チート野郎VS悪役令嬢⑦
「何かさー、最近オジサン全然顔見せてくれないよねえ」
「佐藤さんは会社勤めだからしょうがないよ。年末だし忙しいんでしょ。だよね、朔夜さん」
「うん。殆ど家にも帰って来ないぐらいだからよっぽどなんだと思うよ」
十二月八日。“運命の日”までもう二週間ちょっとしかない。
クリスマスに待ち世界の存亡を賭けた戦いが始まることを知っているのは世界でも一握りだろう。
(……そして困ったことに私もその中に含まれている)
タナトスはギリシャ神話においてそれなりの地位に居る死神だ。
それゆえ主神ゼウスから話が届き、タナトス経由で私も知ってしまった。
既に一度世界が滅びたこと。英雄さんが時を巻き戻し首の皮が繋がったこと。
十二月二十五日に再度、世界を滅ぼした女と総力戦を行うこと。何もかもを知らされてしまった。
(英雄さんは多分、私たちには何も知らせないつもりだ)
戦力にならないからではない。
英雄さんのプラン通りなら駆け出しでさえ一定の戦力に仕立て上げられるはずだ。
それでも私たちが戦いに参加出来ないのは子供だから。
十八歳以下の子供は今の段階で一定水準の強さを持っていない場合は除外されることになったそうだ。
私たちを大切にしてくれているからというのもあるが、それ以上に子供を巻き込みたくないのだと思う。
(梨華さん、暁さん、綾瀬さん……)
彼らは裏に巻き込まれそこでの戦いを余儀なくされた。
しかしそれは自分のための戦いだ。だから英雄さんは何も言わない。
今回の戦いもそうと言えなくはないが、どうしたって世界の存亡という重荷がのしかかってしまう。
子供にそんな重荷を背負わせたくないのは……英雄さんの過去の経験も関係しているのかもしれない。
理解は出来る。理解は出来るが……。
(納得出来るかどうかは別の話、ですよね)
英雄さんがそう扱ってくれているように私は子供だ。
理屈は分かってもそれがどうしたって飲み込めないことはある。
私は少なくとも三人には伝えるべきだと思う。
英雄さんが私たちを大切に思ってくれているように、私たちも英雄さんが大好きだから。
負けてしまえば全てが終わる。
(何も知らないまま終われるのはある意味救いかもしれませんが……)
何時か冥府の王となる私はそうは思わない。
大切な人のためにあらん限りを尽くしたい。例え終わってしまうとしても最後まで抗っていたい。
(――――決めた、やっぱり皆さんに真実を伝えましょう)
そのためには私の身元を明かす必要はあるが……しょうがない。
何時までも隠し事はしていたくないし、その……イヤらしい話だが、皆なら受け入れてくれるだろうという信頼もある。
「……皆さん、この後予定はありますか?」
私がそう聞くと特には何も、と返って来た。
「では報告が終わったら私の家に来て頂けませんか? 皆さんに大事な話があるんです」
「……ん、分かった! じゃママにちょっと遅くなるって伝えるよ」
「俺も」
「私は……英雄おじさんは今日も帰って来れないだろうし良いかな」
何かを察してくれたのだろう。快く頷いてくれた。
互助会で依頼終了の報告をし報酬を受け取ると、その足で私の住むマンションへ向かった。
「? 入らないの? あ、ひょっとして鍵落としちゃった?」
玄関の前で立ち止まった私に不思議そうな顔をする。
別に鍵は落としていない。ちゃんと持っている。
「……ドアを開けると、皆さんはとんでもないものを目にすることになります」
「「「え」」」
「ちゃんと説明しますのでとりあえず、受け入れてくださると嬉しいです」
鍵を開け玄関の扉を開く。
「……おかえりなさいませお嬢様。そして御客人の皆様。お越し頂き嬉しく思います」
三つ指を突いて私たちを迎えてくれたタナトスを見て三人は、
「「「――――」」」
フレーメン反応を起こした猫のような顔で固まってしまった。
「紹介しますね。彼女はタナトス。ギリシャ神話所属の死神です」
「は? しにが……」
「タナトス、お茶の用意を」
「かしこまりました」
タナトスが奥に引っ込むのを見届け三人をリビングへ通す。
その表情には困惑の色しかない。正直、ごめんなさい。
いや私だって身内の恥は晒したくないのだ。
晒したくないけど話をするならタナトスの存在も認識してもらわないといけないから……。
「「……」」
「あ、あの……サーナちゃん? その、えっと、タナトスって……」
男子二人に視線で促され代表して梨華さんが口を開いた。
タナトスは歩くセンシティブなみたいなものだから同性の彼女が聞くべきだと判断したのだろう。
「先ほども言った通り死神です。それもかなり高位の――――タナトス」
お茶を運んで来たタナトスが羞恥に震えながら少し、力を開放した。
三人ならばこれで十分、分かったはずだ。目の前の痴女が上位の神格であることを。
「え、えーっと……そのぅ、サーナちゃんのママ、さん?」
死神の力を受け継ぐ人間。そういう設定だからそう思ったのだろう。
「いいえ、私に母は居ません。死んだとかそういうことではなく最初から存在しないのです。居るのは父だけ」
仮に母だとしてもこんな痴女が母親だなんて罰ゲームにもほどがある。
一息置いて、私はその名を告げる。
「父の名はハデス」
「ハデス!? それって……」
「はい。英雄さんに滅ぼされた冥府の王です。先に言っておきますが英雄さんに対して恨みはありません」
自業自得だからしょうがないとキッパリ告げる。
そこを勘違いされては話が長くなるので最初に言っておかないと。
「何故、ハデスの娘である私が梨華さんの学校に転校して来たのか。それは……」
「あ、あの!」
「はい?」
「それも……それも気になるけどさ……えっと、何? 何なの? タナトスさんは何なの?」
私が裏に巻き込まれた際、英雄さんはある程度の説明はした。
ただ取り乱していたとは言え大人としての理性はある程度、あったのだろう。
あの旅行の日に襲って来た死神がどうなったかまでは説明していない。
以前発売されたゴシップ雑誌にも載ってなかったし。こちらはオリュンポスへの面子に配慮したのだと思う。
……まあ冥府を風俗店にしてやろうかとか言ってたけど。
「「「ってか泣いてない!? タナトスさん泣いてない!?」」」
私の後ろに控えているタナトスはさめざめと泣いていた。
人間の子供にこんな姿を晒さなきゃいけないんだから泣きたくもなるでしょう。
ま、これも自業自得なわけですが。
「そこも含めて全部説明します」
包み隠さず、今に至る経緯を三人に語った。
話を聞いた三人は呆然としていたが……。
「とりあえずあの、色々言いたいことはあるけど」
「はい」
「今更だけどこの人、未成年が見て良い人? 何かしらに引っ掛からない?」
……多分アウト。




