お腹が空きました
「[雑貨屋レミントン]と申します。これからよろしくお願いします」
やったぜ。これでこの国で官憲に守られる立場を得た。言質もとった。ユリナは、元貴族らしく頭を下げた。
そのあと部屋に入って来た、様々な魔道具のレシピ管理をしている官吏と話を詰めたところ、いわゆる“特許”とはちょっと違っていて、詳しいレシピや技術の公開共有はしないとのこと。
曰く、専売特許の情報公開をしたところで専門的な事は市井の者には理解できないし、学があるやつ、そう、貴族に独占されてしまうだけなのだそうな。
おっと? それでは今回の件は? ユリナは浮かんだ疑問の答えを後回しにした。
そうならないためのシステムなのに、独占されてしまっては本末転倒。
ここでのレシピの提示は、あくまですでにある発明では無いかどうかの選別に使われるだけで、その情報は《神聖契約》で秘匿されるそうだ。どちらかと言うと、ライセンス料の管理が主な仕事らしい。管理料金もそのライセンス料のパーセンテージ切捨てという至れり尽くせりの仕様。収入がある限りお世話になれる。ありがたい限りだ。
そう、特許との最大の違いは期限が無い事だ。これで財をなし貴族階級を得る者までいると言う。申請者が死んでも誰かに相続される永久不労所得だ。これは積極的に利用していこう。
ただし、所詮申告制だ。よほど縛りのきつい条件で《神聖契約》をしない限り、正式な金額を入手し続ける事は難しいだろう。その辺は法的な争いになった時用の物と割り切るしかない。あまり縛りをきつく設定すると、使用者がびびって使ってくれなくなるものね。
因みに、それを狙った申請は、悪質だと罰せられるそうだ。特許ゴロの存在は赦さないらしい。パテント・トロールは討伐対象。素晴らしい。
さらに呼ばれたライオス様お抱えの商人、これは私の代わりに表立って商売をしてくれる人、との契約を終えると、やっとお茶が運ばれてきて一息ついた。
到底、1日で済ます仕事量では無いが、ユリナが《神聖契約のペン》を持っている事が相当時間短縮になっているらしい。契約が済めばあとは丸投げできるので、お役に立てて何よりだ。
官吏や商人さんとの相談の結果、店はやはり[ゾクハイツ国]に近い辺境伯領での開業を提案され、代わりに土地や店舗はトレハンツ公爵家で用意することが決まった。
[メスヒカイツ連合国]側の[国境検問所の街 東]から[トレハンツ獣王国 王都]を抜けて[ゾクハイツ国]側の[国境検問所の街 西]を含む辺境伯領[ヴェストラン]まで。
踏み固められ舗装された道が無いどころか、ケモノ道すらあやしいのに、例外を除いて各領地を移動するさいの[チェックポイント(関所)]を通過しなくてはいけないのは他の国と同じだと言うのだ。
道なき道を進むよりは良かったと考えるべきなのだろうが、直線距離での徒歩移動ですら1ヶ月ほどかかる算段。
こちらの移動手段が、人間の国のそれとは違うのは明白だ。それこそ空路を使えば、国を横断するような物理的距離でも、大した問題じゃないのだろうか。
「[ヴェストラン]まではそのハティが引き続き護衛する。ハティ、これはギルド長命令だ。ユリナ嬢を無事辺境伯領までは届けよ」
「な!? そんなこと急に言われてもっ、それに、俺はここのギルド員なわけじゃっ」
「これはおまえのためでもある。腹を割って話してみろ。おまえの問題も、きっとユリナ嬢が解決してくれると思うぞ」
「嫌なら勅令にするぞ」と傭兵を脅し、一緒にギルドのエントランスまで見送りに来てくれたライオス様は「ではまた後日」そう言って、自室に戻って行った。
やっと冒険者ギルド長室から解放され、またしても2人きりで取り残されてしまった。
「私[歌う大猪亭]って宿屋に泊まっているのですけど、戻ってよろしいですか?」
お腹が空きました。ユリナはそう言って、ハティと呼ばれた傭兵をみると、男は眉間のシワを深くさせ、ユリナを苦々しげに見つめた。
この人なんにも喋んないんだよなぁ。あんまり迂闊なことは言えないし、私からじゃ何を聞いて良いかわかんないんだよ。
指をクニクニいじりながら、ユリナは男の答えを待つが、一向に何か返事をしてくれる様子がない。
お腹減ったなぁ。
ユリナは、元々気まずい時間を苦に感じないタチなので、沈黙?どんとこい。と、視線を街に向けた。
街は相変わらず人々が忙しなく動いていて、その誰もがケモ耳や尻尾を揺らしている。可愛い。いくらでも見ていられる。
どうやら目に見えて迫害される事はないし、みんなおおかた親切なんだけれど、やはりただの人間には関わり合いになりたくないようで、やんわりと距離を置かれている気がするのはもうしょうがない事なのだ。
チラリ とその最たる者をのぞきみる。
いくらでも待ちますよ〜 どうぞごゆっくり〜
職人さんとの打ち合わせや、なんならサンプル作りだけではなく、ある程度の数作れるようになるまで、指導や協力の要請が発生するかもしれない。と、どうせもうしばらくこの街に滞在しなければならない事は決定しているし、時間は十分にある。
なにせ、考えなければいけない事は山ほどあるのだから。
傭兵ハティは、まだ口をつぐんでいるので、ユリナは再び目線を街に戻し、好き勝手に思考の渦に没入する事にした。
それにしても、この世界に特許権のようなモノが存在していたとは驚きだ。
それとも[トレハンツ獣王国]特有のモノだろうか? [ウハインハイツ聖国]では、数々の便利グッツを開発していたが、権利の説明どころか、現品の買取料金すら払われたことはない。
材料費や開発費は国が出しているのだから、王妃教育の副次品として。と言われてしまえば、そうゆうモノなのか。とも思えなくもないが、人件費が王妃教育中の報奨金の一環として扱われていたのなら、実家にはいくらか入っていたのだろうけど。
異世界の記憶が戻ってからと言うモノ、つくづく思うのだけど、聖国の王妃って、王を祀り上げるための国の奴隷なんだよねぇ。なんで王妃様は、あんな王と王子を護っているのか、結局最後まで理解できなかったな。
女性の全体の扱いがひどいって話だけじゃなく、なんか誰かの犠牲のもとに成り立っている国というか。良い事も悪い事も全部神様のせいにして、他者から奪う事で財産を増やすシステムが成立してる。あんなのいずれそう遠く無い未来に破城しちゃうよ。
そういえば、魔道具の品質保持と、他国への技術流出防止の為に、自分が作った魔道具の使用期限を、現国母の王妃様に紐づけてしまった。
不具合が起きても、自分が王妃なったらどうとでもなるしと、安易に考えていたので、このままフィオナ嬢が王妃になってしまったら、リリアーヌが作った魔道具が使えなくなってしまうかもしれない? のか? 現王妃様が生存する限りは大丈夫なのか? 国母ってどうゆう立ち位置なのだろう? あの王妃様は長生きしそうだし、城の錬金術師達も研究してたから、どうしても必要だったら、自力でなんとかするよね。
仕様を変更するわけじゃないし、変数名の書き換えぐらい大丈夫だろう。
ユリナは1人、ニヨニヨと思い出し笑いをしながら、なおも何か思考を深めるかのように無言を貫く。
量産型の[盾のマント]はブラッシュアップを重ねてとてもいい出来に仕上がった魔道具だった。
製造スキル特化型の身としては、本当に良い仕事をしたと思える、素晴らしい魔道具だ。と誇らしい。
女性の自分は、騎士のようなマントを羽織ることができないので、複数のハンカチーフに魔法を付与した。
扇子もかっこいいかと思ったけど、ドレス装備は「徒手空拳」が基本。扇子を複数持っているのはおかしいのだ。
その点、ハンカチーフなら、ドレスのフリルに比べ何枚持っていても、そうかさ張るものじゃない。
魔法陣さえ書き込めれば素材はなんでも良いので、改良は簡単だった。
動きのイメージは某ガンダムの某ファンネル。あくまで防御バージョンだけど。
前世の記憶を取り戻した今となっては、多少は反撃も可能かもしれない。
それでも、現代日本人の友梨奈のままでは、きっとコチラの暴力に抗う事はできなかっただろう。
リリアーヌが、鍛錬した日々があったからこそ、コチラでのユリナを守ってくれる。そう考えると本当に心強い。
あの辛く苦しい日々は、決して無駄ではなかったのだ。
リリアーヌだった時「この記憶は何だろう?」と、自分の中にある不思議な記憶を確認するため、手当たり次第に目につく書籍を読んでいたが、なかなか求める情報に辿り着けなかった。
なるほど、何かの本で読んだと思っていた搭乗型のゴーレムが活躍するお話の記憶が、まさかの前世のアニメの記憶とはなぁ。
コチラにあるはずもないアニメの話。そりゃぁ他の人にどんなに説明しても、なかなかイメージが伝わらないわけだ。
あ〜お腹減った。
どんな時も、どこにいても、誰といても、自分だけの脳内妄想の中に没頭できるのは、リリアーヌ嬢の特技だ。
コチラはお茶会の席で鍛えられた。
その顔に微笑みを湛えながら、まるで誰もそこにいないかのように振る舞うユリナに、男は根負けして声をかけた。
「・・・オマエ・・・」
雄弁は銀沈黙は金だ。声をかけられたユリナは、ニッコリと男に視線を戻して言った。
「ご飯行きます?」
どうだ。断れまい。




