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【書籍化】主人公になり損ねたオジサン【12/10発売】  作者: カブキマン
本編

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閻魔大王

 帰り支度を整え屋上に向かうと既に火車が待機していた。

 亡者を運ぶそれではなく賓客用のなのかな? えらい豪華な車を引いている。


「悪いね」

「いえいえ。では、どうぞ御乗りになってくださいまし」

「おう」


 車に乗り込むと火車は屋上を飛び立った。

 地獄の使者が引く車に乗ってオフィス街を見下ろすというのは……中々に乙な光景だ。


(火車がたっけえ外車をすげえドラテクで乗り回してたらかなり面白そうだな)


 そんなアホなことを考えながらしばし。

 死者が本来辿らねばならない正規の道順をすっ飛ばして閻魔殿へ到着。

 死後の裁判所らしい厳かな雰囲気には流石の俺もネクタイを締め直したよ。


「大王様。佐藤様をお連れ致しました」

「うむ、ご苦労。下がって良いぞ」


 閻魔の前に通される。何ともまあ、貫禄のある御方だ。

 学生時代、会うと思わず背筋を正しちゃうような先生居ただろ? あれのスーパー版って感じだ。


「よい。楽にせよ」


 跪いて挨拶をしようとしたところで閻魔が待ったをかける。


「そなたを招いたのは礼を伝えるためであり今は裁きの場ではないのだから」

「では失礼して」


 しかし……。


「閻魔様、無用心が過ぎるのでは? 流石に二人っきりってのはまずいでしょう」

「フッ、そなたがその気になれば地獄など秒で灰塵に帰すであろうが」


 それなら無駄なことをする必要はない。

 人を配置するぐらいならその人員を別の仕事に回した方が効率的とのことだ。


「そうですか。ところで裁判の方は?」

「そちらも問題はない。盆が近いゆえハイペースで進めておったから余裕はある」


 それは重畳。

 俺のせいで死者の裁判が遅れるとかは嫌だからな。


「さて、感謝の前にまずは詫びだな」


 こちらの尻ぬぐいをさせたこと。そしてそのことに対する礼が遅れてしまったこと。

 相すまぬと閻魔は頭を下げた。……居心地悪いなんてもんじゃねえな。


「そして改めて感謝を。権能を奪取してくれたこと。深く感謝する」

「いや……あれは現世(こっち)の事情でもありましたし」


 そうだろうとは思ってたがやっぱハデスくんの一件か。

 改めて考えるとマジで何やってんだよアイツ……。

 他所の神話体系に堂々と喧嘩売るような真似しくさってからに。


「それに閻魔様が被害を被ったのは俺がハデスくんを勘違いさせたせいでもありますし」


 閻魔が俺のバックについてるとかいうアホな勘違いね。

 だがまあ、死という絶対の権能を無効化されたのだ。そういう勘違いをするのも仕方ないとこはある。


「それを言うなら徒に世を乱そうとしたハデス殿がそもそもの原因だろう。……いや、彼の神の言い分も分からなくはないがな」


 ハデスのやり方は肯定しないが人間の死に対する捉え方については思うところがあるらしい。

 まあそこは俺には関係ないので深くは聞かんがな。


「まあそれはともかくだ。如何な事情があろうともそなたが死の権能を奪い返してくれたことは揺るがぬ事実」


 感謝の意を受け取ってくれ。

 そこまで言われたら俺としてもこれ以上は何も言えない。小さく頷き感謝を受け取った。


「ところで権能についてですが問題はありませんかね? 一時とは言え他所の神が所持してたわけですし」


 何か混ざっていてもおかしくはない。


「うむ。問題はない。そもそも別の神がと言うのであればこの権能自体、譲り受けたものであるからな」


 ハデスと閻魔大王。共に死後の世界の管理者ではあるが閻魔は別に死神というわけではない。

 どっちかってーと裁定者。死者を対象とする裁きの神と称するべきだろう。

 そんな閻魔が何故、死の権能を所持してるかってーと別の神格から譲り受けたからだ。

 譲り受ける切っ掛けになったのがあの世の変遷である。


 地獄や極楽なんてのは仏教の概念で仏教が日本に伝来したのは六世紀とかそこらだ。

 それ以前の死後の世界は善人も悪人も一緒くたの黄泉國だった。

 そう、イザナギイザナミの逸話で有名なあれな。

 しかし仏教の伝来、人々の意識の変遷と共に死後の世界の在り方も変わるべきだってことになり地獄や極楽が生まれた。

 その際に閻魔大王が黄泉國にて死の権能を所持していた神から譲り受けたってわけだ。


「佐藤英雄」

「はい」

「正直な話をするとだ。死の権能を譲り受けたは良いが私はロクに使っておらんかった」

「ええ」

「軽んじていたわけではないがその必要がないゆえな。だが先の一件で認識を改めた」

「と言いますと?」

「これからも使うことはあまりないだろうが、一度奪われたという事実は見過ごせぬ」


 ゆえに権能を分離し厳重に封印しようと思っているのだと言う。

 まあそうね。悪意のある奴に奪われたなら無差別に振るわれ酷いことになってただろう。

 ハデスの場合はあくまで俺を殺すためだから乱用せんかっただけだし。


「礼をするためと言いながら厚かましい願いではあるがそなたの力を借りたい」

「そりゃ構いませんが……俺でよろしいので?」

「そなたの本気の封をこじ開けられる者がこの世に存在しようものか」


 すっ、と閻魔が腕を振るうと俺の眼前に分厚い巻物が出現した。


「これは?」

「そなたも知らぬ秘中の秘である封印術が幾らか記されておる。それを前払いの報酬として渡す」


 その代わりにアレンジ利かせても良いからそれも使って封印を施して欲しいとのことだ。


「ああだが一つ要望を。鍵として私を設定して欲しい。預かった以上、私には責務があるゆえな」


 それは当然だろう。使う機会があったとして一々俺を呼び出すわけにもいかんし。

 所有者である閻魔なら自由に使えるようにするのは当然だが……。


「……こんなもんを俺に渡してよろしいので?」

「ふふ」

「閻魔様?」

「いやすまぬ。そなたは基本、フワフワしておるのに妙なところでと思ってな」


 ……閻魔にまでフワフワしてるって言われるんだ。


「世界の危機であろうと軽佻浮薄だが己や他の職務などには生真面目だ。

社会に出るまではそうでもなかったが社会に出て勤め人としての自覚が出たからだろうな。

それは良いことだ。うむ、素晴らしい姿勢よ。しかしそなたほどの男が……と考えるとな。許せ許せ」


 何かちょっと泣きそう。


「ああそうそう、問題ないのかと申したな。問題はないとも」

「ホントに? 必要なこととは言え閻魔大王が生者と直接、取引とかそういうんは……」

「そなたの裁きは既に終わっておるゆえな」

「は?」


 まだ死んでないのに?


「そなた幾度、世界を救った? 五官王の秤は知っておるだろう?」

「業の秤でしょう」

「うむ。そなたに何の罪がないとも言わぬ」


 そりゃそうだろう。俺はンな清廉潔白な人間じゃない。


「例えばそう、小学三年生の頃であったか。そなたは担任教師から少々理不尽な説教を受けたな。

その腹いせとしてプールの授業を抜け出し担任教師の下着を盗み下駄箱付近の掲示板に……」


 いきなり俺の個人情報ぶちまけるのヤメテくれます?


「まあともかくだ。罪はある。だが積み上げた善行の重さとは比較にならん」


 善行の乗った皿が傾いてマントルまで突き抜けるわと閻魔は笑う。


「……別に善行のつもりはないんですがね」

「そなたがどう思うかではない。客観的にどう見るかだ。主観が罷り通るならそれこそ問題だろう」


 まあ、それはね。

 サイコな奴が本気で良いことをしてると思ってやらかしてもOKってことになるもんな。


「積み上げた善行を上回る悪行となればそれこそ世界を滅ぼすぐらいはせねばな。

が、そうなれば私も死ぬ。ありとあらゆる神々も死に絶えた完全な虚無よ。裁きも何もあるまいて。

そしてそなたはそのようなことはせんだろう。であれば死後の極楽行きは確定よ……まあ死ぬかどうかも怪しいがな」


 俺を何だと思ってんだ。


「ゆえ、そなたに関しては肩入れしようと何ら問題はない。何なら私的に飲みに行ってもよいぞ」


 閻魔さぁ、ちょっとフランク過ぎない……?


「……まあ問題ないなら良いです。んじゃ早速、仕事に取り掛かりますね」


 巻物を広げざっと目を通す。大体、分かった。

 封印の構成も思い浮かんだので閻魔から死の権能を安全に引き剥がして封印術を施す。

 手のひらサイズの黒い小箱が出来上がり、閻魔の手に収まる。


「鍵は閻魔様の意思そのものです。例え閻魔様の力を奪って注ぎ込もうと封は開きません」


 閻魔が是と思わぬ限り決して開きはしない。

 洗脳も無駄だ。その手のやり方で閻魔の意思を捻じ曲げた場合もアウト判定が出る。


「霊的にも物理的にもかなりの強度に仕上がったと思いますよ」


 折角だ。軽く実演しとくか。


「閻魔様、そいつを俺の前に置いてくれますか?」

「? うむ、分かった」


 閻魔がさっと手を振ると小箱はふよふよと俺の足元に飛んで来た。

 しっかり置かれてるのを確認し、俺は小箱を蹴りつけた。

 威力としては日本列島かち割れるぐらいだが小箱には傷一つないし小動もしていない。


「なるほど。動かすことすら出来ぬと」

「ええ、俺は……まあ術者なんで解除出来ますし力ずくで壊せますが……」

「他の者には無理であろうな。うむ、結構。不足はない。要望通りよ」


 小箱が浮かび上がり閻魔の懐に収まる。


「後ほど然るべき場所に安置しよう。では成功報酬であるな」

「……さっきので十分ですが」

「そう言うな。そなたも喜ぶ代物よ」


 閻魔が再度、手を振ると馬鹿でかい樽が現れる。


「地獄の銘酒よ。鬼さえ酔い潰す逸品で味もかなりのものと自負しておる」

「……ありがたく頂戴致します」


 でもあんた……閻魔殺して……。

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主人公になり損ねたオジサン 12月10日発売

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― 新着の感想 ―
[良い点] そりゃまあすっごい真面目な人のフラットな視点からも「お前若い頃はDQNだったのに社会に出てからは真面目になったよなあ。でも相変わらずそんだけの力があってフワフワしてんのなあ…」とかしみじみ…
[良い点] フレンドリーな閻魔大王、いいですね! >  学生時代、会うと思わず背筋を正しちゃうような先生居ただろ? あれのスーパー版って感じだ。 凄く分かりやすいかつ身近な例えに笑ってしまいました…
[一言] 閻魔大王はなんというか、日本人にとって身近な神だから、親和性が高いように思う
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