いつかの再会を夢見て
特典SS候補だったネタ④。
過去は大切だ。過去が現在を形作り、現在が未来を描いていくのだから。
今日は現在の佐藤英雄を構成する欠片を一つ語るとしよう。
「はー……しんっど」
佐藤英雄二十歳。彼は日々の社会生活にすっかり疲れ切っていた。
今でこそ公私共に何でも卒なくこなしているが昔からそうであったわけではない。
未だ癒えぬ離別の傷や、慣れない会社員としての暮らしは確かにその心身を疲弊させていた。
と言っても追い詰められているというほどでもない。
そも資産という意味では遊んで暮らせるぐらいにはあるのだ。社会人が嫌なら何時でも投げ出せる。
なのに愚痴りながらも続けているのは何だかんだその不自由を含めて楽しんでいるからだろう。
そして上手くいかないことばかりではなく、日々のささやかな楽しみもある。だから続けられる。
そんな二十歳佐藤のささやかな楽しみの一つが、
「よっす」
「……あなた、また来たの?」
自宅付近の交差点に居る地縛霊の少女あいりとの語らいだった。
年の頃は十七。ただ、それはあくまで享年。今も生きていれば佐藤より少し上だ。
あいりは呆れたように溜息を吐いているが、その顔には確かな喜びがあった。
「へへ、そうつれねえこと言うなって~」
へらへらと笑いながら佐藤は缶コーヒーを差し出す。
幽霊に? と思うかもしれないが霊体に飲食を可能にさせる技術も裏には存在するのだ。
「ってか聞いてよ。今日さあ」
「また愚痴? 毎回慰めてるけどおかしいと思わないの?」
「何が?」
「不慮の事故で早逝した幽霊に愚痴聞いてもらうとかおかしいでしょ。普通逆じゃない」
「俺は型に囚われない男なんだ」
「まったくもう」
他愛のないお喋りが始まる。佐藤はこの時間が大好きだった。
しかし今日は何時もと様子が違って……。
「ホントもう、しっかりなさいよ? ……私だって、何時までも居られるわけじゃないんだから」
寂し気な横顔。別れが近づいていることを佐藤は即座に悟った。
日々の語らいが未練を薄れさせた。いや、正確には前に進む意思が芽生え始めたというべきか。
佐藤は内心の諸々を胸の奥底に沈め、何でもないように笑った。
「そうだな。じゃ、今度の休みデートしようぜデート」
「はぁ? 脈絡無さすぎでしょ。何言ってるのよ」
「だってあいりちゃん彼ピどころかデートの経験すらないっしょ?」
「んな!?」
な、何故それを。一度もそんなことはと動揺するあいりだが相手が悪かった。
「カップルとか通りがかると羨ましそうな顔してんじゃん。バレバレ~」
「うぐぐ……!」
「成仏する前にいっぺんぐらいしとこうぜ? まさに冥途の土産ってね」
「あ、あんたね」
嬉しさと申し訳なさが混じった表情を見て即座に佐藤は言葉を被せた。
「俺としてもさ。あいりちゃんとは一回ぐらいはデートしたかったし」
あいりちゃんみたいな可愛い子と知り合っておきながらお喋りだけってのは生殺しだと佐藤は笑った。
「……しょうがないわね。どうしてもっていうなら付き合ったげる」
「っしゃ! じゃ、今週の日曜な。ばっちりエスコートすっから楽しみにしててよ」
約束を取り付けデート当日。
制服姿のあいりに合わせたのだろう。佐藤もブレザーを着て交差点に現れた。
「……今更だけど地縛霊なんだけど私」
「まま、そこらは俺がどうにかすっからだいじょーぶ。一日ぐらいは平気さ」
そうしてデートが始まったのだが……。
「え、釣り堀? デートで?」
初っ端から寂びれた釣り堀。
そしてその次も、
「雀荘!?」
その次も、
「落語!?」
そのまた次も若い男女がデートに行く場所としては? となるようなものばかり。
そしてそれは最後まで変わらず夜、食事に立ち寄ったのは屋台のおでん屋だった。
「……どうなのよ?」
牛筋をパクつきながらあいりがジト目を向けるも佐藤は平然とこう答える。
「楽しかったろ?」
「……それは、まあ……楽しかったわ」
「おでんも美味いっしょ?」
「美味しい、けど」
微妙な場所ばかりだがそこは佐藤。持前のコミュ強ぶりで何やかんやどこでもあいりを楽しませることには成功した。
「で、でもデートって言うなら」
「分かってる。だからそういうのは次な」
「ぇ」
呆気にとられるあいりに佐藤は優しく語り掛ける。
「成仏したってそこで終わりじゃない。あいりちゃんはクリスチャンってわけでもないからな」
その魂が向かうのは輪廻転生の概念が根付く日本の冥府。
そして恐らくは次――生まれ変わりがあるというのが佐藤の見立てだった。
「また会えるさ」
旅立つのなら未練と共にではなく、希望を友に。それが佐藤なりの手向けの花だった。
「ッッ……!」
そこでもう、箍が外れたのだろう。あいりの瞳から涙が溢れ出す。
「わ、私……死んで、つらかった、くるしかった……まだ生きてたくて……でも、英雄に会えて――――」
その言葉を遮るように佐藤はあいりの額に軽い、触れるだけのキスをした。
「デートだからな。こんぐらいの役得はなくちゃ。唇は次の楽しみにしておくよ」
茶目っ気たっぷりに笑う佐藤。
さよならはせめて笑顔で。その意図が分からないあいりではなく……。
「馬鹿ね。私のファーストキスはそんなに安くないんだから」
彼女は溢れる涙はそのままに晴れやかな笑顔を作り何時もの調子で答える。
そして佐藤の返答を待たず……この世を去って行った。
「……そこは俺の腕の見せ所ってね」
佐藤は少しだけ、泣いた。
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