同じ扉を開ける鍵
「これで【変化】の問題は解決した。【狂化】は小屋にでも篭っておけば、夜も長旅も問題無いね?」
どうやら【変化】で狼になっている時間は、月光を浴びていた時間に比例するらしく、自分の意思で、狼になったり人型に戻ったりする事はできないそうだ。そりゃあさぞかし難儀していた事だろう。
とはいえ、【狂化】も今まで通り、月に一晩家に籠るだけで良さそうだし「女の生理より簡単だね」と言い放ったユリナに、ハティは眉間を押さえていた手の隙間からその顔を睨み見た。
「・・・オマエ、俺が恐ろしく無いのか?」
「狼が? あんなにかわいいのに? 狼男はよくわからないけど、あなた今まで上手にコントロールできていたじゃない。2人に増えた分セキュリティは強化した。と、ここは喜ぶべきよ。だからお願い。私の護衛を引き受けてください」
ユリナは、ここぞとばかりに「そしたらあなたの秘密は暴露しないであげる」と、悪役令嬢らしく追い討ちをかけた。
「・・・クソっ!」
「お口悪〜いっ!」
ニコニコと上機嫌のユリナに、ハティは「オマエが怖く無いなら、それで良い」と言い漏らすと、ハッとして赤面した顔を逸らした。
何それ! 可愛いかよ!!
「ではこれで契約成立ね。『言い値で払う』の件も、このアイテムの譲渡で完遂ということで良いかしら?」
「あぁ、これで良い」
ユリナは「それではこれからよろしくね」と右手を出した。
ハティは、その手を取らずに「あぁ」とだけ言ったが、ユリナがすかさずその手を掴み握手すると、ハティは赤面して眉を寄せた。
ほほう? どうやら女性に対する耐性も低いらしい。
これなら道中そっちの面でのセキュリティも万全か?
ニヨニヨと笑顔で手を振るユリナに「いつまで触ってんだ」とハティが手を振り払った。
この様子なら、どうやら無事に目的地に辿り着けそうだ。
なんなら、その中に外の光が通ら無い部屋を作り、夜間の夜営用に専用の小屋を作って持ち運びするのもいいかもしれない。
テントだと心許ないし、あまり大きな建物だと設置場所を選びそうだから、この辺は工夫が必要になってくるけど、暇を見て作ってみよう。
事情を知ってしまった今、満月の日以外は夜間の野外活動も可能なのか? 人間の私が一緒にいれば、狼の姿でも問題ないのではなかろうか?
「いっそのこと、狼の時はテイムモンスターという事にしてしまうのも手か?」
ユリナの呟きに、ハティはギョッとして、「オマエ! 一体何を考えている!?」と声を荒げた。
「あのねぇ、思考するだけなら他人の自由でしょ? 実行されて初めて抗議してください。私、そうゆうの許しませんよ?」
「許さないって、人間の女子供に何ができる?」
「え、なんですか? 良いですよ? 何ができるか試して見ましょうか? 多分私、ハティが思っているより戦えますよ? 良いんですか?」
大きな狼なら敵わないが、人型の男1人に負ける気はしない。と、ユリナが拳を握り、シュシュっと腕を交互に突き出すと、ハティが顔を真っ赤にして目を見開いて硬直していた。
なんだろう? また知らぬ間にスーパーサイヤ人になってしまったかしら? と、ユリナは自分の身体を見るが、別に、青い炎は出ていなかった。
「どうかした? ハティ? 大丈夫?」
「・・・っ!」
「ハティ?」
どこか具合が悪いんだろうか? ユリナが拳を解いて手をかざすと、「とにかく、朝になるまで行動できない。俺はもう寝る」そう言って、ハティはベットに横になり背を向けた。
なんなの。 ユリナは フンッ と息を吐いて、自分もベットに座った。
「ぅお! なんだよオマエ、ここで寝るつもりか!?」
「ハァ!? ここ私が借りてる部屋なんですけど?」
ベットが一つしかないのに、一体どうしろっていうのだ。もしかして、床で寝ろとでもいうつもりか?
この部屋のベットは藁束が編み組まれて敷き並べられているいわゆる“当たり”のベットなのだ。譲ってたまるものか。
獣人用のベットは広い。2人で寝ても十分スペースあるだろう。
「これから、2人で長い旅をするのでしょう? 私に慣れなさいな。私は今晩だけで、だいぶハティに慣れましたよ」
「・・・・・」
ハティも何か、言いたげだったが、どうせ何も言わないのでしょ?
ユリナは気にせずベットに寝転がると、ウゥンと伸びをして毛布をかぶり目を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝、ノックされた扉を開けると、そこには昨日の商人が立っていた。
商人は、扉を開けたハティを見て一瞬身じろぐが「ユリナ嬢は?」と、表情を戻して問うと、ハティは半身を開いて部屋を見せた。
ベットで未だ寝こけているユリナが見えた。
商人は、眉を寄せてハティを見る。ハティは無言だ。
「・・・傭兵のあなたが護衛に着くとは聞いておりましたが、要人警護は初めてですか?」
商人の問いかけに頷くハティに、商人は ハァ と、ため息を吐いた。
「護衛対象が睡眠中に、このような形状の部屋の扉を開けるのはいただけない」
「来たのが貴方だとわかっていた」
「だとしてもです。貴方はまず、その主人を起こし、身支度を済ませ、主人の指示に従い行動する事を覚えると良い」
「彼女は俺の主人ではない。俺の雇い主はギルド長だ」
「いいえ、貴方の主人は彼女です。貴方を雇う金はライオス様から彼女に支払われる。貴方に金を払うのは彼女です」
「・・・・・わかった」
「では扉を閉め、言われた通りに」
「・・・・・」
ハティは、廊下に商人を残して扉を閉め、ベットに向かって「オイ!」と声をかけた。
「彼女は雇主だと申し上げましたが!?」
扉の向こうから商人の声が響く。
「舌打ちはしないっ!」
ハティが、めんどくさいなと、思った瞬間、見ているように先の行動を読まれてハティは眉を寄せた。
さて、この騒ぎの中、未だ起きる様子のない主人をなんとかする正しい方法とは? どうやるんだ? 声をかけても寝ているとなると、ゆすって起こすのか? ベットで眠っている女の身体を触って良いのか?
寝ぼけた女の目の前に俺がいたら、悲鳴でもあげるんじゃないだろうか?
ハティは再び扉を開けた。
眉間にシワを寄せた商人が、腕を組んで仁王立ちしている。
「正しい、起こし方が、わからない」
ハティが素直に商人にそう告げると、商人はまたしても大きくため息を吐いた。
「寒っ眩しっ」
部屋の中を、誰かが歩いている音がして、夢現のユリナが、その寒さに毛布に潜り込もうとすると、「おはようございます」と、聞き慣れぬ声に引き戻された。
あぁ、朝か。久しぶりに随分深く眠ってしまったなと、ユリナが目を擦ると、黒いマントで背を向け立っている人影が見える。
「おはようハティ。もう起きてたのね」
そう答えて身を起こすと、少し離れた目線の先、開いた窓木戸の前に、昨日商談をした商人が立っていた。
ユリナは驚いて、毛布を手繰り寄せ壁際に逃げる。
「おはようございます。突然の訪問大変失礼いたしました。私、長らくライオス様のチューターを務めておりましたので、コレに従者の心得を少々教えておりました」
商人は、静かに開けっぱなしの窓のカーテンを閉め、音も立てずに扉の前に侍る。
まるで、カーペットの敷いてある床の上を歩いているかのようだ。
「それは大変失礼いたしました。これから身支度いたしますので、改めまして少々お時間いただいてもよろしいでしょうか?」
ユリナは、公爵家のチューターときいて落ち着いて貴族然として礼を返す。
目覚めた部屋に人がいる事など、元貴族令嬢育ちの記憶があるユリナにはなんと言うこともないが、ワンルームの部屋でこんなやりとりは、正しいマナーもクソもあったものじゃない。が、形式大事だよね。
「それでは、私は下で待たせていただきます」
そう言って、商人は、一度もこちらを見ることなく、部屋の外に出て行った。エクセレント。
「扉を開ける前に起こしてよ」
招き入れるなんてもってのほかだわ。とユリナはハティに言ったが、ハティは苦虫を噛み潰したような顔で「起こした」とだけ言った。
「起きてないなら起こしたうちに入らないのよ!」
ユリナは文句をつけてベットから立ち上がると、グイィッと伸びをして、机の上に用意されていたタライの水で顔を洗い、布で水気を拭く。
「コレはあなたが?」
「いいえ、先ほどの商人が」
「んもうっ!」
ユリナは昨夜、着の身着のままで寝てしまった事を思い出し、一応着替えようと、シワシワのジレに手をかけた。
「・・・着替えるから外に出てよ」
「・・・・・」
ハティが眉を寄せ、扉を開けると、そこには先ほどと同じように商人が立っていた。
「ここで主人が出てくるのを待ち、用意ができたら一緒に下に来なさい」
ユリナはその声の後、やっと足音が遠のいていくのを聞いて「アハハ」と声をあげ笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大変失礼いたしました」
宿屋の食堂で、向かい側に座り、深々と頭を下げたユリナに、商人は「イエイエ」と笑みを返す。
「さて、色々困った事になっておりますようですな。いかがいたしますか?」
「彼は護衛。と言いましても、貴族の護衛とは違います。従者の仕事まではしてもらうつもりはありませんので、どうぞ諸々ご容赦くださるようよしなにお願い申し上げます」
「お気遣い大変ありがとうございます」と、ユリナも、はっきりとその立場を示した。
そして、「むしろ、私が彼に教えを乞う立場ですので“市井の者”として、何か気をつけなければならないことがありましたら、ご教授お願いできますでしょうか?」と笑みを返した。
「上下の立場以前に、気にせねばならぬ事があるとは思うのですがね。アナタがそれで良いのでしたら、私の方から申し上げることは何も無いのですよ。私も、アナタとは“商人”として接するよう言われております」
「では、こちらはちょうど良い関係を、探り探り擦り合わせていくことにいたします」
ユリナがニッコリと微笑むと、商人も「了解した」とばかりに微笑みを返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
商人に連れられ、職人の工房に案内されると、明日もう一度ライオス様に会うアポを取り、今後の簡単なスケジュールを打ち合わせして、今日のところは解散となった。
「・・・俺にはアンタ達のやり取りが、全く理解できなかった」
帰り道で、それまで黙っていたハティがやっと口を開いた。
この傭兵の異常な口数の少なさは、意外にも自分と似たような理由だったと知った今になっては、我慢強いのだなと、ユリナは感心していたので、今のこの言葉は、1日で随分心を開いてくれたのかも。と嬉しく思ってしまう。
「まぁ、あの人達はそうゆう物言いしかできないからね」
言質の取り合いが会話の常だ。まどろっこしいことこの上ないが、身を守る上で仕方のないこともあるのだ。
「正解が、無いようであって、それはその時その時のシチュエーションで変わるように話すものなのよ。だから黙っていると言うのは正解の一つでもあるのよ?」
その手の対応は、存外ハティの方が長けている処世術だ。否定も了解もしないってのは、理性ある言語でのコミュニュケーションをとる生物には大事な事だったりする。
「波風立てないって大事だよ」
長い物に巻かれるのは、その場の身を守る上での大事な防御術の一つだ。無駄に争わない。大事。
「何にも所属しない自由って、その全部といちいち戦う事なのかもなぁ」
貴族が、その言葉使いや、マナーや建前を大事にするのは、前提条件を端折るための共通認識を有している。と示すのと同時に、そのお約束を守る事で自分は無害ですよと示す大切な所作でもあるのだろう。ギャングがハンドサインのめんどくさい挨拶するみたいな。
それも一つの[鍵]なのだ。間違いなく。同じ空間に入るための扉を開ける鍵。
「ハティ。私達はコレからは一蓮托生だよ。一緒にいる空間をできるだけ快適に過ごすためにも、できるだけなんでもはっきり言語化して発言して欲しい。お互いの命を守るために」
そして、その第一歩としてと、ユリナは態度を改め言った。
「私の事は、これからはユリナと呼んで。アンタやオマエではなく。ちゃんと名前で」
「・・・わかった」
ハティは、短くそう答えた。




