2.口は嫌がっても心は正直
「え。」
「聞こえなかった?断ると言った。」
まさか拒絶されると思わなかったらしく、照はポカンと立ち尽くした。
「用件はそれだけ?じゃあ、もう問題ないだよな?さよなら。」
神野は再び部屋に帰ろうとした。
照は『はっ』と意識を何とか取り戻りて、今度『必殺技』を繰り出した。
それは、
「神野先生!この通り!お願いいたします!」
四肢を床に付いて、さらに頭を地面に叩くーーいわゆる『土下座』だ。
(これでどうだ…!)
古くから、人にお願いする時、この技を使えば、願いは大体通れる。
が、それは相手が普通の人の場合。
またどれぐらいの時間過ぎただろう。遠くの車の音、周りの鳥の鳴き声。それらがはっきりと聞こえてくるので、時間が止まってないことだけは確か。
しかし、肝心な『相手』は、何の反応も示さなかった。
照は恐る恐ると頭を上げて、神野の顔色を窺おうとした。
そして彼が見たのは、死んだような魚の目で、その目の中にさらにゴミを見てる様な、言いようのない目付きで自分を見下ろしてる神野だ。
ゾク!
背筋が凍るような感じ。これは、選択間違ったと、照は直感で理解した。
「ふ…」
神野は小さなため息を吐いて、ゆっくりと照と同じ高さにしゃがんだ。
照は、神野のただ事じゃない目に見られて、息吸うのも忘れるぐらい、ガチガチになった。なんか酷いこと言われそう。そういう覚悟を心の中にしていた。
そして神野は、そんな照を見て、放った言葉は、
「古いな。」
「え。」
「古すぎ。今は何の時代と思う?土下座一つで相手は自分の願いを聞き入れてくれると?ダメダメ。それに、」
神野は自分の財布を照の目の前にぶら下げた。
「遺失物は、最初に出すべき場所は、本人にではなく、交番だろう。例え住所知ってるとしても、な。お前がやってることは、間違いなく犯罪だよ。ストーカー。」
「ひ…」
きわめて正論を言われて、照は絶句した。そして自分のやったことを振り返す。
どう考えても暴走してた。
有名人、それも自分のずっと憧れの人と会えるとい思いに、理性が完全に吹き飛ばされた。
そして神野に言われた、『犯罪』。つまり彼は、その気あれば、自分をこのまま警察に突き出すことも可能ーー
「ご、ごめんなさい!すみません!神野先生と会えると考えるともう嬉しすぎて、興奮して、他の事を何も考えずここに来ました!迷惑かけて、申し訳ございません!」
照は今度、まるで命乞いみたい、頭を地面に伏せた。
「…まあ、真面目な話はとりあえずこれぐらいにして。上がれよ。」
「え?」
神野は立ち上がって、『部屋に入れ』とジェスチャーで照に伝えた。照は先ほどきつく言われたこともあって、戸惑った。
「あ、あの…」
「仮にも僕の財布を拾って、わざわざ自宅まで届けてくれる『恩人』だから。そんなずっと土下座させる訳もいかないだろう。」
「じゃ、じゃあ…!」
「入らないんだったらもう帰れ。」
「行く、入らせていただきます!」
照は神野の後に付いて、そそくさに部屋に入った。
玄関から入ると、そこは狭い廊下に繋がってる。廊下自体は短く、右手に襖で隠されてる部屋、真正面にもう一つの木製のドアがあって、その向こうはリビングだろうと、照は推測している。
そんな考えことしてる照を置いたまま、神野がドア開けて向こうの部屋に入った。照も続いて部屋にい入ると、
そこは本で満たされてる空間だった。
それはゴミ捨て場のような感じではなく、しっかりと本棚があって、それも一本ではなく、何本も隣り合わせで並んでいて、まさに書斎という空間。ドアの右手奥にさらに別のスペースがあって、食器置いてる感じからすると、キッチンらしい。
「うわ…」
マンションの一室なのに、こんな広いスペースがあると、その上に本が数えきれないぐらいあって、何より好きな作家の部屋。色々な要素が含まれて、照は思わず感動した。
「珍しいか?作家の部屋。」
「は、はい!というよりこれは初めてです!作家の部屋入るのが。」
「ふ…まあ、普通はそうだろう。高校生で作家の部屋に入れるのは、アシスタントか、もしくは自分も作家のどっちだな。ああ、とりあえず座れ。」
「はい、じゃあ失礼します…」
照は部屋の真ん中にあるソファーに座って、落ち着かない様子で周りをずっと見回してる。
神野はキッチンに入って、なんか取り出して作り始めた。しばらくして、
「はい、お茶どうぞ。」
「え、あ、ありがとうございます。」
神野はキッチンからティーカップを二つ持ち歩いて、一つを照の前に置いた後に、自分も照の対面のソファーに座った。
二人ゆっくりお茶飲みながら、神野が先に質問を切り出した。
「さて、君、なんで僕に弟子入りしようと思った?」
「あ、そ、それは…」
理由を聞かれて、照は何故かもじもじし始めた。
「先生の作品は昔から好きですし、それに…」
「それに?」
「せん、先生の目が特徴過ぎて、それで先生の元で勉強できたら、色々楽しいかもしれませんと、思いました。」
「僕の目?君、冗談が上手だな。」
「冗談ではありません!先生の目、好きです!」
「そういう性癖か…」
「性癖言わないでください!」
激しく反論したら、照は息を切れた。お茶を飲んで気持ちを取り直しようとしたら、
「つまり僕が好きだな。」
ぷーー!
照は飲んだお茶を全部吹き出した。
「ゲホゲホ…!」
「どうした。お茶飲む時はゆっくりと、親に言われなかった?
「先生が変なこと言うからでしょう!」」
「でも僕の作品好きだよね?」
「そうだけど!」
「僕の目好きだよね?」
「そうだけど!」
「なら僕が好きと言ってるのと同じじゃない?」
「そうだけど、そうじゃない!先生の言い方なんか変な意味しか聞こえないです!」
冷静になりたいのに、全然できない。この人、意外とやばい人じゃないかと照は思った。
「ふむ、君、面白いね。」
焦る照に対し、神野は穏やかにお茶を飲み続けてる。
「先生は逆に面白くないですね。」
「そう不貞腐れるな。緊張感大部柔らげただろう。」
「あ…」
神野にそう言われてはじめて、自分はもうガチガチしてないことに気づいた。
「で、話し戻すか。弟子入りしたいと言ったからには、君自身もうなんか書いてるだろう?」
「あ、はい、一応。」
「なら明日それを持ってこい。」
「え。でも…」
「恥ずかしいか?」
見透かされたように、神野の質問に、照は顔を赤くして頷いた。
「作家はみんな、最初は恥ずかしがる、不安がるものだ。なぜなら、作品出すと、否応なしに評判されるから。その初めの一歩踏み出せないと、弟子入りの話なんで夢でしかないぞ。」
「あ…そう、ですよね。分かりました。明日持ってきます。」
「それでいい。弟子入りのことどうするか、明日のお前の作品次第だ。」
「分かり…ました。」
●
『約束もうしたから、もう用事ないよな?』と言われ、照は神野の部屋から追い出された。
確かに約束交わしたけど、不安の気持ちは、逆に大きくなった。
その理由は、
(もし下手と言われたら、弟子入りのこともできなくなるよね…)
希望がそのまま絶望に。死ぬまでいかないけど、しばらく立ち直れないと照は考えた。
それでも、
(諦めるわけにはいかない…!)
照は改めて決意をして、拳を強く握った。
「あ、やばい、もうこんな時間。」
自分の手は空いたままの状態。そこで自分はまだ買い物できてないと思い出して、スマホを取り出して時間を確認してから、慌ててスーパーへと走り出した。