プロ
良い感じにほろ酔い気分になったところで俺たちは店を出て競馬場へ向かった。
残念ながらレースはやっていないのだが、まあ閻魔の目的は食い物だから問題なかろう。
や、レース観ながら食べれたらその方が嬉しいんだけどさ。
「うん……うん……美味い、美味いぞ英雄よ」
閻魔もご満悦のようだ。そして俺も地味に満足。
ぶっちゃけ俺はウマ関係にゃ詳しくない。守備範囲外だからな。
なので正直、そこまで期待はしてなかったんだが……馬鹿に出来ねえなぁ。
食べ歩き出来るようなのを買ったけど、腰を落ち着けて食うようなのも当たりっぽい。そういう雰囲気がある。
「うーむ……こうなって来るとレースがないのが惜しいなあ」
突然のことだったからしょうがないとは言え、どうせなら食だけじゃなく競馬も楽しみたかった。
飯は美味いけど言うてここ競馬場だからね。メインはそこじゃん。
「そう言えばそなた、博打はあまりやらんよな」
「え? ああはい。お菓子賭けるぐらいのならともかく金銭が絡むのはねえ」
倫理観ゆえ、ではない。そんなものを俺に期待されても困る。
じゃあ何でギャンブルやらねえかって言えば単純に楽しくないからだ。
「博打の醍醐味はヒリつくような緊張感でしょ?」
「勝つか負けるか、得るか失うか……だな」
そう。折角競馬場に居るんだから競馬で例えるか。
大穴に今月の給料全部ぶっこんだとしよう。馬券を購入してからレースの趨勢が定まるまで、そりゃもうドキドキだ。
生活がかかってるからな。心臓バクバクだろうさ。ここで外せば後がない。焦げ付くような緊張感に絶え間なく襲われる。
そしてその緊張感があるからこそ、もし勝てたらという夢が際限なく燃え上るわけだ。
「それを楽しめないならやる意味ねえかなって」
金銭的余裕があるから、ではない。金持ってても緊張感は楽しめる。
例えばそう給料全部ぶち込んで負けたら来月の給料日まで金使えない、とか縛りを設けたりな。
じゃあ何で楽しめないかって言えば分かってしまうからだ。
「ゆる~い感じのとこでは別にそうでもないんですがね」
こういう競馬場で他にも人間が居ると勝ち負けに対する嗅覚が鋭敏になってしまうのだ。
遊びではなく本気で勝負をしに来ている人間の空気にあてられるからだと思う。
こればっかりは俺自身にもどうしようもない。
「パチとかスロってアニメや漫画のもあるじゃないですか」
「うむ」
「あれもねえ演出とか見たいんですけど……ダメっすわ。入った瞬間にあ、この台出るなってのが分かっちゃう」
逆にどうしようもない台もな。
「だもんで金銭が絡んだ博打はどうにも楽しめないんですわ」
何なら罰ゲームかけた勝負とかのが燃える。
あれも必死っちゃ必死だが金銭を賭けた時ほどではない。
貨幣はその概念が誕生して以降、人を狂わせ続けている最悪の魔性の一つだからな。レベルが違うわ。
「なるほどな。そなたが先祖と違って博打をせんのはそういう理由であったか。超越者というのも難儀よな」
「こういう話題で超越者ってワード出されると途端に安っぽく感じますね……ってか先祖?」
何で先祖?
「うん? ああ、当然ながら私はそなたの先祖も代々裁いて来たからな。その人柄も把握しておるわけだ」
……地獄が誕生してどれだけの数の人間を裁いたか想像も出来ない。
まさか、全部記憶してるのか? 軽くビビっている俺に閻魔は笑いながら言った。
「あくまで大まかによ。加えてそなたの先祖はそなたが頭角を現し始めてから改めて記録を確認したからな」
「大まかでもやべえだろ……」
「話を戻すぞ。そなたの先祖。父方だな。悪人が居らんわけではないが傾向的には善寄りが多い。地獄行きは少数よ」
ほう、そりゃ嬉しいね。
地獄にも先祖は居るだろうがそっちはノータッチだったからな。
いやほら、気まずいじゃん? あと地獄に落ちるような輩なら俺の名前悪用されそうだし。
「で、その善人の九割はお調子者だ」
「う゛」
「飲む打つ買うの三拍子はRPGの初期装備かな? ってぐらい皆嗜んでおったわ」
……マジか。
迎えに行ったご先祖様とは簡単な挨拶ぐらいしかしてなかったんだが……そうか、殆どそういう感じなんだ……。
いやだが待て。ポジティブだ。ポジティブに考えろ。
全員、金にも女にも酒にもだらしないにも関わらず極楽行けてんだからそんだけ善行も積んでるってことじゃねえか。
「そなたも例に漏れず酒と女にはだらしないが……」
「博打にゃ興味なさげだったんでちょっと疑問だったわけだ」
「うむ。そういう意味でそなたの父も少ない例外側だな」
「あぁ、親父はそういうのにゃ興味ありませんからね」
「うむ。代わりにその熱量が一点に注がれておる感じだな」
それから二時間ぐらいかな?
あれこれ食べたり場内の競馬博物館を堪能し、俺たちは競馬場を後にした。
次に向かったのは裏秋葉。ここも以前から興味があったとのこと。
「見られておるな」
「そりゃねえ」
現世の人間に影響を与えないため力は抑えてあるがそれだけ。
面が割れてないから閻魔大王とは分からずとも勘の良い奴ならヤバい存在だってのは気付く。
しかも隣に居るのが俺なのだ。警戒するのも当然だろう。
ほら今も閻魔と目が合った奴、そそくさと逃げてったし。
「……恐れられてなんぼ、ではあるが少し傷付くな」
「まあプライベートだしねえ」
と、その時である。
「おやや? 佐藤さーん!!」
ふわり甘い香りが俺の鼻腔を擽ったかと思うと柔らかな感触が背中に伝わった。
「直で会うのはあの時以来ですね! お元気そうで何よりです!!」
……カワサキだ。俺の肩に顔を乗せニコニコと笑うカワサキ。
別嬪さんにこんなことされりゃ普通は喜ぶものなんだろうが……カワサキだからなぁ……。
「よォ、カワサキ。カイザーはもう修理したんかい?」
「残念ながら……良い改修案が思い浮かばなくて」
カワサキはシュンと項垂れた。
見た目だけは……見た目だけは、とんでもねえ美人なんだがなぁ……。
高橋と鈴木。親友で元男。そう頭で分かっていても時々、ムラついてしまう俺をしてカワサキにはピクリとも反応しない。
「機体もそうだがパイロットの技量も重要じゃね?」
「当然! そこも頑張ってますとも……ただこっちも目に見えた成果が出ず……」
その気晴らしに裏秋葉に来たのだという。
「ところでそちらの方は? かなりの強者と見ましたが」
「ん? ああ、閻魔大王。盆で休みだから観光してんだよ」
「へえ、閻魔大王ですかー……閻魔? うん? 閻魔?」
お、コイツにも閻魔にビビるような感性が?
「閻魔大王を生体コアに――――これは、ありですね」
なかったよ……。
「ヘルカイザー? デビルカイザーヘルエディション? うーん……まあ名前は一旦置いときましょう」
ぴょん、と俺から離れるやカワサキは満面の笑みでこう提案した。
「閻魔様! 私の夢の礎になる気はありませんか!?」
すごい……悪意がまるで感じられない……。
「あ、あの……」
「よい、気にするな。これでも様々な人間を裁いて来ておるでな」
フッと閻魔は笑う。
「――――この手の輩には何を言っても無駄よ」
……泣ける。
「すまぬがその提案には乗ってやれぬ。私にも仕事があるのでな」
「そうですかぁ、残念です」
残念なのはお前の頭だよ。




