遠回りをしたけれど
「う……」
息苦しさに目を覚ます。
目を開けば視界には足。私の顔に足が乗っていた。息苦しさはそのせいらしい。
「……梨華ってば」
梨華の足をどかし、身体を起こす。
部屋の中を見渡せばヒロくんを除く面々が思い思いの格好で雑魚寝をしていた。
暁くんとサーナちゃんはわりとお行儀の良い姿勢なのだが……我が娘は何というか……。
「もうちょっと女の子らしくしてくれれば母親としては嬉しいんだけどねえ」
あれからそれぞれが選んだ映画を手にヒロくんの実家に行き鑑賞会が始まったのだが……。
いやもう、酷かった。まだ何本か映画は残っているが今のところ全部ハズレ。
あまりのつまらなさに限界を迎え、皆眠ってしまった。
今日はもう泊まりで起きたら再開にしようってことになってそのまま力尽きちゃったんだっけ。
「……残りは当たりであって欲しいわね」
ぼやきつつ、皆を起こさないようヒロくんの部屋を出る。
そしてあの人の気配を辿って淀みなく歩を進め、縁側にたどり着く。
縁側ではヒロくんがスキットルを片手に煙草を吸っていた。あの二人からのプレゼントだ。
「お隣、良いかしら?」
「どうぞどうぞ」
拳一つ分の距離を置いて、腰掛ける。
「いやー……ビックリするぐらいクソだったな」
「そうだね」
「初手からイヤな予感はしてたんだ。パッケージの時点で瘴気が……」
堰を切ったようにヒロくんが喋り始める。昔からそうだ。
今でこそ大丈夫だが昔の私はあまりお喋り……というかコミュニケーションそのものが得意ではなかった。
ヒロくん自身がお喋り好きだというのもあるだろう。
でも今だから分かる。生真面目でズレた小娘が気を遣わないようにと話が途切れないようにしてくれていたのだ。
(あぁ……やっぱり、好きだなぁ)
気付けばこの横顔に心を奪われていたのだ。
夏の日差しのように眩しくて、でも刺々しさはなく寄りそうような優しさがある。
ずっとずっとこの横顔を見ていられたらと、あの頃の私はそう思っていた。
ならば何故、離れたのか?
(怖さと、後ろめたさだ)
今にして思えば馬鹿なことだと思う。でもあの頃の私にはその二つが重くのしかかったのだ。
初めての出会いを覚えている。佐藤くんは裏のアウトロー相手に高橋くんと鈴木くんを率いて必死に抗っていた。
その光景を見て私は素直な驚きを覚えたものだ。
傍から見れば絶対絶命の状況だというのに何でこんなに楽し気なのかと。
そう思いつつ間一髪のところで私が介入して……私たちの関係は始まった。
――――そう、最初は私の方が強かったのだ。圧倒的に。
その異常性に気付いたのは何時だったか。
ヒロくんは負けない。必ず勝利する。
勝算が見えない、これは無理だという戦いが幾度もあった。
私も大人しく死ぬような性質ではないのでそんな状況でも抗いはしていたが、それだって勝てるとは思っていなかった。
せめて一矢。死ぬにしてもただでは死なないという意気ゆえの抵抗だ。
高橋くんや鈴木くん……そしてヒロくんも同じような気持ちで戦っていたように思う。
(でも、勝った)
勝利するために欠けていたものを補い勝利を奪い取ったのだ。
分かり易く数字で例えよう。敵が100でこちらが四人で90しかないとしよう。
内訳としては私が70で三人が8、6、6という感じか。勝利するなら1でも相手を上回る必要がある。
ヒロくんは足りない11を自らの成長という形で埋めて勝利へと導くのだ。
一回だけなら窮地に追い込まれたことで力が開花したのだと言えなくもない。
でもそれが何度も続けば?
誰の目にもその異常性は理解出来るだろう。
特に私たちは覚醒段階という目に見える指標があったから。
高橋くんと鈴木くんが固有能力に目覚めてもヒロくんは第一段階のまま。
にも関わらず二人よりも強い。窮地に陥る度にヒロくんは強くなり続けた。
二人と道を分かつ少し前にはもう、私の背に手が届くほどだった。
一番近くに居た高橋くんと鈴木くんは思ったことだろう。私も思った。
――――仮にヒロくんが一人ならその成長の幅は違っていたのでは?
先の例えで言うなら足りないのは11。しかしヒロくん単独だと93。
馬鹿げていると思う。しかし、何度も何度も成長を繰り返すヒロくんを見ていれば思うはずだ。
一人で戦っていても足りない93を埋めて勝利したのでは、と。
でも私は……いや、高橋くんと鈴木くんも目を逸らした。
(……大好きな人を、親友を、得体のしれぬ怪物のように思いたくなかったから)
だから自らの裡に芽吹いた恐怖から目を逸らしたのだ。
今にして思えばそれは間違いだったと断言出来るが、何もかもが未熟なあの頃の私にはそれが分からなかった。
(うしろめたさを自覚したのは、私たちの戦いの終わりが見えて来た頃)
ホントはそれより前から感じていたのだろう。これもまた目を逸らしていたから気付けなかっただけで。
裏の世界で生まれ、裏で生き続けて来た私にとってヒロくんは憧れの存在だった。
キラキラ輝く宝石のようで……ずっと羨ましかった。私もあんな風に生きれたらって。
尊いと思えば思うほどにうしろめたさも募っていった。
裏に巻き込まれたヒロくんだが、その後も過酷な戦いに身を投じ続けたのは……私のためだ。私を守るため傍に居続けてくれた。
私は何度も何度も救われた。ヒロくんが居なければ柳や鬼咲のくだらない計画に生贄の羊として捧げられていただろう。
……全部が終わったとして、その後も彼に寄り添う資格が私にあるのだろうか?
その思いがあの日の別れに繋がったのだ。
表での生活を始めてからも連絡を取ろうと思えば取れた。
にも関わらずそうしなかったのは私が怖さとうしろめたさから目を逸らしていたからだ。
(……随分、遠回りしちゃったなぁ)
後悔は、していない。
馬鹿な男にコロっと騙されて色々なものを失ったがそれでも梨華という掛け替えのない宝に出会えたのだから。
遠回りをして色々と失敗はしたけれど胸を張って言える。これが私の道だったんだって。
「ねえヒロくん」
「うん?」
「私ね、昔ヒロくんのこと怖かったんだ」
「そうか」
「あと、私のせいでって負い目もあった」
「そうか」
「うん」
深くは聞かず、ヒロくんは笑った。そうだ。この人はそういう人なんだ。
私が醜いと、目を逸らしたいと思っていたようなものでさえ笑って受け入れてくれる。
(ずるいなぁ……カッコ良いなぁ……)
拳一つ分の距離がもどかしくも心地いい。
大好きだよ、その一言が中々言えなくて……でも、今はもう焦る必要はない。
真っ直ぐな気持ちでこうしてまた出会えたのだから。
「……さて、一服したら皆を叩き起こして鑑賞会の続きだ」
「だね!」




