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序章

「ドチャッ!!」


 雨でぬかるんだ地面に『それ』が転がる。直前まで繋がっていた下半身は数舜遅れて同じ音を立てて倒れる。

 震えて動けないその者の周りには走る魔物と、奮闘する者、逃げ惑う者、耳から金属音が止まない。

 視界の大半が揺らぐ炎のさらに向こう、この炎の元凶と対峙する者の姿が映る。


「……っ!!勇者様っ!!」


 希望を一身に受け、広がる炎よりも赤く燃えるような赤髪をした彼は、同じく烈火の如く煌めく剣を手に戦う。

 勇者の称号に恥じない勇敢な戦いをする彼に、誰もが希望の眼差しを向ける。勝利を願う。それが正しいと信じて疑わない。

 そして当然のように彼は勝利するだろう。そして注がれる賞賛。感謝。尊敬。まるで物語が出来上がるように、彼を中心に皆が救われる思いで立っていた。



 ―――ただ一人を除いては。




















 目が覚める。

 まだ日が昇りきっていない薄暗い部屋の中で身を起こす。少し伸びをしてから欠伸が出るのを噛み殺す。毎日決まった時間に起き、決まった身支度をする。

 昨日と違う事といえば、弓や矢等の道具を掛けている壁に大きな角が飾られている事だ。なんでも村で過去一番の大きさのホーンだったらしく、生えている二本の角の内の片方を記念にと贈られた。

 そんな昨日の大収穫を脳裏で再生さながら身支度を済ませる。玄関の扉の方を見ながら


「今迎えに行こうとしたとこだよ」


 扉とは反対方向に顔を向けると、クモ男よろしく屋根からぶら下がっている逆さまの状態の男が窓から挨拶を飛ばしてくる。


「へっへ!!気づいてたか、さすがだな。おはよう!!今日も元気にいこう!!」


 おーっ、と逆さまなので腕を突き下げる男に『元気だなあ』と声にならない音量で呟きながら玄関から外へ出る。

一日が始まる。




 まだ活動を始めていない村の中央を元気に腕を振って歩く男と進んでいく。大樹に囲まれた村に日の光が差すのはもう少し時間が掛かる。村の中心である広場の真ん中には生活の要である巨大な井戸と水を汲み上げる桶、それと各々の家の道具であろう名前の彫ってある洗濯板やブラシ等が置いてある。

 少し肌寒くなってきた時期、体を温めようと少し足早になる。そのまま村の家々から離れ簡易的な門を通り、狩りをする森へ向かう道から外れて獣道を進む。


「寒くなってきたな、もう少し時間遅らせるか?」

「……いや、このままがいい」

「どうして?」

「狩りの出発に間に合わなくなる」

「へっへ そうか」


 道なき道を進むと開けた場所に出る。直径五十メートル程の広さでしっかりとした地面があり、太陽が昇る方角には一際太い大樹が二本伸びている。大の男二十人分くらいの太さで綺麗に並んだ二本の間に森にはそぐわない真っ白い石で出来た祠が立っていた。


 お互い何も言わずに、それぞれが中央から相対する形で陣取りながら準備運動を始める。男は軽くジャンプしたり、足や手をブラブラしながら首をパキパキ鳴らしている。こちらも肩を回し、膝を屈伸させて筋を伸ばす。

 体が少し温かくなるのを感じながら、最後に肩まで伸びている髪を後頭部の高い位置で結び長い耳を出す。さらけ出した耳に風や空気の感覚が直に当たり、ピリピリとした空気を感知する。そのプレッシャーの正体は準備運動を終え、銅の剣を地面に刺しこちらの準備を待っている男だ。

 身長は二メートルはあるだろう、筋骨隆々とした上半身はシャツでは隠せない筋肉が盛り上げている。そのせいか小さく見える剣を持つ姿は様になっていて、戦士の風格が漂っている。黒い短髪の下に爛々と光る眼がいつでも来いと語っている。

 こちらも腰から剣を引き抜く。合図などはない。二回ほど手首で回し、重さと感触を思い出しながら少し腰を落として……


 前方へ大きく切り込んだ。



 この場所が好きだった。

 生い茂る木々も、うまい空気も、しっかり温かい木漏れ日も、そして言葉のいらないこの時間も。銅の剣の柄はまだ冷たく、硬く分厚い皮になった手の温度がわかりやすく伝わる。

 向こうが髪を結い始めた。日が昇り始めて木漏れ日がその姿を照らす。肩に届く金色の髪は日光に照らされて光り、結って露わになった長い耳は天に突き刺すように伸び、その先端は小さく二股になっている。一見女の子と思わせる容姿だが、鋭い目つきと紐を咥える口から長く伸びた八重歯が覗き、一通り準備運動が終わって、気を引き締めると眉間に皺ができる。こちらも準備万端で気を張る、その空気が伝わったのか彼の長い耳が小さく揺れ、目の色が変わる。

 剣を抜き、こちらに歩きながら手首で回し………くる




 地面に顔がつくのではないかという程低く上半身を折り曲げ剣を地面スレスレで平行にして相手から見えないようにする。そのまま折り曲げた体をバネの如く弾くように伸ばし剣を叩きつけた。

 男は地面に刺した銅の剣を引き抜く動作で剣を弾く。甲高い金属音が鳴る。銅の剣は『大剣』の両手持ちの剣だ。引き抜き弾いた剣を両手で構え反撃をしてくる。こちらは片手で扱える直剣だが、重さを求め少し太い刀身に加えて片刃の剣だ。

 横薙ぎの大剣をバックステップして躱す。少し距離を空け構えなおす。男はニッと笑ってこちらの番だと言うように後ろ手で剣を構え突進してくる。身構えの動作に入る瞬間、男は突進中に強く踏み込み加速、三歩程の距離を一瞬で詰めて大剣を振り下ろす。

 耳が踏み込みの足に即座に反応、横に転がるように回避してすぐさま起き上がる。避ける方向が読まれていたのか既に追撃が来ていたが、耳はしっかり感知して追撃の剣先を受け流し、反撃に出る。大剣は威力が大きく両手で扱う分取り回しが困難だ。受け流され銅の剣がまだ横を向いているうちに上からの斬撃をお見舞いする。

 金属音、長い剣を扱う為に伸びた柄の真ん中で受け止められた。


「んなっ……ぶっ!!」


 防がれた驚きでがら空きの胴体に前蹴りがヒット。三メートル程転がる。


「つっ!!……そんなのありかよ?」

「へっへ!!初めてやったが意外と防げるな」

「……ッ ふざけろ!!」


強く剣を握り直し、正面を見据えて駆け出した。






 負けた。

 肩で息をしながら大の字で転がっている自分に対し、男は息も乱れず快活に笑っている。


「大分強くなったな~ けどまだまだだな!! へっへ」

「最初に比べたら マシになった方だと思うけど」


 上体を起こし、肩を回す。


「そうさな~ 初めの頃は酷かったもんなお前。一歩も動いてなかった気がする」

「しょうがないだろ 剣なんか持ったこともなかったんだから」

「それが今や……俺に一本とるぐらいになったかあ……へっへ!!」


 ゴシゴシと頭を撫でられる。

 一本を取ったと言っても、向こうの靴紐が切れて体勢が崩れた所に蹴りが入っただけだ。まぐれとしか言えない。


「あんなのまぐれだろ」

「へっへ ま実際まぐれだが、あれが実戦だったら勝負が分からなかっただろう?」


 グシャグシャと撫でてくる手を払い、こちらに一つも勝利を譲る気のない物言いに呆れる。負けず嫌いなのはいいが、少しは勝利の体験というのも必要なのではないか?まあこちらは教わる身でこの男しか師匠がいないのでそこらへんはわからないが。

 ぶつくさ文句を言っていると村の方角から自分と同じ耳をした少女が声をかけてくる。


「おーい!今日は朝飯一緒に食えそうかー?」

「おー!!ちょうど終わった所さ 今行く」

「そっかー そっちは?」


 地べたに座る俺へ目線が下がる。


「あー…… うん 一緒に食べちゃおうかな」

「わかった あっダンおじさん ちゃんと着替えてきてね!?前みたいに泥だらけで来たらご飯あげないから!!」


 「あちゃ~すみません」バツの悪そうに短髪の頭を掻きながら謝っている。そのやり取りを笑いながら見ていたら。


「ほれ アラン」


 ダンは、笑うこちらに同じようにニッと笑って手を差し伸べた。その手を取り立ち上がる。


「これもな」


 最後に弾かれた剣を受け取った。一本取れた日の剣はなんだかいつもより誇らしく日の光を反射しているようで、

 『アランドラ』と彫られた自分の名前が光る刀身で浮かび見えていた。

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