旅の準備
寝る前の疑問晴れぬまま、清々しい気持ちで目覚めたユリナは、硬いベットの上で伸びをする。
やっぱり藁束でもあった方が良い。今日の午後は、浜に行ったあと、絶対にベットマットを探して買おうと心に決める。
ハティは起きているだろうかと、衝立をたたむと、ベットは無人だった。
今の隙にと、手早く着替えを済ませ、髪を整えていると、ノックもせずに扉が開いた。
「うぉっ!?」
ユリナがギョッとした顔で見ていたので、扉を開けたハティは、驚いて声をあげた。
「ハティ、びっくりしたわ。おはよう」
「・・・おはよう。水を持ってきた」
「・・・私に?」
「ああ。俺は下で済ませてきた」
「ありがとう」
ハティは、水の入ったタライをテーブルの上に置くと、スッと、扉の前に捌けた。
ユリナは、水で顔を洗い手拭いで拭く。
「朝食はどうする? 何か屋台で買って来るか?」
「そうね、お願いして良い?」
「わかった。では行ってくる」
ユリナは、ハティに銀貨をわたし、「気をつけて」と声をかけ見送った。
一晩で、何か心境の変化でもあったのだろうか?
ユリナは、水を捨てに井戸まで行くと、手拭いと桶を洗って、手拭いを魔法で乾かし浄化して懐に蔵う。
タライを、客の朝食の準備で忙しい宿屋のご主人に返して、階段を上がる。
今朝のメニューも、焼いた何らかのお肉らしい。一階の食堂には、ワイルドな肉塊を焼く匂いと、ジュウジュウと表面を高温で焼く音が響いていた。
部屋に戻ったユリナは、衝立を残してベット2台を懐に蔵うと、テーブルと椅子を出して、お茶の準備をした。
開け放たれた窓から、ひんやりとした風が入り、鳥の声がする。
「うん。良い朝だ。悪くない」
高温に熱したお湯をポットとカップに入れ、茶器を温めながらハティの帰りを待った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あんたが工房にいる間、地下の拠点を片付けて来たいのだが良いか?」
職人が待つ工房に向かう道すがら、ハティはユリナに初めて自分の予定を告げた。
ユリナは驚き、その変化に内心喜んだが、それを悟られぬよう「了解〜」と何気なく返すと、お返しに午後からの自分の行動を告げる。
「浜辺に行って採取を済ませたら、ベットマットを買いに行きたいのだけど、良いかしら?」
「わかった。そっちが終わる前に戻る」
「お願いします。それと、」
ユリナは「護衛料とは別のしたく金だ」と言って、銀貨と大銀貨が入った袋と、革カバーとペン付きの帳面を渡した。
「このお金は何に使ってもあなたの自由だけど、スポンサーには報告が必要だから、きちんとメモしておいて?」
「・・・・・」
ハティは、無言で受け取ったそれらを胸の[アイテムバッグ(収納)]にしまった。
工房に着くと、挨拶もそこそこに、早速職人達の対応に追われる。
日々の仕事の他に、自分で作り仕上げた[錠前]と[鍵]のクオリティを評価してもらいたいのだ。
ユリナが「ハイハイ」と、職人達を捌いていると、ハティは「ではよろしく頼む」と、親方にきちんと挨拶して出かけて行った。
本当にどうしたと言うのだろう?
ユリナは、どうせひとりで考えてるだけじゃ答えの出ない事だ。と、直ぐに疑問を追求するのをやめ、鍵作りの指導に集中した。
「さあさあ疲れただろ。まあ一服しなよ」
質疑応答ラッシュが一段落した頃、工房のおかみさんが大きなマグカップに紅茶を入れて持ってきてくれた。
職人達は、教えられた改善点の修正に夢中になっている。実際に作っている時間は、職人らしく試行錯誤を勝手にしてくれるので、教えるのも楽なものである。
ユリナのすることといえば、丁寧に設計図をひく事ぐらいだ。手書きでできないこともないが、CADが恋しい。
「ありがとうございます。いただきます」
ビールジョッキのようなコップで飲むこの紅茶は、渋みが抑えられているのに濃くて、甘く華やかな香りが立ちとても美味しい。こちらの国の特産だろうか?
獣人の国では平民もよく紅茶を飲むようだ。
ユリナは、おかみさんに、茶葉を売っている店を聞くついでに、寝具の入手の方法なども聞いてみた。
すると、ベットマットは、ベットとして枠と一緒に売られている物らしく、どうやら別売りで入手するのは難しいらしい。それもそうか。
ユリナは代わりに、藁束を大量に入手できないか聞いてみた。それなら、知り合いの畑をやっている家を紹介してあげるよ。と、お茶を飲んだらおかみさんと出かける事になった。
途中にあったお店で紅茶葉を買いつつ、たどり着いた農家さんから「廃棄分だ好きなだけ持って行って良い」と言われ、納屋に残っていた藁をもらうことができた。
帰りしな、どうせ回収するだけだからと、おかみさんと別れ、ついでに浜辺に寄って砂と塩をガッツリ懐に蔵う。
周りに誰もいなかったので、道中手に入れた藁で厚めの畳をクラフトし、ベットマットの代わりにすることにした。
これで午後は、また森に行って模型作りに専念できるなと、ホクホクで工房に帰ってくると、そこには怒りで震えるほど拳を握っているハティが待っていた。
「なぜひとりで勝手に出かけた!?」
「すぐ、そばだし、ひとりじゃ、無かった、よ」
しまった。
ユリナは、自分の失敗を即座に理解した。
せめて言付けぐらいしておくべきだった。
違う。今、工房は空だ。
職人達はお昼ご飯を食べるために出かけていて、ユリナとハティしかいなかった。
いつ帰ってくるか、はっきりとした時間がわからないハティへの言伝など、職人達には迷惑だし、何よりユリナ自身も、午前の仕事はすっかり終わったつもりでいて、「それではまた明日」と挨拶だけするために寄ったようなモノだった。
過失とは言え、有り体に言えばハティの事はすっかりと失念していた。取り繕いようもない。
いや、どれも違う。なぜ最初に口から出た言葉が謝罪じゃ無かったのか。
泣きそうな顔で、何か言いかけ開いた口を閉じると、ハティはそれからまた、口を聞いてくれなくなった。
そのまま無言で森に向かい、無言のまま昨日の続きをして今に至る。
ハティは、お昼を食べたのだろうか? 自分は食べてない。でも、そんな事聞ける空気じゃ無い。
朝食は、ハティが買ってきてくれたサンドイッチを一緒に食べた。
その時は、何だか捨て犬が懐いたみたいな喜びがあったのに、また最初の無言な関係に逆戻りだ。
イヤイヤ、自分が悪いのだけど、問題は一つづつ解決していこう。
ユリナは、空腹を我慢して作業を続けることにした。
石板の上で、小屋の枠組みをあらかた組み上げると、作ったガラスを繊維状に整形し、グラスウールの塊を作って断熱材として壁の中に入れる。石膏ボードや、合板を下板に、腰高の化粧板を丁寧に貼って、漆喰を塗った。土間から続く台所や、洗面台、風呂場、トイレは石板の床で、それ以外はオーク板をヘリンボーン状にキチキチと並べる。
変に凝った作りをしてしまうのは、今のユリナの心情のせいか。
大きなLDKを寝室二間と水回りで挟む縦長のシンプルな躯体に、石で作った洋瓦の三角屋根を、ガッチリくつけて模型は完成した。
躯体の柱や梁と壁屋根に、抜けや弛みなどの、不備が無い事を念入りに確認する。
適当な広さを確保するために、その辺の樹木や岩なんかを懐に蔵い、軽く整地して、実寸大の石板を並べると、その上に模型とすっかり同じ数の建材を出した。
「再現」
石板の上の材料が空を舞い、模型と同じように、然るべき場所に組み立てられていく。
ハティの、不貞腐れたような態度が軟化し、目を輝かせてその魔法を観ている。
ユリナは、ほっとしつつも、表情を変えずに魔法を展開する。
あらかた建ち上がった家の窓に、厚めのガラスをはめていく。
全ての窓に鎧戸をつけ、日の出日の入りに合わせて自動で閉まるように魔法付与する。
ユリナは、玄関に回って「入って。いいよ」と、ハティに声をかけた。
ハティは返事をせずに、後をついてくる。
1番奥の部屋で「ここがハティの部屋」と案内し、すのこベットに天蓋用の枠をつけ、上に畳マットを乗せると、侯爵家から拝借した寝具を2人分にリメイクした新たな寝具を設え、シンプルに作ったレターテーブルと椅子、コート掛けを置き、東側の壁の腰高窓にカーテンをつけると、家の大体の説明を始めた。
「この家、北側には窓が一切ないから」
夜間、室内の移動はそちら側を通れば、万が一にも月の光は浴びないで済むと思う。
物置と雨音対策に作った屋根裏部屋にも明り採りの窓無いから、不安ならそっちを通っても良い。と天井にある折りたたみ階段扉を示した。階段を引き出すと、自動で明りがつくようになっていて、もう一つの天井扉は洗面所の上にある。洗面所、トイレ、風呂場に窓は無い。ダクトで排気しているだけだ。
ユリナは自分の部屋をハティと同じように設え、暖炉の上に家の模型を置き、その前にローテーブルと、大きなソファーを置いた。
窓にカーテンをつけ、簡素だがリビングはこんな物かと、石板の間に移る。
3口コンロにパン焼き窯、棚に食器を並べ入れ、作業台を兼ねたイカついダイニングテーブルと、椅子を二脚向かい合わせて置いた。
雨の日はこの家に引きこもり、移動もしないつもりなので、キッチンは充実させた。
上水はコモン魔法で済ますことにして、下水は深い穴を掘って廃棄排水する事にする。
「他に何が必要かな?」
「・・・いや、十分だ」
「そう、じゃあお茶を入れるわ」
ユリナは、お腹が空いたので、スコーンも焼く事にして、新しい台所を使ってお茶の準備をする。
パン焼き窯に薪をくべ火をつける。せっかくなので火魔石の魔道具は使わない。
粉にバターを砕き入れ、よく馴染むように揉み混ぜ、砂糖は入れない。牛乳とひとつまみの塩を入れて生地をまとめ、魔法で冷やし、丸く型で抜いて天板に並べ、卵の黄身を表面に塗る。
魔法を使って生地を冷やせば、焼くまであっという間だ。素晴らしい。
パン窯のおかげで、部屋もいい具合に暖まった。
窯の薪をかいて中の温度を鑑定し、生地の乗った天板を入れ、190度で15分焼く。
その間にお湯を沸かし、ポットとカップを温め、息を吐く。
スコーンがいい感じに立ち上がったら、天板の向きを変え、良い色に焼き色がつくのを待ちつつ、ポットのお湯を捨て、茶葉を入れて、新たにお湯を注ぎ、葉が開くのを待つ。
タイミングよくスコーンが焼き上がった。良い感じにウルフマウスができている。一つ割って様子を見る。うん。良い塩梅に焼けている。
ユリナは、焼きたてのスコーンを大皿に乗せ、ポットの茶葉だけを懐に蔵い、取り出し捨てると、ティーカップのお湯を捨て、その全てをトレイに乗せ、意を決してダイニングテーブルに運んだ。
「座って?」
家の中をウロウロと見てまわっていたハティに声をかける。
ハティは無言で椅子に座った。
ユリナは、ポットからカップに紅茶を注ぎ、皿にスコーンをトングでとりわけ、ハティの前に差し出すと、レモンのジャムの入った瓶をテーブルの上に置いた。
レモンの鮮やかな黄色が、艶々とガラス窓から入る光を反射している。
「間違いました。1人で出かけるべきでは無かった。本当にごめんなさい」
ただただ真摯に頭を下げた後、取ってつけたような言い訳をした。
「工房のおかみさんに耳寄りな情報を聞いて、後先考えずに飛びついてしまったのです。ハティに早く、この家を見せたくて」
まあ、嘘なんだけど。
「・・・俺、置いていかれたのかと思って・・・」
「え?」
「俺、役に立たないから、やっぱりいらないって、置いていかれたのかと・・・」
ユリナが顔をあげると、ハティはホトホトと涙を流していた。
「ほ、本当に、本当にごめんなさいっ、そんな、そんなつもりじゃ無かった、ごっごめんっ」
前世を含めて、こんなふうに泣いている大人の男など見た事がない!
ハティは、なおも泣きながら、胸の[アイテムバッグ(収納)]から、サンドイッチと肉串を取り出し、テーブルに並べた。
「昼も、一緒に、食べようと思って・・・」
「あぁっ本当にごめんっもう2度としませんっ以後厳重に気をつけますっ許してください」
ユリナはとうとう跪いて「申し訳ありませんでしたっ」と土下座した。
いたたまれない。自分はなんて酷いことをしてしまったんだ。と、胸を抉られクリティカルなダメージを負った。
「ごめん」
「もう良い」
「本当にごめん」
「もう良いよっわかった」
「本当にごめんなさい」
「もう良いって」
「良くない!」
ユリナは、叫んで立ち上がった。
「多分、これからも私、間違うと思う。だから、ルールを決めよう」
「ルール?」
ユリナはしばらく考えると、懐からペンと紙を出した。
「甲が間違いを犯し、乙に『2度と過ちを犯さない』と誓いを立て謝罪をした場合、乙は許しても許さなくても良い。ただし、許す場合は『謝罪を受け入れます』と宣言し、その後2度と件について言を発しない」
そう書かれた紙を差し出すと、受け取ったハティは眉間にシワをよせた。
「これは、甲だけに都合が良い契約にみえる」
「一見そう見えるけど、よく考えて。甲は絶対に謝罪しなければならないの。それが前提になってる」
「・・・なる、ほど?」
「言い訳は必要? 不要?」
「時と、場合によるのでは?」
「では、『乙は時と場合により、言い訳を要求する権利を有する』っと。これで良い?」
「《神聖契約》するつもりか?」
「うん。本当に、ごめんなさい」
「そこまでの必要はない」
ハティは、その紙を胸の[アイテムバッグ(収納)]にしまい言った。
「『謝罪を受け入れます』」
そして、ユリナの腰に手を回し抱きつくと、声を殺して再び泣き始めた。
マジか。ハティは泣き上戸だったか。これはキツイ。本当に気をつけよう。
・・・それにしても、一体いつになったら泣き止むのだろう。
ハティはその後、たっぷり30分以上泣き止む事はなかった。




