祝福
仕事終わり。諸々の誘いを断わりつつ帰路につく。
ガタンゴトンと電車に揺られ自宅近くの最寄り駅に到着。俺の足取りは正直、重かった。
別に嘘が苦手ってわけじゃないんだ。これが戦いなら俺は幾らでも敵を欺ける。何なら味方も騙す。
(……ただ、こういう善意のサプライズは)
むちゅかしい。
気分が嘘つき野郎モードに移行してくれないのだ。
マンションが見える位置まで行くと部屋の明かりは消えているが気配を感じる。
帰宅時間を聞いてきたもんね。それに合わせて電気消したんだよね。
全員、気配を押し殺してるっぽいがすまん……既に色々と察してるからさ。無意識に探っちゃうんだよ。
(あんまり待たせるのも忍びねえし……行くか)
意を決してマンションへ突入。
施錠された鍵を開けて部屋の中へ。そして廊下を進みリビングの扉を開くと、
≪ハッピーバースデー!!≫
照明が灯り盛大にクラッカーが鳴らされる。
「……え、あ……そうか。今日は俺の誕生日だったんだな」
我ながら白々しい……そしてその白さは千佳さんたちにも伝わったらしい。
「……ヒロくん、わざとらしい」
「気付いてたのかよテメェ。寒い芝居しやがってよぉ……この大根野郎、お前にはガッカリだ」
「上手いことノッてよ……佐藤くんがこんな出来ない男だったなんて」
ここまで言われる理由ある?
「っせぇあ! テメェらの読みが浅過ぎんだよ! 誕生日? んなもん一週間前から気付いてたわ!」
ワクワクしながら当日待ってたわ!
「俺みたいなんが自分の誕生日忘れるとかある? それ抜きにしても……千佳さんよォ!!」
「え、私?」
「君なら察しもつくだろ。普通に朝、部下から祝われたわ。社長からもなあ!」
仮にも会社経営してるんだからそういうシチュぐらい予想出来ない?
「え、あ、ひょっとして社長なのに誕生日祝ってもらったこととかないの?」
「う……だ、だって皆には誕生日とか教えてないし……」
「普通さぁ、深い付き合いしてりゃ聞いて来るっしょ。いやね、慕われてないとは言わないよ?」
取引の関係でちょくちょくそっちの社員とも連絡取ってるしね? 人望があるのは分かってる。
でも会社の社長として、経営者の西園寺千佳としてだけ?
西園寺千佳一個人としてはどうなの? 別にそれでも問題ないけどさぁ。
「責めてるわけじゃござぁせんけどぉ? 部下同士はさ~やってんじゃな~い?」
「はぅあ!?」
「ママが崩れ落ちた……」
よし、討伐完了。
「次はテメェらだテメェら。高橋に鈴木~」
「「う……」」
千佳さんを華麗に叩き潰したからだろうな。
かる~く引いてるが容赦はしねえ。
「俺さぁ、お前らんこと親友だと思ってるワケ。一生もんのダチだってさぁ」
「えっと、ありがとう。あたしもそう思ってるよ」
「ああ。私も掛け替えのない友だと思ってる」
「――――親友の性格も察せないわけ?」
「「ぐはぁ!?」」
「男女の違いもあるから分からない部分はあると思うよ?」
女の前ではカッコつけたがるのが俺だし~?
千佳さんはまあ、良い。結構深い間柄なのにとは言わん。
「でも高橋と~鈴木は~違うよね~? 男だった時があったよね~?」
「「う、うぅ」」
「あれれ~? あの頃親友だと思ってたの俺だけなのかなぁ!? 寂しいなぁ! 寂しくて泣いちゃいそうだなァ!!」
「「がはっ!?」」
はいノックア~ウト。
「ウィナー俺!!」
「何の勝負やってるんですか……」
「はは、何だろな? ま、それはともかくだ。嬉しい企画立ててくれるじゃねえかよオイ」
嬉しいか嬉しくないかで言えば滅茶苦茶嬉しいに決まってんだろ。
サプライズの驚きはなかったが、俺のためにこんな温かい場所を設けてくれたことにゃ感謝しかねえ。
「――――ありがとう」
その言葉でゾンビどもも復活し誕生パーティが始まった。
「佐藤さん、誕生日おめでとうございます」
「おう」
「ホント、出会ってからお世話になりっぱなしでこんなんじゃ全然かもですが……これ、母と俺からです」
「馬鹿。気持ちだけでも十分だよ。何なら金使わせちまって申し訳ないぐらいさ。本当にありがとうな」
開けてみると中身は酒に合いそうな乾き物セットだった。
王道のジャーキーやサラミとかだけじゃなく太刀魚の干物やタコの丸干しなどちょいと風変りなのも。
「こりゃあ酒が進みそうだ」
「ええ、佐藤さんはお酒が大好きみたいだから喜ぶかなって。それとこれ、妹たちから」
「あらやだ可愛い」
海に行った時のだろう。
俺と双子ちゃんがキャッキャと喜び合ってる絵。そして海で拾ったんだろう綺麗な貝殻に小袋はクッキーかな?
やべえな、俺のトキメキゲージが一瞬で限界ぶち抜かれた。
「……藍ちゃんと翠ちゃんに伝えてくれ。オジサン、アホみたいに喜んでたってな」
はー、飾る。今飾る。これもう今からリビングに飾りまーす!
劣化しないよう時間の保護もかけて永遠に留めまーす!
だがクッキーは食べる。これは食べなきゃ失礼だからな。
「はい、必ず伝えます」
「オジサンもう胸がいっぱい……死んでも良い……」
「「死ぬな死ぬな」」
「そうだよ。次は私なんだからさ。はいこれ、誕生おめでとうオジサン!」
梨華ちゃんが笑顔でプレゼントを渡してくれる。
「ネクタイ……ネクタイ……」
「えっと、はずれだった?」
「……当たりも当たり、大当たりだよ……俺さぁ……あのさぁ……所帯持ちのね、上司とか同僚がね……」
誕生日とか父の日の翌日にね。子供からプレゼントされたネクタイつけて出社してくんの。
んでね? 俺っとこ来てね? それをね。自慢してくるの。良いだろ~? つってさ。
「めっっっっさ羨ましかったの! 梨華ちゃんは俺の子供ってわけじゃないけどさ、それでも嬉しい! めっちゃ嬉しい!」
明日からつけりゅ! つけてって自慢すりゅ!
「あはは、喜んでくれて何より。んでこれ、サーナちゃんから」
「え、サーナちゃんからも?」
「色々お世話になってるからって。忙しくて来れないからプレゼント預かってたんだ」
梨華ちゃんに合わせたのだろう。サーナちゃんのプレゼントはタイピンだった。
良いね、明日からセットで運用させてもらうよ。
「じゃあ次は私。ヒロくんお洒落さんだから好きそうな服を幾つか見繕ってみたんだけど……どうかな?」
「おっほー! 分かってるじゃん俺の好み~良い良い。ありがたく使わせてもらうぜ!」
体型は昔と比べりゃ崩れたが今でも服には気を遣ってる。
腹が出てるオッサンでも洒脱に着こなすことだって出来るんだぜ?
「ふふ、良かった」
「自分で好みの服買うのも良いけどさ。親しい人に自分好みの服を送られるのって特別嬉しいよ」
あぁ、俺のこと分かってんだなってさ。
「さて……貴様ら、ここまで上った俺のテンションを下げないプレゼントは用意してんだろうな?」
「何て態度だテメェ」
「ちょっとは謙虚になりなよ」
「お前ら相手に取り繕っても意味ねーだろ。ほら、はよ! はよ!」
「ったく……あたしからはこれだ」
おぉぅ!? これは……ライターか! ターボライターとオイルの二種類!
んで珍しい洋モクセットも! 贅沢なプレゼントしてくれるじゃないの!
「お前、喫煙者になってたからな。やけに様になってたから似合うかなって」
「サイッコーだよお前! ってかセンスあるじゃんお前!」
「そ、そうか? 正直よくわかんねーけどお前が好きそうだなって思うの選んだんだ」
「バッチシだよ! 見事にハートど真ん中撃ち抜かれたわ!」
やるじゃないの(謎の上から目線)。
「じゃあトリの私はこれを」
「洋酒セット! こりゃまた良いのを揃えて……うん?」
「あは、やっぱり気付くか」
ウィスキー、ブランデー、テキーラなど蒸留酒オンリーだ。
いや別に文句はないのだが鈴木の口ぶりからして蒸留酒で揃えた理由があると見た。
「“コレ”を使って飲んで欲しいから、さ」
「! おま……え、ひょっとして……」
「むかーし、三人で部屋で駄弁りながら洋画見てた時に言ってたでしょ? これ欲しいってさ」
ああそうだ。渋い俳優がよ。コイツで酒かっ食らってるの見て俺も大人になったらって。
正直、これ見るまで忘れてた。元々目移りし易い性質だから。
でもこのスキットルを見て少年の日の思い出が蘇った。
「そうか……覚えててくれたのか……」
あんな些細なやり取りを今でも覚えてくれていて、それを叶えてくれるって……。
「サンキュな。ありがたくコイツで飲らせてもらうぜ」
「うん。存分に楽しんでよ」
花のように鈴木は笑った。
「皆、改めてありがとう。本当に、本当に嬉しいよ」




