手を伸ばせば遠ざかるキミ
お盆休み初日。
予定通りに爆睡を決め込んでいた俺だが、ふと部屋の中に自分以外の気配を感じ目を覚ます。
寝ぼけた頭でも敵意がないことぐらいは分かる……ってか何か覚えのある……。
「……」
「うぉ!?」
一気に目が覚めた。そりゃそうだ。
「あ、起きたんだ。おはようヒロくん」
千佳さんがベッドの脇で突っ立ってたんだもの。
突然のことに理解が追いつかず間抜け面を晒す俺に千佳さんが笑顔で挨拶をしてくれる。
「お、おはよう……え、どったの?」
緊急事態ってわけではないだろう。
それなら俺の寝顔なんざ見てる暇ねえもの。
「えっと、その、ね?」
もじもじと恥ずかしそうにする千佳さんに俺の俺が元気になっていくのを感じる。
「ヒロくんと、遊びたいなって」
「……デートの誘いか。そりゃ嬉しいねえ」
今日の予定は爆睡じゃねえのって? 知らんわそんなの。
一瞬で全細胞が活性化したよね。止め処なく下心が加速してくよね。
そうだ。折角だしこないだ千佳さんがプレゼントしてくれた服で、
「あ、ごめん。そういうのじゃなくて」
え、何それ。普段はそっちから攻めといていざ俺がその気になると敢えて引くの?
千佳さんは魔性の女なの? いやだがこれはこれで可愛いのでヨシ!
「じゃ、どういうこと?」
「えーっと……あのぉ……高橋くん、鈴木くんと再会したじゃない?」
「うん」
「だから、なのかなぁ。その、昔のことを思い出しちゃって……羨ましかったんだ」
「羨ましかった?」
「そう。当時、三人が遊んでる姿に密かに憧れてたの」
???
「千佳さんとも遊んでたよね?」
「そ、そうだけどそうじゃなくて! 何て言うのかなぁ……あのぉ、知能指数が限りなく低くなってる感じが良いなって」
「あれ? 唐突にディスられた?」
「ちが、そうじゃなくてぇ!!」
「ごめんごめん。ちょっとからかった。ようはあれか。男の馬鹿みたいなノリ?」
「そうそれ! それ……だと思う」
上手いこと言語化出来ないのだろう。俺自身、的確に解釈出来たか自信ないしな。
「お盆休みだけど梨華も出かけたから、暇になっちゃって」
「それでふと思いついて俺っとこ来たと」
「う、うん。ダメかなぁ?」
「いや全然良いけどそれなら高橋と鈴木にはもう声かけたん?」
「ううん。当日にいきなりとか迷惑かなって」
俺なら良いと。悪くねえ。
しっかりした女性が俺だけには甘えてくれるってのは良い気分だ。
が、それはそれとして高橋と鈴木にそんな気遣いは無用だ。アイツらも盆休み入ってるしな。
俺は即座に念話を二人に向かって飛ばした。
「ああ俺俺、今暇? 暇だなOK。じゃあ俺んち集合。40秒で支度しな。転移で呼ぶから」
宣言通り40秒後に二人を召喚すると、
「「ざけんな!!」」
「うごぉ!?」
みぞおちにダブル……!
「ひ、暇なんだろ……?」
「暇だが女にゃ準備ってもんがあんだよ!!」
「禿! この禿!!」
「は、禿てねえし!」
とは言え本気でキレてるわけでもなくみぞおちに一発ずつで気は済んだらしい。
「で、何するの?」
「ってか西園寺居るじゃん。ちーっす」
「おはよう二人とも」
「いやな。千佳さんが俺らと遊びてえんだって」
「「うん?」」
首を傾げる二人にさっきのやり取りを説明する。
「……いざそう言われるとあたしら何してた?」
「……いやごめん。遊んでたけどじゃあ具体的にって言われると何だろ?」
そうなるよな。
「よ~西園寺。あたしら何してた?」
千佳さんの肩に手を回して問いかける高橋。完全にチンピラで笑う。
「えっと、何か何時もはしゃいでた」
「フワフワしてる……その通りなんだけどさ」
ウンコ座りで三人、頭を悩ませていると……。
「……金がねえ」
「あん? あるわボケ。俺もお前らも良い歳こいた大人なんだからよ」
そうツッコミかますと鈴木は違うよと首を横に振る。
「夏休みに佐藤くん家に朝から集まってダラダラしてたら大抵、そんなことぼやいてたじゃん」
「おおそうだ! 貯金という単語が載ってねえ落丁辞書だったもんな昔のコイツ!」
「あー……そう言われるとそう、かも?」
畳に寝転がってケツかきながら金がねえ金がねえってぼやいてた。
んで……そうだ、ちょっと思い出して来た当時のルーティン。
「まずは遊ぶ金確保すんべ」
「「言ってた!!」」
「で、その日の軍資金を稼ぐために互助会に行くんだった」
「なら、まずは互助会? 行こう!」
そうはしゃぐ千佳さんだがちょっと待て。
「昔みてえに遊ぶってんなら身体も若返らせようぜ」
身体が若返れば気持ちも若返るのは高橋との一件で実証済みだからな。
「前みてえに薬使うんか?」
「いやあれだと時間制限あっからな。俺がやる」
「佐藤くん、そんなこと出来るの?」
「千佳さんの若返り見てっからな。ようはあれ再現すりゃ良いだけだもん」
三人に抵抗をしないよう頼み、若返りを再現した術を施す。
すると瞬く間に全員が十代の頃の姿に戻った。
まあ性転換しちまった二人はそのままだから厳密にゃ過去のまんまってわけでもねえが。
「金髪! 懐かしい……そうそう、ヒロくん金髪だった! 金髪のヒロくん……良いよぉ」
「へへ、ありがとな。でもこれだけじゃ物足りねえだろ?」
ピアスを取り出し装着。
「パーフェクトヒロくんだ!!」
千佳さんも大喜びである。
「……懐かしいけど、昔の佐藤くんって今見るとホント……チャラさやばいよね」
「おお。よく真っ当なリーマンになったよなコイツ」
るせえ。
「でもまだパーフェクトじゃねえ。服だ服。若返ったんなら十代の装いにしようぜ?」
ショーパンにシャツの高橋はさておき、千佳さんと鈴木はな。
大人らしいシックで清楚な装いだから十代の身体だと背伸びしてるように見えてしまう。
「昔贔屓にしてた店が今もやってるからよ。そこで揃えようぜ」
「な、何か照れるね……実年齢おばさんなのに……」
「良いんだよ。さ、行こうぜ」
近場に転移し、服を物色。
昔ならいざ知らず今の千佳さんは迷うこともなく自分に似合ったのをチョイスした。
あの頃の千佳さんは服とか全然興味なかったからなぁ……。
「っし! 全員バッチリ、キメたし互助会行くべ!」
「どーでも良いけど遊ぶ金稼ぐために金使うって何か妙な気分だよな」
……まあそこは昔の再現だからツッコむなや。




