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21.W.L.C.開幕!③ーーメリュジーヌ

昼頃。

神野は会場を大まかに回って、ターゲットにしてた作家たちの小説を買い集めた。

両手に大きい袋、袋の中に各種特典が入ってる。さらにその特典の中に、『神野のファン』として応援してる作家からの、特別の意味を持つものもあった。

『書けなかったか…残念ではあるが、まあ、お前の自由だしな。』と転職失敗屋ーーてんちゃんからの、自分の失敗経験を特徴として作ったボロ人形。

『ふん、もうあたしの勝ち確定だけど、相手がないとつまらないから、ほら、差し上げるよ。』とスカーレットから、特大サイン入りの無料の新作。

その他に、『頑張ってください!』『信じてます!』など、応援の声が。

神野はその思いが詰めた袋を持ったまま、照たちのブースに着いた。


「あ!先生!」

照が一早く神野に気付き、椅子から立ち上がって、神野に力いっぱい手を振った。

「待たせた。どうだ、状況は?」

そう聞かれて、照は元気なく、頭を下げた

「…見ての通りです…」

机に残った小説は、17部。

人がいっぱいいるにもかかわらず、3部しか売れなかった。

と、照はそう考えたが、神野は、

「お、売れてるじゃないか。よかったな。」

叱りも、軽蔑もなく、逆に褒めた。

「え…先生、怒らないですか?」

「ん?何で怒る必要があるんだ?」

「だって、先生が教えてくれたのに、たったの3部しか売れなくて…」

「バカだな。今日は初日だし。後4日もあるぞ。大丈夫だ。それに打ち合わせしただろう。僕を信じろ。」

「…はい!」

照は神野の慰めを受け、泣きそうな顔は少し笑顔になった。

「二人も売り子頑張ったな、差し入れだ。」

神野は袋からドリングを取り出し、3人に渡した。

『『『ありがとうございます!』』』


「あの…」

隣のブースに行列が並んでいる、にも関わらず、その「持ち主」が神野に声かけた。

神野は声の方向へ顔を向け、何も言わずに、ただ彼女を見つめる。

「あ、先生、この方、オーロラさんです!めちゃいい人です!何も知らない僕たちを助けてくれて…!」

「そうか。()()()()()()。」

「え…」

照は理解できなかった。予想通り?何のこと?


「ふふ、やはりアナタでしたね。彼が言う先生って。」

「ああ、そういう君こそ、その名義でイベントに参加したのは、久しぶりじゃないか。」

「今年はスカーレットさんが参加したから、あまり相手にしたくないですよ。」

「それは分かるな。」

「ふふふ。」

「ははは。」

二人は笑ってるはずなのに、空気が重くなったと、照はそう感じた。周りの一般参加者達も、空気を読んで黙ってた。


「あの、お二人は、知り合いですか?」

照だけが怖じ気せず、問いかけた。その質問に、オーロラが率先して答えた。

「そうですね…世界一の小説家、神野 境、と言ったら、知らない人いないでしょう。」

『神野 境…!!』『やっぱりそうなんだ!』『え、本人!?マジで?』

オーロラの言葉に、周りが騒ぎ始めた。

「そっちこそ、世界3位・メリュジーヌさん。仮面を付けた上に覆面作家するなんて、知らない人あまりいないだろう。特徴ありすぎるから。」

「あら、(わたくし)、隠すつもり元々ないですよ。ただこっちの方が楽しいからやったまでです。」

『な…メリュジーヌ!?』

「えええ!!!?あ、あなたがあのメリュジーヌさん!?あの小説を読んだだけで癒されると言われるほどの、『魔法使い小説家』の二つ名あるあの作家!?」

照は神野の授業を受け、海外の作家について知見も勉強した。

そしてその名前を聞いた時、神野たちのいる場所から、会場内離れた場所も全員、騒動を始めた。


「でもアナタ、人が悪いですね。私がここにいるのを知って、わざとこの子たちを隣に配置したでしょう?私ならば、必ず彼らをフォローすると。」

メリュジーヌは周辺の騒ぎに全く無関心で、神野だけ注視して話した。

「え?そんなですか?先生?」

「…バレたか。」

「ふふ、あの子、アナタと似てるところありますから。それでもしやと思いました。」

「そうか。ありがとうな。」

「でもそんなことより、アナタの小説は?」

メリュジーヌは、他の人と同じように、神野の作品の行方に興味を持った。

しかし、結論はもう出ている。

「…もし出してたら、僕は今頃こちらにいないよ。」

「まあ、そうですね。エリアブースにあなたの名前、ありませんでしたもんね。」

『『『エリアブース?』』』

聞きなれない単語に、照たち3人疑問を浮かべた。


「ああ、照君なら知ってると思うが、コミックマーケットに『壁サークル』あるよな?」

「はい、めちゃ大手のサークルか作家であれば、行列を並ぶのが必至。その行列を、運営が会場の動線を乱さないために、壁の外まで行列を並ばせて、会場の内と外を併用することで、一番広いスペースを確保するということですね。」

「その強化版ていうのが、『エリアブース』。大手作家一人が会場内の一か所を完全に独占する、特殊エリアだ。新作を販売するのはもちろん、過去作も問題ない。何より作家本人いれば、その作家と直に交流できるエリアだ。ある意味、サイン会にも似てるな。」

照はその内容を聞き、すぐにマップを確認した。そしてマップに確か複数『エリアブース』と書いてる場所と、その下にそれぞれブースの名前が書かれている。


その一つは、『スカーレットブース』。もう一か所は、『メリュジーヌブース』。


「この規模…企業ブースじゃないですか!?」

「まあな。でも企業ブースじゃないから、別の名称の方が勘違いしないだろうと、紫咲はそう言ってた。」

「それで、今回もアナタの新作を見るのが無理そうですね?」

「そうだな。無理だろう。」

「分かりました。では、」

メリュジーヌは段ボールから自分の小説を取り出し、最初のページを開いて、そこに絵とサインを書いた。そしてそれを、神野に渡した。


「私の新作を読んでください。アナタの力になれればいいと思いまス。」

「…いいのか?」

「私、ライバルとか競争とか好きじゃないです。むしろ人を助けることが好きです。そして、今、目の前に困ってる人がいます。なら助けるという選択一つしかないでしょう?」

その理由は、シンプルだが、力強いものだった。

神野は微笑みながら、メリュジーヌの小説を受け取った。


「ありがとうな…でも、これで僕が本当に復帰して、君より結構売れるようになったら、恨むなよ?」

「そんなことしませんよ。スカーレットさんじゃないですから。でも、ご飯ぐらい奢ってくださいネ。」

「それぐらいなら問題ない。」


二人の話し合いは終わった時、周りの人が、拍手し始めた。

まるで長年の敵同士が和解したように、感動のシーンだ。


「さて、アナタのことを助けたし、この子たちも助けましょう。」

「え?助けって、何を?」

「もちろんのアナタの小説の事デスよ。」

メリュジーヌは照の小説を一冊持ち上げ、目の前にいる人だかりに声をかけた。


「さあ、みんなさん、注目ーー、この子が、かの大手作家、神野 境の一番デシ、デス!神野先生が期待してる、将来ユウボの人ですよー。彼は今回、W.L.C.初参加です。そして小説も初販売です!その意味、分かりますか?」

その場にいる全員が、言葉と同時にソワソワし始めた。

()()()ですよ。もしここで売り切れになったら、再販しないかもしれない小説です。この子はまだ高校生ですから、その準備する余裕がない可能性もあります。だーかーらー」

メリュジーヌは小説を机に置き、低い声で、


「早い者勝ちです!」

宣言した。それと同じタイミングで、

『うおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』

周りの人が目に血が上って、照たちのブースに飛び掛かった。

「え?えええええ!!!!!!????」


そして、照の小説は、あっという間に売り切れた。もちろん、翻訳されたバージョンも。

その結果を見て、神野は苦笑いした。

「まったく、こっちが最終手段として取っておいたのに、いきなりやってくれるとは、予測できない女だな。」

照の小説あまりにも大量に残った時、紫咲と一緒に考えた「計画」ーー神野自身が売り子として、照は『神野 境の弟子』という宣伝をすることによって、在庫を減らせるじゃないかと話した。

ただ、照に頑張って欲しいという気持ちあるから、神野はあえて伝えなかった。

しかしその計画、今、メリュジーヌの手で発動された。

「あら、その方がアナタも気軽に楽しめるでしょう?」

「まあ、否定できない。」

照、璃紗と一成は、なんとか集まった客をさばいたが、もう体力と精神もへとへとの状態になった。

それでも、笑ってる。

神野とメリュジーヌも、その笑顔につられて、笑い出した。

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