24.W.L.C.閉幕!②ーー覚醒
朝10時
1時間かけて、照たちやっと『フィールドエリア』ーー『外』に着いた。
「まさか1時間も掛けました…」
「みんな、完全にこっちに集まってきてますから、もう大渋滞ですね」
4人の周りは、人、人、人。
人混みーーではなく、人海だ。それも泥みたいにあまり動かない、閉鎖的な空間。
「そうですね…璃紗、大丈夫?」
「あ、私は平気。照こそ大丈夫?」
「僕も平気だよ。でも、はぐれたら危ないから、手…繋いでもいい?」
「…!もちろん!」
「俺も平気だぜ!」
「あなたに聞いてないわよ!」
「でもこんな場所で販売するなんて、思い切った決断ですね」
メリュジーヌの目線の先は、西ホールと南ホールの近くにある、初日で入場待機場所として使われてた建物ーーフリースペース、正式名称『フィールドエリア』。初日以外は、参加者が自由に使っていい場所だ。
そこは会場内より広く、整列もしやすい。昔は遮蔽物はなく、夏だと、暑い陽射しの元で入場を待たなければならなかったが、今は改善されて、建物の中ということで、天井はもちろん付いてる上に、エアコンも適切に設置された。
ただ、その広さがあっても、人の行列は果てが見えない程、並んでる。そして神野と数十人のスタッフ、コスプレイヤー売り子たちが、目に止まらないスピードで小説を販売してる。
「もう前に進めないですネ…」
「先生…」
あと少しのところ、神野に会えるのに、会えない。
そのもどかしさが、照を不安にさせた。彼の気持ちに気付いたメリュジーヌは、照の頭を撫でて、慰めた。
「ダイジョウブですよ。彼に直接会えなくても、状況は大体分かるから。ほら、周りの声を聞いてご覧」
照は言われた通り耳を傾けた。すると、聞こえてきたのは、
『ありがとうございます!これかも応援します!!』「おう!、一生応援してくれ!」
『待ちわびたぜ、先生さんよ!』「待たせて悪かったな!ほら、新刊だ!」
『先生!会いたかった!』「中々会えなくてすまんな!」
まだ結構な距離あるはずなのに、照は聞こえた。神野が楽しくファンと会話した内容を。
「スピーカーを使ってますね…話すぎて、声が枯れるのを防ぐための対策ですね。それにあの捌き方…基本一人2秒か3秒な感じで対応してます。これは、稼ぐ気満々ですね」
「先生…!」
メリュジーヌの冷静な分析を聞いた照は、不安が吹っ切れて、元気な顔になった。
「ふふ、元気になってくれて、よかったです。さあ、もうちょっと進みましょう?」
「え、でも、人が…」
「ダイジョウブですよ。あの、すみません、ちょっと道を譲ってもらえませんが?」
メリュジーヌは前の人に声をかけて、自分の希望を伝えた。
が、
『はあ?みんな順番を守ってるんだ、誰が譲って…』
前の人がメリュジーヌに向けて身を翻した時、彼は見た、
「どいて、もらえます?」
人を殺すような目をしたメリュジーヌが、前方にいる人全員に、命令を出した。
『あ、はい…』
すると、まるでモーセが海を割ったように、人が両側に下がった。
「さあ、行きましょう」
「あ、はい!」
メリュジーヌの目を見てない照は、みんなが道を譲ってくれた理由分からなく、戸惑いながら、感謝の気持ちを胸に抱いて、彼女の後を追いついた。
●
照たちが着いたのを、神野は見た。
(待ってと言ったのにな…)
彼はそれを守る大人しい子じゃないことは、分かってた。
最初に会った時に、ただ『弟子になりたい』ことを理由で、自分に近づこうとするストーカーと思った。
しかしその目、
情熱、欲望、純粋さ。
矛盾してる感情を、彼の目に秘めてた。若い子特有の、思春期の煩悩ってヤツか。
そしてそれが、彼は『弟子になりたい』嘘を吐いてない何よりの証拠だった。
だから受け入れた(弟子として)。だから教えた(小説を)。だから認めた(将来の○○○○)。
いずれ自分を越えられる、そして自分に代わって世界を変えてくれるーー自分の夢を勝手に押し付けた。
しかし、
『先生がいないと、楽しめないと思います』
あまりにも素直で、利益とか下心もなしで、純朴な一言。
笑える。
今時、そんな馬鹿な子がまたいる。なのに、自分みたいな大人は何を考えて生きてた?
ああ、汚れてたか。社会という汚物に。
でも、おかげで、希望を見出した。
その希望を、さらに輝かせるために、俺は書こう。
3ヶ月前に、彼が作家の成長をテーマで書いた小説を出したあの日。
俺は決めた。小説家としての強さを見せると。
そこから書く、書いて、ひたすら書いた。1ヶ月かけて、睡眠時間を削り、脳がオーバーヒートになり、手の感覚が消え、命を賭して、新作を練り上げた。W.L.C.に間に合えるように。
そして紫咲に頼って、翻訳者とW.L.C.の出展スペースの用意。しかし、
『特に準備できたわ。みんな、あなたをずっーーーと待ってたから』という神に等しい救いの言葉。
そして、多くの印刷工場に短時間で大量印刷したいと相談したところ、『神野先生だったら、無理でもやるっすよ』と快諾された。
それらの助けがあって、今日、この最終日、ギリギリ間に合った。
新刊、プラスこの5日間、W.L.C.会場を回って集めたネタを詰め込んだ、いくつのおまけ短編集を、
捌く。
売り子と一緒に。
さばく。
笑顔を絶やさない。
サバキツヅケル。
声を枯らすこと絶対許せない。
この一日で、スカーレットを越える。そして見せつける、本物の頂点をーー
●
時間を遡って、神野のブースが販売を始めたタイミング。
「なんだこれはーーーー!!!!!!」
スカーレットは自分のブースで咆哮した。それもそうだ、理由は、そのブースに、一人もいないからだ。
「みんな、神野先生のところ行ったよね…」「私も行きたい…」「今度の新作はなんだろう…気になる。」
「はあ~?」
スタッフの本音を聞き、スカーレットは明らかに不満な顔になった。
「こんなはずは…」
ない。ないと思ったが、現実に起きてる。自分の読者が、根こそぎ奪われた。
「くっ…おい、お前たち、行くぞ!」
『行くって、どこへ?』
スカーレットの言葉に、スタッフ一同が首を傾げた。
「あそこに決まってるだろう!カミノのブースだ!」
●
人の波を越え、フィールドエリアに着いたスカーレットは、唖然した。
「なんだ…これは…」
人の壁が、いや、山が、さらに立ちはだかってる。
「これ以上前に行くのは無理そうですね」
「ふざけんな!お前ら、どけ!」
スカーレットは無理矢理に人を押し退け、強い足音と共に前へ歩いた。
『うお!?なんだ!』『あ、女帝だ!』『避けろ!』
彼女の目的を理解しているかいないか、目の前の人の塊は、自然に道を開けた。
そして、彼女はたどり着いた。神野のブースの前に。
メリュジーヌと同時に。
「はあ?」
「あら?」
世界2位と世界3位は、世界1位のブースの前に、ばったり会った。
「お前、姿見ねぇと思ったら、コイツのブースに来たのか?遊びやがって」
「あら、私、アナタと戦いたくないから、別にいいのでは?」
「ならコイツだったらいいのか?」
「ええ、彼は、特別だもの」
メリュジーヌは神野を見つめて、陶酔の表情が現わした。
「お、二人とも来たか」
『『え?』』
突然神野に声をかけられて、メリュジーヌとスカーレットは狼狽えた。
しかし神野はお構いなく、
「ほら、新作だ。君たちから新作を貰った礼だ。読んだら感想を教えてくれ」
「ええ、すぐに読んで、またここに来て感想を伝えしますネ」
「はあ?お前、コイツに会うための口実だろう!?」
「そうですよ。いけないデスか?」
「ぐぬぬぬ…」
「人のブースでケンカするのやめてくれ。後、邪魔もな。スカーレットに勝たないといけないから」
「…!お前、本気か!?」
「本気とも。」
そう話してる間も、神野は手を止めずに、他の売り子を助けてる。
「それは楽しみです。ぜひ、彼女を完膚なきまで叩きのめしてください。では、私はこれで。」
「あん!?なんだと!待って!」
メリュジーヌは神野にウィンクをして、すぐに離れた。
わざとスカーレットを怒らせて、自分に食らいつくことで、神野のブースから離す算段だろう。
やはり恐ろしい女だと、神野は改めて思った。
「先生…」
一難去ってまた一難、というのがこういうことだろう。
神野は、照と対峙した。
「来なくていいと、メッセージを送ったはずだが?」
「あのアナウンス聞いて、来ない訳ないじゃないですか!僕、先生のファンですよ!?」
「ああ、そうだな。ならこれでも読んでけ」
神野は後ろに置いてる、自分の黒いカバンから、三冊の小説を取り出し、照たちに渡した。
照はそれを受け取って、小説名を確認して、目が開いた。
『再臨のラグナロク』
ただそれを見ただけで、照の目から一滴の涙が零れ落ちた。
「後で感想聞かせろ」
「先生、なんか照に冷たくない?」
「そうだそうだ。」
「気のせいだ。というか販売の邪魔だ、さっさと休憩所に行け」
『『はい~』』
璃紗と一成は元気よく返事したが、照は何も言わず、ただただ落ち込んだ。もっと話したい。でもできない。溢れる気持ちを、抑えるしかない。
その様子を見て、神野はため息をした。仕方ない感じに、また照に声をかけた。
「照」
「え?」
「俺の姿をよく見ろ。わかるな?」
「…!はい!」
神野のただその一言で、照はパッと明るくなった。
「え?何?どういう意味なの、それ?」
「先生は、やはり先生ということだよ」
「照、意味わかんないけど?」
3人は邪魔しないように、すぐさまブースを離れ、空いてる場所で小説を読み始めた。
そして昼頃、会場内はもう神野の新作の内容で、全員の話題になった。




