13.クリスマスイブーー神野と紫咲の場合~(上)
12月24日(日) 午後4時
ピンーーーポンーーーー
神野の家のインターホンを、一人の女性が押した。彼女は白いワンピースを着ていて、顔もしっかり化粧した。しかしそれらより、彼女の艶やかなラベンダー色の髪が、一番人の目を引くだろう。
「先生ーーいませんか?」
紫咲がインターホン押してから30秒ぐらい経ったが、部屋の中に、音すら何の反応なかった。
「いないみたいだね…」
彼女は小さなため息をついて、手をカバンの中に突っ込んだ。そしてあるものを取り出した。
カギだ。
それをドアノブに入れて、『ガチャ』、ドアは開けられた。
昔、神野から貰った合鍵だが、人の生活に勝手に踏み込むような感じがするから、紫咲はあまり使いたくなかった。
「邪魔しますねーー」
神野はいないが、紫咲は軽く挨拶を伝い、そして慣れた様子で靴を抜き、そのままリビングルームに入った。灯りがついてるが、人の気配は全くない。
「本当にいないね…またネタ探しに行ったかな…ん?」
紫咲の目はソファーに止まった。いつも座ってるソファーだが、今日は別のものがその上に置いてあった。
白いシャツだ。男性用のシャツ。言うまでもなく、神野のものだ。そしてその横にパジャマも置かれてる。神野は自宅いる時いつもパジャマだから、シャツは昨日着てたものだろうと紫咲が考えた。
「もう、また着替えを適当に置いて!」
そして怒った。
だらしないまではいかないが、他の人も来るから、生活面ちゃんとして欲しい。この状態は子供の教育に悪い。
紫咲はシャツを取り、洗濯に入れようとしたが、
「先生の、シャツ。」
小説や漫画でよく見るあのシーンが、紫咲の脳に浮かんだ。
彼女は周りを再度見回して、誰もいないのを確認した。
「ちょっとだけいいよね…」
そして、神野のシャツを自分の鼻に近づけて、匂いを嗅いだ。
彼の匂い。安心する。彼の担当になってから、ほぼ毎日一緒にいるけど。でも彼は、私を見てない。
彼が見てるのは、他のもの。
私を見てるけど、私を見てない。
それでも、彼の側にいたい。昔のようにーー
ドサッ。何かが床に落ちた音がした。
紫咲は音の方向へ見て、そこに弁当が入ってる袋が床にあるのと、神野が立っていた。
「紫咲…さん?何してるかね?」
神野は震える声で疑問を投げた。それに対し、紫咲は顔色一つも変えずに、極めて冷静で答えた。
「お掃除です。」
「いやいやいや!僕のシャツを嗅いでたよね!?」
「お・掃・除・です。」
紫咲は笑顔で同じ言葉を言ったが、その裏にある迫力が、殺気が、溢れてる。
これは、逆ギレだ。
「あ、ああ…分かった。掃除だね、うん。」
さすがの神野も折れざる得なかった。彼は何もなかったように、落ちた弁当を拾い、キッチンへ行った。それ以上追求されないことに、紫咲は顔に出てないが、心はホッとした。
「…先生は、晩ご飯買ってきたんですか?」
「ああ、早く買わないと、夜混むかもしれないから。クリスマスイブだから。あ、コーヒーでいいか?」
「それでいいですよ。」
神野は弁当をキッチンに置いた後、コーヒーを淹れた。そして紫咲に淹れたてのコーヒーを渡して、彼女の隣に座った。
「ふんーー先生は今日がイブって覚えてますね。意外。」
「それはそうさ。一年中に数少ない大きいベントの一つで、人の集まりが通常の何倍以上になるし、ネタもその分多いだぞ。もちろん、あの純情な若い子二人が、今頃イチャイチャしてるだろうな。」
後日、いいネタになれると、神野の言葉の真意に気づいた紫咲は、
「先生のあの共感の才能、たまに気持ち悪いですね。」
容赦なく切り捨てた。しかし神野はまったくノーダメージで、
「才能は才能だ。使わないと持ち腐れだけだ。」
「…メンタル強いね、先生。それなのに、スランプに陥るなんで。」
「…スランプは、いつ来るか分からない厄介の敵だ。それは才能関係なく、誰にでも起こる可能性ある。」
「それなのにネタを集め続けるんですか?スランプで書けないのに?」
「…ネタ集めていれば、いつかまた書けるようになった時、すんなり書き出せるから、その方が便利だ。」
「…あ、そう。」
紫咲は突然神野の眼鏡を取った。
「な!?おい、何するんだ!」
あまり目を見られたくないからか、神野は片手で両目を隠した。空いてる片手を紫咲に伸ばして、何とか眼鏡を取り返そうとした。
「えい!」
しかし、紫咲は急いで眼鏡をテーブルの置き、逆に神野の両手掴んで、ソファーにを押し倒した。
馬乗りの体制で、紫咲は女王になった気分で笑顔出した。
「…お前、本当にバカ力だな。」
「それが私の長所だよ。後輩ちゃん。」
「…先輩、口調が普通になってるぞ。」
「今日はオフだからいいの。」
「俺はよくないが。」
「もういいじゃない。小説書けないから、眼鏡も必要ないだよね?いや、そもそもあの眼鏡、いらないよね。伊達メガネだし。あれはただ、気持ちを切り替するための道具だけ。」
「…知ってたのか?」
「あなたの担当になってから、2年以上も付き合った。さすがに分かるよ。だって、」
紫咲は、手で神野の目の周りを優しく触った。
「あなたの目は、変わらず綺麗だから。銀河のような目、すべてを包み込むような、キラキラの目。高校から変わってない。」
彼女はまっすぐに神野の目を覗き込んだ。
真っ黒の眼の中に、無数の星が入ってるような、希望に満ちた目。
その輝いてる星こそ、彼が集めたネタだろう。
だからこそわからない。
「何で、書くのやめたの?」
1年半のスランプの間に、神野は外出する時、一度も眼鏡を外さなかった。つまり、1年半ぐらいのネタのストックが、あるはず。それなのに、一冊10万字の小説ところが、短編小説も書かなかった。
「さあ、何でだろう?」
「そんなに言いたくないの?それとも私だから言いたくない?あの女の方がいいの?」
「…先輩、今日はグイグイくるな。あのじさんになんか言われた?」
「…ないわ。」
「おい、目を逸らしたな。絶対言われただろう。」
「…あなたって、本当に空気読めないね。もういい!」
紫咲は神野の体から離れて、自分のカバンを取って、玄関へ歩いた。
「もう帰るのか?」
「違う。今日はクリスマスイブだから、そのお弁当だけじゃつまらないでしょう。スーパーに行ってちょっと買い物するわ。」
「え、作ってくれるのか?」
「何よ今更。いつも作ってあげてるじゃない。」
「いや、まあ、それはそうだが、なんか迷惑かけてるな。」
「そう思うんだったら、新作、早く書きなさいよ!」
ポン!
紫咲はリビングルームの門を勢いよく閉めて、スーパーへ出かけた。
神野はこの隙に、テーブルに置かれた眼鏡を掛けた。
「…怒られたか。」
いつものことだけど。そしてこれからもそうだろう。
自由に書けない限りはーー




