地元の花子さん⑦
佐藤と首無しライダーが暴走族漫画のノリでバチバチやっている一方、
「怨環!!」
カワサキとフェイ子は実に正統派の術師バトルを繰り広げていた。
準備運動の軽いじゃれ合いの後、先手を取ったのはフェイ子。
「ほう。迷宮系の結界ですか」
異界成城の街並みが彼女の編み上げた結界により古ぼけた不気味な校舎のそれに変わる。
カワサキが作った異界そのものを上書きしたわけではなく内部にワンサイズ小さな結界を作っただけ。
とは言えだ。
「大したものですね。他人が主導権を握っている結界内部でこれほどのものを」
言いつつカワサキは廊下の中央に佇んだままぐるりと周囲を見渡す。
フェイ子の姿はどこにもない。感知にも引っかからない。術師の手本のような立ち回りだ。
「しかもこれ単なる檻ではなく……ふむ、なるほど。リング、円環、名のごとくですか」
カワサキは即座に結界の効果を看破した。
迷宮系の結界は主に相手を閉じ込めるのを目的に作られるがこれはそれだけではない。
いやむしろ閉じ込めるのが副次効果と言うべきか。
迷宮系の鉄板であるループ構造にアレンジを加えることで呪いの循環効率を上げているのだ。
呪術に用いられるエネルギーは術者の負の感情である。だがそれは使い減りしない無限のリソースというわけではない。
怒りや憎しみを持続させるのが難しいように使えば使うほどに目減りする。威力の高い呪術ほど消費は顕著だ。
佐藤のようにライトな悪意(悪ふざけ程度)を増幅させるなどのインチキでもしない限り乱発はできない。
ゆえにフェイ子は少しでもコストを減らそうと呪いの消滅と共に霧散するエネルギーを回収するフィールドを作り出したのだろう。
100%循環させることは不可能でも、かなりの節約になるはずだ。
【訳知り顔で……その余裕が何時まで続くか見ものね――呪音!!】
教室のスピーカーからフェイ子の声が聞こえたのとほぼ同時だった。
ラップ音、不気味な笑い声、ホラーに出て来るようなありとあらゆる“不吉な音”。
それが物理的な破壊を伴い津波の如くにカワサキ目掛け押し寄せる。
「これはこれは」
物理的な守りに遮音も加えた結界で攻撃を防ぐ。
音が乱反射する屋内に留まるのは少々よろしくないかとカワサキは教室に駆け込みそのまま窓を破って外に脱出。
しかし、
【やれ! 恐怖人形!!】
それも狙い通り。
カワサキが脱出すると同時に校舎から無数の人形が飛び出した。
市松人形、ビスクドール、人体模型、二宮金次郎像、ホラーに出て来る人形軍団だ。
「ふむ。折角ですし使いますか」
だがカワサキは焦らない。物量による攻撃などロボットアニメでは日常茶飯事だからだ。
カワサキは腰の刀を抜き軽く刀身を一撫でして迫り来る人形軍団を迎え撃つ。
踊るような殺陣は見惚れるほど美しい。カワサキは術者ではあるがロボアクションのために剣術も嗜んでいるのだ。
飛んだり跳ねたりを意識しつつ刃を振るっていると、
【……あのさあ】
呆れとイラつきが混じった声がスピーカーから放たれた。
カワサキが何です? と聞き返すと、
【――――さっきから気になってたんだけどそのドローン何!?】
カワサキの周りをうろちょろしているドローンが気になるようだ。
「あ、これですか? 佐藤さんがお作りになられたドローン“シュガたん”です。
『戦うタイプの和風ホラーヒロインなら戦闘シーンは見てえよな~』とのことでして」
ちなみにこの場における最高戦力はシュガたんである。
カワサキとフェイ子が手を組んだとしてもシュガたんを破壊することは不可能だ。
【嘘だし! 絶対嘘だし! だってそのドローン、ちょいちょいローアングルから撮影してるもん!!】
「それもコミですから」
【…………はい?】
佐藤さんが言うにはと前置きしカワサキは語る。
「『っぱさあ。エロなのよねエロ。黒いパンスト越しの純白パンツを見てえワケ。
……いや違う待てやめろスカートをまくり上げるんじゃない。いや嬉しいよ見たいよでもそうじゃないのよ。
そういうのも好きだけど今俺が見たいのはそうじゃない。あのー、何だろ。非日常?
シリアスなバトルの中でめくれ上がったスカートとその先のパンツを見たいの。
いやそんなのに気を取られてる場合じゃねえだろみたいなシチュでのパンツが見たいんだ。
だからドローンを配置させてくれ。バトル展開の中のパンチラに加え盗撮気分も味わえるから。
いやね、最近俺の中で盗撮もののAVが熱いのよ。だからついでにね』――とのことです」
一字一句違わず佐藤の発言を伝えると、
【最低なんだ!!】
いやもう仰る通りで。
【というかあんた正気!? 女の子でしょうが!!】
「いや私だって誰彼構わず殿方に下着を曝け出すような馬鹿じゃありませんよ」
【最強、どう考えてもカスじゃない!! 誰恥じることのない糞野郎よ!!】
「ふぅ、やれやれ。あなたに私と佐藤さんの何が分かるというのか」
リアクションが完全に聞き分けのない子供に対するそれだった。
「私は佐藤さんが大好きだからこれでいーんですぅ」
べー、と舌を出す様は完全に子供のそれだった。
「というか殺す相手の心配とか意味あるんです?」
【……もう良いし!!】
「そうですか」
あっさり会話を打ち切りカワサキは最後の人形を斬って捨てた。
かなりの物量だったが量産機はエースには勝てぬ定めなのだ。
「で、これで終わりですか?」
【く、クク……アハハハハハハ!! 馬鹿ね! この程度で終わりだと思っ】
「あ、そういうことですか」
良い気分で解説に入ろうとしたフェイ子を遮りカワサキがポンと手を叩く。
「殺す、壊す、その行為に負の念が伴わないわけがない。少なくとも殺される側、壊される側には」
人形による物量攻撃は大技への仕込みなわけだ。
人形の軍勢を形成するのに使った負念を増幅させて還元する仕組みなのだろう。
「消費より還元量が勝っていますが佐藤さんじゃあるまいし制限つきの何かがあるんでしょうね」
「……」
乱発できる札ではないのだろう。
「で、合ってます?」
【……合ってるわよ畜生!!】
つくづく噛み合わない女だと吐き捨てフェイ子は姿を現す。
校舎にかかった時計の上に立つ彼女の下に人形の残骸が吸い込まれていく。
カワサキはそれを阻止しようとすることもなくじっと見守っている。
余裕もあるが、それ以上にインスピレーションを得られる予感がしたからだ。
「!」
「ふふん、流石にこれを見ればあんたの余裕も崩れるか」
それは一言で表現するなら残骸で組まれた外骨格といったところか。
五メートルほどのサイズでちょっとしたロボットのようにも見える。
「――――怨念兵装四式・天骸蟲毒」
ぷるぷると体を震わせるカワサキに向けドヤ顔で決め台詞。
十中八九、これがフェイ子の切り札なのだろう。
中学生男子的なネーミングはさておき実際、よくできている。
怨輪から今に至るまでの立ち回りは実に堅実で教本のようだ。
だがカワサキにはそんなことどうでも良かった。
「――――アリアリのアリですねえ!!」
「……は?」
顔を上げたカワサキはむふふと笑いながらまくし立てるように言う。
「スナイパーライフルなど用途に合わせた武装を持たせたり背負いものとか小さな変化でバリエを出すのも好きですがそういう派手なのも私、大好きです!!
何が良いってフェイ子さん! デザインが良いです! 歪に繋ぎ合わされたそのデザインにドラマを感じます!!
時間的猶予がない中、敵拠点への強襲を成功させねばならず廃材で無理くり追加装備をでっち上げたんですかね!?
あなたの天骸蟲毒からはそんな詫び寂びを感じます! パージは、パージはありますか!? ありますよね!!」
カワサキは思った。依頼を受けて本当に良かったと。
次で今回の話は終わりになります。




