群れる生き物
約束通り、ライオス様と会い、今後の事を話した後、[ゾクハイツ国]側の[国境検問所の街 西]を含む辺境伯爵邸のある街[ヴェストラン]で開店するための、店の営業許可証をいただく。
それともう一つ。思いがけない魔道具を下賜された[関所の地図]と[通行手形]だ。
関所を通過する理由と、その責任者であるライオス様のサインが書かれている書類で、何か問題があれば、開かずとも書類の公爵印を見せればそれだけで傅かれるような葵の御紋レベルの代物らしい。
ただし当然のことながら、その印の意味を知る者にしか効かない後光な事を忘れないようにしよう。
森で盗賊にこれを見せても何の意味もないのだ。だからこその[通行手形]。関所の番人は役人だ。
[関所の地図]には、その名の通りこの国[トレハンツ獣王国]の全ての関所がが記されている。
嬉しいことに、そこにはコンパスのような矢印も描かれていて、設定すれば、次の目的地である関所がわかるのだ。
もちろん通過の証も刻まられる優れもの。こんな便利な物があるなら早く教えて欲しかった。
ただしこれは、種族の違いでGPS機能の弱い種や、その機能に障害が出た“貴族階級”に対する特別処置のような物らしいのだ。
街道整備がなされていない理由の一つに、外敵からの防衛が挙げられるのに、こんな便利グッツが常用されていては本末転倒だもの。
血液による[個体認識]機能を付与することにより、他者に奪われると発火消滅する安全装置付きと言う周到ぶりだ。
地図が特権階級の所有物なのもこの世の常なので仕方ない。ましてやこれは立派な魔道具だ。ただありがたく使わせてもらうことにする。
以上の事からわかる、ユリナに対する相当な期待も、今後の収益を思えばこそなのだろうが、この街で職人に[鍵]の技術を伝授したら、開店にかかる本来の経費は一切合財ライオス様持ちで、ユリナは銀貨一枚も支払いが無いと言うのも、なんとも夢のような話だ。
騙されているんじゃないかと、元の世界の自分なら思ったところだろうが、ここにこうして《神聖契約》した書類が揃っているのだから、安心感が違う。
もとより生粋の無神論者なのに、随分と都合よく使わせていただいている。ありがたい。ありがたい。
「では、書類はそれで全てだな。何か他に要望はあるか?」
「十分すぎて申し訳ないほどでございます。ありがとうございます」
「向こうに着いたら、一度こちらから様子を見に行こう。良い連絡を待っている」
「この度は多大なるご配慮を賜り、心より御礼申し上げます」
ライオスは「では良き商売を」と挨拶して、ホクホク顔で部屋を出て行った。
これから王都に戻るのだそうな。空飛ぶ騎獣に乗って。いいなぁ。
ユリナとハティも、とりあえず一旦、宿に戻ることにした。
「これから1ヶ月ほど、平日の5日、午前中のみ職人のいる工房に通い[鍵]の作り方を教えます。次の街に移るのはその後ですね」
教えを乞うとはいっても、皆それぞれ今やっている仕事をこなしながらの急な話。時間がかかるのも仕方ない。
幸いにも、お互い先の見えない生活から抜け出せたのだ。向こうに合わせ、こちらはゆっくり、当面の生活ルーチンを共有しようと、宿へ戻る道すがら話をする。
徒歩のみでの旅は初めてだ。
王都までは二つの領地を超え、王都からは3つの領地を通過する。
外壁で囲まれているのは国境を有する[国境検問所]のある辺境領か、王都だけで、あとのチェックポイントがある村や街は、なんと壁や柵でも囲まれていないそうなのだ。
高い石壁はあくまで対人、他国の人間に対する物理防御にあるだけで、確かに身体能力に優れた獣人や魔物には、『壁』はあまり意味のない物なのかもしれない。壁を否ともしない身体能力を持つ獣人達に、整備された街道が必要ないのも頷ける。
これが他の国での旅路なら、個人で馬車を買って。とも考えるが、整備された街道がないのだから、荷運びを車輪の乗り物に頼るヒト種にはお手上げだ。
「貴族の方々は騎獣に乗って空路だってんだからもうね。どうしようもないよね〜」
街や村の中、人々が暮らしを営む集落の中は道が整備されているのに、それらをつなぐ街道が無いのも、公共事業を計画する御上の方々が必要性を感じないのだから計画されることもなどあり得ないのだろう。しかもそれが公的な国の方針なら尚更。
不便を感じていないのだもの。開発されるわけがない。
エルフが森で暮らしているとして、森そのままの姿である事が、集落の防衛に繋がるのだが、エルフの近代文化的な営みは阻害され、結果森で暮らすエルフは数を減らしている。
だが、獣人は、森を維持しつつ集落を発展させ、他の地と交易する柔軟な思想と、それを実現できる身体能力を持っていた。
バランスを保ち発展を続けている証に、今ではヒト種に次ぐ人口増加がそれを示している。
ヒトの身体能力に自然は脅威過ぎるのだ。共存なんか無理だ。だからヒトは森を切り拓く開拓をし、衣食住の材料を得る。種の違いと言ってしまえばそれまでだが、便利を求めて他から奪いすぎた。
環境との共存を拒み、肉体適合の進化をやめ、楽な方に舵を切ってしまうのがこの種の進化のサガなのだろう。
「不便だけど、こっちの方が、正解な気がするなぁ。不便だけど」
この異世界では、ヒト種の他に色々な種族の進化を見る事ができる。
環境と共存できる=進化とは適応って事を地球より高い精度で試しているのかしら。
案外、全ての世界は創造主が気まぐれに作った箱庭のひとつにすぎないのかも知れない。
ユリナがひとり、うんうんと頷いていると、ため息混じりにハティが声をかける。
「・・・終わったか?」
「え?何が?」
「話を進めてくれ」
「なんの話をしていたかしら?」
ハティが半目で睨む。
「・・・旅の準備の話なら、何を用意すればいいのかわからないわ」
馬車旅と変わらないの? とユリナは正直に質問してみた。
この国に来るまでの定期馬車での移動は、隊商に便乗していたので、必要な物資は同行している商人から手に入れるか、道中の集落で入手できる。明るいうちは街道を進み、夕方には野営地で明るくなるのを待つか、集落や村での宿泊施設で一晩過ごし、3日に一度はそれなりの大きさの街が点在していたので、あまり困った事にはならなかったのだ。と、説明した。
こちらでの集落をつなぐ交易は、集団移動は無いようなのでだいぶ勝手が違うだろう。
「あれ? それじゃあこの国では、アイテムボックスってそんなに手軽に手に入れられるものなの?」
「いや、運搬ギルドに所属する荷運び達でも個人で所有しているものは少ない。ギルドによるだろうが、大半が国の所有品で、貸し出されている」
「へぇ、上手くできてるのねぇ」
外敵の侵攻を阻む以外に、街道が整備されてないメリットとして、盗賊や山賊が群れにくいってのもあるだろう。
決まった道を通るわけでも、一度の仕事で一攫千金が狙えるわけでもないとしたら、盗人は街壁の中にターゲットをしぼったほうがコスパが良いもの。
「話を戻す。次の集落まで、女の足でどのぐらいかかるのかわからない」
「直線で30キロぐらいかなぁ? 街道なら休み休みでも8時間あれば辿り着くだろうけど、森とか山の中とかはどうだろうなぁ、自分でもわからないわ」
うう〜ん。と、2人で考え込んでしまう。集落の距離も、領主邸のある領都から離れるほど間隔は広がっていくだろう。ヒトの国の感覚で、一晩毎にと言うわけにもいくまい。
「これはもう、家を買うか作るかしてそれを持ち歩いてちょっとずつ進んだ方がいいかもれないね?」
「はぁ!? そんな、ことが、可能なのか!?」
「作り方に多少制限あるけど、容量制限無いから。展開する時に広い場所確保できるとは限らないし、50平米ぐらいの小屋でも作るかぁ。どうする? ベット分けたほうがいい?」
「んなっ!? そんなのっ」
当然だろっ! と言いかけて、ハティは口を噤んだ。わがままを言える立場にないと。
「満月の夜用のシェルタールームも必要なのかぁ、地下が確実かなぁ。こっちは豆腐部屋でいいか。換気には十分気をつけないとな」
ユリナは「う〜ん」と唸ったあと、家は自分で作ると言い出した。
「自由に使える材木と、石材、ある程度広い空間が必要だから、森に入りたいんだけど、良いかな?」
「良いかな。とは?」
「午後からは、森に入りますが、ハティはどうする?」
「は? 俺も行くが?」
「あら、そう」
まあ別に良いけど、暇じゃないからしら? とユリナは思ったが、口には出さなかった。
それでは早速。と、行き先を宿から森に変えて街の外に出るために門に向かう。ハティは黙ってユリナについて歩いた。
準備とか、何もいらないのね。ユリナも黙って、そのまま森に向かった。
門番に動向を訝しまれると、「素材採取に森に入ります」と説明して納得してもらう。嘘ではない。
門番にも話が通っているようで、『職人に技術指導としてしばらく街に滞在する』とだけ説明されていたようだ。
いや、その間の生活もあるでしょう。とユリナは思ったが、その全てが街のお偉いさん持ち。と言う事で、衣食住が整った壁の中から出る意味が理解できなかったようだ。
「街の住人がその集落から出ないってのは他の国と同じなのねぇ」
ユリナが、目的地に向かう道すがら言いこぼした言葉に、ハティは「危険な森に女子供が好んで入ろうと思う方がどうかしている」と返した。
良くも悪くも役割分担がはっきりしていると、そうゆう事になるのだろうか? ユリナは首を傾げてよくわからない。と言う表情をすると、それはそれで自由が無い国なのだなぁと思った。
「それじゃぁ、この前のあの子がしたことってよっぽどのことなのねぇ」
「死んでも仕方のない行為だ」
ハティの答えに、げんなりとする。
一方では『人間と違い子を慈しむ』と言いつつ、一方で『死も厭わない』諦観とも言える価値観が蔓延している。
あの父親は、子供の無事を泣いて喜んでいたが、そんな残酷な現状を受け入れているせいで、あんなチンタラしていたのか。と。
「集団を優先させる厳格なシステムがある一方で、理性的なのかどうなのかよくわからんワイルドさがあるのね。獣人国家も」
「獣人の基本思想は『弱肉強食』だ」
「弱者を助けるより優先させるのが異常だと感じてしまうわ。“人間”としては」
まぁこれは、高橋友梨奈のいた国の価値観ではあるが。
その言葉に、ハティは驚いて「そんな価値観の人間は間違いなく稀有だ」と明言する。
「でしょうね。確かに生きにくいわ」
めんどくさい。と、ユリナは答えた。




