愛の宿にて
「……う……あたまがいてぇ」
鈍痛で目を覚ます。典型的な二日酔いだ。
見た目は普通の人間と遜色のない俺だがその頑健さは人のそれを遥かに凌駕している。
そんな人間でも二日酔いになるのか? なるのだこれが。
何時だったか光くんに言ったが超人連中の能力ってのはメンタルに左右される。
酒を楽しむという気持ちがあれば普通にアルコールも回ってしまうのだ。
俺の場合はそれだけじゃ酔えないので平常時は意図して耐性なんかを下げてるってのもある。
今回は特にだ。何せもう一人の親友との再会だからな。そりゃ酒も美味く感じるってーの。
「いま、なんじ……? ってか、どこだここ……」
覚醒し切っていないぼんやりとした頭で状況を整理する。
ぼんやりと視界に映る天井は見知らぬもの。少なくとも家ではない。加えて少し、肌寒い……俺、パンイチ?
夏だがエアコンがバッチリ効いてるのでパンイチならそりゃ肌寒く感じるわな。
「うん……? なんか、みぎうでがおもい……」
ひょっとしてあれか? 酔って一発芸リアルロケットパンチでもやらかした?
酔ってたから再生が雑になってそのせいで腕が……? いかん、何も思い出せない。
昨夜の記憶が途中から殆ど飛んでいる。
とりあえず原因を確かめようと視線をやり、
「――――」
絶句した。何でって? 鈴木の頭が腕に乗っかっているからだ。
しかもこれ……布団に隠されてはいるが見える部分から察するに裸……いや下着はつけてるか。
だらだらと汗が噴き出す。下着つけてるなら大丈夫だろって?
(……俺の場合はそうでもねえ)
何でって? 俺の数ある性癖の中にランジェリーフェチがあるからだ。
着けたままでという可能性がどうしたって否定出来ない。
“――――やったのか!! 英雄!!”
知ってるババアの顔が脳裏をチラつく。
ババアテメェ、普段はこれでもかって塩対応なのに何でちょっと楽しそうなんだよ……。
ババアさ、そういうとこあるよね。如何にも自分は大局を見てます、普通の人と視点違いますみたいな感じのくせに妙なとこで俗っぽい。
いやババアのことはどうでも良いんだ。ババアよりも先にまずは事実確認だろう俺。
(た、頼む……)
祈るように布団をまくる。
……それらしい痕跡はなかった。一発キメてたら諸々……ね? あるじゃん。
そういうのはなかったのでとりあえずは一安心だ。
再会したその夜に親友(元♂)を喰っちゃう佐藤くんは居なかったんだね……本当に良かった。
いやでも信じてたよ。佐藤くんは、佐藤くんの下半身はそんな節操なしじゃないってさ。
(しかし、そうなるとこれはどういう……?)
落ち着いて部屋を見渡すと直ぐに分かった。ここはラブホだ。
ちなみに時間は五時を少し過ぎた頃。今日は普通に会社だが時間に余裕はあるので問題はない。
普段はやらんだけでやろうと思えば通勤時間やら大幅に短縮出来るからな。
(何で鈴木とラブホに――――あ)
視線を彷徨わせ、テーブルで止まる。
テーブルの上には酒だけではなく様々な料理が散乱していた。
食べかけのハニトーを見て俺は昨夜の記憶を思い出す。
『そういやさぁ、佐藤くんって……そのぅ、ラブホテルぅ……とか行ったこと、ある?』
とろんとした上目遣いでそう質問する鈴木。やけに可愛いのがムカついた。ムカつきつつムラついた。
や、普通に酔ってるだけなんだがね。確か二件目だっけ? かなり飲んでた記憶がある。
『ラブホ~? まあ、ソムリエを名乗って良い程度には』
プロにお頼み申す時は自宅派と以前言ったが、だからってラブホを利用しないわけではない。
ワンナイトだったり何なら外回りしてる時、休憩で使うこともある。変な意味じゃなくマジの休憩ね。
俺が少数派ってことはないだろう。実際、普通の休憩に使ってる奴も居ると思う。
雨宿りとかで入ったことある奴とかも高校の時、普通に居たしな。
あと普通に遊ぶ場所としても普通にありな選択肢だと思う。
定番スポットにはなりえないがたまのちょっとした変化球程度なら全然ありよ。
『……』
『ンだよその目は』
すぅ、と目を細め咎めるように俺を見る鈴木。意味が分からん。
『べっつにー? でも、そうか。それじゃそれなりに詳しいわけだね』
『それがどうしたよ』
『いや……何だったかな……前に何かで知ったんだけどラブホテルの料理って存外、クオリティ高いらしいね』
『ああはいはい、そうね』
力入れてないとこは未だに普通に冷凍食品使ってるが力入れてっとこは専属の料理人が居たりする。
元々カラオケとかゲームとか遊ぶ場所としてのポテンシャルはあった。
多様化する時代のニーズに合わせて食に力を入れるってのはある意味で当然の帰結だろう。
ラブホ女子会、なんてのもあるぐらいだしな。
『! やっぱりそうなんだ。ねえねえ、どうなの? どんな感じ?』
『ぐいぐい来る……そんな興味あるんなら行けば良いじゃねえか』
『簡単に言うなよぅ。ラブホテルなんてところに気軽に行けるわけないでしょ』
『そうでもねえだろ~お前友達居ねえの? あ、同性のダチな。今じゃラブホ女子会なんてのも当たり前にあるんだぜ?』
『何でそんな最近の流行に詳しいのさ』
『いや最近ってほどでもねえぞ。結構前からあるし』
まあ兎に角だ。鈴木クンはラブホに興味津々らしい。
無視しても別に問題ないのだが佐藤くんは気遣いに定評のある紳士だからな。
『ふぅむ……おい鈴木、お前腹に余裕あるか?』
『? 全然あるよ~』
『なら行ってみるか? 飯が美味いホテルも幾つか知ってるしよ~』
『……良いの?』
『おう』
ってことでラブホに来たのだった。
ラブホに来た当初は……ムッツリだからな。滅茶苦茶そわそわしてたっけ。
しかし頼んだ料理が届き始めると鈴木も肩の力が抜けたのだろう。
グルメ漫画の食通みてえに食事をレポり始めた。
ケチつけるんじゃなく良い点を挙げていくスタイルなのは地味に好印象だった。
『あはははは! 佐藤くん! カラオケ! カラオケあるよ!!』
『だはははは! あるに決まってんだろ! 歌うか!?』
『歌おう歌おう! デュエットだー!!』
美味い飯、美味い酒、そりゃテンションも上りますよねっていう。
気付けば服ほっぽり出して肩組んで歌ってたっけか。
ンで十三曲ぐらい熱唱してすっかり疲労困憊。
『つかれたねぇ……』
『つかれたなぁ……』
『ねりゅ?』
『ねよう』
ってな具合にベッドイン。そして今に至るってわけか。
「う、うぅ……」
呻き声が耳に入る。隣を見れば鈴木が目を覚ましたらしい。
「あ、頭が痛ッ――――!? さ、佐藤くん……?」
「おう、起きたか。おはよう」
「お、おはよう」
かなりキョドってるがこっちは俺と違って最初から記憶はあるらしい。
直ぐに状況を理解したようだ。
「……そ、その……あんまり、見ないでよ……恥ずかしいから」
「お、おう……悪い……」
え、何この空気? 途端に気まずいんですけど。




