

洗面器のような、木製のボウルに盛られたシチューは、牛肉をスプーンで解せるほど柔らかく煮こんであり、ゴロゴロと大きな根菜がたっぷり入ったビーフシチューだった。


「うわっ! これ美味しい! 1番美味しいかも!」

「本当だ。こんなに美味い煮込みは食ったことがない!」

「お、嬉しいこと言ってくれるね! ウチのかかあの自慢のレシピだ」


犬タレ耳の店のオヤジが、ユリナ達の讃賞に返事をすると、もうお玉一杯分「サービス」してくれた。でかいお玉だ。


「ひー相変わらず量が多い!」

「俺、これなら鍋いっぱい食えるかもしれない」


2人が夢中でスプーンを口に運んでいると、テーブルの上に影が落ちる。


「何を? ・・・しているのですか?」


「え?」


ユリナが顔をあげると、昨日のウサ耳イケメンが、立ちはだかっている。


ユリナはなんとなくスプーンを置いて「朝食を、いただいております」と簡潔に答えた。

ハティは、チラリと一瞬目を向けただけで、シチューの肉塊を着実に腹の中へ収めていく。


「宿で、何かお気に触ることでもありましたか?」

「とんでもない“何にも”されていません。おかげさまで快適に睡眠をとらせていただきました」

「ではなぜこちらで朝食を?」

「出たのが早朝でしたので。物資調達も市場で済ませ早々に王都を発とうかと」

「え!?」

「受け取った手紙に、ライオス様のご不在の知らせがありましたので、長居は無用かと、昨日もお伝えした通り、先を急ごうとしたまでですが、なにか・・・行き違いがありましたでしょうか?」


行き違いも何も、手紙の内容はともかく、誰からもなんの説明も受けていないことにきちんと対応して、こちらもそれを不要と判断したまでだ。

ニッコリと微笑むユリナに、ウサ耳イケメンは「ぐっ・・・」と、言葉を飲んだ。


「どうかお気遣いなく。後はパンを少々買ったらもうすぐにでも出て行きますから、私どもの事は“これまで通り”お捨て置きください」


ハティは、チラリとユリナを見てから、皿をきれいに空にすると、わざと、カラン! と、大きな音を立ててスプーンをボウルに立てかけた。


「冷めると脂が固くなる。食ってしまえよ」

「えぇ、そうよね。ご覧の通り食事中ですので。これ以上はご遠慮くださる?」


本来、貴族のマナーとしては、飲食中の親しくもない女性に話しかけるなど、言語道断のマナー違反だが、こちらがただの平民と侮り、自分の用事を優先させたのだろう。

まあ、名乗ってもいないのだ。このウサ耳イケメンが何者なのかも知らんが、ユリナはそれでもスプーンを手に取らずに、やんわりと微笑んだ。


辺りにハティの フ と息を漏らしたような失笑が響く。


そこで気づいた。それまでの喧騒が嘘のように静まり返り、周りを見ると、全員が頭を下げて動きを止め、こちらに視線を向けないようにしている。


昨日からなんなのだろう。この人、まさか公爵家の三男よりも偉い人なんだろうか。


「主人が戻るまで、王都に滞在するのでは無いのですか?」

「いいえ。いらっしゃるならご挨拶にと思ったまで、いらっしゃらないのなら、お家の方のお手を煩わせるまでもありません」


ユリナの返しにまたしても「ぐっ・・・」と、言葉を詰まらせるウサ耳イケメン。そうよね。すぐ帰ってしまうなんて、おもてなししてない事に不満を持たれたみたいで、人聞きが悪いですもんね。


いつまでもその場を立ち去らないウサ耳イケメンに業を煮やし、ユリナはもう気にせずスプーンを手に取ることにした。


そちらが礼を欠くのなら、こちらも相応の対応をしましょう。

貴族のマナーなんか知るか。それが市井スタイル。


ユリナが、貴族の従者が起立している事を無視して食事を始めると、さすがに辺りがザワりと沸きたった。ついにウサ耳イケメンの顔が歪む。


「全く、こっちは異例の寒波で、凍死者の対応に追われているってのに、なんでいきなりこんな面倒ごとっ」


ボソリとつぶやかれた愚痴に、ユリナは目ざとく興味を示した。


「凍死者? 獣人が? 変温体質の方かなにか?」

「変温?」


従者は一瞬「しまった」と言う顔をしたが、すぐに思いとどまって表情を戻すと、質問を返した。


「爬虫類系の方とか、体温が一定の体質の方々のご家族ですか?」

「い、いや、種族はさまざまだ」


さまざま、って事は、それなりの人数がなくなっているのか。

田舎の貧困層ならまだしも、この王都で薪や燃料がないからと、凍死するなんてよくある事なのだろうか、それとも獣人特有のなにか?


「冬眠を必要とする種族の方とか?」

「獣人は冬眠しない」


最後のユリナの質問にはハティが答えた。

ユリナは「そうなの」としばらく考え込むと、首を傾げてウサ耳イケメンに質問した。


「凍死者がでたお家では全て薪を焚いて暖をとってた?」

「暖炉に、薪を焚いた跡があった。どの家も外には十分に薪があったのに、残っていたのは少量の消炭で・・・なぜ、そんな事を?」


「その家の共通点は、新築したばかり。と言う事はありませんか?」


「なっ!? なぜわかる!?」


「もしそうなら、死因をもう一度よく調べる事です。本当に凍死でしたか?」

「・・・なにか、ご存じなのですね? 今季に入り、王都ではすでに13世帯にも及ぶ凍死者が出ているのですが、今朝もまた4世帯の死者が出続けています。どうか、些細なことでも良いので、何かご存じであればご教授くださいますよう平にお願い申し上げます」


ウサ耳イケメンは、あからさまに口調を変え、手を前で組み膝をついて、頭を下げた。


「密閉された部屋で火を焚くと、酸素が無くなって一酸化炭素が充満する事をご存じですか?」

「さん、え? いっさんか・・・?」

「通気性が悪い部屋で薪を炊くと、生き物は薪から出た毒で中毒死する可能性があります」


ウサ耳のイケメンが、絶句している。

代わりにハティがユリナに質問した。


「そんな話は聞いたことがない」


ユリナがハティに「どうして火が燃えるか知ってる?」と聞き返すと、ハティは首を横に振った。


「火は空気中の酸素と燃料、今回の場合薪ね。この二つを燃やして炎を出す。酸素がなくなると薪は不完全燃焼を起こし、一酸化炭素ってガスを出すんだけど、密閉された部屋では、酸素は早くに無くなり、発生したガスの逃げ場もない」


ユリナは、生活魔法を使って小さく指先から炎を出して説明した。


古い建築技術のまま、壁や柱に隙間があって、換気が十分に行われていれば、なんの問題もないが、誰かが火の性質や、建物の構造を無視して、例えば、『このライトの魔道具を使い部屋を明るくすれば外の冷気を引き込む採光窓はいらなくなる』『隙間風の入らぬ密閉製の高い家に作り替えれば、恒久的に冬の間の薪代が安く済む』なんて言って、新しく窓や通気穴の無い家を作り勧めていたら、事故は増えるだろう。

それに、これまで気づかれなかっただけで、今までもあったかもしれない。


ウサ耳イケメンの顔を真っ直ぐに見ながら説明した後、はっきりと力を込めて言った。


「冬場、暖炉に煙突が無い部屋で火を焚いて寝たら、朝には凍死体と似た遺体が残っていたかもしれませんね」


「ヒュ」と、ウサ耳イケメンの喉が鳴った。


「私達は、速やかに王都を発ちますので、どうか本業にお戻りください」


なんなら今すぐ一緒に門から出ても良い。と、ユリナとハティが椅子から立ち上がった。


「いえ、いいえ、ご助言ありがとうございます。すぐ、すぐに、早急に、精査を、鑑定・・・検査官をっ」


ウサ耳のイケメンは、血相を変えて、ヨロヨロとどこかへ歩き去っていった。


「今の話は本当か?」

「全部が全部どうかわかんないけど、なんか最近、似たような話を聞いたばかりで」

「火の燃え方が?」

「それは前から知ってたよ。火を使う時は窓、開けなさいって教えられなかった?」


ユリナの問いかけにハティは肩をすくめて首を振った。

そうだった。ハティは天涯孤独の記憶喪失だった。


「まあ、私も親から教えられたわけじゃ無いけど」


用が済んだら長居は無用。ユリナも同じく肩をすくめて、じゃあパンを買ったらとっとと行こうか。と2人は歩き出した。

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