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大人の悲喜こもごも

 ハデス討伐の報告を入れ、仕事は終了。

 一応やるだけやったがどうなったかは分からんと伝えたが……。


『まあ、君で無理なら他の誰にも不可能だろう。お疲れ様。報酬は既に振り込んである』


 とのこと。

 俺がハデスと対峙してる時にゃもう振り込んであったらしい。

 信頼……と呼ぶにゃそこまで仲良いわけでもないんだよな。

 向こうはどう思ってるか知らんが俺からすれば仕事の依頼主以上ではないし。

 仕事を終えた俺はその足で健康ランドに向かった。


 何でかって? ……言わせんな恥ずかしい。


 湯船に浸かりながら思うのはハデスのこと――ではない。

 千佳さんだ。一か月ほど前、予期せぬ再会を果たしたわけだが……。

 あれからちょいちょい飯やら飲みの誘いが来るんだよ……具体的に言うなら週四ぐらいで。

 断れば良いじゃんって言えばそこまでの話だが、俺だって人間なんだよ。


(千佳さんになったとはいえ思い出が全て焼却されたわけじゃねえんだ)


 電話での誘いの時とかマジやばい。

 断った時の電話越しの寂しそうな声。表情も想像出来ちまう。

 無理無理。俺、あの子が悲しそうな顔してるのに耐えらんない。

 かと言ってずっぷりいっちまうのも無理。色褪せはしたけど今も瞼の裏に焼き付く俺の青い春が耐えられない。


(ただ飯行くだけなら良いんだが)


 こんなこと言うとお前自信過剰じゃね? と思われるかもだがそうじゃない。ちゃんとした証拠がある。

 まずね会う時は絶対、指輪外してる。

 千佳さんが指輪してるの最初に会社で会った時だけだよ。

 あとね、これはこないだの話なんだけど居酒屋で飲んでる時にね……見ちゃったの、パンツ。偶然ね? いや偶然かな?

 ともかく見たわけ、下着を。すっげえの穿いてた。めっちゃ興奮した。帰った後シコった。死にたくなった。

 これもう絶対そうだろ。(インモラル)(ファンタジー)への誘いでしょ。非日常に引きずり込もうとしてんだろ。

 諸々の理由で頑張って耐えてっけどよぉ。


(俺は俺を信じられない)


 どこまでやれるのかっつー話だよ。いやエッチな意味でなくてね?

 とりま今日の誘いは裏系の仕事の後始末あるからごめんで断った。代わりに明日飲みに行くことになった。


(つれえわ……)


 そう思いつつ、心のどこかで嬉しさを覚えてる俺にも自己嫌悪。

 俺さぁ、思ってたんだわ。ガキの頃、しみったれた大人を見てよ。

 冴えねえなぁ。だっせえなぁ。こんな風にはならねえぞってよ。

 でも大人になって分かった。大人って大変。次から次へと悩みがわいてくる。自分の弱さが浮彫になる。


(なあ、十代の頃の俺よ。信じられるか? 俺さ、今日さ、良い歳して漏らしたんだぜ)


 まあでも初めてじゃないがな。

 ぺーぺーの社会人の頃にも飲み過ぎて寝て起きたら……ってことあったし。


(大人になると涙腺が脆くなるってのは聞いたことあるが尿道も脆くなるんだな)


 アホなことを考えながらひとっ風呂終え、健康ランドを後にする。

 吹き抜けた四月の温かな風に思わず頬が緩んでしまう。


(飯……の前に少し歩くかぁ)


 出張と偽ってるのに普通に都内に居るわけだが問題はない。

 会社からは離れてるし、見つかっても俺が俺と分からぬよう細工はしてあるからな。


「ふぅー……」


 途中のコンビニでレモンのしゅわしゅわを三本ほど購入し、公園へ。

 ベンチに腰掛け、憎いあんちくしょうを流し込むと天にも昇れそうな快楽が俺を襲った。

 今なら多分、月に行ける。


「っべえ。マジやっべえ。俺の俺が俺で俺はどうなってんだ」


 語彙が死ぬわこんなん。

 大人の辛さを散々語っといて何だが、大人だからこそ味わえる幸せもあるよねっていう。


「飯ぃ、どうすっかなー」


 朝から乾き物ばっか食ってたからガッツリ行きたい気分だ。

 ラーメンに餃子、んでチャーハンなチャーハン。トンカツも悪くねえ。

 いや待てステーキって選択もありだ。ライスはバター……いやガーリックだな。


「でも焼肉も良いかもしれん。たっぷりの白飯に肉肉肉肉野菜はなし。ひたすら網の上で肉を焼くんだ」


 ぐてーんとベンチにもたれかかってぼんやり茜色の空を見上げながら飯に思いを巡らせる。

 傍から見りゃダメ中年そのものだが俺個人としてはかなり充実してる気分だ。

 と、その時である。


「ねえねえおじさ~ん」


 鼻にかかるような甘ったるい、媚びた少女の声が耳に届いた。

 おいおいおい、そういうのやってそうなオッサンに見えるわけ?

 軽くショックを受けつつ視線をやり、


「おじさん、一人? 良かったらさぁ、ご飯とかどう?」


 絶句した。

 内跳ね気味のショートヘアー。猫を思わせる愛らしい顔立ち。

 すらっとしたスレンダーな体つき。


(ちか、ちゃん……?)


 あの頃の彼女よりも幾分か幼いが俺の知る西園寺千景に瓜二つの少女が挑発するような目で俺を見つめている。

 歳の頃は十四、五歳ぐらいだろうか? あんまり話さないけど千佳さんは中学生ぐらいとか言ってたっけ。

 他人の空似……ってこたぁない。見た目もそうだが気配。

 千佳さんは特別な生まれで特別な力を持っている。それはポンポン生まれ出るようなものでは断じてない。

 同じ気質を持つ彼女は間違いなく千佳さんの娘だろう。


(う、うわぁ……うわぁ……)


 青春を共にした気になる女の子。

 再会してから色々な意味で複雑な関係になってる女性。


(そんな人の娘にパパでカッツな誘いをされるとか……こんなことってある?)


 俺は心で泣いた。

 何? 何なん? 俺の心を複雑骨折させてどうしようっていうのよ!!


「ちょっとおじさん、聞いてるぅ?」


 むぅ、と頬を膨らませる少女。申し訳なく思うがそれどころじゃない。

 いやね。俺も法に触れねえ範囲で結構、遊んできたから分かるよ。この子はまだ一線は越えてないって。

 やっぱね。経験すると変わるんだわ。男も女も。ちょっと擦れた感じになる。でもこの子にはそういう空気は一切ない。

 普通に飯奢らせたりとかその程度なんだろう。でも普通の中学生はそんなことしない。


(おめー、どうすんだこれ……)


 千佳さんによぉ、言えるか?

 おたくの娘が俺にパパカッツを仕掛けて来たとかさぁ。言えねえよ。

 かと言ってこのまま放置も出来ねえ。大人としてな。

 俺が釣れないなら別のオッサンを釣りに行くだろうし……何とかせにゃならんだろ。


「……お嬢ちゃん、名前は?」

「中島梨華だけど……ってかどうなの? ご飯連れてってくれる?」


 ……今日で良かった。

 裏の依頼の後はあぶく銭だから多めに現金を下ろして散財するようにしているからな。

 懐から取り出した封筒を梨華ちゃんに手渡す。


「は?」

「百万入ってる」


 その言葉にギョッとして梨華ちゃんは封筒の中身を確認。そして露骨にキョドりだす。


「あ、いや……あの、私、そういうんじゃ……」


 ここまでの金を渡されたんだ。

 そういうことをされると思ったのだろう。


「別に何も求めやしねえよ。そいつはくれてやる」

「な、なん」

「君ぐらいの年頃ならまあ、家に帰りたくないって時もあんだろ」


 俺にはそういう時期はなかった。

 ほら、あの頃の俺は主人公っぽい立ち位置だったからね。

 親が海外出張で一人暮らししてたから親うぜー、とかそういうんを感じる土壌がなかったのだ。


「でもこういうのはこれっきりにしときな。少なくともそいつがなくなるまでは止めとけ」


 じゃなきゃどこかで痛い目を見るかもしれないと言い含める。


「それとこれ」

「……メモと……名刺?」

「寝床が欲しいならそこ行け。その名刺渡せばタダで泊まらせてくれる。金は宿泊費以外の生活費に使いな」


 裏の人間が表で利用する宿泊施設だが、俺は顔が利くからな。

 俺の紹介で来た表の人間が居るなら配慮はしてくれるはずだ。

 ……西園寺千景を知っている人間に出くわす可能性もあるが、まあ大丈夫だろ。

 血縁だと分かれば俺の逆鱗に触れかねんと露骨に距離を置くと思う。


「逃げるのは悪いことじゃねえ」


 でも何時までも逃げられるわけではない。


「その内、向き合わなきゃいけない時が来る。それを忘れんなよ」

「あ」


 ポンと軽く頭を叩くように撫で、公園を後にする。


(満点の対応じゃないだろうが)


 俺に出来る限りのことはやった。


(ああでも、明日千佳さんと飲みに行くんだよな……めっちゃきまずい)


 俺の向き合わなきゃいけない時、早すぎだろ……もうちょい逃げさせろや。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 重すぎてキツくて好き。おじさん感ないおじさん主人公と違っておじさん感がすごいのも良き
[良い点] むしろよく漏らさなかったなって
[良い点] うわぁ……うわぁ… うわぁ… もうそれしか言えねえよこんなシチュエーション…
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