地元の花子さん①
「なるほど。それで観始めたらすっかりアンパンさんにドハマリしてしまったわけですね」
「ああ。高橋と千佳さんの言う通りだった」
その日、俺はカワサキと裏のランドーマークである東京世界樹の天辺で夜景を見ながら駄弁っていた。
スランプだそうで気晴らしに付き合って欲しいと言われたのだ。
それで何だって世界樹の天辺にって? そりゃお前馬鹿と煙は何とやらって言うだろ。俺もカワサキも高所は大好きだ。
「アンパンさんは劇場版どころか週一でやってる方も普通におもしれえ。大人の鑑賞にも耐え得る見事なアニメだよ」
子供向けだからこそ健全に育つために必要な教訓が織り交ぜられている。
しかし説教臭くはない。アニメ。子供が楽しむものであるというラインは決して外していない。匠の技じゃんね。
すっかりハマっちゃって最近はスーパーのガチャポン回したりもしてるぐらいだ。
「ってかお前アンパンさん知ってるんだな」
ロボアニメにしか興味がないと思っていた。
俺がそう言うとカワサキは心外ですねえとコロコロ笑った。ホント、童女みたいに笑うよなコイツ。
「私だって多くのキッズと同様、アンパンさんを経て育ってるんですからね」
「偏見かもだが良いとこのお嬢様だからアニメとか観ないと思ってた」
「いや実際間違ってませんよ? 少なくともうちに関しては」
アンパンさんやらのバイオレンスやエロなどのない国民的ご長寿アニメぐらいしか観るものがなかったとのこと。
……そんなお堅いご家庭で生まれた女が今やロボキチになってんだから人生わっかんねえよなあ。
「それに私もアンパンさん――より正確に言うならバイキンくんは嫌いじゃないですし」
「ほう」
「バイキンくん、奴は良いメカニックですよ。ええ」
コイツはどの立場でもの言ってんだ。
いやでも確かにメカも結構出て来るなアンパンさん。
バイキンくんが使ってるのが有名だろう。
まあロボつってもバイキンくんモチーフの如何にも子供っぽいアレだが。
「カワサキ的にはああいうロボもアリなん?」
「アリアリのアリですね!」
「おや即答」
「デザイン、ネーミング、全てにおいて90点代後半はアゲてもよい出来かと」
「しかもめっちゃ高評価」
「ちゃんと視聴者のニーズに合ったタイプのロボですからね」
「というと?」
続きを促すとカワサキはむふーと若干鼻息を荒げながら語り出した。
「アンパンさんを観ているのは小さい子供です。
となるとロボそのもののカッコ良さよりも分かり易さ覚え易さを優先するべきでしょう。
そういう意味でバイキンくんをモチーフにしたデザインは実に適切と言えます。ネーミングもそう。
アルファベットと数字が混ざった型式、神話や英雄譚などから拝借したものを使うのは視聴者的にはまだ早い。
バイキンくんの名前をもじったり用途や特徴を示す簡単なワードを使うというのは正しい」
視聴者に受け入れてもらえるよう考えて作られたロボはそれはそれで魅力的なのだという。
そう言われると何だか俺も好感度上がっちゃうじゃないか。バイキンくん、君は気遣いの男なんだな。
「ふむ」
ひとしきり熱弁し終えたところでカワサキが思案顔になった。
どうしたんだと聞いてみると、
「よくよく考えると大人になってからアンパンさんを観る機会はなかったなと。
ロボやメカ単体は画像などでチェックしていましたがアニメそのものは観ていませんでした。
画像で分かることもあるにはありますがアニメならやはり動いているところを観るのが一番です」
スランプ脱出の手助けになるかもしれないし久しぶりに観てみようとカワサキはうんうん頷いている。
「そういやスランプって聞いてたがカイザーの改修が上手くいってないのか?」
「ああいえカイザーは一旦お休み中で今は新作を作ってるんです」
「ほう新作」
「ええ。ほら、悪役令嬢との戦いで宇宙に飛び出したじゃないですか」
「ああ」
その節は大変お世話になりました。
「いえいえ。以前佐藤さんには宇宙に連れて行ってもらいましたがやはり自分の駆る機体でというのは初めてなわけで」
もじもじと恥ずかしそうに内股をこすりつけるカワサキ。
ああはいはい、何となく何が言いたいか分かったわ。
「感じるものがあったと」
「ええ。スーパー系でも宇宙を舞台にというのは多々ありますが個人的に宇宙という場が“似合う”のはリアル系だと思うんです」
「だからリアル系で一機、何か作りたくなったわけだ」
「はい!」
「お前のことだから多分、作ってるのは量産機だろう」
「流石は佐藤さん! 私のことをよーく理解してらっしゃる!!」
両手を口元に当てキャッキャと笑う。
そりゃ分かるとも。何だかんだ解説つきで色んなロボアニメをマラソンしてるからな。
カワサキは主人公やネームドが乗るいわゆる専用機も好きだがリアル系はどちらかと言えば量産機の方が好きな女だ。
「で、どこで詰まってんの?」
「バリエーションですねえ。素体となる機体は完成したんですけどそこからどうも」
「ああ、高機動やら寒冷地仕様。火力特化型とかそういうアレか」
「はい。素体に背負い物とかを追加する感じで考えてるんですがそこのデザインがどうも」
変に凝り過ぎれば量産機の詫びさびが消える。
しかし目立たなさ過ぎるのもそれはそれで寂しい。
丁度良い塩梅のデザインが中々思いつかないとのこと。
「普段なら悩んだ時はスパっと切り替えて更に別のことに手を出して気を紛らわせるんですがどうもそんな気にもなれず」
移り気、とは言わない。趣味なんてのはそんなもんだ。
義務を負っているわけでもない。気楽に、好きなように取り組めば良いと思う。
などと考えながら茶を啜っていた俺だが、
「時は有限だと分かっていたら少しでも心を満たすためあれもこれもと気持ちが切り替えられるんですがねえ」
うん?
「時の停滞によって制約がなくなってしまったからでしょうか。どうにも上手いこと割り切れなくなっちゃいました」
続く言葉で盛大に茶を噴き出してしまう。
「おま……!?」
「ああ、そのリアクション。やっぱりループしてるんですね」
「……カマをかけたのか?」
いやだがカマをかけるにしてもだ。仮説がなくばそうはなるまい。
一体どうやってこの日常時空に気付いたんだ?
俺の疑問を察したのだろう。カワサキがほにゃり顔で茶を啜りながら答えてくれた。
「明確な物証などはありませんよ。というかこうしてお墨付きを頂いた今も狂った時間の流れを感知できているわけではありませんし」
何なら本当にループしているのかと疑ってすらいると言う。
ならば一体どこから時間がループしているという発想が出て来たのか。
「思考の変化ですよ」
「思考の変化?」
「さっきも言いましたが私、普段なら悩んだ時はスパっと脇に置いて別のことに手をつけるんです」
超人ゆえ只人に比べれば寿命も長いが、しかし何もかもを果たすにはそれでも短か過ぎる。
だからこそ時を無駄にしないためにもあちこちに手を伸ばすというのがカワサキのスタンスなのだとか。
この辺は人によりけりだろう。時間が有限だからこそ一つに専心するというのも間違いではないし。
「なのにそんな気になれない。おかしいでしょう。自分の考えが大きく変わるような出来事があったわけでもないのに」
悪役令嬢との戦いは一大イベントではあったが……まあ人生観を変えるようなものではなかったか。
むしろこれまでの考えをより確かなものにするようなイベントだったと言えよう。
何時あんなのが現れ世界が終わるか分からない――というか一度世界滅んだわけだし。
「寿命どころか先に世界が終わるかもしれないような出来事に行き合ったのにも関わらず私の考え方が変化した。
何が原因か。私のそれは時は有限であるという考えが根底にあればこその在り方です。
なら解消されてしまったからでは? と考えました。時間の問題が解決したと仮定するなら可能性は幾つかあります」
肉体面の変化。不老不死とかだな。
「ええ。しかし私は変わらず私のまま。己に変化がないのであれば環境の方が変わったと考えるべきでしょう」
「……それで時間の方に異常があった可能性に思い至ったってわけか」
一見筋が通っているように見えるがやはり突飛だ。思考が飛躍し過ぎてる。
が、天才というのはそういうもなのだろう。何せ独力で宇宙のあれこれにも辿り着いてたしな。
「はい。その場合でも幾つか可能性はありましたが一番それっぽそうなのがループだったので」
良い機会だし聞いてみたのだとまるで邪気のない顔で笑う。
(やっぱやべえなこのロボキチ)
つくづくあの時の俺ってファインプレーだわ。
書籍化の情報についてあまりお知らせできず申し訳ありません。
しっかり進んでいるのでもうしばらくお待ち頂けると幸いです。
今回の話は続きものでタイトルから察しがつくかもですがトイレの花子さんのお話です。
少し前、子供の頃見てた花子さんのアニメをまた見る機会がありましてそれでこう、むくむくと書きたい欲が……
あ、今日はもう一話19時に投稿します。




