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ライオス・トレハンツ 公爵家三男


「オマエ一体何者だ?」


 冒険者ギルドの個室に通され、事情聴取という名の尋問を待っている間、傭兵と2人きりにされてしまった。

 お茶とか出ないんだろうか?


 ユリナがそんなことを考えながら、ぼんやりとテーブルの上を見ていると、かれこれ1時間はたったであろう沈黙の中、傭兵はとうとう口を開いてユリナに話しかけた。

 ユリナはチラリと傭兵に目を向けたが、言い値で払う。と言った護衛料の事は、相手に聞かれるまで黙っていようと思っていたので、傭兵の口から出た質問の意図をはかりかねる。沈黙どんとこい。そう思っていたものだから。


「行商人のユリナと申します。この国で店を持つために来たのですが、この町では難しいようで、王都の向こう、[ゾクハイツ国]に近い辺境伯領まで行こうと思っているのですが、人間の女の足ひとりでは難しいと助言いただき、同行者を探していたのです。ですがやはり、中々依頼を受けてくださる方に巡り会えず、どうしたものかと途方に暮れております」


 これで良いだろうか? 嘘はついていないし、不審者でもないと思うけど。

 自己紹介できることが少ない。だってユリナになってから、まだ何者でもないのだ。

 別に人間の傭兵に興味もないけれど、一応こちらが名乗ったのだから、オマエも名乗るのだろう? と、傭兵の答えを待つ。


「・・・・・」


 いや無言なんかいっ! 心の中でだけ裏手でツッこんで、ユリナはすぐに視線を窓に向けた。


 あとどのぐらい待たされるのだろう。

 あの猫耳の女の子は大丈夫だったかな?

 可愛かったなぁ。何とか獣人と一緒に暮らす方法はないだろうか。

 あわよくば、これからやろうと思っているお店で一緒に働けないだろうか。

 王都の向こうに行ったら、少しは人間に寛容だろうか。

 ぼんやりとそんな事を考えていると、ノックも無く部屋の扉が開いた。


「・・・本当に人間の小娘と、『臆病者』2人だけで森から帰ったのだな・・・」


 声の主を見上げると、そこには立派な鬣を生やしたライオンの獣人がいた。


「ふおぉぉぉっ」


 瞳を爛爛と輝かせ、おそらく無意識に両の手をワキワキとさせているユリナを、傭兵と獣人は眉間にシワを寄せ睨み見た。


「[国境検問所の街 (イースト)]冒険者ギルド長のライオスだ。此度の街の子供の救出、礼を述べる」


 ライオスは表情を戻し頭を下げた。

 傭兵は少し驚いた顔をしている。ユリナは「女の子の様子はどうですか? 大丈夫? 気が付いた?」と質問を返した。


「・・・無事だ。無傷だった。森狼の群れに襲われていたというのは本当か?」


 ライオスは一瞬だけユリナの質問に驚いた顔をしたが、すぐに質問を返す。


「ポーションを飲ませました。私たちが到着した時にはすでに意識がなかったのですが、そうですか、良かった」


 ユリナがほっとして吐き出した答えに、ライオスが明らかな驚きを持って声を荒げた。


「ポーションを飲ませたのか!?」


 あ、ヤバい。何にも考えずに飲ませちゃった。獣人用とは仕様が違うのか? ユリナは慌てて謝罪した。


「あ、ごめんなさい。何も考えずに飲ませてしまいました。どうしよう。人間用とは違うのですか? 知りませんでした。どうしようっ」

「いや、いや、同じだ、問題無い。それは問題無い、だが・・・そのポーションはどうしたんだ?」


 ユリナは検証が必要かもと、「コレです」と懐から、女の子に飲ませたポーションと同じものを取り出す。


「顔に傷があったので動揺して・・・親御さんに確認するべきでした。すみません」


 もしくは、子供に飲ませちゃダメなものだったのだろうか。

 経口接種薬だ。そうゆうのあるかも。どうしよう。

 アワワと、途端に顔色が悪くなったユリナを見て、ライオスは向かい側のソファーに座ると、テーブルに置かれたポーションを手に取り繁々と中身を見つめた。


「これは? 初級ポーションか?」

「上級ポーションです。[ウハインハイツ聖国]のポーション屋で買いました」

「いくらで?」

「ひと瓶、金貨一枚です」

「・・・今回の件、ギルドに正式に依頼が出る前に救出に向かったと聞いている」


 ライオスの説明を、ユリナは怒られている子供のように、しょんぼりとしながら聞いている。


「・・・で? アンタはイツにいくら請求するつもりだ?」

「???」


 ユリナは質問の意味がわからず、ライオスの顔を見た。『イツ』と言うのはあの女の子の事だろう。茂みの中から出てきた父親がそう呼んでいた。


「・・・子供に、請求するのですか?」


 ゆらりとした口調でユリナが口を開くと、ライオスは答える。


「まぁ、《魔領域》の[帰らずの森]に入ったのも、助けられたのも、ポーションを飲んだのもイツだからな。お前さんが心配するように、実際金を払うのは子供にゃ無理だから、代わりに払う奴がいなけりゃ、あの子自身が身を売ることになるだろうな」


 ユリナは目を細めてライオスをみた。


「誇り高き獣人の国[トレハンツ獣王国]では、子供の人身売買が合法なのですか?」


 なんだ? だとしたら全然夢の国じゃねぇな? 焼き払ってやろうか。

 ユリナのあからさまな怒気に、ライオスがニヤリと口の端を上げた。


「いいや、違法だよ。奴隷狩りは討伐対象だ。獣人に興味津々の人間の行商人だと聞いていたものでな。いや、スマなかった」


 そうしてまた深々と頭を下げるライオスをみて、やっと自分がどうゆう立場でここにいるのか思い至った。あぁ、なるほど。迫害の理由は警戒か。そりゃコチラが悪い。


「・・・コチラこそ、物知らずなのもので、道理も通さず失礼いたしました。今回の救出に関する費用は一切請求する気はありません」


 ユリナは改めてソファーから降り、床に膝をつくと腕を組んで頭を下げた。

 これには隣で黙って気配を消していた傭兵も驚いてソファーから立ち上がった。


「?」


 なんだ? ユリナは疑問を口にせず気配だけで傭兵の行動に意識を向けるが、ライオスの続ける質問に頭を下げたまま答える。


「一切請求しないのか?」

「子供のしたことです」

「二言はないか?」

「・・・? すみません。わかりません。申し訳ないのですが、本当に何も知らないのです。ご教授いただけるともう少し要領得られるお答えを返せると思うのですが」


「・・・お嬢さん、アンタやっぱりその礼をされる側、どこぞの高位貴族かなにかかい?」

「いいえ、平民です。本当にただの行商人でございます」


 ユリナは、懐から廃嫡の書類が挟まれた二つ折りの革製バインダーと、商人ギルドのタグを取り出しテーブルの上に置いた。

 ライオスは、その書類を開いてざっと目を通すと「はぁ」とため息をついて、ユリナに服従の礼を解き自分と同じように“ソファーに座るよう”に言った。


「なるほど。随分な“箱入り”なのだな。俺はライオス・トレハンツ。この国のトレハンツ公爵家の3番目だ。疑って悪かった」


 公爵とな。そりゃ待たされる訳だ。随分と大物が出てきた。しかも国の名前と同じ[トレハンツ公爵家]とは。王族かよ。ヤッベー。貴族のままだったら外交問題待ったなし。


「すみません。本当に『何も知らない』のです」

「だろうな」


 ライオスはそう言って、やっとほっとしたように背もたれに身を預けた。


「で? 何をやってそうなった?」


 今までとは異なり、子供のような表情でライオスが書類を返す。


「あまりお耳に良い話しではありません。このような事情もありまして、ヒト種を避け身を立てたいと思って来たのですが・・・己のあまりな無知蒙昧さにへこんでいたところです」

「まぁ、あり得ないだろうなぁ。お嬢さんのような“子供”が一人旅など」


 ですよねぇ。受け取った書類を懐にしまいながら、ユリナも眉を下げて頷く。

 とはいえ、貴族の廃嫡自体はない話ではないのだ。

 ただ、令嬢が廃嫡されても“生きている”場合、国内の田舎で生活費を貰いながら隠居生活が一般的。悪くても大抵は修道院に行くか他の貴族の使用人になるか。こうして何の後ろ盾もなく市井で身を立てようとするなど、確かに聞いたこともない話だった。

  ちなみに、[ウハインハイツ聖国]の人間は15歳で成人だが、獣人の間では、番と結婚して初めて“大人”とみなされると、習ったような記憶がある。


「で? 何を売るんだ?」

「多くは、なんて事ない雑貨類を」


 そう言って、これまでも売りに出していたシーズニングとリボンを出して見せる。


「財産を持ってそうな方々にはコチラを」


 そう言って、ユリナは[鍵]と[箱]をとりだした。


「コチラは[鍵]どんなものにでも付与できて施錠する事ができます。そちらは個室でしょうか?」


 ユリナは、ライオスが入って来た扉では無く、もう一つの扉を見て言った。


「物置きのようなものだが、まぁ、俺の休憩室だな」

「中を見ても?」


 ユリナの問いに、ライオスはウンと頷いた。

 ソファーから立ち上がり、扉を開けると、そこにはベットと窓しかない薄暗い個室だった。物置きと言うほど物もない。


「[鍵]をつけてもよろしいですか?」


 もちろんコチラはサービスします。と問いかけると、ライオスはウンと頷いた。

 ユリナは扉に[鍵穴]を錬成すると、扉を閉め、[鍵]を挿して施錠した。


「これで[鍵]がかかりました」


 そう言ってノブを回して見せ、扉が開かない事を確認させると、こちらに来ていたライオスに[鍵]を手渡した。

 ライオスはユリナがしてみせた通り、鍵穴に鍵を入れガチャリと回すと鍵の空いた扉を開いて見た。


「内側でも、鍵穴の上下向きを変え同じようにします。これでこの扉を壊さない限り、この[鍵]を持つ者以外は出入りできなくなります」


 強度は魔法の付与で何とでもなりますが、物理的には今まで通り扉の強度に付随します。と説明した。


「なるほど」


 ライオスは、ドア縁の小さな金属の閂を見ながら鍵を回し仕組みを理解すると、何度も[鍵]を試しながら、部屋を出たり入ったり試している。

 一通り試して満足したのか「して[箱]の方は?」とソファーに戻る事を促した。


「コチラ、正確には[からくり箱]と申しまして、正しい手順で板を動かさないと、蓋が開かない仕組みになっており、鍵を携帯する必要がありません」


 ユリナはそう言って蓋の板を何度かスライドさせると、蓋を パカリ と開けてみせた。

 [鍵]がその形である事に対して[箱]はその手順を持ち主に記憶させる事で開け閉めが可能になりますと説明する。


「無理やり開けたり、箱を壊したりすると、箱ごと霧散する仕組みになっています」


 そう言って、箱の中に、テーブルに並べられていたリボンを一つ入れて蓋を閉めると


「箱を壊して中身を取り出して見てください」


 と、[箱]をライオスに手渡した。

 ライオスはいとも容易く蓋を メキッ と開いてみせたが、その瞬間箱は粉になって霧散した。


「面白い!」

「[鍵]の方はどんな物にもつけられますし、他にも金額次第で様々な付与が可能です」


 そう言って、[鍵]付きの小さな宝箱やジュエリーボックスを出してみせた。


「これは、今までにない物だな」

「使用者のニーズに合わせて、あらゆる物に応用可能です。一年もすれば全ての宿屋の個室に[鍵]が付くと思います」


 ユリナがニッコリ笑ってそう言うと、ライオスは「ははぁ、なるほどな」と膝を打った。


「これは、金になるな?」

「なりますかね?」

「間違いなく売れると思う。貴族連中はこぞって欲しがるだろう」

「今のところ、“私”1人しか作れないので薄利多売とはいかないのですがね」


 ニコニコと笑うユリナに、正しく意味を理解したライオスは「では、この権利を買うことはできるか?」と貴族らしい微笑みを向けた。


「[鍵]の方はご相談に乗れますが、[箱]の方は無理だと思います」


 実は[箱]はユリナの亜空間にゲートを繋げて収納している。おそらくコチラの世界の人間には再現できないだろう。

 ニコニコと笑顔を崩さない貴族然とした表情のユリナに、ライオスは両手を上げた。


「良いだろう。この国での開業を許可する。後で派遣する職人に[鍵]の作り方を教えてくれ。それで良いか?」

「一般化する。と言う事は、必ずこの鍵を不正な手段で開ける輩が出てきます。こうゆう商品は常に悪党とイタチごっこを繰り返す事になりますが、その覚悟はおありですか?」

「・・・良いだろう」

「それではこちらからは何も異存は・・・あぁ、制作者である私の存在は絶対に秘匿して欲しいのです。お約束いただけますか?」

「なぜだ?」

「私は、私の作ったすべての[鍵]と[箱]を開けることができるのです。また、そうでなければ、この仕組みは成り立ちません。私が売ろうとしていたのは、物では無く“信用”なのです」


 しばらくの沈黙の後「ご理解いただけましたら喜んでお取引させていただきます」とダメ押ししておく。


「・・・っ気に入った!」


 すべての条件を飲もう。とライオスが胸を叩いて言った。

 ユリナはニッコリ微笑み頷くと、空中を掴んで《神聖契約のペン》を取り出した。


「一筆よろしいですか?」


 そんな物まで持っているのかと、ライオスが驚いた顔をするが、やがてニヤリと悪い顔をする。この国では一神教を拒否していたため権力(ペン)を持つ神殿が無いのだ。今までは契約書一つ作るのも、他国の神官どもに頼る事になっていたのに。


「今この時を持って、トレハンツ公爵家はおまえの後ろ盾になってやろう。店の名前は決まっているのか?」


 ライオスは、ペンを受け取り、条件を書き加え、サインする。

 加えられた条件は、王族からの呼び出しには必ず従う事だったが、役職も与えられないのに義務だけ果たせとはいただけない。

 ユリナは、「ライオス様になら従いますが、貴族にもどる気はありません」ときっぱり断った。

 王より自分に従うと言われ、悪い気のしないライオスは、快くその申し入れを受け入れ条件を書き換える事を了承した。


 目の前で自由に契約書を書き、条件を書き換えるユリナに、ライオスは大きく頷きご満悦なご様子。

 上手い事、高位貴族3男の自尊心をくすぐれたようで安心した。いや、後ろ盾ってそうゆうもんだろ? 寄子じゃ無いんだ。自分の足で立つって決めたばかりだもん。

 ユリナも改めて書類を読み上げ直し、頷いて自分の名前をサインした。


「[雑貨屋レミントン]と申します。これからよろしくお願いします」

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