傭兵ハティの憂鬱
傭兵は「ハティ」と名乗った。だが、それきりなぜか黙っている。
昨晩の飲み屋のテーブル席で、たくさんの料理を挟んで座っている状況だ。
ユリナ達が子供を助けた。と言う噂を聞いて、熊おばさんが「奢りだよ!」と、注文する前にあれこれと持ってきてくれた。優しい。
「ありがとうございます。いただきます」
ユリナは丁寧に礼を言って、大皿から自分の分を取り分けると、懐から取り出したハーブソルトで調味して料理を食べ始める。
美味しい。用意したハーブソルトの商品は、ここの料理によく合うバランスだな。と肉を噛み締めていた。
「・・・・・」
ハティは、名乗ったは良いがそれ以上のことは相変わらず黙ったまま、料理に手もつけない。
食べない気かしら?
でも、これ以上は私も入らないわ。と、ユリナは思っていた。
これから長旅の道連れになるとは言え、傭兵の護衛などそんなものなのかもな。
年は二十代前半ぐらいかしら? ガタイはいいが、いかつい印象に似合わず銀髪に金眼? 琥珀? アンバーってやつかしら? よく見りゃ綺麗なお顔立ちをしているし、嫌な匂いもしない。得物は長剣かしら? 盾はない。
無事に目的地まで引率してくれるのならば、おかしな事をベラベラ話す男より、ずっとマシなのかもしれない。と、ユリナはもはや、あまり会話の弾まない関係にも開き直って、あれこれ勝手に想像して楽しむことにした。
問題は一つづつ解決していこう。
とりあえず、明日からの事を具体的に考えてみようか。
紹介される職人が、どの程度のレベルなのかは全くわからないが、物理的な[鍵]自体はそう複雑な作りでもないし、コチラでも、自分がやらなくてもいずれウォード錠ぐらいはできていただろう。
なんなら、南京錠や掛け金錠も教えてあげたほうが良いのかもしれない。
ナンバーキーもあったら[箱]だけじゃ無く[鍵]の共有ができて便利かもね。
これから売った鍵が使用されるたびに「使用料」が手に入る。憧れの不労所得生活だ。やったぜ。異世界の先人の方々に感謝いたします。ありがたい。ありがたい。
「・・・何も聞かないのか?」
向かいに座る人物を無視して、妄想と食事を捗らせているユリナに、業を煮やしたのはハティだった。
「話したいことがあればどうぞ?」
「・・・・・」
なぜ黙るのかしら?
ユリナは、料理に視線を戻して、自分で作ったカトラリーを使い、次々に料理を口に運ぶ。
だって、何を聞いたら良いかわからないんだもの。
廃嫡された元高位貴族で、異国の王子の元婚約者だとバレる事も、異世界の記憶があるとバレるのと同じくらい面倒そうだし、どちらにしても、コチラの市井の暮らしの常識など無いのだもの。
幸い常識の欠如は黙っていれば済む話のようなので、黙っているに限る。
その日の必要事項、何時に集合して、どこに行って、その時何をするか。だけ話せば良いんでしょ?
当然、そのぐらいは致しますとも。
そう割り切る事にしたユリナは、さっさと食事を終えて宿屋に帰ろうと思っていた。
何せ、試しに作りたい物がたくさんあるんだもの。
あのポーション。金貨一枚はどうやら良いお値段のようだ。しかもトレハンツ獣王国には薬師が少ないらしく、もっと高値で売り買いされている貴重なアイテムらしい。まさにところ変わればというやつだ。
ユリナはアレもコレも作れば売れるな。と企んでいた。もっとも回復ポーションは商人ギルドとは別に、薬師ギルドの方に話を通す必要があるようだが。
「あぁ・・・」
あらかた自分の分を食べ終わり、そこで思い出した。「言い値で払う」の話。
今後の護衛料は侯爵家が持つらしいが、アレは別なのか?
長く一緒にいる事になるのなら、先送りにして、下手にうやむやにするより、さっさと済ませてしまったほうがいいのだろうか。
・・・まさか、この男がこんなに無口なのは、金の事を自分からは言い出しにくいなどと言う、噂で聞いた事のある“男の美学”的な何かなのだろうか?
はた。とその考えに辿り着いたユリナは、じっとハティと名乗った傭兵の顔をみた。
それではその考えを利用して、こっちがずっと黙っていたら、余計なお金を払わないで済むのかしら?
そう思ったら、ちょっと面白くなってきてしまった。
そう、これは勝負、痩せ我慢という名の美学を通す男と、節制という名のケチな女が、勝つか負けるか、
「言い値で払うというのは、上限が無いと言うことか?」
ユリナは思わず半目で目線を向けてしまった。せっかく楽しい妄想が始まったと思ったのに。
「上限、と言うよりも、相場を無視した申し出はしないと信用して。と言うところでしょうか。でも、私の急な願いを叶えてくださったご恩がありますから、アナタのご希望には添いたいと思っています」
おかげで小さな子供の命を救う事もできましたし。と、貴族風に答える。
「そうゆうのはもう良い。その常識的な相場の上限はいくらだ」
「・・・いくら欲しいのか、おっしゃってみてくださいな」
「・・・・・」
お、なんだ勝負か? やっぱり勝負なのか?
良いでしょう。いくらでも待ちますよ。と、ユリナは視線を外に、
「待て、それをやめろ。話が進まない」
「お話を止めているのは私では無いですよ?」
私は気が長いだけですもの。ユリナは「ではさっさと答えよ」と、目を見据えた。
「・・・っほ、・・・欲しい物が、あって・・・それが買えるだけの金額が・・・必要だ」
ふんふん。それで? それはおいくら?
「だが、それがいくらなのか、わからない」
え、なんか入手不可能な幻のアイテムとか、聖剣なんちゃらとか、そうゆうの?
流石にこちらも、屏風から出てこない虎を縄で絞ることはできませんよ?
ユリナは片眉をあげて質問を続けた。
「まさか、お値段のつかないような夢のような物を欲しがっているとかそうゆう・・・」
「いや、違うっ金さえあれば誰でも買える。と、聞いたことがある」
ははぁ〜ん? お色気? エロいお姉さんとエロい事する系のサービスの事か? こいつそういえばここでは“裸”の男って事は、そうゆう事ももちろん他の人より
「オマエ! オマエ、またなんか変なこと考えてるだろ!? それ、それをやめろ、それでも女か!?」
ハイ、カッチーン!
昨日からずっとこっちの行動の邪魔をしておいて、言うに事欠いていよいよ「思想を止めよ」とは。貴様一体何様だ? 挙句「それでも女か」と来たらもうそれは立派な人権侵害。
滅殺! オマエは私の敵だ。
「大変申し訳ないのですが、私はアナタが何をおっしゃりたいのか、全く全然ちっともわからないのです。私は心を読む系統の魔法は習得しておりませんもので。ですからアナタの口から出る情報でしか、アナタの考えを知り得ませんのに、アナタの言葉を待てば『それをやめろ』慮れば『それもやめろ』」
ユリナは挑発するように両手を上げ、やれやれと首を振ったあと、メンチをきって語気を荒げた。
「私はオマエの母親じゃねぇぞ」
言葉に怒気を込めて、わかりやすく〈威圧〉を放つ。
上等だ。売られたケンカは買ってやんよ。かかってこいこのヤロウ。
ドン!
目の前に、泡立つ液体が入ったジョッキが二つ、勢いよく置かれた。
「ウチで喧嘩をして物を壊すのはやめとくれ。どうしてもやるならよそでやりな」
え、あ、やだ、私ったらまたスーパーサイヤ人になってるじゃん。
目の前の傭兵も、驚いて目をまん丸にしている。
熊おばさんの機転に、ユリナは慌てて深呼吸して息を整えた。
逢魔時までまだ幾分時間はありそうだが、ユリナはテーブルに置かれたジョッキに手をかけると、グイグイと、おそらくビールと思われる液体を飲み干し、飲み、の・・・っ飲み干した。
「すっぺぇ!?」
お料理は素材の味だったのに、お酒はずいぶん主張が強い! これは、飲んでも大丈夫なビールだった? しまった【鑑定解析】をしてから飲むべきだった!
ユリナは咄嗟に、もう一つのジョッキに手を伸ばした。
「【鑑定解析】」
[スポンタニア 獣王国特産のサワーエール アルコール度数10%]
「スポンタニア? キノコ? サワーエールって事はこの味は正常? アルコール度数が10%のビールですって!?」
バタン!
捲し立てるように鑑定結果を叫ぶと、ユリナはそのままテーブルに突っ伏して眠ってしまった。




