第六話
「あれからライブは中止……怜也とは音信不通。これはただ事じゃねぇな……」
「どうしましょうか。出雲さん」
「そろそろ彼らが本気を出して来たね。急激に魔物の数が増加し始めていると報告を受けたよ」
「今までのように、一人一人を相手にしていく対処法では、とても間に合いません」
「まず、彼らがどのようにして仲間を増やしているのか、その方法を知る必要があるね」
事務所内で行われた緊急会議。
晃明は皆の意見を聞きながら、自分が出来ることを模索していた。
「やはり、魔物に直接聞く術しかありませんかね」
「えぇ……古典的だなぁ。めちゃくちゃに時間かかるじゃねぇかよ」
嫌がる百目鬼に、神林も眉を八の字に曲げながら苦笑を浮かべた。
「まだ何も手掛かりもない状態ですべきことは、聞き込みが一番だと思います」
「あぁ……俺の夏休みがぁ」
「夏休みは学生までだろ。それに、まだ夏休みの季節じゃない」
いがみ合い始める二人を無視して、神林は賛同するように頷いた。
「消えた怜也君の為にも、やるしかないね。こちらも少しずつ攻めて行かないと」
「別に、神林の命令とあらば俺らはやるけど。一つだけ俺からお願いがあんだよ」
「お願い?」
「晃明に聞き込みをさせない事だ」
突然の言葉に、ずっと大人しく作戦を聞いていた晃明の体が震えた。
「え⁈」
「魔物は人間を怨んでいる存在。晃明みたいにビビりな奴は、魔物に舐められて終わりだ」
「でも、俺だって……!」
「そうだね。晃明君には、情報の整理をお願いしてもいいかな?」
「そんな……」
自分だけお留守番。しかも、集まっている情報なんてほんの少しだけ。
こんなの、バイトで仕事が無いから帰っていいよ、と言われているようなものだ。
「従業員の安全を守るのも私の仕事なんだ。分かってくれるね?」
「はい……」
まだ完全に納得できたわけではないが、自分の事を思って言ってくれているのは伝わってきた。
晃明は仕方なくソファに座ると、皆の背中を見送った。
静かになった事務所で晃明は、いつもは食べない夜食に手を伸ばしていた。百目鬼が買い溜めしているカップラーメンを一つ手に取ると、電気ケトルのボタンを押した。
夜は魔物が活発的に動き出すからと、皆が出て行ってからもう二時間が経ち、現在の時刻は深夜過ぎ。
流石に、皆が働いているのに寝むれないと思った晃明は、スマホで魔物による事件の記事を読み漁っていた。
「それにしても、こんなにもこの街で事件が起こっているなんて……」
この街の魔物による事件、妖怪が被害者になっている事件の多くは、未解決のままであった。
その原因は、人間しかいない警察にはどうすることが出来ないからだ。
だからこそ、魔物に立ち向かうのが安全制作部妖怪課であるのだが、この人数では助けられていない数の方が多い事も、一目瞭然だった。
「魔物ですか……」
ケトルのボタンが明かりを消して元に戻ったのと同時に、晃明の隣から薄気味悪い男性の低い声が、誰も居ない事務所内に響き渡った。
「うわぁぁ‼」
晃明のスマホ画面を覗いていたのは、毎日事務所のドアの前に立っている長身の警備員だった。
実は、毎日のように晃明は彼に挨拶をしていたのだが、一切返事が無く、帽子のせいで表情も分からなかったため、最近は挨拶することを辞めていた。
相変わらず大きな体に、顔も見えないままの男性から晃明は少し距離を取ると、意を決して恐る恐る話しかけた。
「な……何か知っているんですか?」
顔を確認したい晃明が屈んで覗き込もうとしたが、それよりも先に男性は、帽子をゆっくりと脱ぎ捨てた。
すると、帽子の中から現れたのは長い銀髪。女性のような綺麗な髪を一つに結ぶと、男性は晃明の方へと向き直った。
「二人きりになれるのを、心待ちにしていましたよ。泉晃明殿」
「俺と……?」
初めてあった男性の瞳は、たまに猫で見かける様な水色で染まっており、透き通るような肌にはまるで、神様のような神聖な雰囲気がしていた。
「小生が会わせてあげましょうか? 魔物に」
「え……でも、俺にはまだ早いって言われて……」
「少しだけ時間をあげましょう。その食事が済むまでに、お考えください」
晃明は男性に言われた通りに、カップラーメンへお湯を入れながら思考を巡らした。
確かに会いたい気持ちはあるが、いざ目の前にした時に、怖気付くこと無くきちんと向き合える自信はない。しかしそれでは、このままずっとお留守番だ。
余ったお湯を使って晃明はお茶を入れると、ソファの傍で立っていた男性に手渡した。
「良かったらどうぞ」
「気遣い、感謝します」
晃明がソファに座り、ラーメンを食べ始めても、男性は立ったまま何も話しかけては来ない。
「ずっと立っていて疲れませんか?」
「それが仕事ですから」
湯飲みに口を付けてお茶を飲む。たったそれだけの作法がとても美しく見えた。
一体彼が何者なのか、晃明はラーメンを啜りながら質問を続けていく。
「あの……貴方はどんな妖怪なんですか?」
「あぁ。そういえば、小生の自己紹介を済ませていませんでしたね」
「はい……」
独特な一人称と、異常な程の丁寧な言葉遣いで話す男性は、警備服の胸元から大きな丸い鏡を取り出した。
それは、とても綺麗とは言えるものではなかった。いくつかの小さなヒビが目立ち、真っ白に曇っており、鏡と呼べる物では無くなっていた。
「これは?」
「小生の実体です」
「この鏡が?」
「小生の名は雲外丞。その名の通り、雲外鏡と呼ばれる存在です」
雲外鏡。晃明の知識では、鏡の妖怪であることは分かるが、それがどんな妖怪で、どんな力を持っているのかは把握出来ていなかった。
「すみません。勉強不足で……今、妖怪辞典で調べてみてもいいですか?」
「雲外鏡は昔、神聖な鏡として祀られていた『神鏡』と呼ばれる鏡に、陰陽師の魂が乗り移った物と言われています。そのため、妖怪内で唯一妖怪を封印し、退治することが出来るのです」
「陰陽師……なんか、とても凄い妖怪なのは分かりましたけど……」
「小生の主な力は三つあります」
「三つも⁈」
晃明は、雲外から話されるとても興味深い話に箸を止め、自分の反応を全く気にせずに話し続ける彼を見上げ続けていた。
「一つは『相手の正体を見抜く』ことです。これは、人間の姿に変化している妖怪や、人間の本性を暴くことが出来る力です。しかし、あまり小生には興味のないことで、必要ないと感じています。二つ目は『相手が思い浮かべた場所へのワープ』です。これは、この世に存在する場所であれば、どこへでも連れていける力です。しかし、小生の体力の消耗が激しいため、あまり使いたくはありません」
「なんか、魔法使いみたいですね……」
「それと最後ですが、『相手が過ごしてきた過去のどんな場所にでも、第三者を送り込む』ことです。ただし、人間の死を変えることは出来ません。それ以外なら、自由に未来を変えることが出来ます。それともう一つ注意があるのですが、第三者が現在へと帰った瞬間に、過去に出会った人達の記憶からは、その第三者に関することの全てが消えてしまいます。しかし、妖怪を助けたい方など全く居ませんから、この力を使ったことはありませんが」
全て不満や愚痴付きで説明してくれた雲外のお陰で、晃明は雲外鏡のことを良く知ることが出来た。
三つとも、凄いとしか言いようがない想像以上の力であった。
「しかし、今の小生に出来ることは正体を見抜くことだけです」
「どうしてですか?」
「鏡を見れば一目瞭然でしょう。こんなにも醜くなってしまったのですから」
「確かに……どうしてこんなことに?」
雲外から渡された鏡に顔を近づけても、晃明の顔は映ることなく、こびりついた汚れが良く見えるようになるだけだった。
「今の主が拭いてくれないのです」
「もしかして……神林さん?」
「彼はああ見えて、家事など何一つ出来ないのです」
呆れたようにため息をついた雲外は、神林のデスクに視線を向けた。そこには、資料が山積みになっていて、傍にあるゴミ箱も溢れ返っていた。
「恋愛下手で家事が苦手なんて、本当に可愛らしい人ですよね」
「小生にとっては困るのですが」
「じゃあ、俺が掃除しますよ! いつも警備してくださっているお礼ということで」
「お礼?」
晃明は残っていたラーメンを百目鬼のように勢い良く食べ終えると、鏡とカップを持ってキッチンへと戻った。
「ヒビは流石に直せないですけど、汚れを落とすことなら出来ますよ?」
雲外は晃明の少し後ろで、優雅にお茶を飲みながら見守っている。
「確か……ここに百目鬼さんが使っている餃子用のお酢があったはず」
シンクの下にある収納扉を開けると、律儀に百目鬼と名前が記されていたお酢を取り出した。
「このような物で綺麗になるのですか?」
「母から教えてもらったんです。見ていてくださいね?」
コップの中で、お酢と水を一対六で混ぜ合わせて酢水を作り、持っていたハンカチに染み込ませる。それで丁寧に拭いていけば、鏡は徐々に綺麗な輝きを取り戻す。
全て拭き取った後にしっかりと乾拭きをすれば、鏡は晃明の顔を映す事が出来るようになった。
「どうですか⁈」
「す……素晴らしいです……」
「これで、力使えそうですか?」
「えぇ。心から感謝します。晃明殿」
少し瞳を潤ませて鏡を手に取り、嬉しそうに顔を綻ばせた雲外に、晃明もつられるように微笑みかけると、胸が熱くなった。
「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったです」
「ここまで綺麗になったのは、本当に久しぶりです。どれだけ感謝をすれば……」
「いえいえ、全部母のお陰ですよ」
「やはり、聞き込み調査のお手伝いをします」
「え? 俺は聞き込み出来ないですし……」
頭を大きく振ると、晃明は後片付けを始めた。
手伝ってくれるのは嬉しいが、今の自分が聞き込みなんてしてしまったら、迷惑をかけるだけだ。
そう感じていた晃明は、蛇口を閉めた。
「もちろん、一人では行かせませんよ。小生が着いて行きます」
「でも、雲外さんにもしもの事があったら……」
「何を言っているのですか? 鏡が綺麗になった今、小生に怖いものはありません。どこへでも聞き込みに向かえますよ?」
頼もしく感じる大きな手を、目の前に差し出された晃明が雲外を見上げると、優しく頷いてくれた。
晃明は深呼吸をすると、雲外の言葉に答えるようにその手を力強く掴んだ。
「俺……やってみたいです‼」
「そう来なくては。この街の英雄殿ならば」
雲外は晃明の手を引き寄せると、鏡の前へと立たせた。
「行きたい場所を心の中で思い浮かべてください」
「……分かりました!」
鏡に映った自分と視線を合わせた後、晃明は目を瞑り、心の中でとある場所を思い浮かべた。
ずっと、自分ならここで聞き込みをすると決めていた場所。
それは、他の人ではなく、自分が一番初めに行きたい場所。
きっとここなら――。
ただ、心の中で場所を思い浮かべただけ。
次に晃明が目を開けると、そこは心の中で思い浮かべていた場所、怜也が住む二階建てアパートの前だった。
「大分古びた建物ですね。ここに、怜也という男が居るのですか?」
「いえ、もう何日も帰って来ていないと思います」
怜也の部屋は二階の角部屋。下から見ても分かるほどに、玄関ポストからはチラシなどの様々な物が溢れ出していた。
「魔物に攫われたという可能性があるのなら、無事では済まないかもしれませんね」
「雲外さんは、魔物についての何を知っているんですか?」
「最近、厄介な妖怪が闇落ちしたと聞きました。それから魔物被害が増え、魔物の数も増えています。その妖怪の力を使い、何人かをまとめて闇落ちさせることが可能になったのでしょう」
「その妖怪は、一体どこにいるんですか?」
「それを聞きに行くのでは?」
雲外は、焦り始めている晃明の肩に優しく手を置くと、周りをゆっくりと見渡した。
「あそこですね。行きましょうか」
「はい……!」
雲外が指差したのは、小さなビルと古い民家の間にあった路地裏だった。
そろそろ丑の刻になるという時間に見る真っ暗な路地裏は、震え上がるほどの恐怖が感じ取れた。
「本当にこんな場所に魔物が居るんですか?」
「魔物は妖怪と同じように、ごく平然と暮らしています。何事も無かったかのように、失踪から帰って来ては、ただの妖怪として」
「それじゃあ……」
「妖怪と魔物の違いは、妖怪にしか分かりません。だからこそ、妖怪をこれ以上減らすわけにはいかないのです。しかし、人間を助けようとする妖怪は元から少ないため、特に意味はありませんがね?」
雲外と共に路地裏へと足を踏み出そうとするが、中へと一歩踏み入れた瞬間、晃明の体が震え始めた。
立っていることも難しくなるほどに、足から徐々に力が抜けていく。まるで、人間の本能がこの場所に拒絶反応を起こし、体の機能を停止していくような感覚がした。
『もう、駄目だ』と思っていれば、段々と目眩や頭痛が激しくなっていく。
次々と襲い掛かって来る痛みに耐えきれなくなった体が前へと倒れかけると、その体は大きな胸の中にしっかりと抱き留められた。
「これをお持ちください。それと、気をしっかり保ってくださいね?」
「雲外さん……」
温かな声と共に渡された鏡を手に取ると、体の震えが嘘のように突如として消え去っていった。体に力が戻り、晃明は鏡をしっかりと持って雲外の体から離れた。
「凄い……もう大丈夫だ」
「いいですか? もし、魔物に襲われそうになったら、鏡を魔物の方へと向けてください」
「分かりました!」
鏡を抱きしめながら晃明は、更に路地裏の奥へと向かって行った。
湿ったような生臭い匂いが漂い、室外機の裏から鼠が走り去っていく。
そんな気味の悪い道を歩いて行けば、蓋つきゴミ箱の上に人影が見えて来た。更に近づいて行けば、頭に二つの角を生やし、一つしかない瞳を鋭くこちらに向けてくる魔物が座っていた。
晃明は、彼の姿に見覚えがあった。
社会人一日目のあの日、事務所へと向かっている途中にぶつかってしまい、晃明に怒鳴って来た妖怪であった。
そんな彼は普通の妖怪とは違っており、体から黒い煙を放出していた。
「すみません……」
「なんだてめぇは?」
「地域安全制作部妖怪課の泉晃明です」
「人間がわざわざ会いに来るなんて、お前は馬鹿なのか?」
魔物は立ち上がると大きな口を開け、晃明へと威嚇するように牙を見せつけてきた。
「久しぶりに美味しそうな食事だなぁ⁈」
「……来ますよ」
怒声と共に飛びかかって来た魔物に、晃明は雲外に言われた通り鏡を向けた。すると、魔物は耳をつんざくような悲鳴を上げ、顔を覆うようにその場へと倒れ込んだ。
「てめぇ……何故、そんな物を持ってやがる……?」
鏡から逃げるようにゴミ箱の裏へと身を隠した魔物は、声を震えさせながら晃明に問いかけてきた。
「そんな物とは聞き捨てなりませんね。小生の実体なのですが?」
晃明の後ろから姿を現し、魔物へと近づいていった雲外は冷たい瞳で、魔物を見下すような視線を向けていた。
情けなく小さな悲鳴を上げた魔物へと冷笑を向けた雲外は、何事も無かったかのように穏やかな笑みに戻して、晃明へ視線を向けた。
「聞き込み、続けてください?」
「はい……!」
「おい、待てよ。なんで……なんで雲外鏡が人間の味方してんだよ!」
「それを貴方に教える必要はありません」
魔物の側へ晃明が近づいていくと、雲外は座り込んでいた魔物を無理矢理に立たせた。今さっきとは立場が逆転した状況になり、首根っこを掴まれたまま肩をすくめる魔物に、晃明は聞き込みを始めた。
「ここからすぐのアパートに住む妖怪の男性が、行方不明になっているのですが。何か心当たりはありませんか?」
「そんな連中何人も見てるから、どれがどれだか分かんねぇよ」
「……首に、首にいつもヘッドホンを付けている男性です!」
「あぁ……あいつか。魔物になろうぜって声かけたことあるけどよ、ガン無視されたんだよな」
「それから?」
「確か……勧誘担当のボスに口説かれて、連れて行かれたぜ? あの人の勧誘は誰も断れねぇからな」
怜也が本当に魔物のグループに連れて行かれた。この事実に晃明は、言葉を失ってしまった。
口を噤んでしまった晃明の姿を見た雲外は、魔物へと代わりに聞き込みを続けた。
「勧誘担当のボスとは、どなたですか?」
「名前も顔も、皆知らねぇんだよ。仮面みたいなの付けて、律儀に綺麗なスーツなんか着やがって。気味の悪い魔物だって、出会った奴らは皆言ってるよ」
「では、妖怪達はどちらに連れて行かれるのでしょうか?」
「アジトじゃねぇの? あの山とか」
「なるほど」
雲外の質問を聞きながら、現実を受け止める努力を続けていた晃明は、ようやく口を開けるようになった。
「じゃあ……連れて行かれた妖怪達は……」
「先に言っとくが、連れて行かれた奴らが無事に帰って来た前例はねぇぜ? 諦めて魔物になって帰って来た奴の相手をしてやんな」
「そんな……!」
深い不安の闇に落ちて行く晃明の心の中へと、更に追い打ちのような言葉が投げられた。
鏡を抱きしめていた手に力を込めた晃明を見た雲外は、掴んでいた魔物を壁に強く押しつけた。
「なら、貴方の相手はこの小生がして差し上げましょう」
「ま、待て! 俺は正直に全部答えてやっているだけだろ⁈」
「どうして貴方は……魔物にならなければならなかったんですか?」
晃明は、壁に押し付けられたままの魔物を見上げると、優しく問いかけた。
「決まってんだろ。お前ら人間を滅ぼしてやるためだ‼」
そう力強く答えた魔物から次々と溢れ出していたはずの黒い煙が、突如として止まったような気がした。
雲外の手から離れた魔物ともう一度視線を合わせた瞬間、晃明の頭に直接話しかけてくるような声が聞こえ始めた。
その声は、目の前に居る魔物の声とそっくりだった。
『本当は……お前ら人間と暮らしてみたい。でもな、俺は人間に変化できないんだよ。こんなにも醜い姿の俺を、まともに受け入れてくれる人間なんて誰一人居なかった。お前らがいけないんだ……俺らは何も悪くない‼』
魔物の本心なのか、晃明の脳内に響き渡った声はゆっくりと消えて行った。
「晃明殿。大丈夫ですか?」
「あれ……魔物は?」
「帰りましたよ」
「そうですか……」
今の言葉が何だったのか。
本当にあのように願っているのなら、自分だけはきちんと彼を受け入れてあげよう。そう思った晃明は、自分の名刺をゴミ箱の上に置いた。
「何を?」
「あの人、本当は人間と暮らしたいって思っているんです。だから、俺は彼の最初の友達になりたいです」
「……そうですか」
「雲外さんにも聞こえてましたか⁈ あれって何だったんですかね?」
「帰りましょう」
足早に歩いていく雲外を追いかけて路地裏から出ると、晃明は雲外と共に近くの公園のベンチで一休みすることにした。
「どうして人間は、妖怪をそこまで嫌うんですかね? 共存しようって決めたのは、人間の方じゃないですか」
「決めたのは人間の上層部。そして、妖怪を甘く見ていた彼らは全てを見捨てました。そのせいで、更に人間は妖怪を全否定するようになりました。それからです。人間達が妖怪を見下すようになったのは」
「本当に自分勝手ですね……」
「妖怪は悪さをする者。そう人間達の中での認識が強く存在しています。ですから仕方のないことなのです。自分とは違う、合わない、気に食わない。そう感じたものは、何としてでも排除しようとするのが人間の性ですからね」
雲外は黎明の中で、静かに答えた。
晃明には。そんな彼の横顔がどこか寂しく見えた。
「そんな世の中で、晃明殿のような温かい人間がいることは、妖怪にとって運命の人のような存在。さっきの魔物も、きっとすぐに救われるでしょう」
「雲外さんは……神林さんにどうやって救われたんですか?」
「小生の話など、必要でしょうか?」
晃明はずっと気になっていた。
雲外鏡というこんなにも強い妖怪が、どうしてこの事務所に居るのか。神林との間に何があったのか。
晃明の勘では、きっと彼も神林に救われたのではないのかと思っていた。
「捨てられていたのを拾ってもらっただけですよ」
「捨てられていた?」
「興味がおありで?」
「はい、とても! 雲外さんも俺の友達ですから」
「友達……面白い言葉ですね」
「だからこそ、お互いの事を詳しく知りたいんです」
晃明は、ずっと立っていた雲外の腕を引いて隣へと座らせた。透き通るほどに綺麗な顔が、更に近くで見えた。
「もちろん。言いたくないことは言わなくてもいいです」
「では、説明できる範囲で教えましょうか」
晃明は、徐々に明るくなってきた空を見上げながら、雲外の話に耳を傾けた。
眠気にも負けないほど、真剣に。




