帰らずの森
ずいぶんと明るいうちから飲んでいたのだろうか。
時間的には、やっと夕方に差し掛かったばかりだと言うのに、一体なんのお仕事をしているのかしら?
わかりやすく薄暗い路地から、声をかけられた方にユリナが目線を移すと、どうやらさっき絡んできた、ガラの悪い犬科の獣人達に待ち伏せされていたようだ。
「おうおうお嬢ちゃん待ってたぜ」
「俺達をその可愛いお手てで撫で撫でしてくれようっ」
「代わりに、アンアン吠えさせてやるからよ」
可愛いお顔で、何てこと言うんだろう!
おっさんってどんな形態でもおっさんなんだから嫌になっちゃう。
でも可愛い。モフモフしたい。何その尻尾。何で左右にパタパタ揺れているのよ。
可愛い。もはや、ゲスなところも可愛く感じる。ギャップ萌えってこのことかしら。
いや、違うわ、まって。おかしいわ。
「うぅ、満腹で身体も思考も重い」
ユリナは今、失意で判断力が鈍っている。何だか色々考えるの面倒なほど凹んでいる。
だから良いんだ。こうなったらモフる。おっさんでもなんでも構うものか。「撫でてくれ」と言うご厚意に与り3人の大男を思う存分モフろうじゃないか。
ニヤニヤとゲスな笑いを向ける獣人に、それじゃあコチラも遠慮なく。とユリナが両腕を開いて手をワキワキとさせると、さっきカウンターでぼっち飯していた男がユリナを背にして立ちはだかった。
「あ、大丈夫です」
ユリナの申し出に、そこにいた一同が驚いた顔をしてユリナを見たが、いち早く我に返ったぼっちの男は言った。
「だ、大丈夫じゃない。そんなのにのこのこついていったらあっという間に喰われちまうぞ」
「え!? 獣人って人間を食うの!?」
ユリナの驚きに「「「食わねぇよ!」」」と獣人達は叫んだ。
ぼっちの男が「そっちの『食う』じゃない!」と〈威圧〉を放って吠えるように叫び剣を抜くと、獣人達は転げるように逃げていった。
なるほど。
「・・・オマエ・・・」
呆れたようにコチラを睨む男に、ユリナは一応、助けてくれた礼を言うと、はぁ とため息をついて、しょんぼりと肩を落とし宿まで歩いて帰った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「人間の女子供がちんたら歩くのに付き合ってられないよ」
翌朝、冒険者ギルドに護衛の依頼を頼もうと、猫耳の受付めざして申し込みに行くが、その場にいた冒険者達に笑って断られた。
移動に関する護衛のクエストは、ついでに別のクエストを受けるのが慣例のようだが、それがままならないとしたら、相当依頼料がよろしく無いとやっていられないと言う事なのだろう。
ぼったくりを覚悟して受けてやろうか。とも思っていたのに、冒険者達にはその意気すら“笑って”断られる案件らしい。ため息しか出ない。
受付の猫耳の男は「リボンありがとうとても喜ばれた。ただウチは5人姉妹なんだ。追加を買えないか?」と聞かれるが、気を使われたようで余計に凹む。
冒険者達に揶揄われて、すでに凹んでいたユリナは、不貞腐れて「高いですよ?」と答えたので、苦笑いで「じゃぁ諦めるよ」とあっさり引き下がられ、自分のした事がただの意地悪になってしまった事がモヤモヤする。
ギィー! と叫んでしまいたい気持ちをグッと抑えて、両手を握りしめる。
差別って辛い。でもこれは仕方のない差別だと言うのもわかる。
獣人は、人間と違って個体そのものの身体能力が高く、強い。それは比べ物にならないほどに。
共通認識が違う。文化も違う。善悪の価値観も生活習慣も違う。
皆、忙しいのだ。わかる。わかるけど辛い。そんな感じ。
それでも、そんな子供のような態度をとるユリナを不憫に思った受付の男は「荷運び専門のギルドで同行を頼めないか聞いてみては?」と提案してくれたので、荷運びギルドへ足を向ける。
するとやはり「生きた人間を荷物のように運ぶなんて」と断られる。
そして今度は「魔獣の移送があるかもしれないテイマーギルドで聞いてみれば?」と提案された。
そうなのだ。依頼を受けてはもらえないが、思っていた通り、ギルドの受付の獣人達は優しいのだ。これがまた辛い。悪気が無いってわかるのが辛い。
ユリナは礼を言って教えてもらったテイマーギルドへ向かう。
「人間を乗せる訓練を受けた魔獣はここにはいないよ? テイム前の魔獣のように運ぶわけにもいかないし」
ですよね。断られると思っていました。絵に描いたようなたらい回し。
朝食も昼食も抜いて街中を歩き回る羽目になったユリナは、ガリガリとライフが減るデバフでも受けているかのように、ヨボヨボと冒険者ギルドに帰った。
すると、ちょうど何かの獲物を持って査定を待つ、昨晩のぼっちの男が受付にいた。
「お帰りなさい傭兵さん。今日の獲物も大きいね」とウサ耳の受付嬢に喜ばれている。羨ましい。
カウンターの上には別に何も見えないが、何を採ってきたのだろう?
傭兵って対ヒト案件の依頼を受けるものだとばかり思っていたが、日々の生活のためには採取もするのだろうか。そうなると冒険者と何が違うのだろう。などと思いながら、男をじっと見ていた事に気づかれたユリナは、目があったので ペコリ と頭を下げる。
男は無言で視線をカウンターに戻した。
裸の男よ。オマエもか。
仕方ない。冒険者ギルドで依頼を受けてくれる人が出てくるまで気長に待とう。ユリナが手続きを待っていると、今度は小さな子供がワラワラと入ってきた。可愛い。やっぱり獣人は可愛い。
「オマエ達! 一体どうしたんだ!?」
「イツが! リボンを森に捨てにいっちゃったの!」
「ケンカするからって!」
「まだ帰ってこないの!」
「1人で森に入ったのかっ!?」
どうやら受付の男の娘の1人が[帰らずの森]に入り込んだらしい。
今はまだ午後になったばかりだが、森の中、夕方になればあっという間に暗くなる。
もうすでに迷子になっているかもしれないのに。
このままでは魔獣に襲われてしまう。と、それまでの平和な空気を断ち切るように、にわかにギルド中がざわつき出した。
しかしどうだ。どうゆう事か冒険者達は、直ぐには「では自分が行こう」などとは名乗りでない。
なんでだろう?「獣人は子供を大事にする種族だ」的な事を言っていなかったか?
不審に思ったユリナは、捜索に出ると申し出る。
「リボンを持っているのね? それなら私にはその子の居場所がわかるかもしれないわ」
それを聞いた冒険者達は「お前、何言ってんだ」とユリナを睨んだ。
森での人探しで、嗅覚も聴覚も視覚も優れている獣人に、人間が敵うわけがない。
だがしかし、今は、そう言われて「それはそうですね」と引き下がっている場合では無いのではないか?
「モノの元に戻る力を利用して、追跡させることができるのです」
ユリナは、追跡の説明するが、獣人達は「理解できない」と苦笑いして、「これから人手を募る」と、ユリナの申し出を無視しだした。
これだよ。いや、これも仕方ない事なのかもしれない。
「では勝手に行きます」
そちらはそちらでご勝手に。
ユリナがカウンターから離れると、途端に冒険者達に止められた。
自殺願望でもあるのか? よそでやれ。
人間の小娘が何言ってんだ。
二次被害が出るからやめてくれ。
余計な仕事を増やすなとばかりに、ギルド員にまで止められた。
まったく。この中途半端な優しさは、一体どうゆう事なのだろうかと困惑する。
ここがギルドである以上、何か、まぁ、色々、手続きがあるのだろう。それはそのままそちらで進めていれば良い。
でも、先ほどの過程を考えると、それなりにきっちり書類を制作するお役所仕事。時間がかかるのかもしれない。
人間のすることなど、無視すると決めたのだろう? 別行動でいいじゃ無いか。
「んじゃそこな傭兵。私に雇われてください。依頼は子供を救出するまでの私の護衛。言い値で払うわ」
みんなが「「「えっ!?」」」という顔で傭兵に注目した。
注目された男は、眉をひそめてユリナを睨んだが、「では、これは前金」ユリナがそう言って金貨を一枚カウンターの上に置くと、「良いだろう」と了承し、金貨を受け取った。
「それでは失礼します」
ユリナがちょこんと膝を折り、さっさとギルド館を出ると「あいつと一緒なら、まぁ」と、皆直ぐにバタバタと各々の仕事に戻った。
これから依頼書を作り、人を集めて、作戦を共有し、捜索隊を作って森に出かけるのか。どのぐらい時間をかけるつもりだろうか?
ユリナは、腕を脱力させ トーントーン と2回ジャンプすると「〈身体強化〉」と、自分にバフをかける。
「今からこの石を飛ばします。傭兵さん、ついて来れそうですか?」
「・・・人間風情が」
かすかに呟いた傭兵の言葉を「了解」と受けとる。
あら? もしかしてこの傭兵さんってば人間じゃないの? ユリナは、浮かんだ疑問の答えを後回しにして、割れたかけらを森に向けてかざした。
「復元」
フワリ と浮き上がった石のカケラは、一定方向に向かって真っ直ぐに飛び出した。
2人は、石のカケラを見失わないよう、光る石の跡を辿るように最短距離で障害物を避けグングン進んで行く。
(この人間、いったい?)
傭兵は、自分を気にする事なく前を走るユリナに疑問を抱く。
「近い」
ユリナの声に、傭兵はその先に目を凝らす。まだ目視できないが、ニオイと気配でわかる。
「森ウルフの群れだ。数が多い。マズいな」
「なぜ? 吠えればいいのではなくて?」
傭兵は、音が出るほど鋭い眼光でユリナを睨むが、さっきから一歩もユリナの前に出ることができていなかった。
「お願いしますねっ」
さらに身を低くしたユリナがそう言って地面を蹴ると、空中をものすごい速さで飛んで先導していた石のカケラの到着とほぼ同時に、なんの躊躇もなく血塗れで倒れている小さな女の子に覆い被さった。
「ウオォォォォォッ!!」
やっとユリナの前に立ち〈咆哮〉を上げると、一瞬硬直した森ウルフ達は、剣を構えた傭兵を前に、文字通り尻尾を巻いて散り散りに逃げていった。
ユリナは、そちらを見ることもなく、懐からポーションを取り出して女の子に飲ませる。
「う、あ」
女の子の意識は戻らないが、顔や手足の傷は消えてくれた。
「良かった・・・」
ユリナはホッと息を吐いて、女の子の手に握られたリボンを懐に蔵う。
そうして、顔の血を拭うついでに、その頭についている猫耳を優しくなではじめた。
「・・・・・」
「う、ふ、ふふっひひっ・・・」
ここにはユリナの行動を止めるものはいない。
女の子は気を失っている。
背後に立つ傭兵が、何も言わないのを良い事に、ユリナはここぞとばかりに猫耳を撫でさすって、頬に擦り付け、存分に深呼吸した。
「・・・・・」
「ゥォヒヒヒ・・・」
「オイ!」
背中を ドス っと蹴られて、やっと我に返り手を止めると、向かいの茂みがガサガサと揺れた。
「イツ! イツ!!」
茂みの中から、数人の冒険者と受付の男が現れた。
おっと、危ない危ない。
ユリナは、女の子を抱き上げて受付の男に差し出し、素知らぬ顔で「ポーションを飲ませました」と微笑んだ。
傭兵の視線が痛い。うるさい。
「ありがとうございますっ ありがとうございますっっ」
涙を流しながら頭を下げる男に「良かったねぇ」と微笑み返し、みんなで歩いて街壁の中に戻った。
あ〜獣人の子供最高か。
ホクホクと帰路に着くが、傭兵は眉間のシワを深くして、そんなユリナを訝しんでいた。




