チート野郎VS悪役令嬢⑧
「こほん! とまあそういうわけで改めてお詫びを」
妙な空気を仕切り直すように咳払いをし、これまで騙していたことを謝罪する。
真っ先に反応したのは梨華さんだった。
「いーよ別に。だってさ、サーナちゃん私らのこと大好きでしょ?」
「……それは……はい、とても好ましく思っています」
「最初の理由が何であれさ。今、サーナちゃんが私たちを大切に思ってくれてるなら私は別に言うことはないかな」
二人どう? と男性陣に話を振ると、
「言いたいことは全部、梨華ちゃんが言ってくれたかな」
もし何か言うことがあるとすればこれからもよろしく、かな?
と暁くんは優しい笑顔を見せてくれた。
「私も概ね二人と同じだけど…………この度は英雄おじさんがとんだ真似を」
綾瀬さんはその場で土下座。
慌てて頭を上げるように言うも、
「いやだって……まずいでしょこれは……セクハラとかそういうレベルじゃないもの……」
「タナトスやその他は自業自得ですし」
「いやでもサーナちゃん五歳なんでしょ? 五歳児にこんなん見せ付けるとかアウトも極まってるよ……」
背後に私が居るのを知らなかったとは言え有罪だと綾瀬さんは言う。
「そこもほら、タナトスらを掌握し切れていなかった私の責任ですし」
マジで気まずいから頭を上げてくれと懇願するとようやく頭を上げてくれた。
「それで、えーっと……何? 私たちはどうすれば良い?
オジサンに口利きすれば良いのかな? 死神さんたちをどうにかしてあげてって」
梨華さんが空気を変えるようにそう切り出すがそれは違う。
「いえそこは別に」
「お嬢様!? え、そのために呼んでくださったんじゃないんですか!?」
「なわけないでしょう」
友人の善意を利用するような真似をするなど恥を知りなさい恥を。
ただでさえ外見が恥の極みみたいなことになってるんだから中身ぐらいは貞淑になさいな。
「い、いやでもサーナちゃん……流石にその、厳しくないかな? 俺たちに出来ることなら」
暁くんはつくづく気遣いの男だ。
厳しくないか、主語を抜かしているのは優しさだろう。
ドストレートに「痴女が生活圏内に居るとか地獄だろ」と言わないその姿に私“優”を見ました。
「待って光くん。君の言うことも尤もだけど私たちの口からってのはよろしくないかもしれない」
「朔夜さん?」
「英雄おじさんは確かに私たちに甘いけど譲らないところは譲らない」
綾瀬さんが気まずそうにタナトスを見る。
「あなた方のしていることは幼い王を傀儡にして悪政を敷く奸臣と何一つ変わらない」
「何を……!!」
「あなたがどう思うかじゃない。第三者がどう思うかだ」
怒りを露わにするタナトスに綾瀬さんは冷たく言い放った。
彼我の実力差は肌で感じているはずだ。
今も怒気と共に死を司る神の圧が漏れ出ていたが表情一つ変えない。
このあたりの肝のすわりっぷりは……なるほど英雄さんの血縁なのだろう。
「サーナちゃんの背景を知ればまず間違いなく英雄おじさんは不快感を示すだろう。
その上、子供に謝罪をさせて許しを乞おうなんて……逆に今より酷い目に遭うんじゃないかな」
「…………そう言えばあの時佐藤さん、冥府全体を風俗店にするとか言ってたような」
暁くんの顔が盛大に引き攣っている。
やるかやらないかで言えば確実にやると思ったのだろう。
「あのー、タナトスたちのことはどうでも良いんでそろそろ本題に入って良いでしょうか?」
「あ、そうだ。これどうにかして欲しいってことじゃないなら何で……」
打ち明けたのか。梨華さんの言いたいことは分かる。
「前提です。これからお話する内容。
何故、それを私が知っているのかを理解してもらうために氏素性を打ち明けたんです」
……まあ、これ以上隠し事はしていたくないという私情もありきですがね。
「前提の話がコッテリ過ぎる……お茶請けで家系ラーメン出されたようなもんじゃん」
「それはすいません」
「えっと、それでサーナちゃん……本題というのは?」
問われ、私は小さく深呼吸をしてから切り出す。
「既に一度、世界が滅びたと言えば皆さんは信じますか?」
「「「は?」」」
「そして約三週間後に再度、滅ぶかもしれないと言えば皆さんは信じますか?」
信じられないでしょう。しかしそれは揺るぎない事実なのだ。
私は包み隠さずこの世界が置かれている立場を語った。
……三人の顔色は優れない。そりゃそうだ。子供が受け止めるには重過ぎる事実だ。
英雄さんはこういう思いをさせたくなくて黙っていたのだろうが……ごめんなさい。
私は私の正しいと信じることをさせて頂きます。
「私がこの事実を打ち明けたのは納得出来なかったからです」
何も知らぬまま終わるのも、何も知らぬまま続くのも。
どちらに転ぶにせよ抗うかどうかの選択肢は与えられるべきだ。
「だってそうでしょう? 戦わないにしても……無責任じゃないですか」
何も知らないまま誰かに任せるなんて。
戦わない選択をしたならどれだけの不安を抱えようと、終わるまではそれと付き合うべきだ。
「…………一つ、良いかな」
「何でしょう綾瀬さん」
「戦う、という選択肢が私たちにあるのかい? 私たちが戦いに加わっても……」
「意味などないと? そんなことはありません。意味はあります。ちゃんと戦力になれます」
細かい理屈を説明すると長くなるし……ああそうだ、良い例えがある。
「戦いにおける英雄さん以外の参加者の役割はあちらが連れて来る軍勢を相手取ること。
数は何十、何百倍……あるいはそれ以上かもしれません。数の不利は絶対でしょう。
だから英雄さんは数の不利を補うべく戦力の底上げをするつもりです。
ゲーム風に言うなら超絶バフと無限残機……といったところでしょうか」
そしてそれは英雄さんが敗れない限りは継続する。
だから雑兵であろうとも問題はないのだ。
私がそう説明すると、
「じゃあ、俺は参加する」
「……あの、暁くん? 何も今直ぐ決めろと言うわけでは」
長くはないが時間もあるのだ。
こんな重大な決断を直ぐにしろと言うほど私は残酷ではない。
「俺が今も戦っているのはさ。お金のためもあるけど、それ以上に家族を守りたいからなんだ」
表の平和が薄氷のそれであると知った。
愛する家族が闇より迫る脅威に見舞われた時、何も出来ない自分で居たくないから。
だから今も尚、暗がりの中を歩いているのだと暁くんは言う。
「だから、戦う」
言葉は短いがそこに込められた熱は私たちはおろか、タナトスすら息を呑むほどだ。
沈黙の帳が下りる。
「……私は、そういう立派な動機とかはないけどさ」
最初にそれを破ったのは梨華さんだった。
「何も知らなかったら何も知らないままママやオジサンと永遠にお別れすることになってたんだよね」
それはイヤだなと梨華さんは苦笑する。
「もし、全部が終わっちゃうなら……せめて同じ場所で同じ気持ちで居たい」
だから、戦う。
言葉にはしなかったがその意思は誰の目にも明らかだった。
「私も戦うよ」
「……何故ですか?」
「そうだね。光くんと梨華ちゃんと同じ気持ちってのもあるけど……」
これだけじゃ単に右に倣えしてるだけだと思われちゃうかと綾瀬さんはクスリと笑う。
前々から思っていたがどうにもこの人、色気がある。
それも男のそれではなく女の色気だ。髪を短くすればまた印象は変わるのだろうか?
「叶うはずのないと思っていた夢が叶うかもしれないんだ」
だから、戦う。他人任せにしてしまえば終わりの瞬間、きっと後悔する。
最後まであらん限りを尽くしたいのだと綾瀬さんは言い切った。
「サっちゃんの夢……あ、大学?」
「いやそれは十分射程圏内だし夢ってよりは目標?」
「じゃあ何なんですか? 俺、ちょっと気になります」
私も気になる。
「ああいや、実は私いわゆるトランスジェンダーなんだよ」
「「「――――はい?」」」
「心が女で身体が男。性の不一致さ」
いやそれは知ってる。知ってる
「性適合手術とかもあるけどそれだって完全に女の身体になれるわけじゃないでしょ?
でも高橋さんと鈴木さん……そして今日、新たにタナトスさんたちという実例を見つけた。
英雄おじさんの使うTS神拳なる神妙不可思議で胡散臭い技術があれば私は本当の女になれるかもしれないんだ」
その夢を閉ざしたくないから私は戦うのだと綾瀬さんは朗らかに笑った。
「…………あの、私は別に偏見はないです。繊細な問題だとは思いますがね」
「あ、俺も」
「私も」
「それは良かった。ちょっとドキドキしてたんだ」
「「「でもこの局面でカミングアウトされる側の気持ちを考えてくれません?」」」
反応に……反応に困る!!
「はっはっは」
はっはっは、じゃないんですけど?




