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孤独と恐怖 2



「そうか・・・」


 鑑定結果を見るのは初めてなのだろう。改めて[種族:狼男]と書かれた紙を、ハティは食い入るように眺めている。

 ユリナは、あぁ、それであの時〈威圧〉ではなく〈咆哮〉だったのか。素直なこった。と、思い出していた。いや、そうじゃない。この人は、いったいどれだけこの場所で我が身に起こりうる不幸に恐怖していた事だろう。と、憐憫の思いに駆られた。


 この人は、魔道具の《鑑定器》にかけられたら、種族欄で《狼男》と、ばれてしまう。それで冒険者ギルドには所属せずに、フリーの何でも屋『傭兵』なんてやっているのだ。

 そしてそれは、国境検問所の《鑑定器》でも同じ。つまりこの街から離れる事もできず、逃げ出す事もできない。もしかしたら、誰か特定の人と親しくしたり、人との繋がりを求める事も、自ら避けていたのかもしれない。


 それなのにこの人は、もうすぐ月も出るだろうと言うあの晩、襲われそうになっていた見知らぬ私を助けたのか。


 そう気づいたら、物凄く胸が熱くなった。


「あなた、そうとうな善人ですね?」

「んなっ!? なんでそんな話になるんだ!?」


 ヘルブリンディとは、確か、神の名だ。この人は神様の加護を持っているようなヒトなのだ。それなのに、神殿には[討伐対象]として登録されているなんて。


 ほんと、クソみたいな世の中!

 良いでしょう! 私、あなたを助けるって決めました。任せて下さい。


 ユリナは目を輝かせて「良いものを作ってあげます」そう言って立ち上がり、ハティが見ているのも気にせずに、材料を取り出し、並べて、【スキル】や〈魔法〉を駆使して、魔法陣を展開し、魔道具を作り上げる事にした。

 ハティは、その目眩く奇跡のスペクタクルのような光景に、息を呑んで目を奪われていた。


 ユリナが今、所有している[商人タグ]はこんな状態で、国境越えも問題ない。

 本来なら、スキルの【魔術】もどうにかしておくべきなのだろうが、ウソにはほんのちょっとの本当を混ぜておいた方が良い。幸い属性も〈無属性〉と、魔法使いに人気の高い四大元素魔法からは外れているし。



 ユリナ 19才 称号[-]

 種 族:人間

 スキル:【魔術】

 魔 法:〈無属性〉

 加 護:-

 職 業:行商人

 状 態:健康


 これを参考に、“異世界人”の部分の変数名を“狼男”に変えて特有のスキルや称号を(非表示)にする[偽装効果のある魔道具]を作ることができれば良いはずだ。

 年は5個上ぐらいにしておこう。


「うん。いけそう」


 ユリナは懐から出した、黒いベロアのカーテンの裏地に、金糸で魔法陣を刺繍して【錬金錬成】で、フード付きのマントを作る。

 大きな布がこれしか無いからしょうがない。夏になったらまた麻かなんかで作り直そう。


「できた[クレインナイト(黒)]これしか布がないからお揃いになっちゃうけど、鑑定偽装と、フードを被ると認識阻害。ついでに使用者の認識外攻撃をパリィするの」


 当然、聖国騎士団と同等の、各種 防刃防弾防火防水防御力強化 はついている。着てみて。と、いともたやすくそれを手渡し、自分のマントにも刺繍を縫いつけ始めた。

 ハティは、恐る恐るそれを受け取ると、シーツ姿のままマントを羽織る。ユリナは一瞬眉を寄せるが、直ぐにその仕上がりを確認した。


「【鑑定】」


 ハティ 24才 称号[-]

 種 族:人間

 スキル:【魔術】

 魔 法:〈風属性〉

 加 護:-

 職 業:トレハンツ獣王国 国境検問所の街 (イースト) 傭兵

 状 態:健康


「うん。良いんじゃないかな?」


 ユリナは、さっきと同じように書き写して紙を渡す。


「こんな風に、鑑定を騙せるって事か?」

「うん多分。私はこれで問題無くここまで来れた。人と話すときはフードをかぶらないほうがいいよ」


 会話をしているのに[認識阻害]が働くと逆に違和感が出ちゃうんだ。と説明しながら、ユリナは自分も羽織ったマントの裏地が目立たないかどうか、動いてみている。あまりヒラヒラ広がらないように、腕を割ったデザインなのでそう動きがうるさくなる事はないと思う。


「朝になったら試しにどこかのギルドで[ギルドタグ]を作ってみれば良い」

「対価は? このマントをいくらで売るんだ?」


 あぁ、うん。私と違って潔い。ユリナは素直に感心した。


「だからさ、護衛料いくら欲しいの? 何を買おうとしてたのさ?」

「アイテムボックスだ。長旅をするのに必須なんだ。外では、夜が、来るたびに、服を、脱がないと、いけないから」

「・・・・・ンフっ」


 思わず、ユリナの鼻から漏れ出た失笑に、ハティの目が細められる。


「狼になるのがわかるの? 自分で、その瞬間に服を、ンフ、脱ぐの? 大急ぎで?」

「・・・そうだよ」


 そうね、ずいぶん背中の筋肉や腿の大きな狼に変わるのだもの、そのままだと、きっと装備や服が破れちゃうわ。この世界では布や服は貴重品だもの、毎晩破いたり壊したりしてる場合じゃないわね。笑い事じゃない。笑い事じゃないわ。そうか、そうね、関所や関門なんて、無視する事もしようと思えばできるけど、生活に根付いたそうゆう理由の方が、切実なのかも。


 ユリナは、瞬く間にハティに心奪われた。


 生成色だったダマスク生地のベットカバーと、リネンとウールの生地を【錬金錬成】で黒に染め、金糸が表面に出ないよう魔法陣を刺繍し、ワンタッチでサイドが割れて服が脱げる仕様のランニングウエアのセットアップと、下着にトランクスとTシャツも作る。

 セットアップに合わせて、茶色の皮のブーツも黒く染めよう。デザインも編み上げのタクティカルブーツ風に変える。上部にパワーベルトだけつけて、靴紐が[起動ボタン]と連動して緩んで脱げるようにデザインする。


 最後に厚手のタフタ生地でボディバックを作り、これに[箱]の機能をつけ、間口を最大限広くして、プラスチックはないから、仕方ない、鋳物で作ったチャックをつけて[マジックバック(収納)]完成っと。


「この衣類を一旦自分でバックに入れて」


 ハティは言われるがままに、与えられた衣服をボディバックの中に入れた。もちろんブーツも。


「あ、当然そのマントも入れて」

「・・・・・」

「最初は、自分で入れなきゃいけないの!」


 ユリナは、くるりと背を向け「全部入れたら、もう一回出して着て。下着を着たら袖や裾の長いものから順番に着るの。マントを羽織る前に声をかけて」とハティの着替えを待った。


「・・・着た」


 どうかな? とユリナが振り向く。「良いじゃーん!」そう言ってユリナは最終的なサイズ合わせをする。「動きに問題無いか?」と聞くと「軽い。心許ない。でもすごく動きやすい」とハティは答えた。「こちらも魔法付与盛り盛りで聖国騎士団と同等の強化素材です」と説明する。まぁこちらでは見慣れない装備だけど、どうせマントで隠れるし。

 旅の道中、マントを脱ぐような状況で中身を気にする奴もいないだろう。


「じゃあその[マジックバック(収納)]自動回収機能付き。をこう、袈裟懸けにしてるベルトを少し伸ばして、バックの金色のボタン、押してみて」


 ハティは言われるがままに、胸を叩くようにボタンを押した。


 シュルルルルル!


 着衣は一気に脱げて[マジックバック(収納)]に吸い込まれた。


「良いね。大成功! 着る時は自分で着ないといけないんだけどさ、それは後からゆっくりでも良いじゃん? 流石にそこまで自動にはできなかったよ」


 ユリナは得意げに顎を上げたが、目の前のハティは、真っ裸に黒いボディバックを肩から斜めがけにしただけの姿だ。


「なんで狼に変化しないの?」


 自動回収機能付きって言ってるじゃんよ。ユリナは、顔を顰めて背を向け、窓木戸を開けた。

 月光が差し込み、後ろで獣の爪が床をかく音がする。振り向くと半目で睨む美しい銀狼。

 ボディバックを袈裟懸けにしている。可愛い! ユリナは、きちんと木戸を閉めてから、ハティに飛びついた。


「良いじゃーん! 大成功! どう? これ?」


 もはや遠慮なくハティに抱きついたユリナが、モッフモッフと、その胸毛に顔を埋め頭に手を回し耳の後ろをなでさするのを、ハティは止めなかった。


「これでどこにでも行けるね!」


 ユリナのその一言に、ハティは人型に戻るとユリナを抱きしめ返した。


「あり、がとう。ありがとう。ありがとう・・・」


 小さく、何度も、何度も何度も耳元で感謝の言葉を繰り返すハティに、ユリナは「うんうん」と頷いて、その頭と背を撫でた。

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