移動手段
「まだ10キロも進んで無い」
「だってずっと森じゃん! 歩きずらいじゃん! ねぇこれ無理じゃん!?」
暗くなる前に、場所を確保して小屋を出し、ヘトヘトになって何もする気が起きず、リビングのソファの上で足を投げ出して1時間経った。
そりゃぁ今はだらけて寝そべってはいるが、それでも昼前から4時までみっちり歩いたのに、5時間ほどかけて10キロしか進んで無いとは。
幸い[魔よけの香]が功を奏して、恐ろしい魔獣との接触は無かったのだが、木の根や低木、生い茂る植物は、確実にユリナの進みを止めた。
「凄い。凄いよ獣人。獣道も無いのに進めるの凄い」
ハティですら、あの雑木の中を気にせず歩いていた。
熊おばさんの言うように、女子供だから特別遅いのだろうか? いや、道が無いのは「人間避け」だ。自分だけじゃ無いと、思いたい。
「ちょっと移動方法考えても良いですか?」
「・・・引き返すか?」
「いやそれは良い。ちょっと試してみたい事もあるので、森の方が都合がいい。幸い食糧は潤沢だし。初っ端からすみません」
「いや、俺は別に・・・」
しょぼくれるユリナに、ハティの眉も下がる。こればっかりは仕方あるまい。
「とりあえずお風呂に入りたいのです。ゆっくりしたいから、ハティお先にどうぞ」
夕飯は、惣菜パンを食べて。と、ほかほか焼きたてのホットドックと煮込みが入ったパンがあるから。と声をかける。
作っておいてよかった。
初日から何もする気が起きない。ナイス判断!過去の自分。
ユリナは、よっこらしょと身体を起こすと、ハティと同じデザインのランニングウエアのセットアップを作った。どうせ人にはもうしばらく会わないんだ。スカートなんて邪魔な物はやめてしまっていいだろう。この世界の人間らしく振る舞うのは街に近づいてからでいいだろうと、前世の衣服を参考にいくつかの服を作って、楽な部屋着に着替えた。
もちろんハティの分も用意しておく。
「ん? どうせ人に出会う事がないなら、森の上を飛んでも良いのか?」
森の木の上スレスレを[認識阻害]を付与した乗り物でゆっくり飛べばそう危ない事もないのかも。
重力操作で、浮舟を作るのは容易いが、問題はその後だ。
確か推力が必要なんだっけ。でもそれって専門知識が必要だよね?
パッと思いつくのは、プロペラとかエンジンとかだけど、音が凄そう。無いわ。
気球みたいに気流に乗れるほど高く飛ぶのも、帆を作って風を当てるにしてもそれなりの大きさが必要そうなので避けたい。
そもそも安定した気流がある高さは、それこそ獣人の貴族たちが移動に使っている騎獣や、飛ぶ系の魔獣とのエンカウントが多くなって危険そうだし、何かそれなりの交通ルール的なのがあるのかもしれないし。
「あれ? 魔法があっても飛ぶって難しいなこれ」
それこそ専用のスキルが無いと、空を自由に飛ぶ事などできる気がしなくなってきた。
あと考えられるのは、上空高く浮かび上がって、周囲を十分に気遣いつつ緩やかに滑空するくらいか? どうせ直線移動なのだからそれでも良いのだけれど、これって現実的なのかしら?
10km進むのに何km上空まで上がらないといけないのだろう。人体に負担がかからない速度で滑空するとして・・・んん? 体感で練習するしか無いのかこれ?
プロペラ作って防音の魔法付与してゆっくり進むのが1番現実的な気がして来た。
ユリナは何とか自分の記憶を総動員して、船底に大きなプロペラをつけたモーターボートの模型を作った。魔石で羽を回転させる魔道具だが、プロペラと言うよりどうにも扇風機感が否めない。
試しに重力操作で模型船を浮かせて、プロペラを稼働してみる。
回転音は[防音]の魔法付与で皆無だが、この大きさでもかろうじて前に進む程度。プロペラの制作にはやっぱり専門知識が必要なようだ。簡単な仕組みが知識としてあるだけじゃダメだった。その形状こそが動力の要。素人には無理。
これは音を消せるならジェットエンジン作った方がマシなのか? 前から取り込んだ空気を圧縮して後ろに押し出す筒を浮舟に付ければ前に進む? のか? それだと発射した時だけギュン! と進む事になるの? ちがうか?
いや、そうか。それなら、いっそのこと、船底に強制的に気流を作って揚力を発生させればいいのか!
舟を陸地から入水させるために、船底に並べる丸太“コロ”に見た立て、回転する空気の塊を船底に作れば推進力が得られるのでは? 方向転換は船の形状を信じて体重移動で良いだろう。これなら以外と自由に“飛べる”のでは無いか?
模型船の船底左右側面に、風属性の魔石で回転した空気を発生させる魔道具をいくつも付け、浮かせてみると、模型船は スイ〜 と前進した。
「やった! 大成功!!」
プロペラ機に比べて、面白い様に前進している。
上に載せた人型のおもりを移動させて左右に船体を傾けると、弧を描いてそちらの方に曲がった。
発生させる気流の強弱で、速度をコントロールできるし、急ブレーキが必要な時は、気流を逆噴射するか、舟を傾け重力操作で機体自体を強制的にちょっとだけ落下させれば良い。
これは要練習かもしれないけど、なかなか良い乗り物を作った気がする。
「空中浮遊船[浮舟]プロトタイプ〜♪」
実寸大は明日、明るくなってから作るとして、ひとまず命名した。
俄然朝が来るのが楽しみになって来た。
プロペラ船の模型も一応完成させておき、材料を揃えておくと、ユリナは良い事を思いついたと、懐から板材を出した。
「シンプルなボードにこの機構を活用すれば、運動神経が良い人なら、もっと気軽に空中移動が楽しめるのかも?」
早速板をスノーボード型に整形し、底に気流発生魔道具を付け、革のベルトに前足をつっかけるだけのシンプルな作りにして完成だ。
ボードを床に置き、ベルトに足を入れ、深呼吸してスキルでボードを30cmど浮かせる。
魔石に魔力を流し、気流発生魔道具を小出力で発動させると、ゆるゆるとボードは進んだ。
気流に乗り体重移動で向きを変える事で、ゆらゆらと左右に揺れる。なれてきたらだんだんとトルクをあげるイメージで魔力を流す。
雪国生まれ雪国育ちの高橋友梨奈の記憶は、スノボの感覚を覚えていた。その時よりも、この身体は運動神経が良い。
スイスイと雪上を滑るイメージで空中を移動していると、だんだんと自在にボードを操れる様になって来た。
今は自分のスキルと魔力操作を使っての体感でのコントロールだが、これも解析して魔法を付与すれば、誰でも使えるアイテムになり得る。
だってなんかこれ楽しいじゃ無いか!
もちろんスノボと同じで長時間の移動など到底無理なのだけど、[浮舟]より小回りがきいて、より自由度が高い。
ユリナがスルスルと部屋の中を飛び回っていると、風呂から上がって来たハティが「凄い・・・」と、またしても呆けていた。
ユリナは早速ハティ用に、魔法陣で[浮遊]を魔法付与したボードを作ると「[浮遊板・エアーボード]プロトタイプ! これはハティの」と、ボードを差し出し、履いてみろと促す。
ハティもユリナに両手を握ってもらいつつ、床の上のボードの上に乗ると、ユリナは言った。
「まずはその足元の魔石に触って魔力入れると[浮遊]が起動するの」
ハティが、言われるがままに魔力を入れると、30cmほどボードが浮いた。
「そしたら立ち上がって、まずはボードの浮遊感に慣れて」
と、ゆらゆら身体を揺らす。ボードの角度を変えたり、体重移動させたりして、体勢の取り方に慣れる。
「次がちょっと危ないのよね。推進力を得るために風属性の魔石で作った魔道具[エアフロウ]を起動させるんだけど、足元のボードを意識して魔力をほんのちょっとだけ流して欲しいのほんのちょっとよ? そうすると、ボードの底につけた[エアフロウ]が、空気を回転させるから試してみて」
ハティは、言われた通り、ちょっとだけ魔力を流すと、なるほど、ボードはゆるゆると前進し出した。
「うまいうまい! ボードの角度で、上昇や下降も可能なの。あとは[エアフロウ]に魔力をどのくらい入れるかで、回転の速度に強弱がつけられるわ。[浮遊]は、最初に設定した、底面から障害物までの距離を厳守させてるから、終了させるまでボードの上にいる限り落ちる事はないんだけど、[エアフロウ]は自分の魔力供給を切ったからって、動きは急に止まらないわ。だから急ブレーキも覚えなくちゃ。何にせよ広い所で試さないとね。小屋の中ではこれが限界だわ」
ユリナは、長湯しようと心に決めて[エアーボード]を懐に蔵うと「長くなるかもだから、お腹空いてるならご飯食べてて」と、ダイニングの上のパンが乗った皿を指差し、風呂場に向かった。
ハティが、もうちょっと色々試したい。と、魔力供給量をあげようとした瞬間、ひょっこりと顔だけコチラに出したユリナが声をかける。
「練習するなら[エアフロウ]は切った状態でやって! [浮遊]だけなら許すけど、室内で[エアーボード]のフル使用は禁止だかんね!?」
ハティは ビクリ と体を硬直させると、ウンウンと大きく何度も頷いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝の支度を済まし、小屋を懐に蔵うと、代わりに早速[浮舟]を出す。
「なっ!? [エアーボード]で移動するのではないのか?」
「[エアーボード]は自分の魔力供給型だし、身体をボードの一部にする事で操作するから、長時間乗っていられないよ? 気も抜けないし。スピードや機動力は落ちるけど、こっちの方が楽だよ?」
ユリナは[浮舟]は「マナ自動回収型」で、術者の魔力を供給するのは、起動時と、速度を出したい時だけだ。とドヤ顔で言った。
因みに[浮遊]の条件は[エアーボード]と同等だ。
クリスマスの次の日の子供並みに、新しいオモチャの試乗を楽しみにしていたハティは、がっくりと項垂れた。
「いや、コッチの試乗が済んだら、好きにして良いから。どうせエンカウントするモンスターもグッと減るよ」
そんなにかい。とユリナは心の中でツッコんだ。
[浮舟]は二人乗りの設定で作っているので、ハティにも乗ってもらわないことには試乗にならない。
公園の池にある足漕ぎボートの仕様にした。
ベンチはやや後ろに付いていて、ペダルはもちろん無いので足が伸ばせるほど広い。
運転席には操縦桿が床から生えていて、両手で握り、上下左右に動かすと[エアフロウ]の回転の方向と、機体の向きが連動して変わる様にした。
操縦輪の先には左右に分かれて[浮遊]ボタン(赤色の魔石魔道具)と、[エアフロウ]ボタン(緑色の魔石魔道具)があり、親指で触れて魔力を流すだけで、起動・追加魔力供給量・終了を作動させる事ができる。
前壁面中央に[地図]を入れる額縁があり、現在地は常に表示され、次の目的地までの距離をお知らせしてくれる機能をつけた。1Km毎にアラームが鳴るように設定しておく。
陽よけに屋根はつけたが、窓ガラスは付けなかった。機体が出す音自体は[消音]の魔力付与で無音だが、周囲の様子はそのまま体感できる様にしてある。
そのほかの機能と言えば、[認識阻害][自動運転(直進のみ)][マナ自動回収][空間保護]と、プロトタイプらしく、シンプルなものだ。必要な機能は都度考えよう。
ユリナは[浮舟]を60cmほど浮かせた状態で乗り込むと、座席に座って「覚悟は良い?」とハティに聞いた。
ハティは、ゴクリと唾を飲み込むと、「任せる」と、肘掛けを掴む手に力が籠る。
「じゃあ行くよ!」ユリナが[浮遊]ボタンに魔力をこめると[浮舟]はスイっと浮上し、木々を抜け、森を見渡せる高さまで上昇した。
「おぉ、思った通り。樹木の高さはほぼ一緒だね」
[浮遊]の高さを船底から障害物まで3mほどに設定する。
続いて[エアフロウ]のボタンに魔力を少しだけ流す。舟はユルユルと進み、何の問題見ない様だ。徒歩と同じぐらいの速さにしても[マナ自動回収]に変化はない様だったので、出力を上げてみる。
だいたい自転車と同じぐらいの速度になると[マナ自動回収]の限界の様だ。うん。ちょうど良いんじゃないだろうか?時速〜20キロぐらいかな?
本来なら寒いはずだが[空間保護]のおかげで暑くも寒くもないせいか、抜けていく風がとても気持ちいい。こりゃ楽ちんだ。
「遅くないか?[エアーボード]の方が早そうだが?」
「ハイハイ。わかったわかった。ちょっとボード貸して」
ユリナは[エアフロウ]を止め、速度を落とすと、ボードにリーシュコードを繋ぎ止め、ボードに乗る時には、必ず足に付ける様に言った。
十分な高さがあれば、地面に墜落するのを防ぐ命綱にもなる。
「良いよ。試してみて。わかってると思うけど、あまり離れないで」
[浮遊]を起動させたボードを[浮舟]の脇に出す。この高さ以下にボートは落ちない設定だ。
ハティは大喜びで皮ベルトに足を入れると、言われた通りその足にリーシュコードを繋いだ。
「んじゃとりあえず、西に向かって直進するから。気をつけてね!」
「わかった!」
ハティは、慣れた様に左右にボードを振ると、あっという間に加速した。
ユリナも慌てて[エアフロウ]に魔力を流す。が、スピードは出さない。さっき試した自転車の速度まで出たら、操縦桿を動かして、機体を操る。
「うん。大丈夫そうだな。あとは水平を保って前進で自動運転だ」
真ん中のボタンひとつで操縦桿にロックをかけると、そのまま手放しで、ついでに目も離す。
障害物が回避可能距離に入った時点で警告音が鳴る様になっているので、それまではお任せだ。
外に目を向けると、ハティが上ったり下りたりと、おおはしゃぎだ。
持ってあと5分と言うところか。
「さっ寒いっ!!」
「でしょうね」
ユリナが予想したよりの早い時間に、ガチガチと、奥歯を鳴らしてハティが帰ってきた。
どこまで上がったのやら。
「空の上の方は寒いって学習した?」
「知っていたのか?」
「それでなくても今は冬なのだから。この中や小屋の中が異常なのを忘れないで」
「わかった。学んだ」
ハティは、毛布にくるまり、温かい紅茶を飲むと、大人しく助手席に座っていることにしたのだった。




