地元の花子さん⑧
「ふぅ。フェイ子さんのお陰でインスピレーションを得られました。ありが……おっと」
オタク特有の長広舌を終え感謝を告げようとするが、それを遮るようにフェイ子が仕掛けた。
長文垂れ流してる間に仕掛けておけというのは仰る通りだがフェイ子は常識人なのだ。
いきなり戦いの最中におかしなことを口走る輩がいればそりゃ動揺する。
そもそもからしてリズムを崩されまくっていたのだししょうがない。
「くっ」
咄嗟に積層結界で拳を防ぐが威力を殺し切れず吹き飛んでしまう。
フェイ子の外骨格は予想以上の出力を持っているらしい。
「さっさと倒れなさい! あたしからすりゃあんたは最強の前座でしかないワケ!!」
フェイ子の当初の目的はジモ子の抹殺だが佐藤が居る以上それはもうどう足掻いても不可能だ。
ゆえに己が証を立てるため佐藤に挑むことを決めた。
悪役令嬢との決戦にはフェイ子も参加していた。佐藤の埒外の力は痛いほど理解している。
それでも尚、心折らずに傷を刻まんとする気概を燃やしているのだから大したものだ。
「前座ですか。それは流石に過大評価でしょう。佐藤さんの前座を務めるなら宇宙一つ破壊するぐらいからじゃないと」
嵐のようなラッシュを結界で防ぎ続ける。
合間合間で反応装甲のような結界を挟み反撃も挟んでいるがまるで効いていない。
攻撃力もさることながら防御力もかなりのものらしい。
致命になるような攻撃はまだ食らっていないがこのままではやられてしまうだろう。
真っ向勝負をするならカイザーを使わねばまず勝てない。
そう分析しつつもカワサキは冷静だった。
「私は結界術を得手としています」
「は? いやそんなの最初の異界形成の手管を見れば分かるし」
突然の発言にも律儀に答えるあたり実に生真面目だ。
「では結界とは何か分かりますか?」
「何って」
「バリア、というイメージが強いでしょう。もしくは何かを封じるためのもの」
だがそれは結界の本質ではない。
「隔てる。それこそが結界の本質。そして隔てるためには境界を見極めそこに楔を打ち込む必要があります」
自分と自分に迫る攻撃の間に。その程度の雑な認識でも結界は形成できるが優れた結界師は違う。
より正確に境界を見極めることが優れた結界師の条件でありカワサキは特別優れた結界師であった。
「――――こんな風に」
「!?」
カワサキが軽く腕を振るうやフェイ子の外骨格のあちこちに光の板のようなものが突き刺さる。
そして彼女が指を鳴らすと外骨格が跡形もなく砕け散った。
「なん、で」
浄化の気が込められた何かなのは分かった。
しかし天骸蟲毒を完全破壊できるほどの力はなかったはずなのに。
動揺するフェイ子にカワサキは言う。
「針程度の穴でも千、万と数が増えれば話は別でしょう?」
細かな楔を寸分違わず外骨格の繋ぎ目に打ち込み形成された結界はコスト以上の成果を齎した。
これはただそれだけの話なのだ。
「あなたも中々の結界術をお使いになるようですが些か学びが足りなかったようですね」
怪異の特性ゆえだろう。
今の世の道理と隔たった存在であるからこそ特に何を意識せずとも高度な結界が作れてしまう。
理論ではなく感覚優先で事足りてしまったからカワサキのそれを理解できなかった。
「そしてこの迷宮結界の境界もほら、もう解析が済みました」
パリン、と硝子が砕け散るように迷宮結界怨環が砕け異界成城の風景に戻った。
怨環は呪術の発動に必要な負念の循環効率を上げるだけでなく外付けタンクの役割も担っていた。
それが綺麗さっぱりなくなったのだからフェイ子の出力は大幅に減退してしまった。
その状態で殆ど消耗がないカワサキを相手取るのは自殺行為。殆ど詰んでいる。
それはフェイ子も理解していたが、
「だから何!? あたしは最後の最後まであたしだ!!」
「急にキレるじゃないですか」
防戦に徹しつつカワサキは虚空を見やる。
(そろそろだと思いますが)
今回の依頼の決着について佐藤とカワサキは二つのパターンを考えていた。
一つは普通に討伐し終わらせること。
一つは言葉にしなかったジモ子の意図を酌み取り穏当に終わらせること。
フェイカーズを分断させたのは後者のためでもあったのだ。
同じ思想の人間が固まっていればどうしたって思考は硬直しがちで他の言葉を受け入れ難い。
だから分断させ一人一人と向き合うことで思想の差異や人間性を見極めることにした。
仲間を一人でも殺されたのなら話し合いなど望めるはずもないが一人でも話が分かるのなら穏当な決着も不可能ではないからだ。
「お、来ましたか」
「こ、この真心をお届けしてくれそうな音楽は!?」
楽し気なBGMが異界成城に響き渡り天空からそれは舞い降りた。
「どうも。あなたの暮らしのパートナー、佐藤英雄です」
【貴様どんだけ気に入ってるんだ……】
「こんなオッサンが世界最強なのはすっごいもやる……」
「それな」
佐藤と首無しライダー、リカちゃん人形、口裂け女だ。
「あんたら、何で」
仲間たちが裏切った、などとは考えていない。
だからこそ佐藤と一緒に居ることが理解できずフェイ子は唖然とする。
「よォ、ライダー。後は任せて良いよな?」
【ああ。任せろ】
「ん。じゃ、カワサキ。俺らは一足先に出るべ」
答えを待たず佐藤はカワサキと共に現実の成城へ転移した。
「良かったんです?」
「部外者が居たら変に拗らせそうなタイプだったしなフェイ子さん」
「あー……それは確かに」
「ま、アイツらなら大丈夫さ」
カラカラと笑う佐藤を見ていると確かにそう思えてくるから不思議なものだ。
「んで、お前さんはどうよ?」
「お陰様でインスピレーションを得られました」
「そりゃ重畳。俺としても嬉しい限りだよ」
我が事のように嬉しそうな佐藤。
カワサキはこの父性を感じさせる笑顔が堪らなく好きだった。
抱き着けばどんな時だって受け止めてくれる。疑いもなくそう思えるような包容力がこの上なく響くのだ。
「佐藤さん」
「ん?」
「私、佐藤さんのこと大好きですよ!!」
「はは、ありがとよ」
わしわしとカワサキの頭を撫でる佐藤だが、
「さて。そいじゃお前のパンチラ映像を拝ませてもらうか」
普通に最低だった。
◆
「ふぃー……」
帰宅後。俺は自宅のベランダで煙草を吹かしながら人を待っていた。
今日は朔ちゃん、梨華ちゃんとこでお泊り会らしいのでちと寂しい。
「――――待たせたわね」
虚空から現れたジモ子さんがふわりとベランダに音もなく降り立った。
「そうでもないさ。で、どうだった?」
聞くまでもないとは思うが一応な。
「……一先ず、フェイカーズは活動休止ということになったわ」
「ほう」
「あなたのお陰よ英雄」
曰く、首無しライダーが中心となりフェイ子さんを説得したとのこと。
「『唯一ではないという苦しみを一時でも忘れることができた。ならば我々の救いは他にもあるのかもしれない』だって」
自分たちは世界を知らない。世界を知らねば己も分からない。
俺という存在に行き会って首無しライダーは絶えず己を苛んでいた苦しみを一時でも忘れられた。
これは自分だけの救いなのか? 仲間たちにだって同族を殺す以外他の道があるのでは?
と提案して同じ苦しみを共有する仲間からの言葉ということでフェイ子さんも最終的にそれを受け入れたそうな。
「なるほどね。だが」
「勿論、それで何もかもが解決するわけじゃないわ。あの子たちは既に行動に移している」
フェイカーズは既に幾らか同じ都市伝説を殺っている。
そいつらの友人なんかが恨みを抱いてたりもするだろう。
一旦活動を止めたからとて火種が完全に消えるわけではない。
「だからまあ、私もできる範囲で力になるつもりよ」
「ふむ?」
「な、何よ」
怪訝な顔をする俺にジモ子さんがムッとする。
「ジモ子さんがお人好しなのは知ってるがえらく入れ込んでるなと」
殺したくはないという本音は俺も読んでいた。
だがそこまで。殺さずに事が収まれば後はもうノータッチだと思っていた。
フェイカーズだって気まずいだろうし、ジモ子さんほどの女がそれを察せないはずもない。
だからそこで距離を取るだろうと思っていたのだが……。
「……はあ。あんたってホント」
「何何何なのさ」
呆れたようなそれでいてどことなく嬉しそうな。
ちょっとその表情の理由が俺には読めない。
「そりゃまあ、入れ込むわよ。私だって似たような葛藤を乗り越えて今があるんだもの」
「え」
ぽろっと煙草を取り落しそうになった。
ジモ子さんとの縁は小学校卒業で一度途切れたけど……。
俺に出会う前か、一度縁が途切れてから再会するまでの間にそういうことがあったのか。
「あんたのお陰よ」
「お、俺ぇ?」
え、まるで心当たりがないんですけど。
「まあ、覚えてないか。色々鋭いつってもあんただって小学生だったんだし」
「え、昔? 小学校の頃の話なん?」
「そうよ。私は私で己という存在について色々悩んでたの」
「マジか」
そりゃ俺も小学生の頃のことだもん。何もかも覚えてるってこたぁねえよ。
だが友人が深刻な悩みを抱えている様子とかなら忘れねえと思うんだが……。
「五年生の時、夏休みに入る十日ぐらい前だったかしら。あなた夜の学校に忍び込んだでしょ」
「えーっと……ああはいはい、あったなそんなこと」
確かテレビでやってた怖い話系の番組に触発されたんだったか。
それで深夜の学校に凸った覚えがある。
そうだ。そこで忘れ物を取りに来たってジモ子さんと会ったな……うん?
「でも特に変わった様子は」
何を話したかはまるで覚えてない。けど他愛もないようなことだったと思う。
そんで二人で手ぇ繋いで肝試しして普通に解散したよな。
「気付いてないだけ。あの時確かに私は悩んでて英雄がそれを乗り越える切っ掛けをくれたのよ」
「何? 何なの? 何言ったの俺?」
「教えない」
「何でさ!? 未来の文化遺産佐藤名言録に載せさせてよ!」
ガキの頃からビッグだった俺をアピールさせてくれや。
「何よ佐藤名言録って……どんなの載ってるわけ?」
「――――ワンピースは実在する!!!!」
「あんたの名言じゃないでしょ。何勝手に借用してんのよ。訴えられるわよ」
「いや正確には男が妄想する濡れ透けワンピースは実在する!!!! だからセーフ」
「セーフじゃないわよ。というか意味わかんないんだけど」
「ジモ子さんに伝わるかどうかは分からんが男にはあるんだよ。理想のシチュが」
季節は夏。場所は田舎。親の帰省に付き合ってジジババん家に帰ったとかな。
突然の雨に降られて寂びれた屋根付きのバス停に飛び込むの。
んで雨やまねえな……とかぼやいてたら白いワンピースを着た可愛い女の子が同じく雨宿りにやって来る。
参ったな。そうね。なんて自然と雑談が始まるわけよ。
狭いバス停だ。自然と距離も近付く。そこで俺は気づく。あれこれ透けてない? ってね。
「青少年のピュアハートとアンダーハートがギュンギュン刺激されるわけよ」
「……」
「まあまだ語りたいことはあるが一晩かかりそうだからここらで打ち切るわ」
兎に角だ。
そういうシチュに憧れていたが同時にそんなことはまずねえだろうなと思っていた十四の夏。
あったよ。あったんだよ。母方の田舎に帰省した時にそういうことがさ。
「こっだら別嬪さん見たことねえべやってレベルの子でさあ」
夏休み明け、宣言しちゃったよね。ワンピースは実在するって。
「あんたって……」
「つーわけで語録充実に協力して欲しいんだが?」
「しない」
「何でだよ!?」
「英雄が覚えていないのはあんたにとってそれは特別でも何でもなかったから」
「それはまあ、そうだろうな」
わざわざ記憶するまでもないってことだし。
「だから、よ」
クルリとジモ子さんは俺に背を向け語る。
「私はあんたの一々気に留めるまでもない“当たり前”の心に救われたの」
ジモ子さんは軽くこちらを振り向き、
「だから、言わない」
晴れやかに笑った。
ドキリと胸が弾むような、綺麗な笑顔。
「……っぱジモ子さんって初恋泥棒だよな」
今も小学校に居て子供らに混ざってたら何人のダンスィがその心を奪われたことか。
「……あんたに言われたくないっつの」
「あん?」
「何でもない。それより、今日は飲みたい気分なの。付き合ってよ」
「ん、良いぜ」
一先ず、今宵の寂しさは紛れそうだ。
今回の話はこれで終わりです。お付き合い頂きありがとうございました<m(__)m>
また何かネタが思いついたりご報告することがあれば投稿しますね。




