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ユリナ ただのユリナ


リリアーヌは、ひと気の無い街の暗闇に身を潜めると、やっとその場に座り込み、さっきまでの事を反芻するように思い返していた。


 妹が代わってくれたおかげで、王子の婚約者では無くなった。

 聖国では、廃嫡の《神聖契約書》が神殿に納められれば、リリアーヌは正式にセラフティナではなくなる。

 新たな爵位でも賜らんことでもない限り、貴族に戻ることは無い。

 王妃候補でもなければ、元々いらない子だったのだ。相続から外れるリリアーヌを、セラフティナ侯爵家が憂う理由は無いだろう。なんなら明日の朝にはもう、いつもと同じ朝食を、いつもと同じように食べていそうだ。



 そして思い出してしまった記憶を頼りに、懐から出したナイフで長くで邪魔だった髪をザクザクと切り落とすと、手からこぼれた色の薄い金髪とは対照的に、頭に残った髪が真っ黒く染まっていく。

 これまで18年間生きてきたリリアーヌとしての人生に、それ以前の記憶が混ざってゆくのを感じながら、思わず独りごちる。


「そうだ、私、前世で過労死したんだった」


 高橋友梨奈 アラサーの独身。


 その日も0時を超えた続く残業に、ヘトヘトで駅までの道を歩き、横断歩道の真ん中でふらつき倒れる途中で、突っ込んできたトラックに跳ね飛ばされたんだっけ。


 あの後、あの場はどうなったんだろう?


 その時自分が見ていた走馬灯は、近所のファミレスで、バツが悪そうに別れを告げる男の隣に、たしか、自分の友人だと紹介した大学時代の後輩が、下腹をさすりながらニヤニヤと不気味な笑みをこちらに向けていたような。


 異世界に転生してもこの体たらくとは、つくづく魂から男運が悪いと見える。


 リリアーヌは、吹き出し笑うと「よっこらしょ」と声に出して立ち上がった。


「なんで死の間際に省みた人生までクソみたいな内容なんだよ」


 切り落とした金髪とナイフを蔵い、代わりに出した首飾りを眺め見る。

 ゴテゴテと品の無いカラフルな宝石を、錬金錬成術でばらし、台座の黄金をインゴットに変えた。


「これからは私はユリナ。ただ自分のためだけに、ただのユリナとして生きていこう」


 そして息を吐くと、自分のステータスを、生まれて初めて確認した。


「ステータスオープン」



 ユリナ 19才 称号[(非表示)魔女]

 種 族:人間

 スキル:【(非表示)翻訳】全言語を理解できる

     【魔術】生活魔法 マナを魔術に変換する

     【(非表示)錬金錬成】鑑定解析 魔法陣制作 ❇︎ 条件が揃えば森羅万象を再現可能

 魔 法:〈(非表示)闇属性〉❇︎ 偽装擬態 隠密隠蔽 重力操作 亜空間収納 その他

     〈無属性〉❇︎ 身体強化 その他

 加 護:(非表示)異世界人 異世界移転ボーナス 魔力の上限解除 ❇︎ 加護と称号により異世界人特有の能力表示を隠蔽

 職 業:無職

 状 態:健康


「なるほど、異世界人の加護ね」


 貴族が7歳になると受ける神殿での儀式で伝えられた鑑定の結果はたしかこうだった。



 リリアーヌ・セラフティナ 7才 称号[   ]

 種 族:人間

 スキル:

      【魔術】


 魔 法:

      〈無属性〉

 加 護:

 職 業:ウハインハイツ聖国 セラフティナ侯爵家 長子

 状 態:健康



 貴族にしてはスカスカで、セラフティナ侯爵夫妻が随分と落胆したのを思えている。


 それなのに、その後なぜ王妃候補を外れずに、厳しい鍛錬を続けさせられたのか、いくら考えても全く理解できなかったが、全てを思い出したユリナは、懐から出した薄い毛布を身にまとい、暗い路地裏で夜が明けるのを待った。




 やがて馬車の行き交う音で目が覚める。

 薄暗い路地裏で熟睡していたとはさすがに我ながらびっくりだ。

 疲れてたのもあるだろうけど、侯爵邸のベットより、この路地裏の木箱の方がずっと寝心地の良かった。


「そういえばどこでも寝られるのが友梨奈の唯一の特技だったな」


 思わず独りごちる。これならどこでも生きていけそうだ。


 とはいえ今日中にこの王都を出て、可及的速やかに二つ隣の国まで辿り着かないと。


 何よりこの穢れたメイド服をさっさと着替えたい。



 路地から明るい場所に出ると、陽は思っていたより高く上がっていて、街はすでに今日1日を始め出しているらしい。


 毛布を懐に(しま)うと、カーテンだった黒いベロアをフード付きのローブに変えて纏ってみる。おかしくはないが、少し艶があるカーテン生地だ。目立つだろうか?

 飾りについていた金色のモールは外して懐に蔵って、簡単に身支度を整える。

 とりあえず「混んでなければ良いのだけれど」と、宝石を換金するために冒険者ギルドに向かって足を踏み出す。


 1人で街を歩くなど、コチラでは初めての事だった。

 しかも異世界。目に入るもの全てが輝いて見えて浮き足立っている。

 道すがらに教えてもらった建物の前に立ち、このままじゃいけないとわかっているのだけど、どうしてもワクワクしてしまう。

 建物に入る前に、思い出したようにローブを脱いで、慌てて小脇に抱えると、少し、深呼吸して気合を入れた。



 メイド姿が功を奏して、アイテム換金の受付カウンターから個室に通されたユリナは、戸惑いながらも、無事宝石のいくつかを金貨に変える事に成功した。

 商人ギルドを避けたのは、このメイド服に見覚えがある商人に出会いたくなかったからだが、冒険者ギルドでも、宝石は問題なく換金してくれた。


 これからも困ったらこの手が使えるなとほくそ笑む。

 何せ家に帰るたびに贈り物が届くのだ。貢いでもらったアクセサリーの数はこんなもんじゃなかったので、その内の僅か数個の値段に驚き、表情を取り繕うのに苦労した。


 さすが王家。腐っても王子が貢いでくれたものだけあるのだな。と思ったが、これが元は国民の税金かと思うと少々心が痛む。とは言え、今や使える物は何でも使うつもりでいる。

 宝石ごとにカットの仕方を変えたのが良かったのか、粒の小さい物だけ選んで売ったのが良かったのか、なんの不信も問題も無く換金できた。流石にダイヤモンドはここでは売りに出さなかったけど、いつかブリリアンカットにして鑑定に出してみたい。

 この世界では大きさを重視する価値観のようだが、今後はぜひその輝きも考慮してほしい。

 これからもアクセサリー類は、バラしてパーツ売りすることにしよう。


 名前も変えてしまったし、なんなら、リリアーヌ名義で貢がれた物は、全て素材に戻してしまった方が足がつかなくて良いのかもしれない。

 多少の偽装は施そうとは考えていたが、元々の何かこちらの素性がわかるような(まじな)いや魔法が付与されていたら、煩わしいことも増えるだろうし。

 そう考えると廃嫡の書類まで作れたのは本当に僥倖だった。


 無造作に宝石の入った小袋の中を眺めながら、城のコックやメイド達からこっそりもらった、飴玉の詰まった瓶のほうが、何倍も可愛く嬉しかった事を思い出してしまう。

 ゴテゴテと、やたらめったら飾りつけたギラギラのアクセサリーや服や装飾品は、とうとうなんの愛着も湧かなかったので、声を出して笑ってしまった。


王子(アイツ)の趣味の悪さが初めて役に立ったな」



 ユリナはその足で中古服屋に入り、着ていたメイド服を平民服に変えた。


 さすが侯爵家のメイド服とあって、仕立ても生地も上等な物らしい。

 どうりであの扱いなわけだ。

 3着分にもなった町娘がよく着ている平民服は、生成りのガボっとしたワンピースに、少し厚手の前後に長方形の布を肩で縫いつけただけのジレを羽織る。

 ジレの前身ごろをバランス良く重ねて刺繍の入った幅広の帯リボンやエプロンで腰を絞り、肩や腰にストールを巻き付けるのが定番の仕様だが、旅に出るなら、エプロンより防御力の高い外コルセットの方が良さそうだ。

 全体的に色を地味目に変え、護身用も兼ねた採取ナイフを着けられるように革生地を買って、後で自分でリメイクしよう。

 どうやら、この世界には旅人の服に女性用など無いようだ。


 揉み手でホクホク顔の店主にオマケしてもらったブーツに履き替えると、手ぶらを偽装するためのくすんだトランクを片手に、今朝方ギルドで売ってもらったチケットがわりの木札を腰のツールポーチにしまいつつ、定期馬車乗り場があるという中央市場前に向かったのだが、荷の遅れで馬車が出るまでもう少し時間がかかると知らされた。

 ずれ込んだ出発時間は、鐘を鳴らして知らせてくれるらしい。


 それではもう少し買い物しようかと、朝市で日持ちのする根菜類と干し肉を買い集めると、良い事を思いついて大量の塩を買い込んだ。



「あとはポーション屋かな?」


 回復薬ももちろん欲しいが、ユリナの目的は別だった。


 干し肉を売っていたおばさんの言うことには、ポーション屋も、ここからそう離れた場所ではないらしいし、鐘の音は聞こえるだろう。と、そちらまで足を伸ばしてみよう。


 たどり着いた建物は、蔦で覆われ、魔女のアイテム店然としていて心が踊り、浮かれた気持ちを抑えるために、頬が痛くなるほど無表情をつらぬかなればならない有様だったが、このような小売店で買い物する事も、こちらの世界に来てからは初めての事だったのだから、多少のおかしな行動も致し方ないというものだ。


 慎重になっていたつもりだったが、剣と魔法の封建社会にあるポーション屋で、回復ポーション、しかも上級品を10本だけ買い込むと、他のポーションには見向きもせず、ガラス瓶と、ポーションの材料である薬草類を買い漁ってしまうという、奇異な行動をとってしまった。



「新しく来た薬師かい?」


 麻の袋に、各種乾燥した大量の薬材を詰めながら、カウンターを挟んで座る老婆が、この国では珍しい髪色をしたユリナを仰ぎ見て言った。

 何せガラス瓶は箱買いしてしまっている。しまった。と思った時にはもう遅かった。


「・・・いいえ、逆に村に帰るところです」


 田舎で店をやっていた母の訃報を受け取りまして。と、眉を下げる。まあ嘘なんだけど。

 すると「それは悪い事きいちゃったね」と、なんの疑いもなく言葉を返す老婆に、ユリナは薄く微笑み返し箱を抱えて店を後にする。


 印象に残ってしまっただろうか?


 これからはもっと色々気をつけなきゃ。間違っても、魔法が使えると思われるのはマズい。

 この世界で魔力を持っているのは 貴族だけ と言う事になっているのだもの。


 準備が済めばこんな街に長居は無用。

 ユリナは足早に広場に戻ると、タイミングよく「馬車が出るぞ」と鐘が鳴り響いた。

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